toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「擬装民主国家・日本」で期待されるマスメディアの役割とは?

  日本経済新聞社・経済解説部編集委員の清水真人氏が書いた『官邸主導、小泉純一郎の革命』(日本経済新聞社/1,995円税込、2005年12月刊)という優れたドキュメント本があります。この本の中で竹中平蔵の役割が客観的に見事に描かれています。それによると、「官邸主導型」政治が意味するのは、総理大臣とごく一部の取り巻き連中が政策決定に強大な権力を行使することです。

  しかも、この仕組みを狡猾に操る役割を演じているのが竹中平蔵です。例えば、竹中は自らが暖めている秘中の政策プランを作為的に民間議員の名前で提出させる一方、陰で小泉首相に周到な根回しをしたうえ公の会議の席で「首相指示」を出させていたという事実が暴かれています。このような内情のドキュメントを知ると、小泉構造改革の透明度の高さなどは単なる“幻想”に過ぎないことが分かります。

  また、ディープな一部のメディア情報によると、官邸の奥に巣食う、一切国民から選挙の洗礼を受けたことがない飯島秘書官が“首相の持つ人事権”を巧妙に操りながら耐震強度擬装事件、ライブドア事件など厄介な問題の“年度内幕引き”を計る一方で、アフター9月(「安倍晋三(?)次期政権」後)の「小泉リバイバル・シナリオ」(国民が小泉リバイバルを渇望するようになるよう仕向けるトリッキーなシナリオ)を練り上げており、既に“仕事”に取り掛かっているそうです。

  ここから透けて見えるのは、ダークな陰を引きずりながらもマスメディアによって“国民的人気が抜群”と評される安倍晋三ですら「小泉政権」のオモチャ(純情な国民を誑かす役割を負わされた愛すべきスケープ・ゴート)のように見えてきます。

  一方、共同通信社が行った全国緊急電話世論調査(1/26-1/27)によると、「小泉内閣が推し進めてきた構造改革について「見直すべきだ」との声が50・6%と過半数」を占め、「「勝ち組」「負け組」に象徴される経済的格差について75・0%が「広がっている」と回答」して「格差社会」の進行が浮き彫りになる一方で、未だに「小泉内閣の支持率が52・9%」で、日本国民の過半が、この小泉内閣を支持(信頼)しています(http://www.tokyo-np.co.jp/00/detail/20060127/fls_____detail__064.shtml)。

  最近、toxandoriaが身近な人々と「ライブドア問題」について話を聴いた(ヒアリング)感触では、「何が問題であるのか分からない」=1/3、「マスコミが手の平を返したのでやりすぎ、Horiemonが可愛そうだ」=1/3、「今まで小泉に騙されていた、小泉は恐ろしい人だ」(これはマスコミ関係の人の反応!)=1/3・・・おおよその反応が、このようなものでした。

  無論、この二つのデータを単純に結びつけることに統計的な意味は何もあり得ないのですが、直感で言えば、そこにはとても納得が行かぬ非合理なもの(カルト臭をまき散らすケムトレイルのようなもの/参照、http://www.t-xxx.com/main/camcal.htm)が見え隠れしています。マスコミの調査がヤラセだというような意味ではなく、「アンケートに答える時の日本国民の意識」と自分たちの「日常における反射的な現実感覚」(これが小泉内閣に対する過半の支持表明の意識部分と考えられる)の間に飛び越えることが殆んど絶望的な断崖絶壁に囲まれた底なしの谷間を挟んでいるような感じがします。

  その実体が何かは未だ分かりませんが、恐らく、これはブロガー・kaisetsuさまがご指摘の「事実(現実)への逃避」(下記、「toxandoriaの日記/“OPERA、Koizumi & Horiemon's Love Game” is Over !」、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060126へのコメントで記述された内容、下記●参照)に関係するのではないかと思っています。

  別に言えば、日本国民は、民主主義社会の中で「権力者に対して正しく異議申し立てをする手段」を放棄しているか、そのことの「歴史的な意義と重要性」を自覚していないのだと思います。それは、日本国民が直近の近代化へ向かって歩んできた歴史のプロセスで権力側にすっかり飼い慣らされてしまった結果でもあると思います。

  このため、日本国民は正当な「市民意識」と「公共空間」に関する理念の重要性について「不感症」となっているのかも知れません。恐らく、この状態である限り、目前の政治権力者がストレートに現行犯で破廉恥な犯罪でも起こし自滅的失脚に至らなければ、現在の“現実的”な政権が交代して「暴政の実体=コイズミ・タケナカ&ホリエモン現象」が完全に消え去ることはあり得ないのかも知れません。

  たまたま、11人の女性たちを自宅に囲い込んでハーレムを作っていた「奇妙な男」が逮捕されるという事件が起こっています。が、この渦中の女性たちをバカな奴らだと笑えないかも知れません。実は、この11人の女性たちの不思議な立場こそが、今の「あまりにも従順すぎる」、というより「マインドコントロールをかけられ暴政化した政治権力側によって飼い慣らされた従順すぎる日本国民の立場」に重なります。当然ながら、「ハーレム男≒コイズミ&ホリエモン的なモノ」であることは言うまでもありません。

  もし、「耐震強度擬装問題・ホリエモン自民党広告塔問題・米国産擬装牛肉輸入問題」などのような、尋常ならざるほど被害の大きな問題が欧米で起こった暁には、恐らく関係者だけでなく多くの市民たちが直接的に強い抗議行動(デモンストレーションなど)に出たことでしょう。が、ここに至っても、素朴で純情な(?)日本国民は「暴政の主」を篤く支持し、信頼し続けているのです。

  従って、過半の日本国民は、未だに「幻想空間」を浮遊し続けているかのように見えています。だからこそ、マスメディアには、「アンケートに答える時の日本国民の意識」と自分たちの「日常の反射的な現実感覚」(これが小泉内閣に対する過半の支持表明の意識部分)の間に存在する「一般国民の体力では飛び越えることが殆んど絶望的な断崖絶壁に囲まれた底なしの谷間の存在」をリアルに抉り取って見せる役割があるはずです。

●kaisetsu
『海舌、2006.01.26 Thursday、ホリエモンが有する株式価値が「ゼロ」になるか、ホリエモンから全てのライブドアの株式が引き剥がされた時点で、ホリエモン自身、自分が為すべきことを悟るだろう。http://blog.kaisetsu.org/?eid=304449#comments

toxandoriaさま コメント、ありがとうございます。以前に取り上げた雑誌「世界」の

2006.01.11 Wednesday
雑誌「世界」2月号「大澤真幸氏の『政治的思想空間の現在』に注目する。」http://blog.kaisetsu.org/?eid=291995

で、論点と異なるので記述しなかったのですが、大澤氏は、「事実への逃避」という概念も提示しています。

つまり、「事実からの逃避」ではなく、「事実への逃避」です。

今日の日本の思想的脆弱性、幼稚性、漫画あたま、「夢遊病者の氾濫」は、まさに、「事実に逃避」する姿と言い換えても良いと思うのです。

例えば、「紋切り型の「陰謀論」」「単細胞的マスコミの論調」『「猿でも分かる」的解説書』『「テクニックさえ会得すれば有名大学に入れる」式勉学態度』『「下流思考」を上流と勘違いする大衆』などなど・・・

日本人は、自分が馬鹿で、世界の田舎ものだ、という所から再出発する必要が在ります。
確かに、ソニーパナソニックトヨタは世界的に最高水準の面を持ちますが、これらは、日本人の中の、ほんの一部の人々の英知と努力の結果であって、日本人大衆の「愚民」達とは、縁も所縁も無いことです。

生産しない公務員を過剰に抱えるシステム、記者クラブ垂れ流しの報道、物真似しか出来ないITコンテンツ業界、吉本御笑い芸人が政治を語る日常・・・

これらの「現実」に違和感の無い世界、これこそ、「現実に逃避する」格好の『場』です。』