toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

背任列島シリーズー2


■背任列島シリーズー2:小泉劇場の置き土産(1)


(政官による、強欲な“税金ネコババ・システム”の放置)


まず、安倍内閣の全閣僚と自民党三役のうち、中川昭一政調会長ら7議員による「事務所費6億8千万円計上の問題」があります。もっとも、この種の日本国民に対して背任的な政治資金不正使用についての疑惑は、小泉・前総理大臣自身も具体的な指摘を受けながら上手く口先八丁で逃げ失せたという実績があり、しかも民主党の大物議員らについても同病の感染症が次々と発覚しています。従って、小泉・前総理大臣流に言えば“そんなコトは大した問題ではない!”のかも知れませんが、「我われ主権者たる一般国民」とメディアは、ほんの少しでも監視の眼を緩めるや否や、特に「美しい日本」を自負する追憶のカルトの奴隷と化した与党議員たちは“忽ち猟奇バラバラ事件の犯人”に変身し、税金ネコババの腐臭を消すため自己保身術の本領を発揮してバラバラに解体した証拠物件を遺棄し、カムフラージュのため消臭剤を振りかけようとする彼らのあざとい仕草を見逃すべきでありません。また、与野党の別を問わず、国会議員によるこの種の真に低劣で違法な政治資金の捻出工作と小細工は、「擬装民主主義」を自らの保身と利益のために維持することだけを目的とした悪質な「上げ底政策」であり、それは主権者たる国民を欺き騙すことに他なりません。端的に言えば、これは政治権力を笠に着た政治家たちによる「泥棒・強盗・窃盗」であり、それは忌まわしい犯罪以外の何物でもありません。
<参考>『無家賃の議員会館、22人が事務所費1000万超計上』(読売オンライン・ニュース、http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070117it01.htm


(政官財による、冷酷な“国民の働く権利”の無視)


次に、ホワイトカラー・エグゼンプション(一定基準以上の条件を満たした、ホワイトカラーの残業代をゼロにする制度の導入/http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2005/042.html)の問題です。あれほど鳴り物入りで登場した法案の準備であったにもかかわらず、自民党幹部の「こんな法案を提出したら自民党に反対でない人も敵に回ってしまう」という、7月の参院議員選挙を優先する判断が競り勝って次期通常国会への同法案の提出を見送ることになったと報じられています(参照、http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070116k0000m010170000c.html)。ここには、元々、同法案の内容についての真剣な審議などどうでも良かったという与党政治家たちの浅ましく身勝手な魂胆が露呈しています。しかし、これに対し、柳沢伯夫厚生労働相は同日の記者会見で「我われは提出ということで変わっていない、粛々と必要な手続きを踏んでいきたい」と担当大臣としての粘り強さを印象づけています。いずれせよ、この問題は小泉政権下での弱者叩き政策の延長であり、そこには働く立場の国民の「最低限度の人権」をさえ政争と金儲け(同法案成立とのバーターで財界から見返りの政治資金を得るため)の道具にしようとする、安倍流「美しい国」の冷酷さの本性が現れています。これも国民を誑かす悪質な「上げ底政策」以外の何物でもありません。


なお、ホワイトカラー・エグゼンプション推進派の中心人物と目されるのが安倍政権下で“特にお気に入りとされる御用学者”の一人、八代尚宏国際基督教大学教授です。八代教授は、小泉政権下でも規制改革の重鎮・宮内義彦氏(オリックス株式会社取締役兼代表執行役会長、小泉政権下の規制改革審議会会長)の片腕として「雇用と社会福祉」の市場原理による<徹底的な改革・解体>を提言してきた“筋金入りの市場原理主義者”です。安倍内閣下で進められている、セレブな印象の「再チャレンジ支援策」についても、正社員の身分を持つ現代の日本は雇用を守ろうとする一種の封建身分制社会で甚だ非効率なので、非正規社員を正社員に転換する制度を導入するならば、それだけではバランスを欠くので、同時に正社員の雇用保障も見直さなければ(正社員の非正社員化を積極的に進めなければ=これが、小泉前首相と安倍首相がご執心の“ハケンの品格”(小泉孝太郎出演の評判ドラマ?)の理想の実現?)片手落ちであり、そうすることが企業の利益の最大化に結びつくのだ、という八代教授の主張は、多くの“表層的アメリカかぶれ”経営者サイドから熱烈な支持を得ています。しかし、この種の考え方は肝心のアメリカですら多くの人々から「明らかなカルト思想」と見做されている「客観主義哲学」の発想そのものです(参照、http://yaplog.jp/lawyaz-klub/archive/1908/客観主義哲学については下記記事★を参照乞う)。しかし、それだけに発信源のエネルギーが強力(狂力?)であるため、「ホワイトカラー・エグゼンプション」は7月の参院選挙後が正念場となる可能性があります。

★『2005.3.26付toxandoriaの日記、アートと社会/作家アイン・ランド、米国ユニラテラリズムのもう一つの源流/アインランドの“客観主義哲学”』http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050326



「客観主義哲学」がカルト的な発想であることを理解するヒントは、意外にも、ヨーロッパ中世初期において「宗教功利主義化」していたキリスト教の中で見つかるようです。アインランドの「客観主義哲学」の中核となる“人間の欲望と、それをこの世で実現すること”を絶対視する傲慢な考え方は、“人間の欲望”を“キリスト”に置き換えればソックリそのまま「哲学は神学の婢女(はしため)」とされた初期キリスト教時代のカルト的信仰(およそアウグスティヌスの時代頃に大系が確立した)に重なります。つまり、この世のすべてはキリストならぬ“人間の欲望という名の神”に仕えるためのリアリズム(現実の存在)だということになり、その聖なる“人間の欲望”をこの世界で実現する唯一の法則が「自由市場原理主義」であり、その実践が「徹底的に冷血な利己主義」という訳です。やがて、この“人間の欲望”という名の神に仕える「特異で冷血な精神の歪み」は、フリードリヒ・ハイエクネオコン一派、マーガレット・サッチャーロナルド・レーガンジョージ・ブッシュ(ワシントン・コンセンサス)、竹中平蔵八代尚宏宮内義彦小泉純一郎安倍晋三らに感染してきたのです。



そして、彼らに共通する大きな特徴は、もはや危機的な段階まで深刻化している「地球環境問題」へ殆んど無関心である、というより冷淡でさえあることです。例えば、ジョージ・ブッシュ大統領も安倍晋三首相も、2006年10月30日に発表されたばかりの「スターン報告」(“気候変動の経済への影響=直ちに確固たる対応策を取れば、今後50年の間に予想される地球の破局の原因、つまり気候変動の悪影響を回避する時間は残されている!/Stern Review on the Economics of Climate Change)を一顧だにしていません。流石に、このStern Reviewのお膝元である英国のブレア首相は、NHK・BS特集番組『ハイビジョン特集・フロンティア、第1回「映像詩プラネット」(スウエーデン制作、1月18日(木) 後8:00〜9:25 放映)、http://www.nhk.or.jp/ugoku/newprogram/program_bshi_08.html』によると、この報告内容に強く注目しています(スターン報告については、下記記事★を参照乞う)。

★『スターン報告の概要』http://www.hm-treasury.gov.uk/independent_reviews/stern_review_economics_climate_change/sternreview_index.cfm



<注>ブッシュ大統領環境政策について

・・・CNN(ネット、http://www.cnn.co.jp/business/CNN200701230009.html)などの報ずるところによると、ブッシュ大統領は1月23日の一般教書演説で排出削減の厳格な義務化とトウモロコシなどを原料にしたエタノールの一層の消費拡大を促すことに言及するとの観測が流れているが、実際にどこまで本気で地球温暖化対策に踏み込むかは定かでない。一方、米大手企業10社の最高経営責任者(CEO)は1月22日に気候変動の原因となる二酸化炭素(C02)の排出削減義務化を支持し、数値目標を設定するよう求める提言を出した。ただ、大手企業サイドの要求に従ってトウモロコシなど農産物を使ったエタノール消費の拡大だけに踏み込み過ぎると、その原料作物の増産で使われる農薬及び遺伝子操作による別の環境汚染(生態系破壊)が拡大する恐れがある。因みに、日本における「全エネルギー消費の割合」をごく大雑把に見ておくと、「発電でのロス」:「生産活動での利用」:「日々の暮らしでの利用」=3:3:4の割合となっており、その中で「日々の暮らしでの利用」の約50%は「輸送(鉄道・飛行機・貨物自動車・自家用車など)」であり、残り半分が「家庭・オフィスでの利用」である。更に、「輸送(鉄道・飛行機・貨物自動車・自家用車など)」の約半分が「自家用車での利用」となっている(出典:小宮山 宏著『地球持続の技術』(岩波新書)、p49〜50)。従って、EU欧州連合)が1月24日に域内で販売する自動車メーカーに二酸化炭素の排出削減を義務付けた(出典:2007.1.23付・日本経済新聞)ことは意義があると考えられる。また、「発電でのロス」が「全エネルギー消費」の約3割を占めることなどに注目すると、エネルギー利用全体の利用効率を高めるための技術開発が「地球温暖化と環境汚染」対策のための緊急の課題であることが分かる。