toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

安倍式のセレブな「先制攻撃・核武装」論で霞む日本の二つの真相(改題記事)

・・・[副題]“北のミサイル”と“タイプの政治家”に直ぐムラムラする日本の危機の真相(補足・修正版)

・・・これは既にアップ済みの記事(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060714)です。しかし、かつて一部のブロガー様から「表題」は品位を保つべきだという、それとはなしのアドバイスを頂いたことがありますので、“試みに”表題を変えて再度アップしてみます。

・・・ただ、常々から、上辺だけ巧妙におセレブに取り繕った批判対象の人々(例えば、小泉、竹中、安倍、武部、福井など)の下劣な品性が透けて見えているだけに、それらの批判対象にマッチさせるという意味で“やや卑猥で下品な表題”となることは、やむを得ない点があるとも思っています。

・・・また、記事の一部には若干の修正を加えた部分があります。補足記事(当記事へのコメント&レスの転載部分)もあります。

・・・以下、本論・・・

小泉首相が、「ブッシュ大統領の威光」と「電撃的な中東歴訪」という独自外交(思いつき外交?/否、実体は日本国内のB層を意識した、国費の無駄遣いによる物見遊山の臭いパフォーマンス)の打ち上げ花火をバックに15日のサンクトペテルブルク・サミットへ意気揚々と乗り込むシナリオは、北朝鮮弾道ミサイル問題に関する国連安保理の「北朝鮮決議」について、アメリカ・中国・ロシアが早々と手打ちの準備に入ったため、全く当て外れとなったようです。しかも、“肝心の”『小泉=胡錦涛会談』は予定すらされていないようです。

それどころか、「小泉首相大喜び、アブドラ国王との夕食会後に国王の運転でホテルへ」(2006.7.14、?読売新聞ネットニュース/http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20060714ia01.htm)によると、“小泉首相はホテル到着後、ワーイ、ワーイ! アブドラ国王が送ってくれたと周囲に英語で語り、喜んでいた”という、プレスリーの故地グレースランドでの乱痴気騒ぎに続く、どうでもよいバカバカしいニュースが世界を駆け巡っており、まるで王様気分まるだしで政府専用機を乗り回し、膨大な金額の国費を浪費しながら相変わらず日本の恥晒しをやってくれています。

一方、“メディアのアンケート調査で国民の人気ドNo.1のおセレブな貴公子”こと安倍官房長官の“日和見主義外交”、つまり北のミサイル外交で“前のめりになった醜態”(国民の生命・財産を二の次とする先制攻撃論の公言)と福井・日銀総裁による究極のインサイダー取引という「貧困な精神」が、ますます面妖な波紋を広げつつあります。

2006.7.13付のウオールストリート・ジャーナルの社説は、中韓両国の北朝鮮への融和的政策を批判する文脈の中でのことですが、“核武装の可能性も含めて、日本の軍備増強は避けられない”と警告(次期首相の安倍官房長官への期待を込めて?)しています。ここには[2006-07-05、toxandoriaの日記、“タイプの男だから”で再び危ない首相を選ぶ、人間性を捨てた日本国民”(参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060705)]で指摘した、愚かしい過半の日本国民(善女>善男?)の「おセレブで軽薄な選択の危うさ」が現れています。

一寸した想定外の事態が発生するとこれらエリートたちの今までの「口から出まかせの華麗な大言壮語」はどこかへ消え失せ、彼らのさもしくも臆病な卑怯者の本性だけが露呈します。そして、出てくるのが「先制攻撃、軍備増強、核武装」という物騒なヤクザコトバです。ここでは「平和憲法の存在」は“屁のカッパ状態”です。このように軽薄な“美容整形型のおセレブ・エリート”たちに指導される日本の未来が大いに懸念される次第です。

しかも、野放図な規律環境のまま心髄まで自由原理主義に溺れ被(かぶ)れてしまった日本人の多くは、小泉首相や福井・日銀総裁らと同様に、自覚症状がない「深刻な無責任病」に冒されています。もはや彼らは一定の自律的な規範や原理原則などの意義についてすら理解できなくなっているようです。

今回、政府が決定(2006.7.7)した「骨太の方針」(経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006/平成11年度に基礎的財政収支の黒字化を目指す中期ビジョン/16.5兆円と見積もった収支ギャップの約7割を歳出削減で、残り3割を増税などの歳入改革で賄うプラン)と自民党税制調査会が決定(2006.6.28)した「税制改革の論点整理」も“無責任な先送りのオンパレード”です。

詳細な論点についてはともかくも、これらプランニングの特徴を短く言ってしまえば、“作為的なメディアによるアンケート調査”(アンケート調査が科学的だというのはカルト信仰に近い錯誤である!)で「国民的人気度ナンバー1に仕立てた安倍政権」という勝ち馬に縋(すが)ろうとする、ひたすら来夏の参院選対策だけを意識した与党議員たちのサモシイ姿です。恐るべきことに、ここに垣間見えるのは「“タイプ”の安倍・総統閣下」を担いだ大政翼賛体制への渇望です。

そこには、未来の日本をどのような国家にするかというような“根本理念の片鱗”すら窺うことができません。まるで、日本の“セレブで高給な国会議員や官僚たち”の目には、一般国民と日本経済が自らの身分と収入を確保するための道具や手段としか見えていないようです。特に、憂慮すべきは、日本の政治家・官僚・学者・ジャーナリストらのエリート層に属する人々が、「殆んどガン化したとすら言える日本財政の深刻な病巣をもたらした根本」と「二つの核爆弾の洗礼を受けた日本こそが貢献すべき世界平和への具体的努力」の二点に“見ザル、言わザル、聞かザル”を決め込んでいることです。それどころか、直ぐに“核武装だ!、先制攻撃だ!”という情けなさです。

例えば、夕張市(北海道)の「破産宣言」(税収と地方交付税などを合わせた収入の規模(標準財政規模)は約45億円/これに対し今年3月末の負債は、当座の資金不足を凌ぐ金融機関からの一時借入金が約290億円、地方債残高が130億円などで、計540億円となる/つまり、標準財政規模の10倍以上に膨らんでいたことになる)のショックが広がっていますが、これは他の自治体にとっても他人事ではないはずです。「ガン化した財政の病巣」は、日本全国の自治体へ確実に転移し始めています。

しかも、これは紛れもなく小泉構造改革の「三位一体改革の初動レベルにおけるシナリオの破綻」でもある訳ですが、無責任なことに国と地方自治体双方からの、この点に関する全国民を巻き込んだ共通認識を確立するための真摯な摺り合わせ努力が放置されたままです。先行するのは、相変わらず「自己保身」ばかりです。このため国と地方の財政改革のトータル・シナリオは今に至っても“砂上の楼閣”状態で、国・地方合わせて約1070兆円の債務残高(元金850兆円プラス利払金の合計金額、http://ueno.cool.ne.jp/gakuten/network/fin.html)は積み上がる一方です。本来であれば、「日本の痛み」の根源については国家と地方(国民)の双方が先ず信頼し合うことから始めなければならない筈です。

また、日本政府による「平和を実現するための具体的な努力」も殆んど放置状態です。例えば、日本には古川和夫氏(現在、トリウム熔融塩国際フォーラム代表)を指導者とする「トリウム熔融塩核燃料サイクルシステム」(このタイプの原発が実現すると、同時に従来型の原発でできた使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを消滅させることができる)に関する優れた研究の蓄積があります。詳細については下記<参考資料★>をご覧いただくとして、この研究は、現在のウランとプルトニウムを使う危険な原子力発電を安全でクリーンなトリウム型の原子力発電に変えることを可能とする画期的なものです。更に、これは軍事転用(核爆弾をつくること)が不可能となる技術です。

従って、実現すれば北朝鮮やイランなどの核問題への切り札となる可能性もあり、これは極めて重要な研究成果だと考えられます。しかも、その実現性はきわめて高いものです。たしかに、既得権益を守ろうとするエネルギー関連業界、セントラル・ドグマの崩壊を恐れる既存アカデミズムや専門学会等からの圧力、あるいは産軍複合体関連企業などからの抵抗は大きいかも知れません。しかし、このように世界の恒久平和とエネルギー問題の大方の解決に直結する可能性が高い優れた科学技術研究が塩漬けになったままであり続けるのは、結局、日本の政治家も科学者もマスメディアも、日本のエリート層が上から下まで、“目先の売りぬけだけに反応するパブロフの犬”(=ホリエモン村上ファンドの村上代表、日銀・福井総裁らの同類)と化している証左です。

我われ一般国民は、このような点にこそ日本の真の危機があることを自覚すべきです。

<参考資料>

★エネルギー政策(核エネルギー)について、http://homepage2.nifty.com/w-hydroplus/info7m.htm

★古川和夫著「『原発』革命」(文春新書)

[補足記事]=http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060714へのコメント&レス

[コメントを書く] to → http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060714

# renshi 『toxandoria 様

TBの代わりです。よろしくお願いします。

ところで、ウィットに富んだと言うべき、今回の記事ですが、現代日本社会の問題が実に鮮明に二元論的に浮かび上がってきていると感じます。

哲学的に言えば、同一性勢力と特異性(不連続的差異)の共振シナジー勢力です。どうも、前者のカリスマ的なえげつない力が落ちてきているように思えます。どうも、まっとうな国民の判断力が力をつけつつあるように、やや楽観的ですが、思えます。昨年の絶望的な衆院選挙の空気とは正反対だと思います。

ところで、古川氏のエネルギー革命は初耳でした。これは、たいへんな福音だと思います。

「■武州無宿・健次郎様の思想は、正に、不連続的差異論の基盤にあります。」
http://ameblo.jp/renshi/entry-10014700202.html

# toxandoria 『renshiさま、コメントありがとうございます。

TB(およびコメント)不調について照会していた“はてな”から回答がありましたが、原因等は不明で、お手上げ状態です。“はてな”から指摘してきたことは、“当記事のスパム排除機能をオフにしてみたら・・・”とのことなので、調べたところ初めからオフになっており、これが原因ではなかったことが分かりました。

他の方々からも同様にTB(およびコメント)不調のご連絡を頂いていますが、時によっては正常に到着することもあります。結局、何らかの事情で、システム環境が微妙に不安定になっているようです。暫く、静観するしか手がないようです。

日銀・福井総裁の問題や日本政府の財政改革先送りの問題で思い出されるのは、かつて明治維新政府が幕府から引き継いだ莫大な財政赤字の踏み倒し(先送りと債権化などによる巧妙な転嫁政策)を行ったという歴史的事実です。

その帳尻は「増税」と「侵略戦争による収益」で賄われました。最も割を食わされて苦しんだのが下級武士階層と貧農層です。しかし、彼らには、コトの真相を見抜くことを可能とするだけの情報が殆んど与えられていませんでした。

いま、この下級武士階層と貧農層に相当する役回りを背負わされているのが、夕張市のような「債権管理団体へ転落する寸前まで追い詰められた多くの地方自治体」と「都会のB層と負け組みの人々」です。

そして、時代が大きく違うとはいえ、これらに共通するのは「権力と情報」の点で有利な立場に居るエリートたちであり、さらに彼らに共通するのが既得権を守るための「保身」ということです。

他方、今の時代の大きな特徴は「情報」が溢れかえるほど存在することです。しかしながら、最も「情報」を知る立場にある肝心のメディア側がエリート層と結託して「保身」に与し、B層などへのメディアコントロールに加担していることが現代日本の病的な現実です。

従って、もはやグローバリズム市場原理主義の世界(侵略戦争が巧妙に市場に組み込まれたシステム)で生きざるを得ないことが現実であるとするならば、一定の規律や倫理を重視するという、良い意味での日本型経営(日本型の独創的な市場主義)のあり方を実現するために衆知を絞るべきだと思います。

日本の文化・伝統には欠点だけでなく美点も数多く存在するので、それらを生かしつつ「個性的な倫理観と平和を実現する知恵」を世界へ発信すべきだと思います。

世界の恒久平和にも繋がる可能性を持つ、古川和夫氏の「トリウム熔融塩核燃料サイクルシステム」に関する優れた研究の蓄積は、このような観点からも積極的に評価・支援すべきものだと思っております。

ともかくも、今の日本政府関係者たちによる、自らの「保身への飽くなき傾斜」と「平和を実現するための具体的な努力の放置」は噴飯モノです。』


# 減りとロープの小部屋

『少し前に遺伝子組み換えに関するエントリーに書きましたが、都合の悪い結果が出そうな研究には研究費が出ない、などのことがあるようで、他の分野についても同じことが類推できます。

目先はそれでよくとも、長いスパンで見ると、すべてに関して、そのような態度では、とても日本がたちゆかなくなる日が来るのではないかと懸念されます。』

# toxandoria 『“減りとロープの小部屋”さま、コメントありがとうございます。

やはり、遺伝子組み換えの分野でもそうですか・・・。科研費などの予算配分でも、国にとって、あるいは政治力を持つ企業等にとって都合の悪い結果が予想される研究(既得権益を侵す恐れがある)には予算がつかないということを聞いたことがあります。

今や、遺伝子組み換え作物をほぼ独占するモンサント社などの独善的な横暴(特許権を使った自然農法への法的な圧力など)がますます目に余るようになっていますが、日本の国立研究機関でもイネに対する遺伝子操作の研究(抗菌物質ディフェンシエンシンのイネへの組み込み実験など)が行われているようであり、この分野でも重大な国策の根本的誤りが懸念されます。

他方、その生命科学の世界ではノンコーディングRNAイントロンなど遺伝子上のジャンク部分の役割の大きさが認識されるにつれて、セントラルドグマが塗り替えられる可能性がでてきているようですね。

古川和男氏は著書「『原発』革命」の終章の最後で次のように書いています。

・・・「新しいよりよい道を探し、再出発しよう」という彼(デビッド・E・リリエンソール/米国初代の原子力委員長/水爆製造に反対して辞職したあと、自由人として核エネルギーの平和利用の健全化に取り組んだ)の提言に、科学者のひとりとして返答を試みたのが、この「トリウム熔融塩核エネルギー協働システム」の提案と考えている。再出発の際の警告として彼は言う、「核エネルギーについての最終決定は、科学者が下すのではなく、われわれの社会の、あらゆる主要な社会問題を決定する立場にある人々によってなされなければならない」と。社会全員の命運すべてが関わるからであり、全く同感である。科学者もまた市民である。』