toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

2006年、夏のフランドル(オランダ・ベルギー)旅行の印象/ブルージュ編3



【画像の解説】


一枚目は、市街地の北東部にある「フランデレン民族博物館」辺りの街角で見かけたマリア像です。これに類するマリア像は市街の散策中に、あちらこちらにありました。この風景を見ると、ブルージュが敬虔なカトリックの歴史を持つ街であることを改めて意識させられます。


二枚目は、同じ地区で偶然に遭遇した天窓(ガラス窓)拭き作業車です。ブルージュ市街には天窓(及び内部から窓拭き作業がしにくい高さのガラス窓)の付いた建物が多いのでこのような作業が日常的に行われているようです。なお、ブルージュ市街地への自動車の乗り入れは原則禁止ですが、小型車と業務用車両は許可されています。


三枚目の肖像は、19世紀後半に「フランデレン運動」(フランス語をベルギーの公用語にする動きが強まったときにフランデレン語の復権を目指した運動)が高揚した時に指導者的な役割を果たしたヒド・ヘゼレ(Guido Gezelle/1830-1899/牧師であり詩人でもあった人物)です(参照、http://gezelle.tripod.com/)。


ブルージュ旧市外の中心地(マルクト広場あたり)から北東の端へ向かって約15〜20分ほど歩くと「聖ヤンの風車」(四枚目の画像/関連参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060907)が立つ運河の畔へ出ますが、その近くにヒド・ヘゼレの功績を称える「ヒド・ヘゼレ博物館」(Guido Gezelle Museum/民家を利用した建物/参照、http://www.virtualbruges.com/museums/mus017.html)があります。


この博物館は非常に地味なので、ほとんど一般の民家と見分けがつかないはずです。しかし、「フランデレン運動」とヒド・ヘゼレに関する歴史的事実は、現在の「EUの存在」にとって無視できないほど非常に重要な意味があると思われます。また、これはベルギーとオランダにEUの中心機能が集中していることの理由も解き明かしてくれます。


一般には、欧州の弱小国であるベルギーとオランダがEU(事実上は、大国であるフランスとドイツに牛耳られる)に利用されたと考える傾向が強いのですが、それは現実の姿の一端に過ぎないようです。この問題に関しては、後に詳しく考えます。


<注>フランドル地方(ベルギー北部のフランデレンとオランダの南部に跨る地域)では、オランダ語が話される。元来、フラマン人が話していたフラマン語オランダ語と別であったが、ベルギーのオランダ統治時代に書き言葉も話し言葉も大きな差がなくなる。ワロン地方(ベルギー南部)で使われるワロン語も歴史とともにフランス語に接近し、今のワロン語はフランス語とほとんど差がない。ベルギーの東部にはドイツ語を話す地区も存在する(参照、http://www.clair.or.jp/j/forum/c_report/html/cr212/index.html)。


五枚目は、「ヒド・ヘゼレ博物館」から400mほど西へ歩いたところにある「フランデレン民族博物館」(右側の手前から奥へ向かって二つ目の白い民家の塊に見える部分、http://www.brugge.be/internet/nl/musea/volkskunde/index.htm)です。この博物館も非常に地味な概観ですが、そこでは古い時代のフランデレン人たちの日常生活の様子が忠実に再現されています。特に、中世のフランデレンの人々が飲んだビールへ入れたとされるグルート(gruto)の実物標本が展示されており、とても興味深いものでした。


現在、ベルギーには約500社以上の醸造所があり、ビールの種類も600〜900に及ぶとされています。ベルギー・ビールの製造の始まりは中世の修道院だとされていますが、この時代のビールは疫病を防ぐ飲み物としての、つまり薬に近い役割があったようです。このため、グルートと呼ばれる様々な薬味のようなものが入れられていました。


そして、この古い中世時代のビールの伝統を引き継ぐのがベルギービールを代表するランビック(自然醗酵ビール)です。また、ベルギービールの美味さの秘密は、この地方の空気中を浮遊する特別な微生物(人体内の良性微生物であるマイクロフローラ(microflora、http://www.microflora.u-bordeaux2.fr/index.html)の一種/参照、http://homepage2.nifty.com/hayate/ken149.html)にあるという説もあるようです。


なお、現代のラガービール(自然発酵のままでなく、長期保存に耐えるよう熱処理したビール)のホップもグルートの一種です。11世紀後半になると「グルート」の中でもホップを使用した場合にビールの品質が飛躍的に向上することがわかってきたため、ホップ入りのビールが次第に広まります。そして、13世紀頃には修道院ビール(旧来のグルートビール)と都市型のホップビールの間で激しい競争が巻き起こったとされています。


ベルギービールの薀蓄はともかく、六枚目は「フランデレン民族博物館」の入り口にある同博物館のロゴマーク「KAT」です。入館料を払うと係りのオジサンが“当館の猫(KAT)が案内しますヨ”という妙なことを言うので(これは英語で・・・、それに開館早々で入館者はtoxandoria一人だけ)、オカシイなと思うと足元に一匹の雌のクロ猫がミャオーと鳴きながら擦り寄ってきました。七枚目と八枚目が“彼女のプロフィール”です。


いかにも馴れ馴れしい態度のフランドルのクロ猫お嬢様(年齢は不詳?)でした。彼女は、toxandoriaの前を尻尾を立てながらシャナリ、シャナリと歩いて案内してくれましたが、ミャオー、ミャオーとあまり懐いてくるので、つい調子に乗って撫で回したのが運の尽き、どこか逆鱗に触れたらしく、いきなり右手をキツく噛み付かれてしまいました。流石、フレンデレン魂のお嬢様です。あるいは、彼女こそがベルギービールの精華、マイクロフローラの女神だったのかも知れません。


九枚目はヨーロッパを代表する優れた美術館の一つである「フルーニング美術館」(Groening Museum/参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060907)の通りに面した入り口です。十枚目は、その更に奥にある建物へ入館者を導く門で、十一枚目が当美術館の“最後の入り口”です。十二枚目は、ブルージュの南東の運河端(市街地側)にある「ゲントの門」です。ここから南東方向へ向かった約40km先にはゲント(参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060829)があります。


十三枚目は、残念ながら改装工事中で内部を見学できなかった「グルートフーズ博物館」(Gruuthuse Museum、http://www.trabel.com/brugge-m-gruuthuse.htm)です。ここはブルージュの貴族・グルートフーズ家の屋敷跡(15世紀)ですが、今は、中世における宮廷人やブルジョアの生活を見せてくれる博物館となっています。家具、台所などの生活用品、武具、楽器、銀器、タペスリー、レース、陶器、ガラス製品、など様々な展示品があります。十四枚目は、同博物館の一角にあるグルートフーズ家の回廊を利用したカフェテラスです。この中世の雰囲気が漂うカフェテラスで飲んだコーヒーの味わいは格別でした。


十五枚目は、12〜15世紀にかけて建設されブルージュで最古の教会とされる「救世主大聖堂」(St.Salvatorskathedraal)の入り口で、十六枚目はその塔の威厳に満ちた姿(参照、http://www.kerknet.be/toerisme/toeren/bruggesalvator/bsalvator.html)です。ここには、聖歌隊席の壮麗な墓、ゴブラン織りの見事なタペスリー、ブルージュで最古のオルガンなどがあります。十七枚目、十八枚目は、調和のとれた姿が美しいことで有名な「聖ギリス教会」(Sint Gilliskerk/15世紀)の概観です。