toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

“タイプの男だから”で再び危ない首相を選ぶ、人間性を捨てた日本国民

・・・副題[2006.7.3、「米最高裁のブッシュ違憲判断」と「日本国民の悲惨な現況」をカムフラージュした日米首脳会談、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060703]への反照

 『幕末、明治期に日本に滞在した英国人医師ウィリアム・ウィリスは、北越戦争を目撃して武士の勇気をたたえる一方「現在までのところ敵方の負傷した捕虜を一人もみていないという重大な事実を私は無視するわけにはいかない」と記し、捕虜を殺してしまう日本の武士の不当さを非難している(「幕末維新を駆け抜けた英国人医師−−甦るウィリアム・ウィリス文書」大山瑞代訳、創泉堂出版)。その後の捕虜虐待を他国から非難される原形がここにあったのだ。』・・・これは、下記の記事(★)からの部分転載です。

★「『すがすがしい日本人』増やす 黒岩徹(2006年7月5日毎日新聞・OB記者の目」、http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20060705k0000m070188000c.html

 この指摘は、ソックリ現代の日本における異常な弱者虐めが蔓延する姿に重なります。また、それは非情な“勝ち組と負け組みの社会”を奨励してきた小泉首相が、「(国民が)もうやめてくれ、増税してくれというまで(予算配分を)削れ!」と経済財政諮問会議で発言していた姿に重なります(http://www.asahi.com/politics/update/0627/014.htmlhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060628)。歳出削減の大義はともかくとして、このように品のない言い草と弱者を苛め抜く手法はヤクザ稼業を彷彿とさせます。

つまり、この5年間、我われ日本国民はメジャーなマスメディアなどによって“とても危険な人物”を“好人物”だと勘違いさせられて一国の首相という重要な地位に推戴してきたのです。それにもかかわらず、今や過半の日本国民は、刃を懐中に仕込んだそれ以上に危険な人物(妖しげな支持層の尾鰭(尾びれ)を持ち、日本核武装化などの過激な発言実績がある)を、見かけ上の“タイプの男だから”という理由だけで首相に推挙しようとしています。

  以下は、[2006.7.3、「米最高裁のブッシュ違憲判断」と「日本国民の悲惨な現況」をカムフラージュした日米首脳会談、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060703]に寄せられたコメント&レスです。当記事の内容と重なる部分があるので、そのまま転載します。

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# とむ丸です(http://tomkari.cocolog-nifty.com/) 『 ご紹介いただきありがとうございました。

 きょう、NHKテレビ、クローズアップ現代を見ながら、夫が、障害者を切り捨てるほど日本は貧しくないのに、と怒りを交えたため息をついていました。一体どこで、こんな政策を考えているんだ! とも。無知蒙昧な小泉純一郎ではないでしょうね。

 それにしても、「暗いニュース」を読むなり、穴があったら入りたいの心境になってしまいました。自分のことではなく、首相のことでですが、あんな様子を目にすると、どなたかが問題にしていた首相の「レイプ疑惑」が俄然真実味を帯びて迫ってきます。

 この歳でこれだもの、「若気の至り」で純一郎氏が何をしていてもおかしくないな、と(toxandoriaさんのところで、こんな話題を出して申しわけありません。でも、つい連想してしまいました)。』

# iorigin(http://d.hatena.ne.jp/iorigin/) 『国民にとって、増税ほど痛いものはない。ところがジュンイチローは「国民がどうか増税して欲しいというまで支出を削れ」といったそうです。

福祉を削るのも末端の生活を立ちいかなくさせるのも、増税へもって行く手段だとは。彼は根っから冷酷なサディストだと思いますね。』

# toxandoria 『“とむ丸”さま、こちらこそです。コメントありがとうございます。

当記事でも取り上げた冷泉彰彦氏の新著「『関係の空気』、『場の空気』」(講談社現代新書)によると(未読ですが)、岡山での集団暴行死事件の容疑者の一人は“ふだんは優しいが、すぐにキレる”と言われていたそうです。今回の東大阪市で起きた残忍な生き埋め事件の主犯格の人物も似たようなものかも知れません。

冷泉彰彦氏は、この本で『日本語の窒息説』を唱えているようです。つまり、穏便な言い回しなどでこちら側の意志を相手に伝えたり、利害が対立する場で上手く問題を解決するための妥協策を探るために駆使すべき日本語の能力を失っているのではないか、というのです。それは、ソックリ小泉首相の短絡的な行動パターン(よく言えば得意のパフォーマンス)とワンフレーズ・ポリテクスに繋がるように思われます。

今回、その東大阪市長選挙共産党員の前市長が返り咲いたことに、この事件が何らかの影響を東大阪の市民へ与えたのではないか(つまり、市民もやっと問題の所在とその深刻さに気づいたのではないか)、と想像して(これは、あくまでも想像ですが・・・)おります。

そして、おっしゃるとおり、今回の米グレースランドでの小泉氏の所業(肝心のブッシュ氏すら驚いた様子?)を観察すると、以前から小泉氏に纏りついていた“ご指摘の悪い疑惑”がやはり本当だったのではないかと思えてきます。

ひょっとすると、過半の日本国民とマスメディア(特にテレビ)は“とんでもない人物”を首相に選び(その本人と、それを支持する人々が相思相愛の仲だと思ってきた、その肝心のアメリカの人々からでさえも“アナタはチョット変よ!?”と思われる人物)、それと共犯関係を作ると言う、とんでもない大犯罪を犯してしまった可能性があるかも知れません。

しかし、この段に至ってもメジャーな日本のマスメディアは未だにコトの深刻さに気がつかず、“第二の小泉”たるキレやすい人物を再び日本国の首相に推戴するため、また彼が主張する「新しいナショナリズム」(お門違い、または勘違いのおバカなナショナリズム)を高揚させるためヤッキとなっています。

今後も、慎重に彼らの動向を観察し、批判し続けなければなりませんね。』

# toxandoria 『ioriginさま、コメントありがとうございます。

本当に一国の首相がこんな言葉を吐くとは驚きです。

このような「小泉氏の言葉遣いの実像」と「彼の米国グレースランドでの痴態」を見せ付けられるにつけ、やはり彼は噂どおり“悪い趣味の人物”だったのではないかと空恐ろしくなります。

特に、医療・福祉を中心とする弱者や底辺層の人々を叩く“冷酷な意志”は、とても尋常な人間のものとは思われませんね。』

# toxandoria 『“雑談日記”さま、(愚考三昧=Excite版toxandoriaの日記での)記事紹介とTBありがとうございます。

ここにきて小泉首相のエゲツナイ本性が漸くアラワになってきましたが、相変わらずメジャーなマスメディアは“小泉擁護”の論調が主流です。

小泉の後継たる安倍の支持者も都市部のB層に集中しているようです。従って、安倍の「新ナショナリズム」はこれらの弱者(負け組み)層に支持されていることになり、これは小泉の靖国以上に「ネジレた軍国主義」への近道となる危険性が高いと思います。

それにしても、(東京新聞の調査結果でしたか・・・)若い女性を中心に女性層に安倍の支持者が多く、その理由が“上役とするならタイプの男だから”だそうです。

どうやら、特に女性層の中で若年性痴呆症が広がっているようで不気味です』