toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「フランドル=イタリア交流史」に見るグローバリズムの原像


●この記事は、HP『レンブラントの眼、ブラウン版』の掲示板(http://mypage.odn.ne.jp/home/rembrandt200306)上での「mioromeoさま」と「toxandoria」のコメントの遣り取り(セレンディピティ?)をそのまま再録したものです。敢えて双方の記述内容の要約はしませんでした。


●ローマ在住のmioromeoさまが知らせてくれた「フランドル絵画とイタリア・ルネサンスの繋がり」に関する一次・二次情報がヒントとなり、現代のアメリカ流グローバリズムとは全く異質なグローバリズムの可能性を垣間見ることができたような気がします。それは、芸術活動に限らぬことですが「人間が時間をかけてやるべき仕事をどう評価するか」という問題です。


●現在、必死で政治権力側(政権与党+政府)が幕引きを図ろうとしている渦中の「耐震偽証(偽造)問題」だけでなく、「JR西日本鉄道事故」、「旅客機整備にかかわる事故の多発」、「年間で約3万人の自殺者中で一定割合を占める過労死に近いケース」、「エイズ薬害事件」、「病院における医療事故の多発」等々の悲惨な大事故・大事件の根底には、この「時間価値の評価の問題」が居座っています。これらに共通しているのは、人間の生命そのものまでを「経済の道具」あるいは「錬金術のための商品」と見做していることです。当然、そこでは「人間の生命」よりも「ひたすら時間を短縮することの価値」が重要視されています。


●もう一度、我われは過去の事跡とアーカイブ資料を発掘しながら、人間・文化・経済の交流史の坩堝の中に、ジャコメッティ(Alberto Giacometti /1901−1966/スイス、シュルレアリスムの画家・彫刻家)がいう「生身の人間を称賛できる」ようなグローバリズムの原像を探る必要があると思います。


(参考)
HP『レンブラントの眼、ブラウン版』、http://mypage.odn.ne.jp/home/rembrandt200306
HP『レンブラントの眼、グリーン版』、http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/


・・・・・以下、Comment & Resの再録・・・・・


Comment 「フランドル絵画とイタリア・ルネサンスの繋がり」(mioromeoさま→toxandoria)


フランドル絵画とイタリア・ルネサンスの繋がりについて調べておりましたら貴方のホームページにぶつかりました。大変よく調べていらっしゃるので感心いたしました。私は現在ローマに住んでいるのですが、(美術史家でも美術評論家でもありませんが…)イタリアルネッサンスを調べているうちにフランドル美術との関わりを無視できなくなり、おととしの夏にその地を回ってみたのですが、灰色の空気に覆われて気候としても土地としても決して恵まれているとは思えない地に何故あのようにすばらしい文化が生まれたのか不思議に思ったのです。特に天に聳え立つゴシック教会には人間の作ったものとは思えないほど壮大で厳粛であの当時の人がどうやって作ったのだろうと、ローマ建築とはまた違った感慨を持ったものです。


たまたま作年の暮れに訪れたローマ時代からの歴史を持つAOSTAの町(フランス国境に近いイタリアの町)がフランス街道(Via Francigena ローマからイギリスのカンタベリーまで続いています。)に面し、テンプル騎士団のゆかりの道であること、その道を教会などを築く国境フリーパスの建築集団(後のフリーメーソンの母体になっていきます)が行き来しただろう事など興味深く、調べてゆくうち、小アジアササン朝ペルシャの建物ではもうすでにゴシック建築の要素が使われていたこと(エルサレムノートルダム・ド・シオン教会もゴシック建築であったろうといわれています。)なども合わせ、十字軍が中心となって東方から錬金術などさまざまな技術と共にフランドル地方に持ち帰った文化は、その後のヨーロッパ文化を飛躍的に発展させる要素となっていたように思われます。(それらが運ばれた道は陸路、海路が他にもいろいろあったと思います。)


また私には1200年代以降、シシリア宮廷スペイン宮廷を経済的に支え、あの当時の世界の情報網を持っていたユダヤ人の動きも気になります。宮廷崩壊や何度かにわたって行われたレコンキスタによって迫害され逃れた先のポルトガルからも、イングランドからもさらに追い出されたユダヤ人の行き先がフランドル地方あたりになっています。ユダヤ人達が入ることによって辺境で不毛だった地は経済的にも文化的にも栄えてゆきます。


東方から伝わった技術、文化がフランドルに根付き、さらに改良され研鑽され、交易による経済力を持った富裕商人や富裕農民にまで支えられてフランドルは栄えて行ったのではないかと思います。


油絵の由来については、おっしゃるようにギリシアにもあったと思われますが、ローマ時代におけるエジプトミイラの顔の部分に被されて(たぶんベースは木の板と思います。その上に顔料で描いて)蝋で処理された数多くの肖像画が気になっています。これはローマで8年ほど前に開かれた展覧会で何十ものコレクションを並べたもの見たのですが、ロマン派画家も驚きのあざやかな腕前と油絵とも見えるような作品があったのですが、これについてこれからまだまだ調べたいと思っております。


Res 「『イタリアとフランドル』の光」(toxandoria→mioromeoさま)


mioromeoさま、ようこそおいで下さいました。


偶然が重なり、同じような関心を持つ方と出会うことができ大変うれしく思います。ローマに在住されて直接ヨーロッパ美術に触れることができるとは、うらやましい限りです。旅行でイタリア(ローマほか)、フランス、イギリス、スペインへ行きましたが、肝心のフランドルが未だです。今年あたり(?)と思っているところですが・・・。


フランドル絵画とイタリア・ルネサンスの繋がりは、未だ美術史上のブラックボックスのような存在らしく、色々調べると未知の発見があってわくわくしてきます。おっしゃるとおりゴシック建築にせよ、油彩の技法にせよ、東方からの流れは無視できないようですね。それは、交易ルートとしての「陸の道」と「海の道」、そして十字軍遠征のようなエポックを通した息の長い歴史的な交流がもたらした光なのでしょうか?


それとも、「スペインとイスラムのせめぎあいの歴史から派生した流浪のユダヤ人たちの商魂たくましいビジネス活動、神聖ローマ帝国内でのメディチ家の抜け目ない活躍、古代ローマ文化の継承者たるヴェネチアン・グラスの伝統技能」等々が創造した文化の光がフランドルへ流入したのでしょうか? フランドルの壮大で荘厳なゴシック建築をぜひとも、直接、この眼で見たくなりました。


特に、油彩技法の源流がギリシャのみならずエジプト(ミイラづくりの技術関連)の可能性があることには驚きました。それから、たまたま最近知ったのですが、油彩技法の源流にフランドルから遥か東方にある中国・朝鮮・日本の「ウルシ」(漆)の技能もかかわった可能性があるようですね。


実は、ここ暫く当HP『レンブラントの眼/ブラウン版&グリーン版』(http://mypage.odn.ne.jp/home/rembrandt200306http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/)の更新をおざなりにして姉妹関係のブログ『toxandoriaの日記』(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/)上で、もっぱら政治・経済・社会分野のマターに時間を割くことになっていたため、暫く、当HPの内容更新を怠っておりました。その主な理由はきわめて単純なことで、どうも21世紀になってから何か日本社会の空気が根本的に異質なものに変化してしまったような不安を覚え始めたことです。


未だ、その不安の実体はハッキリ捉えていませんが、その感じをいささか漠然と表現すれば「日本の経済・社会が、よく言われる勝ち組・負け組みの二極化というようなことより以上に、全く次元が異なる二つの空間に真っ二つに分断されてしまった」ような印象です。これには国際政治の力学や新自由主義思想のようなイデオロギー的要因等がかかわっているのでしょう。が、一つハッキリ言えるのは、ユビキタス化社会というか経済・社会・文化にかかわる凡ゆる領域のデジタル化とスピード化が猛烈に進行中だという現実があることです。


無論、デジタル化については映像関連機器・携帯端末・ブログ等のメリットや当HPの利用のような恩恵が数多くあることは承知の上のことです。問題は、このデジタル技術で際限なくスピードを追い求め、そのスピードの速さだけを唯一の経済価値と見做すヴァーチャルな市場原理主義(抽象的・数理的な論理経済学の世界)へ全人類の運命を託しつつあるということです。果たして、ナノ秒以下のミクロの論理空間でせめぎあうヴァーチャルな抽象論理の世界に人間の想像力と生きる価値の全てを託すことが人間に本当の幸せをもたらすのでしょうか?


見方を変えると、例えば「デジタルコンテンツのジレンマ」の問題があります。芸術作品の鑑賞であれ、文化遺産の鑑賞であれ究極的なデジタルコンテンツの中身は、実はアナログ的な法則(現実の因果律の世界、自然と生命に満ちた世界)で生起している自然・生態環境と温かい血の通った人間が暮らす現実の社会空間が存在しなければ成り立たぬはずです。ヴァーチャル空間の中で高度なCG技術を駆使して「精緻で壮大なゴシック建築」を仮に建てることができたとして、果たしてそれが人間の究極の文化活動だと言えるのでしょうか?


話題が変わりますが、昨年日本でも一般公開されたピーターリム・デ・クローン監督(Pieter-Rim de Kroon/1955〜 )の実験的なドキュメタリー映画『オランダの光』(http://www.icnet.ne.jp/~take/vermeerhollandslight.html、参考資料/下記関連ブログ記事★)を鑑賞して感銘を受けました。クローン監督は直接語ってはおりませんが、この映画『オランダの光』はフランドルの芸術がもたらす個性的なオーラのようなもの、いわば、その個性的なクオリアの秘密を示唆してくれていると思いました。


★「オランダの光」の伝説(second revised、1/6)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050705/p1
★「オランダの光」の伝説(second revised、2/6)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050711/p1


なお、DVD版『オランダの光』が販売されています
http://movie.goo.ne.jp/dvd/detail/D111398454.html


どこかで、スイスのシュルレアリストの巨匠ジャコメッティが“画家は生身の人間を称賛できなければ決して良い絵は描けない”というようなことを語っていたと思います。虚妄のグローバリズム時代、つまり限りなくユビキタス化社会の構築を目指す市場原理主義経済の時代に入り、否応なしに「二つの異次元空間に分断された社会」の中に住まわされることになる現代人は、次第に“生身の人間を心から称賛すること”ができなくなっているのではないでしょうか。


一方、中世〜近世に至るフランドル芸術の黄金時代には、恐らく“心から生身の人間を称賛できるグローバリズム社会”が実現していたのではないかと思います。そして、そこへ大きな刺激を与え続けたのが人類史上の一つの高みを窮めた「イタリア・ルネサンスの光」ではなかったのか、と思っています。恐らく、この時代も人間の欲望は限りなく、彼らも飽食と煩悩の虜となっていたことでしょう。しかし、少なくとも彼らの眼には、イタリア・ルネサンスが到達した「人間精神の高み」とフランドル伝統の「寛容の精神」が称賛すべき対象としてハッキリ見えていたのかも知れません。


いささか長くなってしまいました。ローマ、イタリアからの現地の空気を送っていただけることを楽しみにしております。


どうぞ、これからもよろしくお願いします。