toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「暴動の炎」はフランス共和国への絶望と希望の相克[2]


(B)マイナーな状況の事例


  ここでは、ミュリエル女史の著書(既述)などを参考としながら、ニュース・ソース等関連情報の中から「仏暴動の背景になったと思われるマイナーな事柄についてのサンプル」をピック・アップしてみます。(なお、以下の記述内容は様々な関連情報の中から参考程度のつもりでランダムに拾っただけのものなので、この点を含んでください。)


●一部のフランス人の中には、「ブールの連中は我われのパンをむさぼり食う奴らだ」と非難する人々が存在する。


●裕福な地区に住み、美食にうつつをぬかす政治家たちが、果たして本気で“郊外問題”を理解できるのか懸念される点がある。


●一部の移民の賃金(月額)は、国から支給されるRMI(Revenu minimum d'insertion/、移民同化のための最低保証手当、約5万円、http://www.pratique.fr/vieprat/emploi/chom/daf3411.htm)より低い場合がある。


●暴動を起こしている若者たちはたしかに“移民の子供たち”である。しかし、彼ら自身はフランス国籍を持つフランス人である。それにもかかわらず、依然として多くのフランス人から彼らは移民だと見做されている。


●フランス人がやりたがらない仕事を甘んじて引き受けた第一世代の移民たちと異なり、ブールたちには彼らが帰るべき祖国はない。彼らの祖国(故郷)と言えるものはフランスしかない。従って、就職などで差別を受けることは、彼らに深刻な二重の苦しみを与えることになる。


●警察とブールたちの間は、いがみ合いと対立の険悪な関係になってきている。


●移民一、二世の家庭では親と子供たちの関係がおおむね険悪で、子供が親を脅かすことも見られる。


●郊外のシテに居住することは、何よりも就職・雇用の問題であり、履歴書にアラブ式の名前を書くだけで求職活動が不利になる。


●ブールの若者は国立雇用局へ登録に行ったときに初めて厳しい現実に直面する。それは、キャリアが同じでもアラブ風の名前は就職にとって大きなハンディになるということだ。ここで彼らは親以前の世代の民族(移民)問題を一身に背負わされることになる。しかし、この問題へどう対応すべきかノウハウや知識を持たない親や、そんなことに無関心な親たちが多い。


<注>フランスにおける一般の20代の若者の失業率は15%、同じく一般のアルジェリアフランス国籍の20代ではこれが32%、更に、これがシテの若者では約50%になる。


●文部省の監察官のレポートによると、職業適性や職業教育免状などを取得するための実習の時に見られることは、中小企業の経営者に外国人嫌いが多いことである。


●ブールの社会の中にはイスラム風の男女差別意識が残っている。特に長女は家族の重みを一身に背負わされる。イスラム圏で女性蔑視が再生産される原因が意識を変えられない母親たちにあると考えられる。


●フランスには、サン・パピエ(sans papiers/身分証明書を持たぬ者たち)と呼ばれる違法入国者が推定で約30万〜100万(人口比で約2〜5%)も存在する(ヨーロッパ全体では約300万人(人口比で約1%)、アメリカでは700〜1200万人(人口比で約2〜4%)と推定される)。この解決策は「移民してくる理由をなくすこと」以外には手がないとされる。従って、できる限り発展途上国を支援して、それぞれの国内で就職できるようにすることが重要になる。これらの国々の中での政治紛争、内戦、過激分子の内ゲバなどをなくす手助けも必要だ。フランスでサン・パピエが多いのは、フランスは伝統的に移民受け入れの国だと理解されているからだ。


●一般的な意味で、フランス人の官僚的でお役所的な精神構造を改善すべきだ。官僚・検察官・裁判官・警察官などインテリ層の意識改革が必要だ。高等教育を受けた役人ほど理論(人種差別は罪悪であることの理解。共和国の理念の理解)と現場での実行が分裂する傾向にある。極右のル・ペンに投票した人々はバカだけでなく、インテリもいる。これがフランスの深刻な問題だ。この問題を解決するのが政治の重要な仕事だ。このような意味で、政治家などフランスの指導者層とそれを支持する一般市民層の精神的革新が求められる。


(C) 希望が見える状況の事例


  同じく、ここでは、このミュリエル女史の著書などを参考にしつつ、同じくニュース・ソース等関連情報の中から「仏暴動に関連する事柄の中で希望に結びつくと思われるサンプル」をピック・アップしてみます。(なお、以下の記述内容は様々な関連情報の中から参考程度のつもりでランダムに拾っただけのものなので、この点を含んでください。)


●スポーツには力があり、スポーツをした若者たちは殆んどが立ち直る傾向にある。スポーツにはルールを守ることの大切さを教える力がある。


●assimilation(同じになる)、insertion(溶け込む)のみならず同化(integration)という言葉にも移民ニ、三世の若者たちの立場からすれば疑義があることを真剣に受け止めるべきだ。なぜなら、彼らは生まれた時から既に“フランス人”なのだから。この辺りには、フランスの「移民問題の壁」をブレークするための重要なヒントが隠れていると思われる。


●仏文部省は、例えば「あなたのお子さんには食べ物のタブーがありますか?」というような余計なことをマグレブの親に訊いたりするが、これはお世話というよりも一種の差別だ。フランス国籍のブールたちは、フランス国内で他人の宗教に干渉するつもりなど持っていない。


●ゲットー(シテ)の学校の子供でも、落ちこぼれにならず成功した事例はいくらでもある。この場合に大きな影響を与えるのは、やはり家庭環境(貧しさだけが原因ではなく、家族の愛情と絆の有無が問題)である。


●ゲットー出身ながら社会的に成功したある若者は次のように言っている。・・・RMIの支給など金銭的な支援だけでは事態は変わらない。問題はメンタリティを変えることだ。僕はスラム街から抜け出したが、その代わり良く働いた。一日15時間も。結局、自ら努力するメンタリティが必要なのだ。我われは貧困を望まないが、必要以上の優先席も望まない。我われはフランス社会に愛されていないと言う者がいるが、そんなことはない。フランスは人種差別の国ではない。努力する者は認められ、理解されるのだ。


マグレブ出身の女性ジャーナリストは次のように言っている。・・・きちんとした職業につくにはちゃんと学校へ行き、同化するための時間が必要だ。マグレブ出身の医者も弁護士も経営者も増えている。メディアやマグレブ関係の組織は、もっとこれらの事例を大々的にPRすべきだ。また、これからはアングロ・サクソン圏の共同体の良いところを取り入れるなどの工夫も必要になるだろう。


●サン・パピエ問題についての「人権に合致した解決法を見出す」ためにフランス司教団が仲介役を務めている。このような聖職者たちの動きに対し、国民戦線のル・ペンが“腰抜けども!”と非難すると、“我われや各教会堂はサン・パピエに占拠されているのではない、困難な状況にある人々を受け入れているだけなのだ」と反撃されている。


●「フランス共和国の理念そのもの」には移民問題に関して何の責任もない。相変わらず、フランスは移民を受け入れる寛容な国だ。肝心なのは、昔からのフランス人も、移民も、移民のニ、三世たちも頭を冷やして「フランス・モデル」(同化政策)の活用方法について、よく話し合うことだ。直すべきところは直せばよい。


●多くのマグレブ系のフランス人たちは共同体を宗教で定義しようなどとは思っていない。その意味で彼らは「政教分離の原則」をよく理解している。一方、フランス人は他国の人々並みに“人種差別の意識”を見かけ上は持っているように見えるかもしれない。しかし、フランスには歴史認識に裏付けられた「共和国の理念」があり、それを守ることに誇りを持っている。だから彼らは“人種差別主義者”ではないのだ。この意味をよく理解すべきだ。


<注>仮想的な「単一(大和)民族の精神」や夢まぼろしのような「神の国」に憧れて、アナクロナショナリズム(軍事国体論)の復活を夢想するばかりの小泉総理大臣や日本の右派・大物政治家たちにこそ、このようなフランス人一般の「共和国の理念」に関するリアルな理解(政治的リアリズムの意味)を学習させる必要がある。


[Impressions]


  このように今回の「暴動」をめぐる悲観と楽観の要素を概観すると、当然のことながら、その深層にある問題を見究めて解決の糸口をつかむことがなかなか容易ではないことが分かります。しかし、この問題は歴史的にも欧州建国の中心を自負するフランス共和国の「国家的威信」と「民主主義の理想を体現するフランス社会の誇り」に繋がることでもあり、現在のシラク体制を引き継ぐ2007年の大統領選挙で大きな焦点となることは間違いがないようです。


  また、これは今まであまり指摘されていないことですが、この問題にはアメリカ流グローバリズムの影響が影(市場原理主義の影)を落としている可能性があります。つまり、EUやフランスが制御(社会市場経済)型のグローバリズムを模索しているとは言いながらも、現代のフランスでも「勝ち組・負け組」的な社会構造の変化が見られるようになっており、深刻な失業問題はマグレブの子弟たちや低学歴層に限る問題ではなくなっているのです。このため、たとえ博士・修士号を取得した高学歴者たちであっても、仕事にあぶれてブールと同じような現業的・肉体労働的な仕事に従事せざるを得ないケースが目立ち始めています。ただ、この問題については、フランスの階級社会が崩れつつあるという情報が散見されるようになっていることなどと、実際にどの程度の関連性が指摘できるのか・・・、この点を見究めるには更に慎重に観察する必要があると思います。


  いずれにしても、住環境整備や職業・財政的支援制度などのほかに、フランス人とブール双方の「意識(メンタリティ)改革」と「社会教育面での改革」が問題解決の糸口を提供することになると考えられます。

                   
          <<To be continued in the next number.>>