toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「暴動の炎」はフランス共和国への絶望と希望の相克[1]

[フランス暴動の現況]

(暴動の発端とフランスの移民問題

(1)暴動発生と仏政府の対応

 10月27日夜、パリ北東郊外のクリシー・ス・ボワ市で強盗事件を捜査する警官に追いつめられた北アフリカ系の若者3人のうち2人が逃げ込んだ変電所で感電死し、1人が重傷を負いました。これがきっかけとなり、数十人の若者が消防士や警察に投石し車に放火を行うなどで騒ぎ始め大きな暴動へと発展しました。これを力ずくで押さえ込もうとしたサルコジ内相の「社会のくず、ごろつきども」発言や警官隊の打つ催涙弾がモスクに転がり込むなどして暴動がフランス全土へ拡大しました。11月11付・読売新聞の報道によると、その時点までに暴動が起きたのはパリ北東郊外を中心とする300の行政区であり、その数は全行政区の約1%に止まっています。フランス在住のブロガーの情報(『ね式ブログ』、http://neshiki.typepad.jp/2005-11-10付・記事“燃えてないパリからのメモ”)などによると観光客が普通行くようなところの安全に問題はないようです。

  しかし、それにもかかわらずフランス政府は11月8日に緊急閣議を開き12日間の「非常事態宣言」を決定しました。この根拠となる非常事態法は1965年に公布されたもので、それは旧仏領アルジェリアへ適用することが目的でした。そして、この法律がフランス本土に適用されるのはアルジェリア独立関係のクーデタ未遂事件(右派勢力による)が起こった1961年以来のことです。この宣言の主旨は暴動の発生地域を管轄する県知事に夜間外出禁止の命令等を出す権限を与えることです。また、これと同時にド・ビルパン首相は、8日下院で「問題街区」(全国750街区)の教育、雇用、住宅を改善する一連の措置を発表しました。その後、放火件数が減少しており、今回の移民暴動は、一応沈静化へ向かいつつあるように見えますが、未だ余談を許さぬ状況です。

  また、シラク大統領は、11月14日にテレビ演説を行い、今回の緊急事態法への理解を求めるとともに“困難を抱える地域の若者たちすべてに彼らの出身がどこであろうが、彼らはすべてフランス共和国の息子であり娘だと伝えたい。今回の暴動はフランスのアイデンティティにかかわる危機であり、これからもフランス政府は移民社会が直面する差別という「毒」と戦うことを誓う。”(出典:2005.11.15付・毎日新聞)と述べています。いずれにしても、このような一連の政府の動きは、今回の移民による失業などの不満に対する暴動の深刻さを物語っています。

<参考>1

■「非常事態法」に基づく外出禁止令の具体的な内容(出典:フランス・ヨーロッパのトピックス、http://www.nihonjinkai.fr/weeklynews.html?x=27&y=11

【外出禁止】時間帯や区域を指定できる。

【集会の制限】集会場やイベント会場、アルコールを出す店などを閉鎖することができる。

【家宅捜索】武器を所持している疑いがある場合、昼夜を問わず、裁判所の手続きなしで家宅捜索ができる。

【通行制限】区域が指定されると住民以外は立ち入ることができない。

・・・以上はすべて県知事の裁量で決まる。期間は最長12日間で、その後は議会の承認を受ければ延長も可能。ソンム県のアミアン市は、早速、深夜0時から午前6時まで16歳未満が成人の同伴者なしで外出することを禁止すると発表した。

<参考>2

■ド・ビルパン首相が、8日下院で発表した「問題地区」(全国750街区)の教育、雇用、住宅を改善する一連の措置の内容(出典:同上)

【教育】
職業訓練を受けられる「落ちこぼれ」生徒の年齢をこれまでの16歳から14歳に引き下げる。
▽問題地区の中学校1200校を対象に補助教員を5000人増やす。
▽問題地区の奨学金枠を3万人から10万人に増やす。

【雇用】
▽新規事業の開始から5年間を免税とする「特区」を現在の85カ所から100カ所に増やす。
▽援助金付きの雇用契約2万件が職安を通じて問題地区の若者に提供される。
▽都市計画、住宅整備の予算を2年間で25%増額する。

【その他】
▽問題地区にあるアソシエーション(各種団体)に1万4000団体に1億ユーロの活動資金を支給する。
▽子供が器物損壊などを行なった場合、その家庭は生活手当を打ち切られる。

(2)フランスの移民問題

2-1 絶望的な状況から新たな希望へ

(A)一般的な状況認識

  実は、今回ほど大規模にならない同種の事件は、かなり以前から、度々、フランスの各地で起こっており、しかも、それはフランスだけの問題ではなくドイツ、オランダ、イタリア、イギリスなどヨーロッパ全体に見られる現象です。既出の『ね式ブログ』などの情報によると、今回の暴動の発端となったパリ北東郊外のクリシー・ス・ボワ市など大都市周辺に点在する衛星集合住宅街はシテ(Cites)と呼ばれており、それらは1960年代の経済好況時の住居不足を補うために建設された日本の公団住宅に似た住宅群であり、その後の時代の変遷でゲットー(特定集団の居住地区)と化した街です。つまり、1960年代の急速な工業近代化をアルジェリアなどアフリカ(主にマグレブ)からの低賃金労働者(イスラム系が中心)に安易に頼った政策のツケがシテの特殊な移民問題として凝縮されたということのようです。そして、日本の若者たちと同じように、テレビとテレビゲーム時代に育ったシテの若者たちには暴力でしか他者とのコミュニケーションが出来ないという傾向が強いようです。

  一般に、わが国では今回の“暴動”は“フランスの「移民たち」が起こした”という認識で報道されています。しかし、より厳密に見ると、これは“移民による暴動”とは言えず、移民ニ・三世の世代にあたるフランス国籍(フランス人)の若者たちが起こした騒動だと思われます。それは、いみじくもサルコジ内相が暴動を起こした若者たちを「ごろつき」(recaille)と呼び、ド・ビルパン首相が同じこれらの暴徒たちを「非行者」(delinquant)と呼んでいることに現れています。1960年代にマグレブからフランスへやって来た移民労働者たちは、絶望の故郷から殆んど無一文で憧れのフランス共和国(自由と平等そして政教分離を理念とする理想の国)へ辿り着いた境遇であったため、彼らはフランスへ入国できたというだけで十分に幸せを感じた人々であり、彼らは予期せぬ差別待遇にも我慢して耐えるか諦めることができた人々です。しかし、ニ、三世代の若者たちにとっては、同じ国籍の“フランス人”なのに何故に自分たちは、こんな酷い差別に合うのかという怒りを覚えた訳です。

  「イラク戦争開戦時」の大本営発表型(メディアコントロール型)の報道を顧みるまでもなく、日本のメジャーなメディアは米国系の情報に頼る傾向があるため、我われが、ニュースの背後に存在するこのように詳細で微妙な実情を認識するには独特の困難がつき纏っているのです。従って、例えば「今回のフランスのシテの暴動の背後にはCIAの陰謀がある」とか、あるいは「その背後にはアルカイダ系のテロリストが絡んでいる」とかなどの情報については十分眉に唾をつけて受け止める必要があります。また、今回の「仏暴動」の根本原因がフランス特有の移民事情にだけ限る問題だと短慮することも危険です。たしかに、今回の暴動は“フランスで起こった移民関連の事件”です。しかし、グローバリズムが急速に進展する21世紀に生きる我われは、いつでも何処ででも同種の潜伏型悪性ウイルス(移民型暴動の原因となる社会現象)に感染する可能性があることを覚悟すべきです。

  ミュリエル・ジョリヴェ女史(Muriel Joliver/上智大学国語学部教授)の著書『移民と現代フランス』(集英社新書)によると、2002年(前回の大統領選挙の前年)のフランスでは移民ニ、三世の子供たち(ブールと呼ばれる移民系のフランスの若者たち/ブール(Beur)はアラブ(Arabe)の逆さ言葉で彼らに対する蔑称)のフランス共和国への「同化」(integration)問題でもちきりであったそうです。なぜなら、その頃から荒れるブールたちによる強盗、車への放火、グループ間での復讐劇、警察への襲撃などが毎週のように起こっており、そのニュースが一般のフランス国民の不安を煽っていたからです。そのため、この頃には既に治安の問題がフランスの政治課題の重要な柱の一つとなっていたそうです。

<注>フランスの移民「同化政策」についての誤解

・・・移民に対して同化(integration)という言葉が使われ始めたのは1990年代からで、それ以前はassimilation(同じになる)、またはinsertion(溶け込む)が使われていた。assimilationは言外に「人種差別の響きがある、生まれ故郷を否定するニュアンスがある」という理由で、insertionは「アイデンティティを忘れろ!」という響きがあるという理由で使われなくなったとされる。(典拠:ミュリエル・ジョリヴェ著『移民と現代フランス』(集英社新書)の記述より)

・・・一般に「同化政策」は、移民に対して受け入れ国(フランス)の価値観に従うよう求める政策で、移民の祖国の独自の文化・宗教などを認めたまま彼らを受け入れるイギリスなどの「共存政策」の方が寛容だと理解されている。このような理解は、日本の一般のマスコミの認識でもある。しかし、これは「同化政策」についての表層的な理解に過ぎない。というか、それでは本質の誤解に繋がる。以下のように見れば、むしろ「同化政策」の方が「共存政策」より寛容だと言えることになる。

・・・この「同化政策」は、フランス革命以来の「自由、平等、博愛、政教分離三権分立」等々の近代民主主義国家の成立条件についての概念的な理解(民主主義国家を成立させる条件となるリアリズム認識)の問題である。フランスの「同化政策」では、このようなリアリズムさえ理解できれば、つまりフランス共和国の理念に同化しさえすれば、それがどこからの移民であれ、誰でもがフランス国籍を手に入れることができることになっている。

・・・しかし、この「同化」ということは、一定のしっかりした指導がなければ、あるいは移民の側に理解しようとする積極的な意志と努力がなければ、それを本当に理解することは困難である。また、その理解が困難であることは当然のことでもある。なぜなら、それはフランス共和国フランス革命のエポックを経て漸く理解し得た「歴史認識」(過去の歴史への深い反省)に基づくものだからである。この観点からすれば、今後、フランス政府は移民とそのニ、三世たちに対するシッカリした「教育体制を充実する」ことが重要な対応策の柱となるはずである。

・・・もっとも、フランスの移民一世の子供たちが「同化政策」の根本的意味、つまり近代民主主義国家の条件である「リアリズム認識」をなかなか理解出来ないのは無理もないことでもある。なぜなら、その難しさを象徴する次のような典型事例が見られるからである。近代民主主義国家の指導者を自負するアメリカ合衆国ブッシュ大統領(名門・エール大学卒)は、キリスト教原理主義の大きな影響を受けて、つまり近代民主主義国家の基本条件である「政教分離の原則」を曲げて、そのうえ「開戦の大義」を偽ってまで「イラク開戦」に踏み切った。この事実が明らかとなるにつれ、ブッシュ大統領は、今やアメリカ国内で政治的な苦境に嵌りつつある。また、日本の小泉首相(名門・慶応大学卒)は、同じく「政教分離の原則」を曲げて太平洋戦争の軍神を奉る「靖国神社参拝」に頑強にこだわったため中国・韓国・ASEN諸国など東アジア各国との外交関係を悪化させている。このように国家元首の人物が近代民主主義国家としてのリアリズム認識を見失うと、かならず国益を毀損して国民一般が大きな被害を蒙ることになる。

・・・それはともかくとして、これら日米両首脳の場合に共通していることは、彼らの「歴史認識が甚だしく貧弱」だということであり、言い換えれば、ブッシュ&小泉の両氏は近代民主主義国家の条件である「国家理念のリアリズム」の意味がまったく理解できていないということである。これら名門大学卒のエリートで功成り名を遂げた人物たちを再教育することは至難の業であるが、フランス移民の子供たちの教育については大きな可能性がある。このような観点からすれば、フランスの「移民同化政策」には、仄かながら希望への道筋が見えている。

  ところで、ミュリエル女史はこの既述の著書の中で、これらの若者たちが無謀な行動を通して言いたいことが何であるかを我われは真剣に受け止めなければならないと訴えています。また、その問題の根本には「根強く深刻な社会格差の問題」が潜むことを指摘します。フランス政府がこうした問題を他の課題と比べて相対的に軽く扱おうとする限り、もっともっと激しい暴動が起こる可能性があると警告します。しかし、同時にこの問題が単にフランスの伝統的な移民政策の怠慢か、あるいは失敗だと単純に片付けることもできないだろうとも指摘しています。なぜなら、今回の暴動を起こした若者たちと同じ境遇の青少年たちの中には、勇気を持って悪条件と闘いながら、精一杯まじめに働いている若者たちも大勢いるからです。ミュリエル女史は、むしろこちらのジャンルに入る若者たちの方が大半だとも述べています。
              <<To be continued in the next number.>>