toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

“力づくで”を“合意の上で”にすり替えただけの対北朝鮮決議の「実に貧相な安保理採択」

toxandoria2006-07-16


【画像解説】

ボッス『鳥の顔をした怪物』(“地獄の園”の快楽、右側の部分)Hieronymus Bosch(ca1460-1516)「Garden of Earthly Delights、Detail of bird-headed monster (right wing) 」c. 1504; Triptych, plus shutters; Oil on panel; Central panel, 220 x 195 cm; Wings, 220 x 97 cm; Museo del Prado, Madrid
・・・お手数ですが、大きな画像は下記URLをクリックしてご覧下さい。
http://art.pro.tok2.com/B/Bosch/bo06d.JPG

ボッスは、ネーデルラント初期ルネサンスを代表する独創的な画家で、ここに描かれているのは中世を支配していた空想的世界と近代リアリズムが融合した“狂気の最中に取り込まれた現実”です。多極化しつつ混迷を深める現代世界を暗示しているようで不気味です。この時の世界最大の“寄生的権力者”、スペイン帝国(日の没することなき帝国)の皇帝フェリペ2世は、どのような感慨でこの絵を観ていたのでしょうか?

・・・以下、本論・・・

我が日本国の安倍晋三官房長官は、2006.7.16に北朝鮮弾道ミサイル発射問題を巡る国連安保理決議が全会一致で採択されたことを受けて、“我が国が求めていた(徹底的な経済・軍事)制裁を含む拘束力のある決議との立場を反映できた素晴らしい決議だ、と歓迎する談話をニコヤカニ発表しました。

しかし、その実体は国連憲章・7章(徹底的な経済・軍事制裁)の削除で実質的に無意味で形式的な、ただ各常任理事国サンクトペテルブルグ・サミットに雁首を揃えた各首脳)の顔を立てるだけの決議です。ハッキリ言えば、各常任理事国がお互いの立場を愛し合い舐めあっただけの薄気味が悪い結末です。

それにもかかわらず、日本の各メディアは日本政府の真摯で積極果敢な(先制攻撃論をブチ上げた)努力が実った成果だと大政翼賛の提灯を振りかざすばかりです。日本海の彼方から、金正日の日本を小ばかにした嘲り笑いの声が聞こえてくるようです。

一方、今の日本は“弱者に冷酷な変人・小泉首相”のおかげで、社会全体の錘(おもり)が着実にズボンの片方へ逸れつつある“ソシエテ・デリヴァーン”( Societe derivante=Drifting society/右側へ向かって漂流する社会・日本 )となっています。

しかも、タイミングが良いことに下のニュース(★)に接すると「“Dancing Koizumi” → “Gambler  of  roaming the World”=(昔懐かしいギャグ漫画)さすらいのギャンブラー → 昔スーフリ(噂の)の結城純一郎 → Le criminel de viol qui flane = The rape criminal who loiters =(“和訳”はお察しのとおり)」を連想させられます。

★『小泉首相米大統領フォークダンス 夕食会で上機嫌』http://www.main
ichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20060716k0000e010010000c.html

どうやら、日本国民は“老若男女と前後の区別なく十分に用心をする”に越したことはないようです。なにしろ、風聞によると、変人で遊び人でスタミナたっぷりで悪趣味な奇人・宰相の本性は、相手・時・場所を選ばぬ“Le criminel de viol qui flane”なのだそうですから。

日本の多くの善男善女は、これからますます、変人・宰相(及び、その正統な後継者)にド肝を抜かれたり、生き血を吸われたり、楔を打ち込まれたりせぬよう十分に用心する必要があるようです。