toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

シリーズ、『市民政治』の再生を考える[号外、補遺]


『市民政治』の再生を考える[号外]のコメントの遣り取りから記事が出来たので[補遺]としてUPします。

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谷口硝子 『最近、このブログを愛読させていただいています。
(Blog、権力とマイノリティー/http://ameblo.jp/t-garasu/

「ワンフレーズ・ポリテックス」「国家的オレオレ詐欺」などのネーミングは、実になかなかよいコピーライティング。まったくその通りですね。

私は社会保障制度の崩壊について、ウオッチしています。国家の必要経費である社会保障費を、すべて「自己責任」に矮小化していくこの国のありようは、なんだかとてもいびつに歪んでいるような気がしてなりません。』(2005/08/14 02:30)


toxandoria 『谷口硝子さま

ご愛読とコメントありがとうございます。

民主主義国家の本質を考えると、次の二つの矛盾した性質(A、B)が見えて来ます。これはアンドロジナス(物事の始まりの神)に喩えることができるという意味で相矛盾した性質です。これは“絶えざる生と死の葛藤”から新しい「生命と活力」がもたらされることに似た性質です。

A  民主主義国家には、ある階級が他の階級を支配する手段と化す性質がつき纏っている。この性質が一方で強く出過ぎると、その階級の利益だけを追求する統治体制が出来上がり、「少数の強者」対「多数の弱者」となり国家の「生命維持機能」が崩壊する。

B  民主主義国家は、ある理想に基づく社会秩序を確立し、すべての国民にとり公平な福祉(生存権の確保)を目指すべき役割が求められる。

この相反する性質が問題ではなく、このAとBの矛盾そのものが国民一般の視野から消えること、国民一般がこれらの性質の並存の重要性を自覚できなくなることが国家の「真の危機」です。

また、これに中立・公正なジャーナリズムの不在という条件が加われば最悪の事態であり、そのような時こそ国民一般の「自由」が完璧に失われるでしょう。

然るに、今や「小泉オレオレ解散」で小泉氏の詭弁の呪縛(毒)が、一般国民の意識から“A、Bが並存すべきという自覚”をソックリ抜き去りつつあります。

小泉氏の“国家的オレオレ詐欺“に目を眩まされた多くの国民は、この肝心な民主主義国家の本性が意識できぬほど全身に毒が回りチアノーゼ状態です。

一方で、「記者クラブ制度」という官製談合に甘んじるマスコミは、ビッグ・ビジネスチャンスだとばかりに、有ろう事か毒の量を少しづつ増やしながらチビチビと注入しつつあります。最早、これではマスコミでなくマスデビル(大悪魔)です。

日本の近・現代史を顧みると、明治前〜中期と大正末〜昭和初期との共通点はエロ・グロ・ナンセンスが流行したことです。今の日本は、これらの時代とソックリです。それは、テレビのワイドショーが競って芸能人等の私生活や多発する猟奇事件を執拗に取り上げることに象徴されています。

このような精神環境がもたらすのが「思考停止」という心性であり、「歴史から学び原点から考える」という謙虚な思考習慣の放棄です。リーダーたちもこのことと無縁ではあり得ません。

今回の「郵政」に限らず、「大きな政府か小さな政府か!」などの二者択一的ワンフレーズで国民一般を誑かす小泉流に似たマインドコントロールを利用する宣伝型の政治手法は、仮に民主党へ政権が移っても継承されることになるでしょう。

つまり、モノゴトの原点を考えるという習慣が彼らの身についていないから日本の多くのリーダーは新しい国のあり方とガバナンスの方法を明快に示せないのです。

だから、我われは「大きな政府か小さな政府か!」などの呪文(詭弁)の前で思考停止することがなければ、新しい「モデラートな政府」に関する多様な理念や価値観を充実させる方法に気づくはずです。

いずれにせよ、一党独裁的な長期政権が続くという“安逸な政治状況”が終わる時代に入ったことは間違いないなさそうです。

このような時こそ、“異議申し立ての繰り返し”という行為が重要であること、そして、それを国民一人ひとりの選挙行動へ結びつける工夫が重要だと思っております。

今後とも、よろしくお願いします。』(2005/08/14 13:26)