toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

政権への「白紙委任」の次に来るのは「共謀罪の密告社会」です

  下記の放送(▲)をジックリお聴きください。今回の総選挙での小泉政権への「白紙委任」の次に来るのは日本の「密告社会」化です。

▲”小泉国会 テロ特措法延長 共謀罪再び” 『愛川欽也パックイン・ジャーナル』10月8日放送 (C)朝日ニュースター 司会:愛川欽也
出演者:田岡俊次森永卓郎二木啓孝、秋尾沙戸子、横尾和博
http://www.h7.dion.ne.jp/~fttb/video/pij20051008.wma
(Windows Media Player) ・・・『Watermark』http://d.hatena.ne.jp/umkaji/よりコピペ。

  今の日本は、「個人情報保護法」→「9.11総選挙・白紙委任」→「共謀罪」→「日本の密告社会化」の流れを進んでいます。

  それは、密告(たれ込み)や盗聴が幅を利かすナチス北朝鮮型の全体主義国家です。これが日本の理想像なのでしょうか?

  なぜ、このような問題を大々的にマスメディアが取り上げて、全国民的な大議論にならないのでしょうか? この点が最も不気味です。

  もう既に、日本はジャーナリズムが全く機能できないほどの「全体主義国家」になっているのかも知れません。

  2000年11月の国連総会で「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(国連国際組織犯罪条約)が採択され、日本もこれを批准しています。このため国内法の整備もしなければならないということで提案されたのが「共謀罪」です。今まで二回の法案提出があり、それは流れてきましたが。今、再び国会へ、以前と全く同じ内容のまま提出することが閣議決定しています。

  その肝心の問題点は、なぜ日本政府が「国連国際組織犯罪条約」の目的である『越境性』ということを敢えて無視して“国内向け治安維持法型の法律”にしようとしているか、という点です。ここには、一定の執拗で不気味な強い意志の存在が窺えます。

  この放送を聴くと、「共謀罪」に関する新たな法整備が戦前の「治安維持法」以上に恐るべき内容であることが分かり戦慄を覚えるはずです。

(参考)

『toxandoriaの日記、映画「蝉しぐれ」に見る冷酷な暴政の伝統 』(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051005)より関連部分の再録

■「共謀罪」を閣議決定(2005.10.4)(太平洋戦争直前以前の時代への先祖がえり、
http://www.chunichi.co.jp/00/sei/20051004/eve__sei__003.shtml
・・・国家が国民一人ひとりの心の中まで支配し強制しようとするのは日本が全体主義的な統制国家あるいは封建時代のような閉鎖的な国家体制へ向かうこと(詳細は下記Blog記事(★)を参照)。小泉首相は、ネット規制を視野に入れた「人権擁護法」とメディア&ネット規制を視野に入れた「国民投票法」の来年度における通常国会への提出にも意欲を燃やしている。その先に来るのは「憲法改正→交戦権の確保→自衛軍体制と徴兵制」の流れ。

★何故か報道されない「共謀罪」の国会審議入り(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050627

(追記1)

下記(●)の報道がある。なぜ、このように安易に国民の人権にかかわる法案の出したり引っ込めたりを繰り返すのか? この持続的意志の深奥をこそ注視しなければならない。

共謀罪新設:今国会断念へ 民主党の反発強く 政府・与党(2005.10.18、毎日新聞http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20051018k0000m010146000c.html

(追記2)
共謀罪 三たび断念の背景(2005.10.20 東京新聞記事、特報)
http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051020/mng_____tokuho__000.shtml