toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

シリーズ、『市民政治』の再生を考える[1]

toxandoria2005-06-25


【画像】アンブロジオ・ロレンツェッティ(Ambrogio Lorenzetti/ ? -ca1348)『Allegoria del Gattivo Gererno(particolare)/善政の寓意』ca1338-1340 affresco、Palazzo Pubblico 、Siena (大きい画像は下記URLを参照)・・・シエナ市庁舎の壁画であり、この画像(部分)は「暴政」(暴君が支配する政治)の寓意を描いたものである。
http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/friend.htm


[ロレンツェッティ『善政の寓意』について]


 この絵画は、シエナ市庁舎の「平和の間」にある壁画『善政の寓意』(六面の連作)の一部であり、この部分は「暴政」(暴君が支配する政治)の寓意を描いたものです。この絵の作者アンブロジオ・ロレンツェッティはシエナ派(13世紀末から14世紀にかけて中部イタリアのシエナを中心に栄えた一派)の画家の中で最も重要な人物の一人です。彼の作品の特徴は、空間表現が遠近法的正確さに接近していること、人物の表情描写が精妙であること、そして独特の優雅な雰囲気(中世末期キリスト教美術に共通するクオリア)が漂っていることです。なお、アンブロジオの兄、ピエトロ・ロレンツェッティ(Pietro Lorenzetthi/ca1280-1348)も14世紀シエナ派の代表者の一人です。ピエトロの作風(http://www.abcgallery.com/L/lorenzetti/plorenzetti7.html)の特徴は、深い精神性とドラマチックな感情表現です。


 このアンブロジオ・ロレンツェッティの壁画は、14世紀シエナ派絵画の最高傑作であるとともに共和主義の理想を完璧に近い形で表現し得た絵画であり美術史の上で重要な作品です。ギベルティ(Lorenzo Ghiberti/1378-1455/イタリア(フィレンツェ)初期ルネサンスを代表する彫刻家)は、シエナの画家たちがシモーネ・マルティーニ(Simone Martini/ca1284-1344/ローマ法皇の地アビニョンで晩年を送ったシエナ派を代表する画家/敬虔なゴシック的情感に満ちた表現が得意/http://www.ibiblio.org/wm/paint/auth/martini/)こそがシエナ派最高の画家であると述べていたと、著書『コメンターリ』(プリニウスを手本とした美術家の最初の自伝、ジョットからその時代までの絵画の歴史/http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/kannenpy.htm)の中で述べています。が、ギベルティはそれに続けて、実はアンブロジオ・ロレンツェッティこそが遥かに偉大な画家であったとも書き残しているのです。ギベルティはクアトロチェント(Quattrocento/1400年代、つまり初期ルネサンス)の芸術家ですが、彼は一時代前(Trecento/14世紀、中世キリスト教末期美術の時代様式の呼称)の画家、アンブロジオ・ロレンツェッティを非常に高く評価していたのです。


 しかし、ロレンツェッティはドウオーッチョ(参照、http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/index2.htmの画像及び説明)やシモーネ・マルティーニの陰に隠れてあまり目立たぬ画家として見過ごされる傾向があり、20世紀初頭になってから漸く見直された画家でもあります。また、アンブロジオはシエナ派の画家でありながら、実際にはフィレンツェでの仕事も多く手がけています。ただ、フィレンツェ時代の作品は殆ど残っておらず、唯一、ウフィッツィ美術館に『聖ニコラ伝』のパネル(http://www.abcgallery.com/L/lorenzetti/alorenzetti22.html)が残っているだけです。


 ところで、このシエナ市庁舎の「平和の間」にある壁画『善政の寓意』(六面の連作)は、アリストテレス(http://www.qmss.jp/interss/01/materials/nikc-54.htm)的な公共善・正義・平和(アリストテレスの正義の根本は公正な配分ということにある)を体現する「善き政府のアレゴリー」と「悪政のアレゴリー」が大きなテーマとなっています。ここで掲げた部分は、「悪政のアレゴリー」の中心に居座る「暴君」の図像です。「暴君」の周辺には、御用学者、強欲な聖職者、令色で巧みに高給を食む官僚、隠微で慇懃無礼な徴税官など小心のクセに悪魔的な魂胆の人物図像が配置されています。一方、「暴君」の足元には「平和の擬人像」が拘束・抑圧された姿で寝転がされています。布と紐でグルグル巻きにされた憐れな「平和の擬人像」(弾圧・抑圧された都市市民たちの象徴でもある)を繋ぐ長い紐を手にした、強欲そうに見える悪人面の人物像は、イラク戦争で捕虜を虐待した米兵たちのイメージを呼び起こします。一方、鬼のように二本の角が伸びた「暴君」の薄ら笑いを無理に押し殺したような不気味な口元から漏れ聴こえてくるのは「テロとの戦い」、「悪の枢軸」、「増税なくして成長なし」などの恐ろしげなヒトラー口調の雄叫びです。つまり、ここで描かれているテーマを一言で言えば「平和を望む意志と生存権を奪われた市民たちの苦しみ」ということになります。


(注)1 このシリーズは少し長くなる可能性があります。今のところ、どこまで長くなるかは見当がついていません。なぜなら、資料・情報を集めながら、そして参考図書を読みながらアドホックなスタンスで書く予定だからです。また、全体構想を練った訳でもありませんので、途中で過去の記事が大きく修正される可能性もあります。また、未完のまま放棄されてしまう可能性もあります。このように“無責任”な試みができるのはBlogならではのことだと思います。


(注)2 このシリーズを書くことになった切欠の一つはNHKテレビ番組『日本のこれから』を見たことです。
(参照:http://www3.nhk.or.jp/korekara/top_content.html


(注)3 また、次のBlog記事(★)もヒントになりました。
(以下、そのBlog記事からの引用、★http://d.hatena.ne.jp/ecm/20050624


・・・引用開始・・・


横になりつつ、NHKの「日本の、これから」を見てました。


これ、明日も絶対見よう。何かさ....... 生き続けるのが怖いな、とか、みんなが思わないでいられる社会にしたいよね.......。


「自分には子供を生む予定は無いから関係無い」で、済ませられる問題じゃあないよなあ。


遥洋子嬢の発言がとっても冴えてた。テレビの前で「クーッ!」となった時、
視聴者が思ってる事をを全部代弁してくれた感じ。


選挙には、ほんとにキチンと自分の頭で考えて、選んで、ちゃんと投票に行くべきと改めて思った。


所得税の見直しとか、不安なニュースでいっぱいの世の中、


選挙権を放棄した人が「税金高すぎ」とかぼやいたって認めないよ、私は。行きたくても権利を得られない在日外国人


だって沢山居るのに。投票する気が無いならそう言う人にあげてよね。


・・・引用終わり・・・


(注)4 次のニ種の人口推計データ(★)を見たことも切欠を与えてくれました。これらの思い、データ、イメージなどと普段から妄想し溜めてきた脳内表象がクロス・オーバーし始めたようです。さて、どうなることやら・・・


★World Popuration1(現在の世界人口カウンタ)
http://www.ibiblio.org/lunarbin/worldpop


★World Popuration2(世界人口の将来推計)
http://www.census.gov/ipc/www/world.html


・・・・・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 


1 現代世界を被う暗雲


 今、我が国では医療・年金・介護保険等の社会保障システムが崩壊寸前となり喘ぎ苦しんでいます。そして、例えば「生活保護」の対象者が毎年10万人というハイ・スピードの勢いで増加しつつあることや、年当り自殺者数3万人台キープなどという現実が、その危機的状況を象徴しています。これらの危機的な状況の本質は、言ってみれば軽薄なポピュリズム政治が踊り狂う中で日本国憲法が保証してきた国民の「生存権」が無視(放棄)されつつあるということです(この詳細については、下記の「Blog記事及びURL」(◎)を参照)。


◎日本政治の冷酷な現実・・・制限されつつある『生存権
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050616


生活保護制度の見直しについて(厚生労働省
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyou/dai4/4siryou3.pdf


生活保護制度の見直し(JANJAN記事)
http://www.janjan.jp/living/0312/0312169451/1.php


 しかし、稀代のパフォーマー小泉首相に代表される政府サイドの「リップサービス」(財政諮問会議などの御用学者を活用した言葉遊び)と、その広報機関の立場に甘んじる大方のマスコミの「言葉の戦略」に乗せられた殆どの日本国民は一種の錯覚・錯視状態に嵌っており、まるで他人ごとであるかのように、この実態(現実)を直視できなくなっています。
(詳細データは次のURLを参照:http://hodanren.doc-net.or.jp/kenkou/0410pannfu.pdf
http://www.niph.go.jp/wadai/boushi/statistics/frame_no0_1.html


 日本がこのように危機的な事態に至った背景には、世界的な政治・軍事的覇権構造の変化という厳しい現実があります。日本の近代化は、幕府が、1853年に来訪したアメリカ・ペリー艦隊の砲門(軍事力の象徴)に脅かされて開国に踏み切ったことから始まっていますが、明治維新政府が取り組んだ実際の近代化政策は、先ずフランスの啓蒙思想に刺激を受け、次いで実質的にはプロイセン・ドイツの法制度に倣って行われました。第二次世界大戦後は、この古いプロイセン・ドイツ型の行政・官僚・財政・金融制度が温存されたまま、その上にアメリカ法的な自由主義思想が寄木細工のような形で植えつけられたのです。


 なお、このようなドサクサ紛れの糊塗策が、結局は中央省庁の特権と癒着した「特別会計制度」という一般会計予算の約4倍規模にも至る国家財政システムの肥大化(内なるリバイアサンの創造)に繋がったのです。このことの歴史的な経緯と問題点については後述します。やがて、1991年のソヴィエト連邦解体によって冷戦時代が終焉すると、それに先立つ1980年代のレーガン政権によって意図的に推進されてきた「新自由主義思想」に基づく、独善的なアメリカの世界国家覇権戦略が本格化します。それは、世界における「アメリカ型民主主義の勝利」の時代、つまり本格的なアメリカ型グローバリズムの始まりです。
(詳細は次のURLを参照:http://blog.melma.com/00117791/20041221235501


 この「市場原理主義」の特徴は、“市場こそが最高善であり、社会保障は人間の怠惰な本性を助長するものだ”と考える「新自由主義思想」に支えられていることにあります。また、それは“国家は本質的に非効率的なものなので、この非効率な国家はアメリカが支配する世界的資本主義システムの下で管理し効率化されるべきだ”と考えます。つまり、このような米国流の「市場原理主義」の考え方からすれば“各国の非効率な国家システム”を緊急に改善する必要があり、その実現手段と位置づけられたのが「規制緩和」(deregulation)と「民営化」(privatization)です。


 無論、その先導役を担うのが「テロとの戦い」という大義名分であり、世界最強を誇るアメリカの軍事力です。19〜20世紀型の資本主義は各国民国家との間で均衡が求められてきたのですが(ケインズ主義の尊重)、21世紀型の資本主義はアメリカが覇権を握る「市場原理主義」(新しい資本主義)で世界中の国家と国民の制御を実現することになるのです。これは「アメリカ帝国主義」の実現のための新しいタイプの世界戦争です。このような流れの一環として日本政府に対する「規制改革要望書」(下記●)が出されている訳であり、このアメリカ政府の強い意志を先導しているのがネオコン一派です。結局、このような「アメリカの強い意志」が、暗雲となって日本のみならず21世紀の世界を被いつつあるのです。


●日本政府に規制改革要望書を提出/米国通商代表部(米国大使館HP)
http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20041015-50.html


●日米規制改革および競争政策イニシアティブに基づく日本国政府への米国政府要望書 (米国大使館HP)
http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20041020-50.html#mineika-s


(参考1)


■米国の人気、中国を下回る 国際世論調査(6/24、CNNネットニュース)
http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200506240011.html


・・・これは、21世紀の世界を被いつつあるアメリカ発「暗雲」の反照(ハッキリとは目に見えない姿の存在が熱源の照り返しによって証明される)ようなデータです。


(参考2)


■取材源秘匿の記者二人が収監へ(米最高裁、証言拒否で・・・)
http://flash24.kyodo.co.jp/?MID=RANDOM&PG=STORY&NGID=intl&NWID=2005062701004224


・・・CIA工作員名の漏えい疑惑に関する大陪審証言を拒んだとして収監されていたニューヨーク・タイムズ紙のジュディス・ミラーとタイム誌のマシュー・クーパー両記者の上訴を却下する決定が下された。二人の記者は法廷侮辱罪で有罪が確定し、最高1年6カ月間収監される見通し。流石にアメリカのメディア界には大きな衝撃が広がっている。これは米国内でも司法が権力の道具と化しつつあり、権力側から湧き出し国内に垂れ込める「暗雲」が一層厚くなったことを意味する。つまり、これは「愛国者法」の至上・絶対化であり、日本でも同じ目的を達成するため「人権擁護法案」、「共謀罪」、「憲法改正に伴う国民投票法案」などが着々と準備されている。


(参考3)


生活保護世帯数と保護率の推移
http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/2950.html


・・・保護率(人口1,000人当りの被保護者の実人員数)は、1993年をボトム(人口1,000人当り14人)として上昇傾向にあるが、特に1999年頃から急上昇に転じたことが分かる。2003年は「人口1,000人当り24人」に達しており、この上昇傾向から推計すると2004年以降は「人口1,000人当り25人以上」(100万世帯以上)のレベルまで達したと思われる。そして、今や年当り10万人増という驚くべきスピードで、この数字(人員数、世帯数の規模)が拡大しつつある。


・・・ともかくも、生活保護世帯の実人員数の規模が、この10年間(ボトム、1993年対比)で約1.8倍にもなった訳である。因みに下記URLのデータ(◎2002年)から「人口1,000人当り15人以上」の都道府県を抽出すると、北海道(20.7人)、大阪(19.3人)、高知(17.8人)、福岡(16.8人)、京都(16.1人)となっており、特にこれらの地域経済が深刻な状況であることが窺われる。
http://www.stat.go.jp/data/nihon/pdf/n2003500.pdf


(参考4)


■「2004年版労働経済の分析」(労働経済白書)によると、5段階で日本の所得階層を分けた場合に最高(超富裕層)と最低(極貧層)の格差が1999年の2.82倍から2002年には3.07倍に拡大しており、現在、その格差は更に拡大して5.0倍程度になっていると推測される。このような傾向と前に纏めた「近年の生活保護世帯人員の急激な増加傾向」(年当り10万人増)とが強い相関を示すのではないかと思われる。