toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

日本版「アンシャンレジーム」を再構築した「小泉改革」

  16〜17世紀のヨーロッパでは、下からの一切の「抵抗権」を否定して国家の安全と平和を実現するための理論として、「王権神授説」が主権論の一般向け教説として重要な役割を果たしていました。その要点は“王権(君主権)は神から与えられたもので、国王は神の代理人の立場にある。従って、国王は神に対してのみ責任を負えばよい。一方、神を見上げる立場に居る一般の国民は自らの「理性」よりも神の「意志」に従うべきだ。”ということです。フランスの絶対王政ルイ14世(Louis 14/1638-1715)の時代に完成しますが、17〜18世紀のフランスはヨーロッパ中で最も強固な絶対王政を完成させており、フランス革命後になって、それがアンシャンレジーム(旧体制)と名づけられました。アンシャンレジームは第一身分(ローマ・カトリック教会の聖職者階級)、第二身分(貴族階級)、第三身分(その他平民階層)で構成されていた訳ですが、ここで特徴的なのはローマ・カトリック教会(第一身分)の勢力があらゆる政治・行政組織(ヨーロッパ随一の完成度を誇っていた官僚機構)の中に深く根を張る形となっていたことです。


  このアンシャンレジームの社会は、第一、第二、第三の強固な身分構造に組み込まれていた訳ですが、同時にそれは、特権的な多種多様の「社団」、つまりギルドなど同じ職能的利害を共有する人々のために法的地位が与えられたネットワーク(階層秩序)に絡め取られていたのです。そして、この法的権威のエネルギー源の一つが絶対的な王権が発する政治・行政権力で、もう一つがローマン・カトリックの宗教権力でした。しかし、それが啓蒙思想に代表されるような新しい世界像(新しいリアリズム感覚)が認識され始めて、漸く、各社団を一連の価値序列のうちに結びつける糊の役割をしていた「侮蔑の滝」(cascade des mepris/他者を蔑み他者よりも一歩上に出ることによってしか自らのアイデンティティを確認できないアンシャンレジーム時代の価値観)と呼ばれる中世独特の社会的心理構造(リアリズム感覚)そのものが動揺し始めます。このため、王権は様々な「改革」によって、そのほころびを繕おうとしますが、旧来の価値体系に執着する貴族や諸特権団体の抵抗に遭い、結局それは実現できませんでした。こうして、遂に1789年の大破局を迎えることになった訳です。


  このようなアンシャンレジームに対する反発と批判の力が「フランス革命のための情熱」をもたらし、また、そこから「フランス共和国」精神の主柱である「政教分離の原則」がもたらされたのです。特に注目しなければならないのは、ここで認識されていたのが、政治・行政が責任をもつべき公共的空間(日常的に市民が生活を送る公共の場所)に対して「宗教的権力(権威)が浸透することの害悪」ということであった点です。この「害悪」(宗教空間と公共空間の混在がもたらす大きな社会的弊害と国益の損傷)を徹底的に排除すべきという認識を国家理念の大原則にまで高めたものが「政教分離の原則」です。このように見てくると、憲法上の「政教分離の原則」が小泉首相自身によって形骸化されてきた、現在の日本の政治のあり方が如何に異常なことであるかが理解できます(公共空間と「政教分離の原則についての詳細は、下記ブログ記事★を参照)。
★「「暴動の炎」はフランス共和国への絶望と希望の相克[3]」、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051124


  特に、この日本の政治の異常性を象徴するのが「小泉首相靖国神社参拝」への頑強な拘りであり、また、複数の宗教団体(その一部はカルトの疑義がある)が政治・行政・法曹等の中枢に浸透していることです。さらに、今の日本の政治の堕落・腐敗を後押ししているのが幕末・維新期から連綿と引き継がれてきた“黒い地下水脈”と政治・行政の繋がりを断ち切ることができなかったということです(この点についての詳細は、下記ブログ記事★を参照)。週間誌等の情報によると、小泉首相の周辺でもこの手の話題が燻っているようです。このような“日本のアンシャンレジーム”の特徴を端的に言えば、それは『リアリズム感覚の混乱』(国民の殆んどが独特の空間識失調状態に嵌っている)ということです。つまり、日本国民の多くは「過去の歴史と連鎖した現実感覚」(絶えず歴史から学ぶ生きたリアリズム感覚)ではなく、「目前の出来事に刹那的に反応するだけの現実感覚」(ヴァーチャル・リアリティに毒されたゲーム脳に似た感覚)でしか周囲を見ることができなくなっているのです。これは、約半世紀前に「アジアの平和のため」という泣き落としのようなワンフレーズ・ポリテクスに踊らされた多くの日本国民が、戦時アイドル的ご面相の東条英機・首相の「主戦論のための<偽造>リアリティ」を何の疑いもなく諸手を挙げて信用してしまった恐るべき過去の失敗を彷彿とさせます。
★「シリーズ「民主主義のガバナンス」を考える(4/4)」、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050405
★「映画『極道の妻たち、情炎』に見る“閣議風景”の原点 」、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050406


 今や、異常な社会的事件の発生は止まるところを知らずとなっており、一方では「小泉構造改革」の美名の下に国民の「人権・生存権」を脅かす、冷酷なあるいは欺瞞に満ちた「<偽造>改革政策」が次々と打ち出されています。無論、個々の現象の背景には異なる原因が存在しますが、我われは、このような一連の現象の根本に、上で見たような意味で“日本版アンシャンレジ−ム”(政治の中枢でニ、三世議員による世襲化が進んでいること、法曹界等の行政中枢に特定の宗教勢力が大きく浸透しつつあること、なども含めた意味で)の暗黒の地下茎がシッカリ根を張っていることを忘れるべきではないのです。今や、この5年に及ぶ小泉政権下で、その地下茎がますます太くなり酷い悪臭を放つようになっています。そして、特に注目すべきは、“郵政民営化”を錦の御旗に仕立て上げた「小泉劇場」がバラら蒔いてきた、欺瞞に満ちた「小泉<偽造>改革」によって、この“日本版アンシャンレジ−ム”の構造が、より巧妙に擬装されて地下へ地下へと深く潜りつつあるという点です。目に見えぬよう巧妙にカムフラージュすればするほど、その腐臭は強まるばかりです。まさに今、連日・連夜の大騒動となっている「建築構造計算偽造マンション」等の問題は、その一端が何らかの手違いでたまたま露呈してしまったもので、これはほんの氷山の一角であるに過ぎません。つまり、それ以外の日本全体の「建築構造計算の<偽造>」は巧妙に隠されてしまっているのです。


  参考まで、「小泉<偽造>改革」が打ち出しつつある「<擬装>政策」の事例の一端を纏めておきます。


●日本外交孤立化政策の推進(小泉首相靖国神社参拝、「日本版アンシャンレジ−ム」温存のための根本政策)


●日米軍事同盟の深化(自衛隊の対米軍傭兵化プランが進行中)


郵政民営化アメリカからの対日・年次改革要望書の忠実な実行、日米隷属経済関係の再確認、米国型資本主義(自由原理主義&民営化)路線の再確認)


●官僚貴族温存化手法の深化・巧妙化(特殊法人→特別行政法人化、民営化政策などの欺瞞)
・・・独立行政法人化で逆に規模が拡大し天下りポストが増加中。民営化された株式会社は法の規制を逃れるための擬装、つまり脱法狙い。”耐震構造計算偽造問題”で渦中の建築検査関連企業は政・官・財及び地下水脈癒着の受け皿で、日本版アンシャンレジ−ム(ステルス(国民の目に見えない)官庁)のモデルケース。政府。与党方針が示されたばかりの「31特別会計の半減計画」、「公的金融機関統合」も同じ轍を踏む公算大。


<ステルス官庁の例>この問題の背景については「政官財の癒着と国民生活」(一橋大学研究年報)を参照。http://hda1.lib.hit-u.ac.jp/cgi-bin/retrieve/sr_bookview.cgi/AZ00002621/Front/link/hnkeizai0004301150.pdf
各中小企業育成会社、道路公団関連民営化会社、電気計器検定所、中央労働災害防止協会 etc


●株式ミニバブル現象の演出
・・・4年前の「株価ゲタ履き疑惑」を持ちますまでもなく、大企業優遇政策を前提にした政・財癒着の成果(http://blog.goo.ne.jp/remb/e/a76a80ae4afa2661f13b9d611a23a738)。むしろ分配面での格差・不平等は拡大。民間サラリーマンの平均年収は7年連続で低下(http://www.nta.go.jp/category/toukei/tokei/menu/minkan/h16/01.htm)。銀行の好決算発表も殆んどが公的資金の付け替えと法外な手数料等の結果。自らの信用創造など本来業務とモラルの回復には程遠い。


●「社会保障目的税化・消費税値上げ論」、「各現場無視の医療制度改革論」など欺瞞だらけの医療・福祉関連政策の推進
・・・厚生労働省の「紙オムツ汚職疑惑」(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051111)などを放置したまま、つまり政・官・財癒着構造を放置したままでは、政・官を太らせるための大幅消費税値上げになる。一般歳出の冗費の削減が先。


  これら夥しい欺瞞の山を眺めていると、小泉首相が自民立党50年記念で強調した「改革に終わりはない!」を「本物の改革はマダマダこれからだ!」と言い換えた方がよいのではないかと思えてきます。