toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「オランダの光」の伝説(revised、6/6)(1)



既述のことですが、17世紀に入った頃のオランダで、後世に大きな影響を与えたという意味で注目すべき風景画家が現れます。実景に即しつつ抑制的な単色に近い色調で、恰も写真のようなリアルさで描く「単色様式(単色色調様式)の風景画」を確立したサロモン・ファン・ライスダール(Salomon van Ruisdael/ca1600−1670)とヤン・ファン・ホイエン(Jan van Goyen/1596-1656)の二人です。ところで、このヤン・ファン・ホイエンは、チューリップ・バブル市場に首を突っ込んでしまった不運な(?)画家です。画家として成功したホイエンは、稼いだ金をチューリップ相場に投資しましたが、バブルの崩壊で破産していたのです。ホイエンはバブル崩壊から20年を経た1656年に世を去ります。その時になってもまだ897ギルダー(現価換算で約1,800万円)の負債が遺族に残されていました。その間、ホイエンは巨額の負債の返済のために“優れた風景画”を描き続けたことになるのです。


 チューリップ・バブルが発生したのは1634年ですが、この頃のレンブラントは“サスキアとの結婚、アムステルダムの市民権獲得、聖ルカ組合(アムステルダムの画家組合)入会”と順風満帆でした。その2年前には、彼の名声を一気に高めた『ニコラス・テュルプ博士の解剖学講義』を完成させています。そして、1639年にレンブラントは1.3万ギルダー(現価換算で約26,000万円)の大邸宅(現在の美術館「レンブラントの館」)を購入しています。しかし、この邸宅を買ってから14年後、レンブラントが47歳になった時に8,470ギルダー(現価換算で約17,000万円)の未払い金を請求されて、更に9,180ギルダー(現価換算で約18,000万円)もの借金をしています。


 ピーク時には年収が0.5万ギルダー(現価換算で約10,000万円)もあったとされるレンブラントは、一体どのような金銭感覚の持ち主だったのでしょうか。レンブラントがホイエンのようにチューリップ相場に手を染めたかどうかは分かっていません。しかし、バブルが崩壊した頃にレンブラントがチューリップの競売場に出入りしたという記録が残っているようです。いずれにせよ、オランダのみならずヨーロッパ中に名声を広げたレンブラント工房の親方は破産状態のまま63歳の生涯を終えたのです。また、破産で生涯を終えたということではフェルメールも同じです。彼の妻の証言記録によれば、晩年のフェルメールは絵を殆ど描かなかったようです。兼業していた画商の仕事も第三次英蘭戦争の余波を受けて不振となり、11人の子どもを抱えた生活が困窮した悲惨な状態の中で病魔に侵され、43歳の生涯を閉じています。フェルメール没後の一家は破産宣告を受け、絵も含めたフェルメールの全財産は競売になりました。



 17世紀「オランダの光」の代表者ともいえる二大巨匠、レンブラントフェルメールは、このようにして共に経済的なバランス感覚を失ったまま生涯を終えていますが、このことによって彼らの芸術家としての価値が貶められることはあり得ません。それどころか、神の領域に入ったのかとさえ思わせるような絶妙な美の表現技術に到達する一方で、対象物とモデルを射すくめるほどの冷静な視線で画架をなぞることで創造されたレンブラントフェルメールの美の造形は、米国一極主義に抑圧され混迷の暗闇の中で進むべき方向を見失いつつ生きざるを得ない我われ世界市民に対して、現代人が忘れ去ってしまった人間にとって最も大切な価値観を未知のバックスキャンの「光」として未来から照射し続けているのです。


 彼らの偉大な美の創造という営為がもたらした、このように厳しいほど精妙なバランス感覚と比べてみれば、ヒューマニタリアニズム(humanitarianism/平和的人道主義)への関心を失い只管ゼニ・カネの増大(付加価値ではない!)を追い求めることだけにしか興味がない輩、つまりゼニ・カネの悪魔に魂を売り払った拝金マネタリストたちが、恰も自らが世界を支配する神でもあるかの如く横柄に振舞う市場原理主義に毒されている現代社会こそ貶められて然るべきだと思います。しかも、このような混迷の世界を指揮する第二期・ブッシュ政権アメリカの狂信的なキリスト教原理主義者たちによって強力に後押しされているのです。そして、このブッシュ政権に傅く日本政府(小泉政権)の根本にも“平和的人道主義などは馬鹿げた道徳的な孤立主義だ”という考え方が潜在しているのです。しかも多くの日本国民は、この“深刻な事実”について無関心であり、また、大方のマスコミの怠慢もあって意図的に無知にされ続けています。


 今、イラクの状況は底なしの混迷に嵌っていますが、併行して「イラン核疑惑関連」の問題が次第に大きな影を世界に落としつつあります。イラン政府は、11月14日、交渉中の英・仏・独三カ国との間で、ウラン濃縮関連活動(イラン中部ナタンズのウラン濃縮施設/核開発疑惑の焦点となる施設)を全面的に停止すると発表しています。しかし、同じプロセス(英・仏・独との交渉)での合意が、IAEAの対応に反発したイランによって昨年10月に破棄されたという事実があるので予断を許しません。そもそも、1970年代にイランに対し原子力発電を勧めたのはアメリカ政府であり、イランは最初の原子炉をアメリカから買っています。その後イラン革命(1979)でパーレビ国王が退位するとアメリカ主導の原子炉促進計画は頓挫しますが、代わってソ連と中国が関連技術と資材を提供するようになります。


 その後、アメリカの圧力によって中国は表向きイランへの関連資材提供などを中断します。しかし、水面下での技術強力は続行されたようであり、1991年のソ連邦の崩壊後は、ロシア(旧ソ連)の原子力関連技術と人材がイランへ導入されています。また、不気味なのはイラン・パキスタン・インドが原子力発電(内実は核開発)に関連して歩調を合わせる動きがあることです。いずれにしても、このように危険な発火装置状態のイランに点火するとすれば、それはアメリカのブッシュ政権だと見做されています。イランはペルシア人インド・ヨーロッパ語族)という単一民族からなる人口約7千万人(イラクの約3.5倍)の大国です。多数のアラブ部族の集合体であるイラクと異なり、政教一致単一民族国家を敵に回すほど愚かなことはないはずなのですが、これも強固なキリスト教原理主義に支えられるという意味で“事実上の政教一致”の好戦的なブッシュ政権だけに気がかりなことです。しかも、世界の常識となってしまった強固な日米軍事同盟によって、万が一の「イラン戦争」の場合にも日本はアメリカに加担せざるを得ないのです。これが“平和的人道主義などは馬鹿げた道徳的な孤立主義だ”と見做す現在の日本政府が守ろうとする“国益”の実相なのです。


 現在のオランダは、人口規模と国土面積の面から見る限り小国ですが、世界の中でその人口密度が最も高い国の一つです。オランダの人口は1,600万人(1999)、面積は4万1千526k㎡(九州よりやや小さい)なので、1平方キロメートルあたり約385人の人口密度となります。経済規模を示すGDPは、3,843億ドル(1999/現価換算で約42兆円)で、日本(約500兆円)の1/10にも満たないのです。しかしながら、国民一人当たりの所得水準は世界でトップクラスです。しかも、国土の約3割は海抜0メートル地帯(北部、西部を中心とする)という過酷な環境条件です。全般的な気象条件は、「小氷河期」が始まったばかりの中世後期ほどではないにしても、全般に気象が不安定で、一年間を通して予測し難い悪天候に見舞われることがあります。最も過ごしやすい時期は6〜8月の夏で、乾燥した日が続きます。ただ、朝・夕との温度差が大きく、特に雨が降った時は要注意です。9〜3月の7ヶ月は、どんよりした曇りや霧雨の日が多くなり、湿度も高くなります。冬季の寒さはかなり厳しいものとなり、日照時間も短くなります。地中海に臨む南フランスやイタリア半島の気候と比べると、かなり過酷な気象条件であるといえるでしょう。


 また、オランダは、少なくとも700年以上もの長い時間をかけて殆どが水面下という劣悪な自然環境と闘いながら、自らの国土を干拓によって創ってきたという特異な歴史を持っています。しかも、その国土の上では地政学的な条件からフランス、スペイン、ドイツ、イギリスなどの大国から度重なる干渉を受けてきました。特に、周辺の「水」と付き合い続けざるを得ないという逆境の中から、先進的な土木技術と優れた国民の合意形成能力が培われてきました。国民一人あたりで世界でトップクラスの経済水準を維持できる理由の一つをあげると、例えば、それは知恵を尽くした外資導入システムの構築と関連法制の整備・充実です。これによって数多くの多国籍企業が本社をオランダに置くようになっています。また、文化経済レベルでは、グーテンベルグよりも先立つとされる出版・印刷の歴史と伝統を生かして、例えば世界の学術・文化の中心地に相応しいエルセビア社などのような学術出版事業を保護・育成する政策を持続しています。無論、オランダは世界でトップレベルの教育・文化行政を誇っています。


(2004.4.17、News-Handler初出)