toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

映画『博士の愛した数式』に見る「清明な日本の風景」

toxandoria2006-03-03



  信州、上田地方の春の風景が心地よく美しい。スクリーンからまるで本物の微風が吹いてくるようだ。80分しか記憶が続かない天才数学者(博士)と清楚な美貌のシングルマザー・杏子(深津絵里)、そしてその息子(齋藤隆成)との心温まるコミュニケーションの物語。“わずか80分の温かい心の交流”の記憶。しかし、翌日にはその記憶が博士(寺尾 聰)の脳裏からすっかりデフォルトされてしまう・・・交通事故の後遺症である短期記憶障害に苦しむ博士・・・吉岡秀隆の語りと回想シーンが物語を静かに紡ぎだしてゆく。


 初めは、シングルマザーの家政婦・杏子にとって困難の連続。博士と同じ言葉の会話が繰り返される日々。それでも少しずつ博士とのコミュニケーションが可能となるにつれて、彼女は、博士が語る「素数友愛数虚数オイラーの公式」などの数や数式に秘められた神秘的な美しさに魅了されていく。やがて、10歳の息子が一人で留守番していると知った博士は、息子も連れてくるよう杏子に約束させる。そして博士は息子がやって来ると彼を√(ルート)と名づけた。


 杏子が終章で“心の時間は数学の真理と同じで流れ去りません、それは、この胸の中にあるのです、だから今を生きることが大切なのです”と語る。この言葉が印象的だ。


 最後に、エンドクレジットの前に流れるウイリアム・ブレイクの詩(下記)が再び映画の感動を呼び覚ます。


『Auguries of Innocence』


To see a World in a Gran of Sand


And a Heaven in a Wild Flower,


Hold Infinity in the palm of your hand


And Eternity in an hour.


(原詩は、http://www.cs.rice.edu/~ssiyer/minstrels/poems/368.htmlによる)


『無心のまえぶれ』


ひとつぶの砂にも世界を


いちりんの野の花にも天国を見


きみのたなごころに無限を


そしてひとときのうちに永遠をとらえる


(訳詩は、http://www1.odn.ne.jp/~cci32280/PoetBlake.htmによる)


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●『阿弥陀堂だより』、『雨あがる』などの監督・小泉堯史による「第1回本屋さん大賞1位」を受賞した小川 洋子の作品を映画化した『博士の愛した数式』を鑑賞しました。数学をテーマにしながら堅苦しさや難解なところは、まったくありません。しかも、決して多弁な映画ではなく、どちらかというと寡黙であり“優しい眼差し”と“日本の美しい自然の原風景”がコミュニケーションの主役を演じています。


●小川 洋子の原作にちりばめられている“清明、魂、いつくしむ、敬う、孤高・・・”などの言葉が見事な“日本の風景の映像美”にデフォルメされ、加古 隆の流麗な音楽が情感を盛り上げています。


●ここ数ヶ月の間に鑑賞した映画、『蝉しぐれ』(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051129/p1)と『単騎、千里を走る』(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060217)にも通じる“日本の原風景”の映画化です。是非、鑑賞をお勧めしたい作品です。


<『博士の愛した数式』の公式ホームページ>
http://hakase-movie.com/


・・・加古 隆(http://www.takashikako.com/)の流麗なテーマ音楽を聴くことができます。また、この映画では、爽やかに情感を盛り上げてくれるソプラノ歌手・森 麻季(http://www.japanarts.co.jp/html/JA_artists/vocal/mori_1167/pro.html)の透明感がある美しい歌声も忘れることができません。