toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

ウロボロス的妄想

ある“強い意志”に従い益々“疑似自民党化”する民主党に安堵し偏差値教育の呪縛に無頓着な赤心の日本臣民

<注記> ●当内容は[9.15/続、竹内外務次官(当時)が、いま最高裁判所裁判官をつとめている意味、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20100915]の[本題]と[副題](下記★)を逆転させるつもりでいたものを更に[改題]し、<関連情報を二つ>付記したものである。…

続、竹内外務次官(当時)が、いま最高裁判所裁判官をつとめている意味

[副 題]民主党代表選を巡る多様な雑音で観察されたのは我々が「教育=受験勉強」なる作為の偏差値信仰に体よく騙されていること <注記>ウロボロス(uroboros) http://uroboros-web.hp.infoseek.co.jp/より ・・・自分で自分の尾を咬み食らいつつ円形を…