toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

再度「共謀罪・審議入り」が決定=「凶暴化する権力」に無関心の日本国民

■4/18付・毎日新聞の報道によると、過去に二度も廃案となり昨秋の特別国会で継続審議扱いとなった「共謀罪」の新設を含む「組織犯罪処罰法等の改正案」が21日から、再度の審議に入ることが決定しています。18日の衆議院法務委員会の理事会で決定するとき野党側は反対したが、与党が押し切った形となりました。野党や日本弁護士連合会などは“話し合うという国民の内心の自由の権利が侵される”、また“凶暴罪の対象は国境を越える犯罪に限定するなどの抜本修正をすべきだ”として反対してきましたが、与党側は次のようなポイントの修正案(●)を4/21に提案する予定であり、一部の情報(http://exodus.exblog.jp/3266967など)によると、4/28の強行採決の方針が既に決まっているそうです。愈々、小泉政権は凶暴化した権力の実像を見せ始めたようです。

●(具体的な)何らかの準備行為を成立の要件にする
●対象となる団体を限定する

■ことの重大さに比して、テレビ・新聞など主要メディアの異常なほどの無関心さが気になります。というよりも問題は一般国民が悉くこの種の問題、つまり憲法上で保証されされているはずの「日本国民の基本的権利」が権力側によって侵される類の問題について無関心であることです。事実上、四度目の審議入りでメディアの扱いが小さいとはいいながらも、今までそれなりの関連情報は伝えられてきたはずです。主要マスメディアの無関心さは、このような一般国民の現実的な心性傾向を先取りしているに過ぎないのかも知れないのです。それは日本国民にとって命の次に大切なことであるはずの「基本的人権」が、権力側へ媚びるばかりになるまで堕落したマスメディアの販売至上主義と視聴率至上主義の犠牲になるという近代民主主義国家の一員としては真に唾棄すべき構図です。

■次元が異なる問題ですが、このよう心性傾向は、ブッシュ政権の大嘘(イラク戦争大義とされた大量破壊兵器の不在など)で塗り固めた「悪の枢軸論」を無条件で支持して一連の作戦へ主体的にかかわった小泉首相に対する責任追及の声が「盲目的な日米関係論」の中で掻き消されてしまうという不条理にさえも平然としている一般国民の精神環境と通底するものがあるように思われます。また、最近フランスで起こった高校生・大学生などの若者たちや労働組合員による「反CPE法の大規模デモ」に対する日本の主要メディアの解説の中には、むしろ、このような多くの日本国民の「基本的人権」への無関心さに同調するような論調が目立ったようです。例えば、“グローバリズム競争下で企業経営が危機的な状況へ押しやられているのに、傍迷惑な大規模デモを仕掛けるなどはフランスの若者たちが国家と社会に甘えている証拠だ”という類の論説です。

■恐らく、この種の論調で素直に納得できる多くの日本国民は「フランス革命の歴史的な意義」はおろか、民主主義社会における「公共」や「基本的人権」についてのベーシックな理解がまったく欠落しているのだと思われます。恐らく、この種の日本国民は、仮に日本が現在のような議会制民主国家から北朝鮮型(偶像崇拝型)の独裁国家、あるいは旧ソヴィエト連邦ヒトラーナチスドイツのような一党独裁のファッショ国家になっても、それほど違和感を感じないのかも知れません。なぜなら、彼らには国家の主権者たる国民の「基本的人権」の意識がまったく欠落している訳ですから、国家のガバナンスなどはどうでもよく到底自分の問題ではあり得ないからです。彼らの関心事は、喩えこの国が暴政であれ偽善的なバカ殿様が君臨する悪政であれ経済が上手く回ってくれれば良いということだけであり、後は優秀な官僚統制(全てを偉いお役人様が差配する親方日の丸)の下で面白可笑しくその日暮らしができれば良いということのようです。

アメリカ型のグローバリズム市場原理主義)がもたらす矛盾などに対し国民がデモという直接行動の形で意志表示をする動きが、ここのところ世界中で急速に広がりつつあります。フランスのデモの他にも、例えば、イギリスでの年金改革反対の100万人規模の地方公務員スト(http://www.jil.go.jp/kaigaitopic/2002_09/englandP01.html)、ドイツで起きた14年ぶりの公務員スト(http://www.janjan.jp/world/0603/0603050352/1.php?PHPSESSID=25)、同じくドイツの電機・自動車関係労組のスト(http://www.jil.go.jp/kaigaitopic/2003_09/germanyP01.html)、アメリカのヒスパニック系移民規制強化法に反対する4/10の大規模ストなどが起こっています。このため、小泉政権のホンネ(B層篭絡作戦?)に倣って日本の民度が低い若者らを“B層だ、ヘタレだ、ショタレ”だと揶揄するのは簡単ですが、欧米等世界中の自覚的な人々と日本人の間の意識の隔たりの大きさに愕然とさせられます。そして、恐らく今回の政府案の「共謀罪」が成立した後の日本では、ほんの小さなスト計画を話し合っただけでも逮捕されるようなケースが続発することになると思われます。

<参考1>フランスの「反CPEデモ」及び「移民系若者らによる暴動」に関しては下記(★)を参照
・・・これら二つのデモンストレーションには移民系若者の就職難という部分で重なるところもあるが、後者には「植民地主義時代フランスの負の遺産の解消」という課題が深くかかわっているので根本的な問題解決の方向性と手法は異なると思われる。

2006-03-21「反CPEデモ」に見る、フランス民主主義の“ど根性”、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060321
2006-04-04「反CPEデモ」に見る、フランス民主主義の“ど根性”(続編)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060404
2006-04-06「反CPEデモ」に見る、フランス民主主義の“ど根性”(続々編)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/60406
2006-04-10「反CPEデモ」に見る、フランス民主主義の“ど根性”(続々々編)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/
2005-11-20「暴動の炎」はフランス共和国への絶望と希望の相克[1]、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/
★2005-11-21「暴動の炎」はフランス共和国への絶望と希望の相克[2]、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051121
2005-11-24「暴動の炎」はフランス共和国への絶望と希望の相克[3]、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/

<参考2>日本の一般国民が、どれほど「共謀罪に無関心で無知であるか」については下記のルポルタージュ記事を参照

2006-03-31東京新聞「特報記事」政府が執着『共謀罪』とは、http://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20060331/mng_____tokuho__000.shtml

■かつて、当ブログ記事(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051027)で纏めた記事の中から「共謀罪」に関する問題点を抽出して下に再録しておきます。

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  趣味の同好会やサークル活動、ネット上のML仲間やBlogリンク・グループなどがいともたやすく濡れ衣で摘発される可能性が出てくるとして与党内からも猛反発を受け、政府は、10月19日に「共謀罪」(法案名称=犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案)の今国会での成立を断念しました。しかし、政府は引き続き次期国会での成立を目指すとしています。何故に、政府及び与党の一部はかくも執拗に「共謀罪」の成立を図ろうとするのでしょうか? 又、主にどのような観点から「共謀罪」は批判・反対されるのでしょうか? 

  「共謀罪」関連の法案が準備された契機は周知のとおり国連総会で「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(国連国際組織犯罪条約、http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~adachi/information/021121.html)が採択され、日本も署名したことにあります。これを受けて国内法の整備を急がなければならないということで準備・提案されてきたのが「共謀罪」です。この条約の第3条1項には、条約の適用範囲として「性質上国際的(越境的)なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するもの」と明記されています。然るに、執拗に三度も出されてきた法律案(共謀罪)においては、「国際的な犯罪」という要件が全く当て嵌められていないのです。

  つまり、この条約には国際的組織犯罪、マフィア・テロ組織等の国際的で大規模な犯罪を防止する趣旨があるにもかかわらず、国内で行われる犯罪の実行行為を伴わない“共謀それ自体”(連帯・相談・打ち合わせなどの行為)にターゲットを絞り、それを処罰しようとしている点で刑法の全面改悪に等しい(罪刑法定主義の原則に反する)こと、また、仮に共謀罪が制定されたとすると、その広範な適用範囲によって社会的に処罰の必要のないありとあらゆる行為に処罰の網がかかってしまうことが懸念されるのです。更に、共謀罪を立証するため自白を偏重する強権的な捜査や共犯者による危険な(裏切り的あるいは司法取引的な)供述立証が増加し、あるいは盗聴・密告などのプライバシーや通信の秘密等を侵害する強引な捜査手段が拡大することによって、日本中が全体主義国家のような疑心暗鬼の空気に満ちた、暗く抑圧的な社会に変わってしまう恐れがあります。(更に詳細な共謀罪の問題点については下記URL▲を参照)

▲『共謀罪―5つの質問―』(意見書:自由法曹団)、http://www.jlaf.jp/iken/2004/iken_20040115_02.html
▲講演「共謀罪の危険な法律的構造」、(足立昌勝・関東学院大学教授)、http://tochoho.jca.apc.org/ut/adkxa.html

  なぜ、このようなこと(このように問題が多い共謀罪関連法案が執拗に出されてくること)になっているのでしょうか? ともかくも、このように執拗で首尾一貫性がある政治的・政策的な意図の背景には、必ずその意図に働きかける原動力のような強いパワー(圧力の発信源)が存在するはずです。そこで、この「共謀罪」(刑法の整備)推進の原動力となっているものは何かという点にスポット当てつつ少し深く考えてみることにします。日本国憲法にあるとおり、先ず法律を制定する権力は国会にあります。それは、日本国憲法第41条が“国会は国権の最高機関であり、国の唯一の立法機関である”と定めていることに依ります。更に、この国会の法律制定権力に働きかけるパワーにどのようなものであるかを具体的に検討して見ると、次の五つがクローズアップされてきます。

(1)政府(内閣)の強い意志
(2)政党の統一的な決定方針
(3)圧力団体の意志
(4)世論の存在
(5)巨額の政治献金の存在(合法か違法化は問わず)
(6)外圧

  この「共謀罪」の場合、与党内にも反対論が多いことを考えると先ず(2)は該当せずと見てよさそうです。(4)も、この場合は該当しません。残るのは(1)、(3)、(5)、(6)の四つですが、「共謀罪」の場合は特定の業界団体等の利益誘導に結びつく法案とは考えにくいので(3)と(5)も除外してよさそうです。結局、残るのは「(1)政府(内閣)の強い意志」と「(6)外圧」だけです。そこで、この「共謀罪」の場合は、内閣が法案を提出する形となっているので、問題は更にその奥に存在する原動力的な強い意志(パワー)が何に由来するのかということになります。

  その実態を短兵急に特定することはできませんが、おそらくそれは何らかのイデオロギー的な強い意志であるだろうと想像することが可能です。ごく常識的な観点で見れば、「9.11N.Y.同時多発テロ事件」の影響を受けた国内テロ対策の一環だと言えるかも知れません。しかし、仮にテロ対策が必要だとしても、この「共謀罪」の場合は、国家によって統治される立場であると同時に国家の主権者でもある一般国民の主権(人権)をあまりにも根底から侵害し、その利益を損ない過ぎていると思われます。そして、何よりも“その主眼がテロ対策だというなら、なぜ「越境性」ということを意図的に外したのか?”、この点についての説明が提案当事者である政府自身から一切聞けないのが不気味さを増長しています。

  このように何らかのイデオロギー的な強い意志が存在すると仮定したとき、それはどのようなプロセスで「政府(内閣)の強い意志」の中に“民主的な顔で”忍び込むことが可能なのでしょうか? 仮に、それが最高権力者たる内閣総理大臣の個人的意志(確固たる信念)であったとしても、それをストレートに、あるいは露骨に明言的な形で「政府(内閣)の強い意志」だとして表に現すことは、いやしくも“民主主義国家の建て前を掲げる”以上は困難なことです。その証拠に、小泉総理大臣は、「靖国神社参拝」のたびに、その参拝の意図は「二度と戦争を起こさぬという平和を願うこと」だという申し開きのようなコトバを殊更のように、繰り返し繰り返し陳述しています。そこで、何らかのイデオロギー的な強い意志が、恰も民主的な手続きであるかのように表面を装いながら、制定される法律の中へ密かに忍び込む可能性を秘めるプロセスとして考えられるのが「審議会制度」の仕組みです。

  国の審議会は法律によって設置されることになっています。大臣などの諮問(法案等の専門的な内容の検討を委任すること)に応じて重要政策などについて調査・審議を行い、その結果を諮問を受けた大臣等へ助言し勧告することになっています。この制度は、これは建て前上のことですが、国民が行政に直接的に参加する仕組みの一つとして、行政民主化の視点からも注目されてきています。また、審議会の委員の性格と位置づけは審議会によって異なります。

  現実的には学識経験者が委員に任命される場合が多くなっています。つまり、各審議会の委員たちは学識経験者として専門知識を求められたり、あるいは中立的・調整的・大局的観点からの提言が期待されているのです。しかし、あまり目立たないのですが、ここにこそ大きな問題点があります。それは、これら「審議会の委員に対する任命権者は誰か」という問題です。法務省が公表している「法制審議委員会」関連の資料(http://www.moj.go.jp/SHINGI/housei.html)によると、当審議会の根拠法令は「法務省組織令第57条」で、その所掌事務の目的は下記のとおり、委員は学識経験者(定数20人以内、任期2年)となっています。(現在の委員名等のデータについても同資料を参照のこと)

(1)法務大臣の諮問に応じて、民事法、刑事法その他法務に関する基本的な事項を調査審議すること。
(2)電子情報処理組織による登記事務処理の円滑化のための措置等に関する法律(昭和60年法律第33号)第5条第2項の規定に基づきその権限に属させられた事項を処理すること。

  今回の総選挙の結果を見る限り、今や小泉政権は国内の政敵を悉く一掃した磐石の政権体制となっており、一見するところでは国民一般の支持率も高く、日本の未来は「小泉構造改革」の旗印の下で燦然と光輝き始めたかのように見えます。しかし、それにもかかわらず日本の民主主義のレベルは明らかに激しく劣化しつつあるように思われます。その理由については、以前に当ブログ記事「『小泉ファッショ政治』の欺瞞を乗り越えるための考察」(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050929/p1)で纏めたとおりです。

  この4年以上に及ぶ小泉政権下で最も持続的な現象として目だったことを抽出してみるとと、それは(小泉構造改革全体のキャッチフレーズである「改革」(特に郵政改革)というコトバを除外すれば)「靖国神社参拝の問題」と、この執拗に(粘り強く?)提出が繰り返されている「共謀罪」であることが分かります。そこで、再び「法制審議委員会」の問題に目を転じてみると、一般に各種審議委員会のメンバー(委員)の任命権者は所轄官庁のトップである担当省庁の国務大臣等であり、内閣に属する審議委員会(税制調査会選挙制度審議会など、http://www.cao.go.jp/council.html)の場合の任命権者は内閣総理大臣です。つまり、「法制審議委員会」の場合の当委員の任命権者は法務大臣です。しかし、当然のことながら各国務大臣の任命権者は内閣総理大臣であるので、現実的にこれら各委員の任命権者が内閣総理大臣であることは火を見るよりも明らかな事実です。従って、建て前上のことはともかくとして、このような点から見ても内閣総理大臣の権限は非常に強大なものであることが分かります。

  仮に委員に選ばれる学識経験者の性格面についてのグルーピングを試みると、彼らは凡そ以下のような五つのタイプになることが理解できるはずです。言って見れば、日本の政治世界における最高権力者たる内閣総理大臣は、これら学識経験者のタイプを目ざとく識別しながら作為的に適材・適所の組み合わせをして、自らが意図する目的に最も適合した審議委員会を作為的に構成することが可能なのです。そして、自らが信念とする政策を積極的に推進し実現することができる仕組みがお膳立てされるという訳です。ここにこそ、日本の建て前上の民主主義政治の仕組みの中に独裁的で意図的な、強いて言えば邪悪な政治権力の意志(特定の意志的圧力)が巧妙に忍び込む隙があるのです。

(1)自己主張旺盛・功名心追求型(このタイプは容易に体制擦寄型へ変質する)
(2)研究・学識専念型(学識派)
(3)理念追求型A(イデオロギータカ派
(4)理念追求型B(イデオロギーハト派
(5)その他(右顧左眄タイプ、ビジネスマンタイプ、トンデモ派など)

  ところで、今、最も注視すべきポイントは表記の「『小泉ファッショ政治』の欺瞞を乗り越えるための考察」で述べたことですが、日本政治の深奥に「軍事国体論」の復活を試みる強い意志が蠢いていることです。執拗に繰り返される小泉首相の「靖国神社参拝」と、同じく執拗に繰り返される「共謀罪法案」の提出によって日本中の政治的な空気が右へ右へとたなびき始めていることは間違いがない現実です。このような動向の背後に「軍事国体論」の復活を試みる意志が存在することも間違いがなさそうです。一方、小泉政権は一般国民の熱い支持を受けて「衆議院2/3体制」で磐石の装備を完成させています。このような現実を見ると小泉首相の顔が「ヤヌス神」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A4%E3%83%8C%E3%82%B9)のように見えてきます。

  一般に「ヤヌス神」の造形は物事の終わりと始まりの象徴とされています。が、これは見方次第では善良と邪悪が渾然とした人間社会の宿命の象徴だと見做すこともできます。言い換えれば、人間社会も大自然の一部なので、恰も免疫力が落ちた生命体がガン細胞やウイルスに犯されれば朽ち果てるのと同じように、人間が民主主義社会を維持するために必要な相当の努力(免疫維持の努力に相当)を怠ると、その瞬間に忽然とヤヌス神の裏側の顔(邪悪な側面/小泉首相の場合は、心地良いワンフレーズ・ポリテクスを語る表向きの顔が暗転すると、赤い舌をぺロペロと出しながら薄ら笑いを浮かべて軍事国体論を語り始める恐ろしい国家主義者の顔が出現する?)が反転して現実化するという具合なのではないでしょうか。

  このように見てくると、「共謀罪」の深層にあるものは「軍事国体論」の復活を試みる、ある一団(特殊なナショナリスティックなイデオロギーを信奉する一派)の強い意志である可能性が高く、件(くだん)の「法制審議委員会」はその強い意志を日本の民主主義社会の中に密かに忍び込ませ浸透させる役割を果たしつつあるのではないかという疑念が湧き上がってきます。このような意味で、当委員会へ人材を提供する土壌である法学アカデミズム(特に刑法学会)の今後の人事動向などを十分注視する必要があると思われます。今こそ、本当の意味での学問と学識経験者の真価(役割)が問われているのではないでしょうか? ここにきて、欧米系メディアや米国議会関係者などが「小泉首相靖国神社参拝問題」に対して冷静な分析と厳しい批判を加えるようになった(参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051025)のは、彼らも日本の根本的なガバナンス部分についての危うさを感じたからなのかも知れません。

<参考3>Janjan記事:「目配せしただけで逮捕?10万人が反対する共謀罪とは」、
http://www.janjan.jp/government/0604/0604170521/1.php

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■「『共謀罪』与党修正案についての日弁連会長声明」の転載
http://eritokyo.jp/independent/aoyama-col7032.html

日本弁護士連合会
会長本日、衆議院法務委員会は、共謀罪導入のための法律案について審議入りし、与党か ら修正案が提案された。

 この修正案は原案に比べれば、一部にその適用範囲をせばめようとする部分はあるも のの、この間一貫して当連合会が指摘してきた問題点は解決されていない。

 第1にこの修正案は、あくまでも団体の「活動」に着目して限定を加えたものであっ て、必ずしも、「団体」がどこまで限定されているかは明らかでない。現実に過去に 犯罪を遂行してきた事実も要件とされていない。団体の一部の構成員が一定の犯罪の 共謀を行ったことのみをもって、団体に犯罪目的ありと解釈される可能性がある。む しろ端的に、文字通りの組織犯罪集団が関与する場合に適用範囲を限定するべきである。

 第2にこの修正案においては、共謀に加えて、「犯罪の実行に資する行為」が必要とされている。この概念は、犯罪の準備行為よりもはるかに広い概念であり、犯罪の実 行にはさしたる影響力を持たない精神的な応援などもこれに含まれる可能性があり、 共謀罪の適用場面において、ほとんど歯止めにならない。少なくとも、犯罪の実行の 「準備行為」が行われたことを明確に要件とするべきである。

 そもそも、本法案は、もともと下記のような問題点を有しており、この点は修正案で も解消されていない。

 第1に、本法案が導入しようとする共謀罪は、犯罪が実際に発生する以前、関係者が 犯罪を起こすことを合意したことのみで処罰できるとするものである。刑法では、予 備行為を処罰する犯罪でさえ殺人罪等ごく一部に限られていたのであり、本法案は、 このような刑法の体系を根本から覆すものである。

 第2に、対象犯罪が619にも及び、あまりに広範な内容となっている。現実に組織犯罪集団が行うと予測される犯罪類型に限定して立法することは可能である。

 第3に、本法案は、国連越境組織犯罪防止条約に基づいて作られたものであるが、同 条約は、国境を越える性質を持った組織犯罪を防止する目的で起草されたものであ る。条約の批准を一部留保するなどの方法によって、我が国の国内法として、国境を 越える犯罪に限って適用する旨を規定することは、条約の趣旨に反するものではない。

 第4に、自首した者の罪を減免するという規定が盛り込まれているが、この規定は、 一旦共謀に加わった者は、犯罪の実行をやめることを合意してもそれだけでは共謀罪 の適用を免れることができず、さらに警察に自首する以外に刑罰を免れる手段がない ことを示している。この点は共謀罪の本来的な問題点を如実に示すものであると同時 に、共謀を持ちかけた側のみが自首により刑罰を免れることがあり得るという点で、この規定自体にも問題がある。

 以上の通り、この修正案がいくつかの点で限定を加えた姿勢については一定の評価は しうるものの、この法案がもともと有している多くの問題点は是正されておらず、当連合会は、この法案には強く反対し、その抜本的見直しを求め、運動を継続・強化していくものである。

2006(平成18)年4月21日

日本弁護士連合会
会長 平山 正剛