toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

残忍なグリム民話(ゴルディロックス)の罠に嵌った安倍の「美しい国」

◆この記事は[kaisetsuさま to toxandoria] のTB・コメント&レスを独立させたものです。

【画像解説】

★このGOLDILOCKSの画像は[Learnenglishkids、Goldilocks and fairy stories/http://www.britishcouncil.org/jp/kids-topics-goldilocks.htm]からコピーさせて頂きました。

★ブリティッシュ・カウンシル(British Council)は、教育・英語学習・科学技術・芸術などの分野において、日英両国の様々な団体と協力し文化交流活動を行っている機関です。ご関心のある方は下記HPへアクセスしてみてください。

British Council Japan』、http://www.britishcouncil.org/jp/japan.htm

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http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070107『2007年、ユマニスム復興への期待』の反照』 to → kaisetsu


『勇気在る素晴らしい提案である⇒<韓国>大統領が「平和の海」提案...』、http://blog.kaisetsu.org/?eid=501452
# kaisetsu 『toxandoria様

投稿が遅れました。
 
2007.01.09 Tuesday
勇気在る素晴らしい提案である⇒<韓国>大統領が「平和の海」提案 日本海呼称で安倍首相に
http://blog.kaisetsu.org/?eid=501452#comments

◆再掲示させて頂きます。

Comment

◆とても機知に富み、含蓄があり、海舌の経験則にも合致する言葉です。⇒『謙虚な精神、探求の熱意、静かな生活、黙々とした吟味、貧しさ、“異国の地”、これらは往々にして、多くの人々に読解の折の不明を明らかにしてくれるものである』

◆日本人のみ、どこかに、この「知」の精神を置き忘れたのでしょう。英語では、smart, cool,humbleも同じ意味だと思います。特に、あのオゾマシイ小泉政権下で。基本的に、学習は、自分で一人でするもので、特に基礎学習は独学が基本だと思っています。鉛筆が無ければ、地面に書けるし、海舌の友人の多くは、ラグビーの休憩時間にドロドロの試験出でる英単語を見て試験対策していました。海舌も、英語は学校教育以外で教えてもらったことは無いです。少し高いだけで英字新聞は、どこでも手に入ります。今は、ネットに溢れています。親の見栄と劣等感の裏返しが塾の繁盛を支えているのでしょう。 posted by kaisetsu ,2007/01/09 10:54 PM

◆◆補足:海舌の先輩・知人で、地方在住の人は、東大が紛争で入試をしなかった年、多くが京都大学を受けて合格しましたが、地元の地方大学に望んで入学した人も多かったです。彼等の人生が、東大卒でないから損したという話は聞いたことが無い、です。まさに、個人の性格として、「謙虚な精神、探求の熱意、静かな生活、黙々とした吟味、貧しさ、“異国の地”」を備えているか、どうかが知的生活の必要条件なのでしょう。東京で暮らす費用を、海外旅行に充てた人が多かったです。』

# kaisetsu

『補足の補足:済みません。先に書いたことで、地方大学について書きましたが、次の点を補足したいと思います。まず、地方大学という言葉ですが、海舌は好きではないですが、一般に使用されているので使っています。地元の大学、実家に近い大学と言う意味です。「謙虚な精神、探求の熱意、静かな生活、黙々とした吟味、貧しさ」に当たる精神です。次に、とは言っても、全国一律に、府県に全て国立、公立大学が必要か、は大変に疑問です。そもそも、大学、特に教養部門を大学が行うことは、疑問です。私学は、別にして、国立、公立大学の多くが誰のためにあるのか、税金を使うためにあるように思えます。また、私学助成も疑問です。子女の居る家庭への直接給付に切り替えるべきだと思っています。』


kaisetsuさま、コメントありがとうございます。

ご指摘の点は概ね賛同いたしますが、現代の大学におけるリベラルアーツの問題は“思案のシドコロ(為所)”だと思っています。たまたま、手慰み程度に20歳前後の大勢の若者たちと触れたことがある経験からすると、間違いなく彼らはリベラルアーツ的な知的体験を強く望んでいます。しかし、このような日本の若者や子供たちの“ひた向きで現実的な希望”をことごく踏みにじりつつあるのが現代日本の“悪徳政治”です。

“12世紀ルネッサンス”ならぬ現代においては、これは大学制度の問題ではなく、乳・幼児教育、小中学教育、高校教育、大学教育から社会人教育までの人生全体を視野に入れた“全生涯教育”の問題にかかわると思います。

恐らく、この解決のヒントは“ソクラテスの産婆術”(maieutike)の中にあると思います。現代の日本社会の悲劇・悲惨は、個別的なものを相互に比較することにより、「偶然的なもの」、「本質的なもの」、「大切なもの」を区別して理解する知恵を身につけるチャンスを失ってしまったことだと思います。フンプンとカルト臭が漂う小泉前首相、安倍首相らの悪徳政治家たちは、この意味で“日本の劣化した現代教育”が産んだ怪異なモンスターです。ただ、彼らは世襲政治家という家産に恵まれていたためカルトのボスにならずに済んだだけです。

今、エコノミストの世界で“ゴルディロックス相場”、“ゴルディロックス成長”などの言葉(“ほどほどの相場”、“適度な経済成長”の意味)が流行っていますが、これは“表層的な意味”の誤用ではないか(あるいは残忍なグリム兄弟が仕掛けた罠に嵌ったのではないか?→Goldilocks is still asleep in the baby's bed when the bears return home. They wake her up, and depending on the brutality of the story-teller, either kill her or scare her away. The moral of the story can differ as well, a general theme is that the privacy of others should be respected.)と思われます。ゴルディロックス(Goldilocks)は小さな金髪の少女の名前で、彼女が主人公となるグリム民話が出所のようです(ストーリーは下記をご参照ください)。

このグリム民話の含意は、“プライバシー侵害への警告”であるとともに“異分子の共存こそがプライバシーと社会の単位”であるということだと思います(ただし、ここに基本的な生存条件の格差を煽る意図はないと思われます)。“ほどほどの相場”と“適度な経済成長”に異論はありませんが、ひたすら“異論と異分子を排除する方向へ大きく傾くばかりの現代日本の政治・経済”が、自らの本質的欠陥に蓋をしたまま“ゴルディロックス成長”を日本国民へ諭す態度は自己矛盾であり、大きな欺瞞であるように見えます。

このような観点からすると、安倍首相が自らの「新年・欧州4カ国挨拶回りの成果」を自負し、大袈裟に強調する映像から臭い立つのはバランスを欠いた奇異な印象ばかりです。日本の政治権力者やパワーエリートたちがこのような体たらくでは、いくら小手先で「教育基本法」をいじくりまわしても、“本物の教育改革”は道遠しだと思っております。

・・・以下は、The Three Bears(Wikipediahttp://en.wikipedia.org/wiki/Goldilocks_and_the_Three_Bearsより部分引用・・・

The story tells of three anthropomorphic bears and their encounter with a young girl called Goldilocks (after her golden hair).A family of three bears (a mother, a father, and a baby) live in a quite civilized house in the woods. One day, waiting for their porridge to cool, they leave the house unlocked as they go for a walk in the woods. While they are out, Goldilocks comes to the house. Curious, she enters and meddles with the bears' belongings, sampling their porridge (eating all of the baby's bowl), sitting on their chairs (breaking the baby's one), and then trying out their beds (falling asleep in the baby's one). Every member of the bear family has their own unique chair, porridge, and bed, which have unique characteristics. The exact adjectives differ from story to story, but generally the mother and father's beds and chairs are "too hard" and "too soft" and their porridges are "too hot" and "too cold", with the baby bear's porridge, chair, and bed being "just right". Goldilocks is still asleep in the baby's bed when the bears return home. They wake her up, and depending on the brutality of the story-teller, either kill her or scare her away. The moral of the story can differ as well, a general theme is that the privacy of others should be respected.


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