toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「民主・自民・財界・大労組等の野合が日本国民を犯しゴリ押す原発推進」へのオルタナティブ批判、「みどりの党」創設への期待(1/2)

toxandoria2011-12-05





【プロローグ動画1】第4の革命 − エネルギー・デモクラシー 予告編(日本語・完成版)

・・・映画「第 4 の革命−エネルギー・デモクラシー」、2011年12月17日(土)よりヒューマントラストシネマ渋谷にて緊急ロードショー。その後、全国で上映します。http://www.unitedpeople.jp/pr/111026_release4thre.pdfhttp://www.4revo.org/archives/281


【プロローグ動画2】ドイツ映画『アンダー・コントロール』予告編

・・・原子力発電所を廃止するドイツの今を追った、見学・体験型ドキュメンタリー。ドイツの"原発解体マニュアル" 2011年11月、東京・渋谷シアター・イメージフォーラム、大阪・シネリーブル梅田ほかにて全国順次ロードショー!公式サイトhttp://www.imageforum.co.jp/control/


(プロローグ)ポストモダン思想の失敗


・・・以下は[2011-11-06 toxandoriaの日記/国民主権三権分立)を無視し核・放射能拡散ゾンビ「国策原発」の保証人を務める“お白洲型” 日本司法官僚の犯罪(続、原発輸出編)2/2、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111106]へ、“もえおじ”さまから頂いたコメント&レスの転載・・・


もえおじ 2011/11/20 16:21


11月20日に開始された政府の行政刷新会議での公開議論「提言型政策仕分け」において、午前中の討議では、40年間研究を続けても実用化のめどが立たない高速増殖炉もんじゅ」に対して批判が集中したそうです。 


1995年のナトリウム漏れ火災以降、高速増殖炉もんじゅ」の開発が難航していることを指摘しながら、『原子力への依存を減らすという政府の方針に反しており、根本的に考え直す必要がある』『来年夏のエネルギー政策策定後、従来の計画の抜本的な再検証を行い、国民の徹底的な納得が必要」』との提言がなされました。 


これは馬鹿げた日本の原子力行政に対して、正気を取り戻すような健全な意見と言えます。 今後の成り行きに注目したいです。


toxandoria 2011/11/21 18:08


もえおじ さま コメントありがとうございます。


まったく同感です。フランスでも反原発の一定の方向性が「来春の大統領選」絡みで見えてきたようですが、肝心の<フクシマ3.11原発過酷事故を体験・継続中>である日本政府の方針が<原発/再稼働・新設&輸出促進>のままであるのは異常かつ異様です。


異次元からの発想ですが、もはや唯一の打ち出の小槌と化したかに見えるグローバル市場原理主義(TPPが象徴する単性生殖型(地域・ローカル文化無視型)の強欲グローバル市場型資本主義/その先端に装備されているのが原発原子力エネルギー政策))の根幹にはキリスト教特有の異端排除型の(神と悪魔の同居を隠蔽する)特異遺伝子が潜むように思われます。


つまり、近代〜現代における一連の啓蒙&民主主義化の歴史のなかで、仏教、イスラム教など他の宗教文化が悉くキリスト教文化に敗北してきたことが、この問題の核心に潜むのではないか、という問題意識です。


しかし、今や、その肝心のキリスト教文化の震源地である欧州(ドイツ・フランスなど)および単性生殖型の原発マニアック資本主義を完成させた米国において、<3.11フクシマ原発過酷事故を継続・体験中の日本国民よりも、遥かに多くの一般国民層が単性・原発マニアック資本主義へ懐疑の目を向けつつあること>は興味深いことです。


対照的に、地政学的意味でもその外縁部に位置しているため、元来は非キリスト教文化圏である筈の日本、韓国、中国、ベトナム、インド、およびトルコ、ヨルダン、UAEなどイスラム圏諸国までもが、まったく逆説的に、その原発マニアック資本主義に益々重症感染しつつあるのが恐ろしいところです。


日本の野田・民主党政権が財界・大労組・原子村ら大圧力の下で<馬鹿げた日本の原子力行政>の転換に躊躇するどころか、折あらば多数派の一般国民を体よく誑かそうとしており、主要メディアがイソイソとそれに加担する不可解な構図の根本には、このように重篤で特異な、日本型の原発カルト資本主義の病理が潜むような気がします。


が、この論点は、また別途に考えてみるつもりです。


もえおじ 2011/12/04 18:58


現在起きている世界の多くの問題は、学術的には「ポストモダン思想の失敗」と表現できるのかもしれません。 ポストモダンとは、「神の死という無神論」の克服、資本主義 対共産主義イデオロギー対立からの脱却などを目指した(欧州発の)共生社会思想なのですが、具体例として、福祉社会、多文化主義環境保護フェミニズムなどを含んでいました。


それに対して、グローバル市場原理主義は超資本主義的金融産業を伴う反共生的・画一主義ですから、強力な多国籍超巨大企業のみが儲かる仕組みで、むしろ大多数は貧しくなるのです。その意味で、TPPとはグローバリズムを御旗にして、アメリカの弱肉強食資本主義を世界に広めることに他なりません。 


そのグローバリズム本家の米国では、文明社会の最も基本的な条件である、治安・平和、食文化、衛生・医療、格差の少ない経済生活などが徹底的に破壊されつつあります。米国人自身が「我々の99%は貧乏人だ」と言って怒ってデモをしているのですから、救いようがありません。


また、原子力産業はどの国においても国家指導の下で推進され、しかも核兵器開発と密接に結びついていることから、官僚特権的に扱われています。ですから、御指摘の通り、同様の反共生的・画一主義を帯びるのは当然です。


民主的近代化の過程を経た社会主義的政策は決して共産主義にはならず、社会民主主義あるいは福祉国家思想になるのですが、現実には、肥大した政府・官僚・行政組織、および、福祉・公共事業への過剰な財政負担で国家財政が悪化し、実際、米・欧(PiiGS)・中・日いずれもが国家財政破綻の危機に見舞われています。 


この官僚特権・独裁問題が一種の社会主義的思想の危機であるのかどうかは、解釈が難しいところです。 何れにしろ、我々の社会は工業化社会の次にやってくるはずの脱工業社会(ポストモダン)どころか、旧来の近代搾取・資本独占から抜け出せず、さらに虚構的金融資本主義に蝕まれているのであり、もう一度、健全な産業社会に立ち返る必要があります。


toxandoria 2011/12/04 22:07


もえおじ さま コメントありがとうございます。


ポストモダン思想の失敗」の論点は同感です。たまたま、新しい記事を書いていたのですが、ご指摘の点が、その内容の一部と重なるような気がしますので、頂いたコメントを、そのまま(プロローグ)として転載させていただきます。


思うに、同じ「ポストモダン思想の失敗」でも、日本のそれは欧米と些か異質なものがあるように思われます。


何処まで、その異質な部分を抉れるかは分かりませんが、暫く、この問題を続けて考えてみたいと思っています。


もえおじ 2011/12/06 13:25


日本の状況を考察するためには、ポストモダン思想の根本原理が「民主主義の徹底化」であることを思い出すことが役立ちます。 日本の失敗は、民主主義の屋台骨装置である立法・行政・司法の三権、および、第四の権力であるメディアが、(国の予算を掌握する)官僚、および、巨大企業の力に打ち負かされて機能不全を起こしていると解釈されます。 


これは、近代社会が普遍的に苦しめられてきた官僚独裁と資本の独占の問題に全く他ならず、我々の社会が相も変わらず同じ欠陥を抱え続けたままであることが分かります。


日本の原発問題に関しても、官僚主導の原子力行政と巨大企業である電力会社の結びつき(利権)を解体する力は、機能不全に陥った民主主義にはありません。 「ポストモダン思想の失敗」とは端的に表現するならば、「民主主義の徹底化ができないために民主主義が正常に機能しない」という事象に過ぎません。 あるいは、国家(官僚)や巨大企業によって国民主権が蹂躙される状況から抜け出せない、という言い方の方が理解しやすいでしょうか。


日本では、「聖域のない構造改革」「地方分権」「地域の活性化」「国民のくらしが大事」「官僚主導から政治主導へ」などといった、民主主義を確立するための政治理念が語られ続けてきましたが、結果的に全てが骨抜きにされました。 


政治が利益誘導の道具にすぎない日本の風土の下では、語られる政治的合言葉など、所詮は空文句だったのでしょう。


toxandoria 2011/12/07 14:35


もえおじ さま コメントありがとうございます。


ご指摘のとおりで、<官僚主導の原子力行政と巨大企業である電力会社(および、原発関連企業、記者クラブメディア←toxandoriaの追記!)の結びつき(利権)を解体する力は、機能不全に陥った日本の民主主義にはない!>という厳しい現実であることが、我われの実像だと思います。


しかし、残念なことではありますが、その恐るべき現実の直視からしか、もう一つの日本の新しい未来(オルタナティブ)は展望できないと思いますので、益々、その オルタナティブへの道筋を描くべき“みどりの未来、ニッポン党(仮称)”の立ち上げを急ぐべきです。


なお、ここで頂いたコメントも冒頭のプロローグへ転載しました。


ベンヤミン「歴史の天使」の目(残余99%国民層のための底辺民主主義の象徴)、それはオルタナティブ選択の可能性を秘めた歴史観


【参考画像】パウル・クレー「新しい天使」

・・・Paul Klee(1879-1940)「Angelus Novus」1920 (source →
http://users.manchester.edu/FacStaff/ssnaragon/Naragon/misc/Klee.html)


ヴァルター・ベンヤミン『歴史の天使』がグローバル資本主義の背後に見据えるもの)


ヴァルター・ベンヤミン(http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0908.html)は、パウル・クレー『新しい天使(1920)』に触発されて『歴史の天使』のイメージを創ったとされる(http://users.manchester.edu/FacStaff/ssnaragon/Naragon/misc/Klee.html/参照・出典/大澤真幸『世界史の哲学、古代編』―講談社―)。それが意味するのは、純真無垢な「歴史の天使」(必ず99%の一般の人々の立場に立つ天使)が現在から過去を眺めると、そこに見えるのは滑らかに繋がる歴史のパサージュ(passages/小径、連続、移行プロセス)ではなく、ごつごつした瓦礫と夥しい死者の山だということだ。


ところで、今や「世界の普遍ないしは正統/グローバル・スタンダード」と化したキリスト教文化の分身と見ることも可能な「グローバル資本主義」が、近々の「最後の審判」を待つしかなくなり、いよいよ悲壮な覚悟を求められつつあるよう見え始めたのは何故か?しかも、最もキリスト教文化と縁遠いはずの日本資本主義の変調ぶりは、フクシマ3.11の影響もあるとはいえ、欧米のそれと比べると、余りにも異様かつ異常である。


(関連情報)


◆イギリスで200万人デモ 学校は休校、空港は閑散(12/01 11:53)
http://www.tv-asahi.co.jp/ann/news/web/html/211201019.html


上のニュース◆の解説文によれば、<イギリス全土で、年金改革に反対する大規模なデモとストライキが起きました。学校が休校になり、航空便のキャンセルが相次ぐなど生活に大きな影響が出ています。>となっているので、表層的・外形的に受け止めれば、それは“いずこも同じ財政改革の痛みだなあ〜、日本も同じで年金引下げだなあ〜”(関連参照→年金“きちんと説明し引き下げを”(NHK)、http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111204/k10014394582000.html)で終わってしまうであろう。


しかも、現実の<改革>には<二つの異なるベクトルを持つ意味がある>ことに殆どの日本国民は気付かず、再び、只やり過ごしてしまうだけだ。


実は、筆者がこのニュースに触れて思ったのは<外形的改革(中間層〜貧困層へ痛みを押付ける部分)>と<深刻な格差拡大傾向を抑制する、あるいは99%を占める一般国民の主権へ配慮する底辺民主主義的な意味での内実的改革>という真逆のベクトルのバランスを図る<持続的福祉ガバナンス政策>が、サッチャリズム新自由主義)政策で深い傷を負い、その後の労働党政権による修復も十分に叶わず再び右へ触れたイギリスで、現在、それがどうなっているか具体的に知りたいということであった。


なぜならば、イギリスのみならず欧州諸国(および米国)の場合は、外形的には日本と同様の財政改革の問題を抱えているかに見えながらも、日本とは根本的に異なり、たとえ政権交代があるとしても、特に欧州諸国では、絶えず保守主義自由主義社会民主主義の均衡を図ることで多数派一般国民の主権を守るべきとする<持続的福祉ガバナンス政策>の考え方が基本的な前提として共有されているからだ。従って、大きく、その国民主権を犯す方向へブレ始めると巨大なデモが起こる訳だ。


片や、<持続的福祉ガバナンス>の意識が希薄な日本の野田・民主党政権は、フクシマ3.11過酷原発事故を経験したにも拘らず、その本源的脆弱性ゆえに巨大な壊滅的リスクをもたらす可能性が高い異常技術システムである「原発」をブースターとする原子力型資本主義(原発カルト資本主義)の継続>へ拘泥するばかりで、原発の再稼働・新設・輸出・もんじゅ&六ケ所継続へ必死である(参照→民主党自民党の賛成多数でヨルダン、ロシア、ベトナム、韓国との原子力協定締結案 衆院委員会可決(NHK)、
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20111202/t10014362291000.html)。


それは、野田・民主党政権が、<一握りの、言い換えれば1%の特権階層を構成する中央官僚機構・自民党・財界および大労組との原発利権絡みの傲慢かつ強力な野合>に支持されているからに他ならない。


(関連Facebook情報/只野親父)


◆やはり、日本原子村は狂気orカルト集団だ!!⇒利権の巣窟・原子力帝国は「復活しつつある」 佐藤栄佐久福島県知事http://news.nicovideo.jp/watch/nw156969


◆下の動画『映画・東京原発のハイライト(2004)』の内容(原発核燃料サイクルの恐るべき実像)に対して日本原燃の川井社長は何と言うつもりか?この話は嘘だというのか?⇒MOX工場着工、16年完工目指す 青森・六ヶ所・・・川井社長は「資源の乏しいわが国がエネルギーの安定供給を図るためには(核燃料)サイクルの確立が不可欠で、一翼を担うMOX工場の着工は意義深い。安全第一で工事を進め、世界一のMOX工場を目指そう」
http://www.47news.jp/news/2010/10/post_20101029102302.html


Nuclear power really scary.AVI(映画『東京原発』のハイライト・シーン)

2004年 バサラ・ピクチャーズ株式会社制作
エグゼクティブプロデューサー:北側雅司 横濱豊行 川上國雄 石川富康
プロデューサー:池田哲也 石原 真 西健二郎 福田豊
音楽プロデューサー:長岡和弘
監督・脚本:山川 元 
撮影:北澤弘之
美術:稲垣尚夫
照明:内原真也
音楽:崎谷健次郎 
録音:米山 靖
編集:阿部亙英
助監督:宮城仙雅
製作担当:森 賢正
ラインプロデューサー:山本 章
オフィシャルサイト http://www.bsr.jp/genpatsu/main.htm


また、それは野田政権がTPPを初めとする新自由主義型の外形的・名目的改革へ拘る理由でもある。一律消費税を初めとするその増税路線ですら99%国民の切り捨てにしかならず、これが日本全体の需要増へ結びつくと考えるのは狂気の沙汰に等しい。それは、現下の超デフレ・トレンドでの対所得逆進性(生活必需品等軽減税率)無視の一律消費増税は、貧困層・多数派中間層消費力への大打撃で日本全体の消費減少をもたらすことが必至だからだ。


富裕層にしても、一向に内需が活性化せぬ限りは、国内投資での利回り増が見込めぬため、一層の対外投資(機)へ傾斜せざる得ぬこととなり、必ずや、爾後の日本は<内需全体縮小→歳入減→再増税→更なる内需全体縮小→歳入減→再増税・・・の悪増税悪循環型不況>に嵌るだろう。愚かなり、野田“財務省子飼いブタ型”傀儡政権と揶揄されて当然ではないか!(関連参照→野田首相 消費税の素案は年内めど(NHKhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20111201/t10014343661000.html


しかも、“改革”といえば、それは相変わらず小泉・竹中時代の新自由主義改革(<前者=99%を占める一般国民の主権へ配慮する底辺民主主義的な意味での内実的改革>の意味ならぬ外形的改革)一本槍(供給重視&対貧困・中間層総需要拡大策の軽視=超格差拡大の放置)であることに対して、主要メディアは何らの疑問をも一向に提示しようとしない。


その結果として、ポスト3.11フクシマ原発過酷事故を経験したにも拘らず、日本は、相変わらず一般国民の意識も低劣なままで推移しており、この非人間的で不埒な政治・経済状況、言い換えれば『野田政権と、それを原発利権只一点で支える原子村、経団連、大労組らの傲慢なる野合の構図』に対する怒りの表現も、欧米諸国の如き本格的巨大デモも起きない摩訶不可思議な国である(大阪の橋下現象は、この状況を狡猾に利用した一種のガス抜きB層戦略が的中したもの?これにたかろうとウロウロするばかりの民主・自民両党の魂胆は唾棄すべきで、橋下には脱原発アナウンス効果だけを期待したい!)。


(『歴史の天使』が『残余99%の一般国民層』のために見据えるオルタナティブ改革への期待)


現在の日本政治の決定的な誤りは、日本を改革する手段が、<輸出型大企業による供給増(サプライサイド重視)>と<貧困層・中間層へ過剰な負担を強いる“一律増税&福祉切り捨て”をセットにした新自由主義改革>以外にはあり得ないという<歴史的ドグマ>に深く嵌ったままでいることだ。


主要メディアも、肝心の多数派を占める一般国民層に属する多くの人々自身が、このことに気づいていないか、あるいは薄うす気づいていても問題を軽視しており、その意味で日本国民の一般的な意識は明治維新期から少しも前へ進んでいないともいえる。


ともかくも、この<歴史的ドグマ>の戦後史を遡ると、それは「プラザ合意」(1985)の翌年に「前川レポート」(中曽根内閣が日米経済摩擦によるアメリカの対日強行圧力を打開するため設置した首相の私的諮問機関『国際協調のための経済構造調整研究会』による報告書http://bit.ly/139Oys)が発表された時まで遡る(プラザ合意の意義と、その後の日本経済への影響の詳細については下記★を参照乞う)。


★ブレトンウッズ体制以降のアメリカ・マネタリズム政策の深層≒TPPが象徴する輸出型企業至上主義(ドル蓄積型重商主義)」の幻想が二クソンショック後のドル“悪貨仕立“の罠である、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110217


この「前川レポート」の意義は<世界が円高への流れに転じた為替環境に合わせ爾後の日本は輸出型から内需型へ転換すべき>との指摘にあるのだが、その意義の理解が遍く不徹底のまま、一層の輸出促進のための急激な大金融緩和による「バブル発生⇒同崩壊」のプロセスを経て<バブルで浮かれ税金の無駄遣いを正当化する悪習が身についてしまった自民党政権型の無責任バラマキ時代(失われた15年)>へ突入した。


それから15年後、新自由主義型の構造改革規制緩和市場原理主義とハード民営化への傾斜)を謳う小泉内閣(2001〜2006)が登場するが、これは新聞・TV等の主要マスメディアが演出したB層戦略に基づく「小泉劇場への熱狂」がもたらしたものであり、そのため、ここでも未だに「前川レポート=国家戦略として『地域経済と内需重視』の重要性指摘」の意義は正しく理解されなかった。


それどころか、内需のエンジンたるべき残余99%の中小企業と地方経済力(地域経済)の育成・保全・保護をことごとく犠牲にしてまで、ひと握りの輸出型大企業(1〜数%程度の企業数・従業員数・産出力シェアを占めるに過ぎない)への制度的支援が最優先され、その「1〜数%」が業績回復すれば、必ずや、大きく上がった利益はトリクルダウンで富裕層→中間層→弱者層へと、いわば川上から川下の底辺国民層と貧しい地方へ向かって遍く滴り落ちると喧伝され、それを財界・御用大労組・財務省・マスメディアらの癒着・野合構造体が煽りたてたのであった(関連参照、下記▲)。


GDPの8〜9割を占める「先進国を名乗るには恥ずべき日本独特の封建的産業構造問題に苦しむ残余99%の中小企業振興策」こそが焦眉の重要課題、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110217


小泉劇場は、公共事業に巣食う政治家(特に旧田中派)を悪しき構造(政治的悪玉)の象徴として狙い撃ちする姦計を巡らし、そのための重宝な方便・手段として使われたのがサッチャーレーガン流の「小さな政府論」(新自由主義思想)とワシントン・コンセンサスの流儀であり、その参謀的ブレーン役を務めたのが<あの逃げ税の達人、守銭奴の神様>こと、竹中平蔵先生であった。


小泉政権が偽装財政出動型の不良債権強行処理をしたあと、2003年から株価が上昇し2008年頃まで緩やかに景気が回復した。これに対しては、小泉がGDPに少しゲタを履かせるため担当官僚に鉛筆を舐めさせたのではないか?という疑念も出たが、其の後ウヤムヤとなったようだ。ともかく、そのため小泉・竹中および財界・財務省・主要メディア連合は「新自由主義思想に基づく構造改革」の大きな成果だと誇り、かつ驕り高ぶって、これを大いにメディアを使って喧伝した。


が、実際そうであったとしても、それは輸出型大企業を中心とする米国や中国への輸出増(外需への傾斜)がもたらした、特に一部の成果が目立ったに過ぎず、現実には、全国津々浦々で、寒々しい風景と化したシャッター通りと野放図な規制緩和で発生した中小事業者らが共倒れで喘ぐ悲惨な姿が拡大し、非正規雇用者と賃金格差が急速に拡がる超格差社会が深刻化した。


そして、既にその過疎地域の劣化した角層の一部から徐々に浸透していた原発マネー(原発毒饅頭の毒)が、地域財政の更に奥深くへと本格的に浸潤し始め、地方自治体財政と地域住民の生活と生命そのものを犯すことになった。


この凡そ1985年頃(第二次中曽根内閣)〜現在に至る<新自由主義構造改革>の時代は、1986年のチェルノブイリ原発事故にも拘らず、日本の原発(全54基)の約63%(34基)が造られた時代に奇しくも重なっており、それは「日本原発の技術高度化時代」を謳歌した<日本の原発建設ラッシュ期>であった(この経緯の詳細は第2章で後述)。


だが、決してこれは偶然の一致などではあるまい。そこには、強かに計算され『時の自民党政権と、それを支える原子村、経団連、大労組、御用学会らが密かに癒着・野合して作った計略』が仕込まれていたはずだ。


しかも、強欲かつ傲慢なことに、それ以前に造られ老朽化した残余の原発20基は「16年→40年→50年→60年?」と御用学者の屁理屈と詐欺的御用研究で延命され、日本の原発は絶対安全どころか不老不死へ変身してしまった。果たして、これが科学といえるのか?!だから、フクシマ3.11過酷原発事故は起こるべくして起こったのであり、決して想定外の大津波だけが原因だなどとは言えない(関連参照、下記画像&◆)。


【参考画像】日本の老朽化原発
・・・当画像はhttp://hibi-zakkan.sblo.jp/article/46915718.htmlより転載


原発の「高齢化」、前例なき領域へ−関電は今後5年で4基が40年に・・・美浜原発2号機は来年、運転開始から40年を迎えるが、問題なければ10年間の稼働が可能になる。が、50年にわたる(更に、延命60年さえをも視野に入れつつある?)原発は世界に例がない。http://www.bloomberg.co.jp/news/123-LQD9WZ0D9L3601.html


従って、今の民主党・野田政権は、口では“中間層の救済が私の使命”などと、しおらしいことを語る時もあるが(関連参照→首相,社会保障確立で中間層復活を(NHKhttp://www3.nhk.or.jp/news/html/20111204/t10014397671000.html)、実際には、この約30年に及ぶ<誤った新自由主義構造改革原発建設ラッシュの蜜月>なるオゾマシイ歴史の一部の“てにをは”を書き変えて、気楽に上書きしているにすぎない。


もはや、ここには、政権交代当初の意欲(欧州型の福祉ガバナンス理念へ接近するかも?という空気を一瞬ではあるが漂わせた)は微塵も存在しない。


今の民主党・野田政権がやっているのは、自らが属する既得権益グループの選択の誤り(原発カルト資本主義新自由主義的改革方向という誤った選択)を、狡猾にも、まるで三文芝居小屋の乞食役者風の平身低頭ぶりの仕草で周囲を騙しつつ強弁するという屈折した傲慢戦法で、その誤りの更なる偽装的ゴリ押しで国民主権を犯す仕事を進めており、全ての日本国民を悲惨な「最後の審判」(財政的国家破綻と巨大原発事故型国家破滅)へ導こうとしているのだ(関連で下記▼を参照乞う)。


▼「国策原発の保証人を務める“お白洲型”日本司法官僚」と「野田政権の原発・二枚舌国際ショー」の相乗効果によって高まる、天文学的な巨額国民負担発生の可能性、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111106


これでは、<野田・ブタ三枚舌系の大バカ総理大臣>と揶揄されても仕方がないだろう!従って、今からでも遅くはないので、残余99%を占める我々一般国民は、冒頭で紹介したパウル・クレーの「新しい天使」(=ヴァルター・ベンヤミンの歴史の天使)の意味を十分に租借しつつ、<オルタナティブ改革>の方向(日本としての、もう一つの政治のあり方)を選択することの重大性に気づくべきであり、その第一歩が<日本版、みどりの党>創設への期待ということだ。


2 民主・自民・中央官僚機構・原子村(御用学会等)・経団連・大労組らの野合・交尾が日本国民を犯しつつゴリ押す原発推進政策、その傲慢の深層


(日本原発推進史のエッセンス)


古代アステカの神官は明日の<日の出>を願って一人の生贄を自然の神に捧げたとされる。これは、いわゆるジョルジョ・アガンベン(Giorgio Agamben, 1942 – /イタリアの哲学者・美学者、http://ish.relove.org/mt/archives/000027.html)が言うホモ・サケル(Homo sacer/the sacred man/聖なる人間)の典型事例である(画像はhttp://bell.jp/pancho/kasihara_diary/2007_07_25.htmより)。


日々に生贄を神に捧げるのは、古代アステカの人々にとり日の出は必然でなく偶然であったからだ。つまり、彼らにとって明日という新しい1日は絶えず蓋然的な出来事と認識されていたのだ。今から見れば、この古代アステカの生贄文化は野蛮・残酷に見えるが、そう簡単には割り切れないだろう。それは、人間社会の原点には今でも同種の残酷が遍く内在するからであり、本来は、この厳しい現実を率直に認める謙虚さこそが人間の証であったはずであるからだ。


つまり、それは<99%を占める貧困&中間層労働者の使い捨て>から<フクシマ3.11過酷原発事故と、それによる恐るべき放射能汚染の被害拡大>に至るまで凡ゆるレベルの残酷・残虐という悲惨な現実が現代の世界でも遍く我々の周囲に満ちみちているということだ。そして、絶えざる、その克服の継続努力の中にこそ、我々が日々に生きることへの意味付けがあるはずなのだが、このリアル世界を忘却したか、あるいは意識的に捨てたのが<民主・自民・中央官僚機構・原子村(御用学会等)・経団連・大労組らの野合・交尾構造体なる1%>に属する人々である。


他方、我われ人間社会は、長く血みどろの抗争・殺戮史と残酷で悲劇的な自然災害の繰り返しの果てに、ともかくも凡ゆる宗教の中の覇者(グローバル・スタンダード)として生き残ったキリスト教文化から芽生えた近・現代民主主義(啓蒙主義思想)と、その分身であるグローバル資本主義社会を広く定着させ、漸く現代に至ったと仮説することが可能であるだろう。


このような地平から展望すれば、資本主義へのアンチテーゼとしての共産主義社会や社会主義社会の理想すら、同じ穴の不遜かつ傲慢なムジナであろう。そして、その愚かな傲慢さの典型が<日本原発推進の歴史=原子力平和利用(原発)を巡る資本と大労組の交尾・野合関係(原子村の原点)>という唾棄すべき現実なのだ。


なお、資本主義へのアンチテーゼとしての共産主義社会や社会主義社会の典型が、原発カルト資本主義と同じく原発をブースター・エンジンと位置付けた旧ソ連科学的社会主義だったが、その化けの皮が1986年のたチェルノブイリ原発事故で見事に剥がれたという訳だ。しかし、時間の経過と世代交代により、旧ソ連邦に属した中東欧諸国(ポーランドベラルーシリトアニアなど)で原発へのリスク意識が薄れつつあるのは由々しきことである。


かつて、1978米スリーマイル島原発事故、1979敦賀原発放射能漏れ事故のあとに原発反対の世論は一時的に高まり、1986年のチェルノブイリ原発事故で大きな緊張感が走ったものの、1990年を境に原発賛成の世論が再び増加し、我が国で必死に叫ばれた原発反対の声は1995年のもんじゅ事故や1999年の東海村事故が起きても低下し続けた。


これは、「広報・広告費と政界工作費合計3千億円という破格の巨額資金を誇る電事連(出典:志村嘉一郎著『東電帝国』)」および、夫々が並べて数百億円規模の「巨額宣伝・広報費を操る電力各社」による“対全国民洗脳活動”の賜物であった。


1980年代には、<日立・東芝三菱重工原発メーカーが率いる電機連合原発推進の電力総連>が<原発反対の総評・社会党ブロックの国労全逓自治労日教組>に原発容認を飲まなければ労働戦線の統一はできないと主張し、<江田五月菅直人社民連メンバーが社会党から離脱し原発容認政策>を展開し始めた。


更に、アメリカの強力な後ろ盾を得て原子力予算を確保した(1954)実績で実力を誇示できる立場に立った中曽根康弘が1982年に首相になると、レーガン政権の後押しを受けて「新日米原子力協定」を締結した。日本の核武装を心配する米議会の反発で協定批准は難航したが、1988年に発効し<原発核燃料サイクル開発の体制>を整え、これ以降、原発建設が加速することになった。


一方、1970年代いらい行き詰まりを見せたグローバル資本主義の生き残り策として、米レーガン、英サッチャーの両政権が相次いでハードな民営化を唯一の武器とする「新自由主義政策」に取り組み始めた。それに倣った中曽根政権は<原発反対の旗頭>である「国労を潰す」と明言して国鉄分割民営化に踏み切った。無論、民営化の全てが悪なのではなく、過剰に民営化へ突っ走り、福祉ガバナンス意識が薄れたことが問題であったということだ。


やがて、中曽根の戦略は見事に功を奏し、まず国労が、続いて総評が、遂には社会党が解体し始めた。そして、その一連の奔流の中から「経済発展・経済成長のための強力な原発推進」を明言する<労働貴族層の中核>としての「連合(日本労働組合総連合会)」が発足した。


当然ながら、この連合に加盟する「全国電力関連産業労働組合総連合」が原発推進の要であり、彼らは、電力・電機系財界人らとともにポスト・フクシマ3.11の今でも日本の原発政策の推進力であり、民主・自民両党(政界)への強力な原発ロビー・パワーである(関連参照→「脱原発は困る」 電力労組、民主議員に組織的な陳情
http://www.asahi.com/national/update/1201/TKY201111300881.html)。


レーガンサッチャー、中曽根が掲げた新自由主義戦略の狙いは、当時において、既に行き詰まっていたグローバル資本主義を根本から改革するための障害と見なされるものの徹底的な排除と除去である。つまり、今風にいえば、それは<99%の一般国民層(貧困層〜中間層)のために役立つ本物の労働組合>から政治的影響力を根こそぎに削ぎ落すことであった。


そして、この不可解で傲慢極まりない労使関係(財界・労働界・政界の原発推進を巡る癒着・談合)は、特に日本の中曽根政権下で功を奏し、いわゆる<労働貴族層の中核>を担う大労組(見かけだけの外形的左派)が自民党政権および財界と深く密かに野合・交尾するという、まこと特異な日本型アングラ・ショップ制?(分かち合いのオランダ・モデルならぬ、1%の特権的国民主権へのみ十分配慮する左右・労使談合&対一般国民搾取型の)が完成した。


因みに、この世界でも稀な日本型アングラ・ショップ制(財界・労働界・政界の原発推進を巡る癒着・談合)をエンジン型中核構造とする<搾取>で得た輸出型大企業の内部留保(欧米企業に比べ格段に厚い)は優に260兆円を超えており、その約3割の約80兆円を原発関連企業が占める。実は、このように歪な<搾取構造>が資本主義に付き纏うことは、既にケインズが名著『雇用・利子および貨幣の一般理論(1936)』で述べていたことだ。


【参考画像】原発関連企業の内部留保一覧


経済理論的に見ても、日本型アングラ・ショップ制(財界・労働界・政界の原発推進を巡る癒着・談合)をエンジン型中核構造とする<搾取>で得た輸出型大企業の内部留保(欧米企業に比べ格段に分厚い)は資本主義のあり方として明らかに邪道だ。そもそも、こんなバカ資本主義型経営をやって経済システム全体(全需要構造)が崩壊すれば、1%の富裕層も99%の貧困&中間層もあったものではなく、皆が一蓮托生で同じくオジャンではないか!


だから、野田政権は、この<異様な日本型搾取構造>と、その原因を作り続ける<原発推進政策の流れ>を放置して“一律”消費税へ突っ走るよりも、先ず取り組むべきことがあるのだ。例えばドイツの事例にある如く<脱原発宣言で再生エネルギー型の経済へ大きく舵を切ること>と<この溜まる一方の巨額内部留保の一部を若年世代の社会保障費等に還元させる工夫>を上手く組み合わせれば、それは強力な内需拡大策となり得るのではないか!そして、このような論点を放置する経済学者たちも、一体、何をやっているのか!といいたくなる(ドイツの事例関連で下記◆を参照乞う)。


◆ジルビア・コッティング=ウール、ドイツ緑の党/同盟90 核原子力問題担当スポークスウーマン『核のない社会を創りだすために2011.11.17−23、日本語/翻訳版』http://greens.gr.jp/pdf/2011Silvia_presen_note.pdf


ともかくも、日本型アングラ・ショップ制(財界・労働界・政界の原発推進を巡る癒着・談合)こそが、ポスト・フクシマ3.11の日本を今も強引に牛耳る<傲慢かつ尊大な原発推進派のための政治・経済システム=原発をブースターとする原発関連利権層のための資本主義経済>の実像なのだ。従って、評判が散々だった民主党・カラ菅政権を引き継いだ野田ドジョウ政権も相変わらずギニョール政権(宗主は、表記の財界・労働界・政界の原発推進を巡る癒着・談合体と米国)の醜態を臆面もなく内外へ晒しているという訳である。


オルタナティブとしての『日本版、みどりの党』創設への期待)


このような意味で、特に日本では、人間社会における<公正な普遍的価値>の「転換と葛藤(人権を巡る正統と異端)」を巡るせめぎあい、言い換えれば本物の民主主義と公正資本主義の実現を巡る闘いは終息しておらず、これからが正念場と見るべきだ。無論、程度の差こそあれ、事情は世界も同じであり、例えば、あのN.Y.2011.9.11の真相ですら、未だに両極端の狭間を揺れ動き、その余震が絶えず世界を脅かし続けているではないか。


折しも、民主・自民・中央官僚機構・原子村(御用学会等)・大労組らと深く交尾(つる)む日本経団連(米倉会長)は、「メンバー300人の全会一致原則で原発再稼働を決定http://blog.livedoor.jp/mmc311/archives/53274262.html」なる原発推進への援護射撃に加え、電事連らとも結託して露骨な対政府ロビー活動(巨額マネー爆弾投下等?)も再起したようだ(関連参照→電力9社、政界工作で連携 担当議員決め資金協力や接待http://www.asahi.com/national/update/1008/TKY201110080544.html)。


対して、ポスト・フクシマ3.11での原発推進は狂気の沙汰だと主張する孫 正義ソフトバンク社長が、残余の全メンバーから只一人だけ異端視され猛攻撃を受けている姿は奇っ怪極まりない(孫 正義を欲たかりの政商だ、帰化人だと批判する向きがあるが、それではケツの穴が余りにも小さすぎる!)。見方を変えれば、日本の老朽化原発同様に、超高齢化した日本財界の中枢が中性子脆性劣化ならぬ<原発マネーを浴び過ぎて脆性劣化>しているのだ。


ともかくも、<脱原発>と、その前提となる<発送電分離>に対する原発利権層(財界・労働界・政界の原発推進を巡る癒着・談合体)からの反撃はかくも過激である(関連参照→「経団連は東電がフクシマ原発過酷事故を起こしたことを先ず詫びろ(孫)」「理解に苦しむ(米倉)」 原発めぐり孫VS米倉会長がバトル
http://money.jp.msn.com/news/j-cast/article.aspx?cp-documentid=5627006)。


他方、本命の脱原発への重要プロセスである「再生可能エネルギーを増やす目的実現の要となる調達価格等算定委員会」の人事案に対して、自然エネルギー推進派サイドから批判が強まっている。それは、その国会同意人事案で5人の算定委員会に再生可能エネルギーの普及を阻んできた3名が入っており、まさに原発推進派による骨抜き工作が仕掛けられているからだ(参照→
http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/56dd89691e3fe6a6ef2629188d315ae7)。


再生可能エネルギー買取法」(http://www.wwf.or.jp/activities/2011/08/1009326.html)の運用を決める当委員会の設置は法律に基づくものではなく民主・自民・公明の協議で設置されたので、委員の人事は事前に3党からの推薦となる。だから、このように露骨な原発推進派の談合がまかり通るようでは、明らかに原発推進派の意向が「再生可能エネルギー買取法」の行方を左右することとなり、結局は<民主党自身が再生エネルギーの拡大に反対している>ことになる。


(関連、注視情報)


【QT/みどりの未来MLより】「再生可能エネルギー促進法」(菅元総理の評価は別として、その首と引き替えに国会で成立した)法律の精神から、自然エネルギーによる発電の買取を促進すべきことは明確ですが、

                        
その実行の仕組みを作る政府提出の人事案に、自然エネルギー買取に反対意見を持つ人を多数入れて、自然エネルギーの買取を阻害させる人選案を出しています。


これに対し、既にNGO諸団体はこの事態に緊急アピールを出しました。


「緊急アピール「国会同意人事案は異議あり!」」  
http://groups.google.com/group/e-shift/browse_thread/thread/ca889b31b86c8374  


今回、国会の議員を巻き込んで再生可能エネルギー促進法の調達価格等算定委員の人選に異議ありを、広く国民に知らせるために記者会見が行われます。


マスコミでない独立系メディア、関心のある方、ぜひ取材をお願いします。2011.12.5 寺島 


 日時:2011年12月5日(月)16:30〜
 会場:衆議院第一議員会館 第5会議室
 発言者:飯田哲也(環境エネルギー政策研究所所長)
     阿部知子衆議院議員社民党
     河野太郎衆議院議員自民党
     その他、与野党国会議員調整中
 主 催:国会議員・環境NGOの有志


 連絡先:国会内・阿部知子事務所TEL: 3508-7303,衆議院内線50424
気候ネットワーク TEL:3263-9210


関連サイト・・・


◎再エネ法の調達価格等算定委員会委員に不適正なメンバー案
 再生可能エネルギー推進には適正人事への再考が不可避
 URL:http://www.kikonet.org/iken/kokunai/2011-11-24.html


◎緊急アピール:「調達価格等算定委員会」国会同意人事案は
 異議あり!偏っている!差し替えて!
 URL:http://www.kikonet.org/iken/kokunai/2011-11-30.html


・・・・・


今や、この種の民主・自民・公明の野合と原子村・経団連らによる「脱原発」動向への反撃的で強引な行動が意味するのは、むしろ一般国民の心が益々「原発推進」から掛け離れたものとなりつつあることへの財界・労働界・政界の原発推進を巡る癒着・談合体の危機感の証ではないか。それとも、財界・労働界ら原発推進を巡る癒着・談合体から民主党のお歴々に対するマネー爆弾投下作戦が一層激しくなったのだろうか?


つまり、<ホンネでは原発推進派である民主党自身が、一層高まる脱原発への国民意思に焦り始めた>のが実態であるのかも知れない。見苦しいゾ、民主党! だから、我々一般国民は、枝野経産相が一旦は口にした<再生エネルギーを拡大する>というコトバを巡る本気度がどの程度なのかを今こそ厳しく注視しなければならない。


脱原発」派の国民が懸念するのは、中性子照射等で必然的に発生する原発の脆化構造部分、あるいは殆どの専門家が否定する応力劣化のひび割れ、または劣化配管破断(のべ配管の長さは一基当り2千kmに及ぶとされる)など原発の構造自体が大地震動で破壊され得る(原発が巨大重厚な複雑構造物であるからこそ何らかの原因でのひび割れや材質の劣化が進行すれば地震動がその傷口から大きな破壊をもたらす可能性が高くなる)という原発の本源的脆弱性の問題である(この詳細は、下記★を参照乞う)。


★野田政権が騙る「優秀な日本原発」のアキレス腱(四つのウソ/絶対安全、環境保全、経済効率、本源的堅牢性)http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111106


しかし、現政権を含めた日本の腐敗政治は、相変わらずカネに対し底なしの強欲状態だし、彼らには微塵も謙虚な反省と学習効果が見られない。だから、原子村、財界(経団連ほか)、中央官僚機構、大労組、御用学者らは記者クラブ・メディア(電力各社と電事連の巨額対策資金と身辺等調査網の監視下に絡め捕られている)の支援も受けて益々図に乗る構図となっている。


つまるところ、原子村、財界(経団連ほか)、中央官僚機構、大労組、御用学者、記者クラブ・メディアら広義の原子村の住人たちは、毎日の<日の出>の現象が<地震動なる大自然の蓋然的営み>と何処かで繋がり得るという驚異に満ちた自然世界の現実を、現代人ゆえの狭隘な<科学的無謬性の観念>と同一観念化するという意味で、人間と大自然との関係の理解に関する限り古代アステカの神官の足元にも及ばぬ大錯誤に嵌っているのだ(←この詳細は第1章を参照乞う)。


言い換えれば、これら広義の原子村の住人たちは余りにも異様な錯誤の精神環境(自然界に偏在する生命よりも原発が大事というゾンビ的倒錯)”に嵌っているのだ。


つまり、我われが大自然の営みの一環としての生身の人間であるからこそ、必然的に、事故・天災・自然劣化・残酷・残虐・老化・死らの現象が絶えず際限なく身に迫る可能性がある(これはエントロピー理解の基本でもあり、此処にこそ正当な意味での人間が生きる意味と人間のための情報論が基礎づけられる)にも拘らず、彼ら<広義の原子村の住人たち>は、この恐るべき現実を無視するという、現代人にあるまじき<殆どカルト同然の傲慢>に深く酔いしれているのだ。

従って、その<広義の原子村の住人たち>が深く酔いしれている<殆どカルト同然の傲慢・強欲>の毒消し効果と、彼らを覚醒させる役割を担うべく期待されるのが、オルタナティブとしての『日本版、みどりの党創設』への期待ということだ。


・・・・以下は、同表題の記事(2/2)へ続く・・・・


同表題の記事(2/2)の章立て(予定)


3「原発エンジン型資本主義」の暴走で変調した日本市場原理主義の病理
・・・<付> その中核に巣食うのが、「もんじゅ」、「六ヶ所再処理工場」、「原子力協定」の強行が象徴する、重篤な日本原発カルトの病状


4 変調する資本主義への唯一の処方箋、日本型「みどりの党」創設への期待(オルタナティブの未来の選択)


(1)みどりの党の原点、ドイツ緑の党の歴史から学ぶべきこと


(2)日本型「みどりの党」への期待(もう一つの未来の選択)