toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

小泉劇場『幻想のバブル』を選んだ選挙民

  小泉首相の「郵政民営化法案がらみのB層戦略」が功を奏したためか、小泉・自民党が“歴史的な大勝利”(マスメディア各社の命名)を収めたようです。コトの是非はともかく、その勝因は、政権全般の課題(殆んど目立つ実績がなく課題だけが山積しているのが実態/下記●のBlog記事を参照)を郵政民営化法案に特化させた「新生自民党」のアピール戦術が都市部の無党派層などを中心に支持された結果だと思われます(詳細は把握していないが、無党派層の中の中堅ビジネスマン・正社員層よりも、アルバイター・フリーター等の若者・婦人・高齢者・中小自営業者層など、どちらかといえば、いわゆる“弱者階層の支持”がかなり自民党へ流れたと思われる)。


  しかし、冷静に考えてみれば、この小泉劇場なるスポットライト戦術のあまりの“分かりやすさ”は、我われに何か奇妙な違和感を感じさせるはずです。喩えれば、この“異常なほどの分かりやすさ”はコミックや劇画が与えてくれるような、いわゆるマンガ的・劇画的なショックで納得させられる時に感じる、あの独特の絵解き的な分かりやすさです。別に言えば、それは民衆の「揮発性の怨念のマグマ」(人々の精神の奥深くに沈潜した市場原理主義社会が生み出すルサンチマン(勝ち組・負け組み促進策に対する深い恨み、怨念))を作為的に逆の方向へ誘導し気化させて火をつけ発火させたようなものです。そのような目でみれば、今回の総選挙は、まさに日本における『9.11同時多発テロ選挙』でした。従って、これを煽りまくったテレビ・新聞等マスメディアの責任は歴史に名を止めるべきほど重大だと思います。


  従って、今回の選挙の結末は、決して選挙民の合理的な判断の結果ではあり得ないのです(合理的に判断する材料が与えられていないのだから、それは当たり前の話だが・・・)。ここで使われたのは、いわゆる近代市民社会の理性と感性が創出した手法ではなく、どちらかと言えばヤクザ・暴力団等のアンダー・グラウンドな世界で使われる手法です。このような“異界”で尊重されるのは“験(げん=縁起)かつぎ”であり、“神棚へ榊(さかき)を供え、手水を使う禊(みそぎ)”であり、「高位の神職」(小泉首相)の興に乗ったパフォーマンスや「厚化粧の巫女」(刺客の“くのいち”)たちの妖しげなショーを想わせるような舞い振りが示唆するご託宣です。だから、一大神事が終わって神憑りから覚めた今になってみれば、小泉劇場で自分たちが『幻想のバブル』に大喝采を送った意味が考えられるようになるにつれて得たいが知れぬ不安な気持ちが広がり始めるのです。


<注記1>小泉劇場で『幻想のバブル』に大喝采を送った後になってから、選挙民(一般国民)の中で《得たいが知れぬ不安な気持ち》が広がり始めたことの傍証が出てきた。朝日新聞が9/12〜9/13に行った全国世論調査の結果(9/14付、発表)によると、「自民の圧勝に驚いた人」の割合が55%、「日本には二大政党が必要だと答えた人」の割合が66%、「自民党は変わらないと思う人」の割合が47%、「自民党は変わると思う人」の割合が43%となっている。
これらは、過半の選挙民が“自民党の勝ち過ぎ”に不安を持ち始めたことの現われだと考えられる。


<注記2>約1.3倍の得票数差が約4倍の議席数の開きをもたらす欠陥選挙システム(小選挙区制度)が「小泉独裁と小泉チルドレン(この独裁を支える親衛隊)」という、ヒトラーの親衛隊に匹敵するモンスター(怪物)をもたらしたことについての、きわめて適切な分析があります。下記の東京新聞「特報記事」(◎)をご覧ください。


◎“独裁者”生む?「小選挙区制」の研究
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20050915/mng_____tokuho__000.shtml


  ところで、小泉劇場『幻想のバブル』の舞台裏を覗くと、下記のBlog記事(●)で纏めたような小泉政権の実相(マスコミが殆んど大きく取り上げない問題点)が見えてきます。


●マスコミが報道しない“小泉劇場”の暗部(1/2)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050907


●マスコミが報道しない“小泉劇場”の暗部(2/2)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050910


  このように「リアルな舞台背景」と恰も「リフォーム詐欺」のような手法で仕組まれた演出が、多くの選挙民の心の片隅に独特の後味の悪さを残しているはずです。“エーツ、自民党はこんなに勝ちすぎたの!”というのが彼らの今の心境かもしれません。しかし、今更そんなこと言ったって、時は既に遅しです。各メディアのコメントによると“小泉首相の捨て身の気迫が有権者には受けた”とのことですが、実態は“多くの善良な有権者小泉首相の狂喜に満ちた神憑りの演出に見事に騙された”ということではないでしょうか? しかも、この神憑りの演出のために「靖国神社参拝」という予告編が延々と上映されてきたのです。早速、韓国・中国などアジアのメディアからは日本社会の一層の右傾化を警戒する声が聴こえ始めています。日本国憲法の下にある我われ選挙民(日本国民)は、いつでも「期限なしクーリング・オフ行使の権利」(民主主義国家における異議申し立ての権利)があること(主権在民の原則)を忘れるべきではありません。


  ここで思い出されるのが、別の記事(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050907)でも取り上げておいた、日常の社会生活で決して忘れるべきでないと思われる二つの教訓(下記★)です。多くの有権者たちは、『郵政民営化さえ実現できれば、財政赤字・福祉・年金・医療・景気回復など日本の深刻な課題への道筋が可能になる』などという、あまりにも“うますぎる話”にコロリと嵌ってしまったようです。そして、最強の応援団として、このように“うま過ぎる話”を煽り立ててきたのがテレビ・新聞などのメディアです。


★世の中に『うまい話』はない。(詠み人知らず)


★天体の運動を測定することはできるが、『大衆の狂気』は測定できない。(Sir. Isaac Newton/1643-1727)


  今回の総選挙の大勢が見えてきた時に、どこかの新聞社のベテラン政治記者が、“これで日本の政治文化が変わった、感動した!”と叫んだとか伝えられていますが、愈々、「和製ヒトラー様」のご登場かも知れません。と、いうより、“いつ和製ヒトラー様がお出ましになってもよい政治環境が整ったということです。こう言うと、一部から“未だ小泉首相は数百万人を殺していないのでヒトラーなんかではないゾ”という反論が聴こえてきます。それはそうです。小泉首相(あるいは、その後継者)に限らずヒトラーも、初めてご登場なされた時に数百万人を殺した訳ではありません。佳境に入ってから本性を現しただけのことです。なお、今の日本が如何にヒトラー登場期のドイツに似ているかは、MAOさんのBlog記事(下記■)を読むとよく分かります。これはオススメです。


■『眺、Blog・TIAO』
http://blog.readymade.jp/tiao/


  今回の総選挙で注目しておかなければならない点がもう一つあります。それは小選挙区制度によって「大量の死に票」が発生しているということです。この点の詳細については下記のBlog記事(■)を参照してください。


■Blog・五十嵐仁の転成仁語「9月11日(日) 、これはネオ・ファシズムの誕生なのか?」
http://sp.mt.tama.hosei.ac.jp/users/igajin/home2.htm


  「小選挙区党派別得票数」における自民・民主の得票率を見ると、「自民47.78%、民主36.44%」となっており(得票数は自民が約3,252万票、民主が約2,480万票)、小選挙区における「民主の死に票の大きさ」が民主の小選挙区における議席数の足を引っ張っていることが明らかです。


  また、「比例代表党派別得票数」を見ても選挙制度の不合理な面が浮かび上がります。その得票率を見ると、「自民38.17%、民主31.03%」(得票数は自民が2,585万票、民主が2,101万票)であり、得票率に関しては、両党の間に結果としての議席数ほどの開きがありません。


  更に、「比例代表党派別得票数」で目に付くのは公明党の役割の大きさです。同党の投票率は13.26%(得票数898万票)に過ぎないのですが、この他に推定で少なくとも300〜500万票くらいの自民党へ流れた票(選挙協力票)があるはずです。ここでクローズアップされるのは、選挙民総数約1億票の中で高々12〜14%程度(1,200〜1,400万票)を占めるに過ぎない公明党の票が、「自公選挙協力体制という談合システム」によって、日本の国政全体の方向性を決定するメカニズムが出来上がっていることです。これは、“禁じ手のデリバティブ選挙”とでも呼ぶべき恐るべきことだと思います。


  ここにもう一つ付け加えておかなければならないのは、やはり“小泉首相が「参議院で否決されたことを口実に、その法案について国民の信を問うことを理由に衆議院を解散したこと」は、政治権力が暴走することを防ぐ目的で“授権規範性”を持たせられている「日本国憲法」に明らかに違反している”ということです。この事実を軽視すべきではありません。日本は直接民主制の国ではなく、二院制の議会制民主主義国家なのです。これは、かつてヒトラーがワイマール憲法を踏みにじった暴挙に匹敵し、国の最高権力者自らが率先して国家ガバナンスの安全装置を解除してしまったことになるのです。


  従って、もし今回の小泉首相の判断と選挙民の判断が決定的に誤っていたとすれば、日本国民はこれから“底なしの大惨事”へ向かって突き進むことになるのです。我われ一般国民は、民主主義の基本と市民社会のあり方について、何度でも学び直すことの重要性を理解すべきです。民主主義は放っておけば勝手に機能するというものではありません。健全な民主主義を維持・発展させるには、それなりの血が滲むような国民一人ひとりの努力と民主主義体制を持続的に浮上させておくためのエンジンに相当する「一定のガバナンスシステム」を確保しておく必要があるのです。それが「民主憲法」であり、「二院制の議会制度」であり、適切に機能する「選挙制度」です。今の日本は、“自民党をぶっ壊す”というワンフレーズで登場した小泉首相が「議会制度」を意図的に破壊し、元々不備だった「選挙制度の欠陥」を狡猾に操作して国会で絶対安定多数を占める2/3以上の議席数を占めてしまいました。


 小泉首相のコトバに従えば、元々は“自民党がぶっ壊れたって大したコトではなかった”筈なのですが、現実に起こったことは“自民党はぶっ壊れずに巨大化”し(自公連立デリバティブという姑息な手法で)、一方で日本の「議会制度」が一部ぶっ壊れて瀕死の姿となり、残された“日本の民主主義の砦”は「日本国憲法」だけという惨憺たる有様です。これは大変な「公約違反」ではないでしょうか? それでも“こんなことは大したコトではない!”ですか? この後に控える小泉劇場『幻想のバブル』のシナリオは、「愛国心」、「教育改革」(教育勅語への限りなき憧憬)、そしてアメリカのために「戦争ができる普通の国」になり、そのような意味で“愛国無罪”の日本国民を増やすことです。だから、各野党には「日本の民主主義」を持続的に浮上させ続けるために国民の多くを巻き込む実践的なマキャベリズムが求められているのです。そして、今こそ「神憑りのパフォーマンス」などではない「市民意識の再構築の努力」が愁眉の課題となっているのです。