toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

ドグマからの脱出/同じ「現実」でも認識は“いろいろ”


<注>この記事はB/Nです。


  ニュートン(Isaac Newton/1643-1727)が著書『光学』の中で近代的な意味での色彩論を論じたのが1704年で、ゲーテ(Johan Wolfgang von Goethe/1749-1832)がニュートンの科学分析的(還元論的)な色彩のとらえ方を批判し感覚・認識論的な観点から著書『色彩論』を発表したのが1810年であることを思うと、ティツィアーノ(Tiziano Vecellio/1476-1576)、ジョルジョーネ(1478-1510)、ヴェロネーゼ(1528-1588)らヴェネチア派の画家たちが、詩的あるいは官能的で、しかも明るく見事な光の色彩の巧みを見せてくれる絵画を16世紀のイタリアで実現したことは驚異です。


  なぜなら、ニュートンがプリズムによる太陽光のスペクトル分析で、光がおおよそ七つの単色光に分解されることを示し、またスペクトルで分光された色の中から任意の二つの色を選び混合すると、自然の光の中で存在する他の色(固有色)と同じになること(メタメリズムの原理/metamerism=この世界には、同じ色に見えても固有色(一つの波長の色)と混合色(複数の波長が重なった色)が存在するという“事実”(科学的現象としての真実)の発見!/これは色彩認識論に関する古くて新しい問題で奥が深い)及び光のスペクトルの混合が白色光になること(加算混合)などを実証して光の三原色が赤・緑・青(現在はヘルムホルツ(独・生理学者、物理学者/Hermann L. von Helmholtz/1821−1894)の三原色である赤・緑・菫が規準とされる=カラーテレビ等の発色原理)であるという現代人の科学常識的な考え方に限りなく近づいていたにもかかわらず、およそ19世紀に入る頃までの長いあいだ、専門家か一般人かの別を問わず、世界中の殆どの人々が「光の三原色」と「絵の具の三原色」は同じものだと頑固に思い込んでいたからです。


  つまり、大昔からプロの画家たちは経験的に「絵の具の三原色」の原理(様々な絵の具を混合すると黒になる減算混合のこと)は理解していたが、光の色の三原色の知識(加算混合の理解)は持っていなかったはずだからです。しかし、およそ、その100年前の時代に生きたティツィアーノなどヴェネチア派の画家たちは、ニュートンの『光学』を知る由もないまま、暗い地塗りの顔料に明るい色が混ざらぬように様々な技法上の新機軸(例えば、徹底的に乾燥させた下塗りの上に不透明絵の具で厚く塗り重ねて、可能な限り明るい発色の色面をつくるグアッシュなどの新しい技術)を創造していました。


  このような意味で、ヴェネチア派の絵画はマネ(Edouard Manet/1832-1883)、モネ(Claude Monet/1840-1926)らに始まる印象派の実験(近代外光派の誕生=小分けにした色彩の並置による、網膜上での加算混合を実現する技術の誕生/現代人にとって常識的な絵画空間の共有)まであと一歩の段階に到達していたのです。つまり、ヴェネチア派の画家たちは“色彩論に関する科学的な現実認識”を約300年も先取りしていたことになるのです。
  このような、色彩にかかわる美術史上の知見から学ぶべきことは何か? 今、世界では「テロリズム」(極貧者や悲惨な被抑圧者の抵抗原理+宗教原理)と「予防戦争論」(軍事的・金銭的勝者の原理+宗教原理)という二大原理主義が跋扈しており、「平和」の現実はコンマ以下の隅っこに追いやられ、その存在意義が風前の灯火となっています。


  だから、我われが、このような「色彩論」にかかわる美術史(歴史)的なエピステーメ(episteme/歴史を通して、我われ人間が漸く獲得し得た理性的視座)から学ぶべきこと、それは、「平和」や「戦争」に限らず、我われはもっと、この世の“現実”(リアリティ/社会的出来事、環境・自然現象など)に対し、自らが囚われている固定観念とドグマから脱して謙虚になれということだと思われます。そのような精神環境の対極に位置するのが「●●原理主義」、「▲▲原理主義」を振りかざす立場だと考えられます。


  いずれにせよ、ヴェネチア派の色彩処理の技法はフランスのバルビゾン派印象派など本格的な外光派に大きな影響を与え続けたという意味で、美術史上、極めて重要な位置を占めているといえます。従って、フィレンツェルネサンスヴェネチアルネサンスの相違点、及びこれらが後世の美術史に与えた影響を俯瞰しておくことが重要だと考えられますが、この課題については日を改めてまとめることにします。


<参考URL>

http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/index2.htm


(2005.9.8 NewsーHandler、初出)