toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

 アーカイブの役割とは何か(Ⅱ)



Archives Nationales(フランス国立中央文書館)、http://www.archivesnationales.culture.gouv.fr/


【プレリュード】



◆「小泉劇場」が真っ盛りであった今から約数年前のことですが、反市場原理主義の論戦を張るアメリカのある著名なノーベル経済学賞を受けた経済学者が“市場原理主義に毒された小泉劇場(toxandoriaは、この特異な政治現象を『小泉ポルノ劇場』と称した/参照 → [toxandoriaの日記『小泉H.C.ポルノ劇場』が蹂躙するエクリチュールhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050829])が、今のところ文部科学省へ大きな影響を与えていないことに未だ救いがある”と語っていたことが懐かしく思い出されます。


◆今や、「小泉劇場」を引き継いだ「安倍劇場」が“美しい日本”を擬装(日本社会の現実に関する言質を捏造)しつつ、その“猟奇的な毒”を教育分野(文部科学省)のみならず日本国中の凡ゆる分野へ撒き散らしていることは周知のとおりです(参照 → [toxandoriaの日記『“女性=子作りマシン説”は“安倍政権=猟奇バラバラ”の証明』、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070129])。


◆一方、現在、アメリカでは“イラク戦争・開戦で大量破壊兵器という口実を捏造した”ブッシュ政権がCIAなど諜報機関のレポートを巧妙に捻じ曲げることで「現実」を無視・歪曲したり、「事実」を改竄・創作したり、あるいは意図的な論点はずしで情報を操作する意志(作為的にポピュリズム政治を操る意志)を持っていたこと”が厳しく糾弾されようとしていることが報じられています(2007.2.9付NHKラジオ・ニュース & 参照 → http://members.at.infoseek.co.jp/peacewld/bushdoctrin.htm)。


◆このような問題に関して重要となるのが「アーカイブの役割」(信憑性が高く、それ故に真実の証明となり得るドキュメントを中立的な立場で厳正に整理・保管し、市民らの要求に応じ、それをいつでも情報公開できる体制を持続的に確保する公共的な役割)です。言い換えれば、これは「民主主義の主権者である市民サイドから政治権力を監視し、その暴政化(政治権力者の権勢欲・金銭欲及び動物的欲望が剥き出しとなるファナティックな“ポルノ政治”化への暴走)を牽制し、食い止めるための非常に重要な観点」であり、人類が存続するために持続的、意識的に考え続けなければならない永遠の課題です。


◆このような意味で“猟奇的な毒”が全身に回りつつある現代の日本社会で心配なことの一つが、大方の「常識の欠落」による社会一般における「アントレランス(非寛容)」な空気の増殖ということです。この<常識なるもの>の本質は“普遍的な知”と見做すことができますが、それは多数の個別の知(デジタル的に増殖し再生産されるインフォメーション知)の集合では決して有り得ないものです。ここでは詳しく触れませんが、この論点には「科学知」と「人文知」の融合という問題が通底しています。


◆因みに、司法研修所に14年間在籍した加藤新太郎・新潟地方裁判所長は、「受験勝ち組」の気質の変化を肌で感じており、そのポイントは下の三つに纏めることができます。このため、2004年から司法研修所は「ソクラテスの弁明」、「武士道」、「君主論」などの古典を読む課題を課し始めたようです(出典:2007.2.8付、日本経済新聞・記事『シリーズ日本の教育(1)』)。


①試験に必要なことだけを要領よく学ぶ効率型学習の弊害


②公的な職業につくという意識の乏しさ(一般企業のサラリーマンで言えば“公共的意識”の欠如ということになる)


<注>現在、わが国では同じ先進国であるフランスの『合計特殊出生率の高さ』を羨む声が聞こえる。しかし、そのような妬み根性丸出しの前に、何故にフランスで「公共意識の高さ」が根付いたかを先ず学ぶ必要がある。そして、フランスではこの国民一般の「公共意識の高さ」こそが『合計特殊出世率の高さ』を支えるバックボーンであることを理解すべきだ。


③人生をどう生きるかといったビジョンを語れない


◆ところで、柳生新陰流の剣の理(ことわり)に「活人剣(かつにんけん)」があります。その極意は、相手を自由に動かせつつ、その動きの流れに乗りながら試合に勝つというものです。つまり、それは、やたらと先制攻撃的に切りまくるのではなく自分と相手の“関係性”に着眼しつつ、その“関係性”の中に截相(きりあい)の瞬間をつかみ取るという剣術です。このことを、柳生新陰流は“相手を切るのではなく自分の人中路(にんちゅうろ)を截る”と言います。そこには“我われ人間は、ともに生き、ともに生きるべき”だという深遠な哲学が潜んでいるように思われます。


]
映画『武士の一分』(公式HP、http://www.ichibun.jp/)の一場面


◆この柳生新陰流を取り入れたものであるかどうか検証はしていませんが、このような“人間存在のリアリズム”を実感するのに役立つと思われるのが山田洋次・監督の映画『武士の一分』(原作:藤沢周平、主演:木村拓哉、壇れい)です。下級武士・三村新之丞(木村拓哉)は、藩の番頭・島田(ばんとう、ばんがしら/警備部門で最高の地位にある武士)の“卑怯な事実の歪曲”が原因で、その美しい妻・加世(壇れい)を離縁してしまいます。しかし、後で驚くべき真実を知った三村新之丞は島田と決死の果たし合いをすることになります(島田が柳生新陰流の免許皆伝者であるとしても、本当のところ島田は未だその極意に達していなかったことになります)。


◆詳細なストーリーはともかくとして、この映画の中で主人公・三村新之丞が信条とするするコトバ“共に死するを以って心と為す。勝ちはその中にあり。必死すなわち生くるなり。”が印象に残ります。三村新之丞は、この意味を“・・・だからこそ、生きている限り人間は必死に愛すべき者を愛して生きなければならない”と解しているようです。これについても、ここで詳しく触れる余裕はありませんが、それは「心のエクリチュール」の問題に繋がるようです(参照、→ [toxandoriaの日記『詭弁の“小泉H.C.ポルノ劇場”を監視するために必要な「アーキビスト問題」の視点』http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050828])。


・・・・・・・・・・以下、本論・・・・・・・・・・


[2] アーカイブの現状(日本および主要国)


 前回(拙稿Ⅰ)で見たとおり、近世の公文書館の歴史で特に注目しなければならないのは「フランス国立中央文書館」が創設された時(1794)の公文書管理にかかわる理念です。それに比べると、残念ながら日本の公文書館制度の現状は、官民双方のアーカイブの意義と役割に関する認識及び整備状況ともにきわめて遅れた状態にあります。そこで、具体的な問題を見るため日本をはじめとする主要国についてアーカイブの現状をまとめてみます。
<注>アメリカ、ドイツ、イギリス、オランダの事情については、主に下記の資料(*)等を参照して纏めた。
*小川 千代子著『世界の文書館』(岩田書院ブックレット)


《日本》


 江戸幕府の文書類のすべてが明治政府に引き継がれたわけではなく、古代いらいの様々な公的な文書や記録類の多くは寺社・公家・武家階級に伝わり、各種の「文庫」(近衛家の陽明文庫、足利学校金沢文庫など)が形成されました。名主・庄屋などの旧家が収集する形で農山漁村に伝わる古文書や文書類は「村方文書」と呼ばれます。他方、わが国では明治維新以降の官公庁の文書(公文書)は書庫のスペースなどに対する配慮が欠けており、その保存のためにアーカイブ(文書館)を整備するという意識も希薄でした。


 しかし、第二次世界大戦後の社会的な大混乱と戦後恐慌時代には、民間に散在する古文書(こもんじょ)などの歴史資料類が散逸する恐れが拡大したため、漸く我が国でも先ず古文書類を保全する必要性が認識され、これが日本のアーカイブ史の転換期となります。以下に戦後〜現在までの日本におけるアーカイブの現況を整理してみます。


■文部省資料館(1951年〜 /現在、上野にある国立資料館)が発足


・・・これは主に民間(旧家の倉庫等)に眠る古文書類が散逸するのを防ぐ目的で設置(東京、品川区)された。文部省による近世以降の文書類の収集事業そのものは、1947年から取り組みが開始されている。「近世庶民史料調査委員会」が結成されて全国的な史料調査が先行し、そこで収集された史料を保管するために設置されたのが、この文部省資料館である。しかし、規模・予算ともに十分ではないまま現在に至っている。


国立公文書館(1971年〜 /千代田区、丸の内公園)


・・・1959年に日本学術会議が「公文書散逸防止に関する建議」を政府に提出した。これを受ける形で国立公文書館が、それまであった「内閣文庫」を中核として開設された。内閣文庫は、1873年太政官に文庫掛が置かれ文庫(太政官保有する図書・古文書・文書等)を管理したことに始まる。つまり、それは明治政府が国の中央図書館として整備したものであった。江戸幕府から明治維新政府に国の支配が変わったとき、幕府が所蔵していた古い書籍類がそっくり明治政府に受け継がれ、その中には中国の明・清の時代の書籍、日本の古い歴史記録等が含まれていた。更に明治政府は全国の古文書類などを買い集め国の中央図書館にふさわしい内容を目指した。


・・・しかし、内閣文庫が国立公文書館へ移行・整備された経緯からわかるように、発足時にはアーカイブ公文書館)とライブラリー(図書館)の性格が混然一体化(混乱)していた。また、予算規模的にも不足であり、現在の主な機能は“中央公官庁の公文書を収集・保管すること”となっているが、外務省(外交資料館)と防衛庁(研究所図書室)など別個の収集組織があり、その機能が重複している上に各出先機関の文書を収集する体制も不十分である。


山口県文書館(1959年〜 /日本で初めての地方公文書館
・・・山口県立図書館から分離する形で日本初の地方自治体による公文書館が実現した。その後、京都府立総合資料館、東京都公文書館、埼玉県立文書館、福島県文化センタ−歴史資料館、神奈川県立文化資料館、神奈川県藤沢市文書館、岐阜県歴史資料館などの順に地方自治体の文書館が整備されてきた。なお、山口県文書館が成立するときの経緯は以下のURL(山口県文書館HP)に詳しい。
http://ymonjo.ysn21.jp/introduction/introduction.html


■「公文書館法」が成立(1987年、施行1988年〜 )http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsai2/file/hou.html


・・・日本学術会議http://www.scj.go.jp/)は、地方に散在する歴史資料等の保存と利用に関する二つの勧告(下記[  ])を政府に対して提出した。[「歴史資料保存法の制定について」(1969)、「文書館法の制定について」(1980)]また、併行して同様の趣旨の声が地方からも高まっていた。


・・・その結果、漸く1987年12月に議員立法の形で法案が提出され「公文書館法」が成立した。しかし、現行の「公文書館法」には主に次のような欠陥がある。


★収集対象が「公文書」に絞られており、古文書や私文書が副次的な取り扱いとなっている。また、現在の「公文書館法」(及び国立公文書館法)では“文書管理の対象”が「非現用文書」(現在使っていない文書)だけに限られているが、例えばアメリカの「国立公文書記録管理局」、フランスの「フランス国立中央文書館」、韓国の「政府記録保存所」などでは、現用(現在使っている文書)と非現用の別を問わず公文書全体の流れを視野に入れて管理・監督するという権限が与えられている。


★2001年4月に「情報公開法」が施行されると、保存期間が満了した中央省庁の行政文書から国立公文書館へ移管される文書が激減し、特に省庁再編のときには旧大蔵省などで一部の文書が廃棄された。また、意図的に省庁側が保存期間を延長したものもある。このように情報公開に対する省庁側の姿勢が消極的である。(2003.4.22、朝日新聞・記事による)


・・・「国立公文書館法」(1999年公布、施行2000年〜 /http://www.ron.gr.jp/law/law/ko_kobun.htm)によると、国立公文書館が保存の必要があると判断しても各省庁との間で合意が形成されなければ省庁の文書は移管できないことになっている。また、文書保管の延長については各省庁に優先権がある。


・・・情報公開の不服を審査する、内閣府「情報公開審査会」(http://www8.cao.go.jp/jyouhou/)の努力はあるが各省庁の抵抗が大きいのが現状である。(各都道府県にも情報公開審査会がある)


★「公文書館法」は“国及び地方公共団体は歴史資料として重要公文書等の保存及び利用に関し適切な措置を講ずる責務を有する”と規定しており、「国立公文書館法」も同じ趣旨の規定がある。しかし、どちらにも違反に対する罰則規定がない。


 このように、わが国における公文書館の整備・運用の現状はきわめて遅れた状態にあります。これらの「公文書館法」及び「国立公文書館法」の欠点を踏まえた上で、わが国におけるアーカイブの問題点をまとめると次のようなことになります。


●歴史的にも文化的にも貴重な価値がある公文書等に対する各官庁サイドの消極的な姿勢が続けば、わが国の公文書館そのもののレベルが更に低下して、先進国、民主主義国家として世界に対し恥ずべき立場になる。


●公文書を適切に保存・管理することを行政側に求め、その公開を請求することは国家の主権者たる日本国民の権利であることについて、官民双方の理解と認識が不十分である。この点についてはフランス革命後にできた「フランス国立中央文書館」の理念に学び直すべきである。


●それどころか、成熟した民主主義国家にとって最も重要なことは「文書管理=非現用文書の管理」というドグマ(固定観念)を脱して、「政治・行政の行為が正当であることを自ら説明する(説明責任=アカウンタビリティを果たす)ための根拠(証拠)を積極的に、いつでも公開する」という権力サイド(政府・行政)の基本姿勢を法的に明確にしておく必要がある。


●今、地方の公文書等の廃棄による三度目の「歴史の空白づくり」が行われつつある。


・・・江戸幕府から明治維新政府へ政治権力が移行したときの大混乱(行政区画の変更)で多くの公文書等が失われたことは事実である。必ずしもこれが意図的だと断言できる証拠はないが、権力サイド(江戸幕府明治維新政府の双方)にとって「歴史の空白」がむしろ必要であったことは想像に難くない。


・・・第二次世界大戦が終わり暫く経った1953年(昭和28年)に行政の合理化(行政効率化のための基準人口8,000人程度と設定)のために「市町村合併促進法」が制定された。いわゆる“昭和の大合併”である。このときもドサクサ紛れの言葉が相応しいほどの状況が生まれ地方の公文書等が合理化・効率化の名目で相当数失われている(廃棄処分、散逸)。その後の時代に作られた各自治体史を点検すると、この折に史料が失われた地方の市町村等では明らかに“歴史の空白”が読み取れる。(このほか、昭和20年の終戦のときには陸軍省海軍省が、証拠隠滅のため意図的に戦時文書を焼却処分にしている)


・・・そして、今や小泉政権下で始まった“行政効率化”名目の市町村大合併(いわゆる“平成の大合併”/太平洋戦争後、三度目にあたる)が進行中である。しかし、今回のいささか強引な印象の“合併騒動”で公文書等の散逸を懸念する地方の声は小さい。目先の死活問題が先で(三位一体の改革のアメとムチに目が眩み)それどころではない、というのがホンネかもしれぬ。しかし、これで三度目の「歴史の空白」が生まれれば将来に禍根を残す。地方自治体が自らの発展可能性の芽を摘むことにもなる。「地方の歴史」こそが日本の重要な文化資源であり、それは個性的で自立的な地方発展のための基盤でもあるはずだ。


アメリカ》


・・・「NARA」(国立公文書館<国立公文書記録管理庁/連邦政府の独立機関の一部門の位置づけ)が完成する前は、各官庁で文書を保存する時代が続いた。1877年頃から公文書館設立の機運が盛り上がり(内務省の火災で重要文書を焼失したことが契機になったとされる)、1934年、Washington、DC にNARA(米国国立公文書館)が誕生した。アメリカ建国以来の連邦政府機関が作成してきた文書をここで保管することになる。所蔵文書の中には独立宣言、憲法及び権利の章典等の原本がある。これらは羊皮紙に記されたもので、文書が痛まぬようガラスケースで保管されている。なお、NARAのトップは「合衆国アーキビスト」と呼ばれ、中立・公正な見識が求められる重要な役職である。



・・・既述のことだが、アメリカの公文書館の特徴は現用(現在使っている文書)と非現用の別を問わず公文書全体の流れを視野に入れて管理・監督するという権限が与えられている。現在のNARAは、8つの部局と大勢のスタッフを抱えている。職員数は全国に散在する支部を含めて約3,000人である。主な部局及び、その機能は以下のとおりである。


公文書館部』
・・・連邦政府公文書の管理を行っている。つまり、これは国立公文書記録管理庁の1セクションとしての位置づけになっている。


『記録管理部』
・・・このセクションは、連邦政府全体の記録管理を統括する。具体的には、連邦政府機関の記録保存期間計画の見直し、記録価値と保存期間の評価、関連機関との協力調整を担当する。また、文書管理についての査察権限、各機関への指導・助言も行う。


『連邦記録センター部』
・・・ここは「半現用記録」の保存を引き受けており、いわゆる「中間保管庫」である。また、各地に散在する14の地域記録センター(地域12ヶ所+ワシントン&セントルイス)を管理し、連邦機関からのレファレンスへの対応、承認を得た記録の廃棄、公文書館への移管手続きなども担当する。


『特別公文書館・地域公文書館部』
・・・全米に12ヶ所ある「地域公文書館」の管理、電子記録化された連邦政府記録のうち歴史的価値があるものの管理・保存・利用を担当する。


『大統領図書館部』
・・・フーバー大統領(在職1929-1933/共和党)以来の歴代大統領の個人記録及び関連資料を収集・管理する図書館(文書館)である。各大統領の出身地には『大統領図書館部』管理下の『大統領図書館』があり、建物・施設は地元が準備し、職員はNARAに所属している。


・・・「SAA」(Society of American Archivists/アメリカ・アーキビスト協会)という組織があり、全米のあらゆる分野の公文書館が加盟している。公文書館の他に各地域の「歴史協会」が加盟している。日本では、各地に自治体史編纂組織があるが、アメリカでは各「歴史協会」が自治体の外郭団体のような位置づけとなっている。


・・・アメリカでは、非常に多くの分野で「文書館」が整備されている。例えば、国公立文書館のほかに大学文書館、病院文書館、各種協会文書館、宗教文書館、企業博物館(アーキビストが管理する部分)などの分野がある。


・・・アメリカの文書館の多くは、既に電子記録とネットワークの時代に入っており、HPを開設して様々なサービスを提供する文書館(例えばNASAアメリカ航空宇宙局)の文書館は子ども向けの教育サイトをはじめ大規模なWebサイトを多数持っている)が多い。ただ、電子記録の保存だけでは今のところ不安があるので紙にプリント・アウトした記録文書を保存するようにとの勧告をアーキビスト協会が出している。電子記録とネットワークを積極的に生かしながら、電子記録媒体の永久保存という最も困難な課題に挑戦しつつあるのがアメリカの文書館の現在である。


《フランス》

・・・既述のとおり、フランスは「フランス革命」期以来という非常に長いアーカイブの歴史と伝統を維持しており、現在も世界のアーカイブで先端に位置している。フランスのアーカイブ行政の頂点は「文化省・歴史文書局」である。


・・・フランス全土に点在するアーカイブ(人口2,000人以上の自治体に開設が義務づけられている)の数は膨大なものとなっている。フランスのアーカイブ制度の特徴は「分館」のネットワークを広げつつ、きめ細かな文書・資料収集(公文書に限らず歴史資料を収集する視点を維持)に力を注ぐ点にある。


・・・「フランス国立中央文書館」の分館には、旧植民地時代のベトナム統治などに関する文書類が収集・管理されている。代表的なフランスの企業に関する文書を専門に収集・管理する分館が整備(1991年〜 )され、経済・財政文書を専門に収集・管理する分館も開設(1997年〜 )されている。また、1990年代以降は民間企業やNGOなどによる文書館開設の動きが活発化している。


・・・アーキビスト養成の体制も充実している。上級のアーキビスト養成のために開設された、歴史を誇るソルボンヌ大学パリ大学ソルボンヌ分校)の「エコール・ド・シャルテ」(Ecole des Chartes/アーキビスト養成学部)は、1821年以来の200年以上になる長い伝統を持っている。ソルボンヌ以外にも全国の各大学にアーキビスト養成のための学部が整備されている。フランスのアーキビスト教育の特徴は、公文書の管理だけでなく歴史学経営学などの分野にも幅広く目を向けている点にある。


《ドイツ》


・・・第二次世界大戦後のドイツでは、1952年に「ドイツ連邦公文書館」が古都コブレンツ(ドイツ西部、ラインラント・ファルツ州のライン川モーゼル川の合流点)に開設された。また、ドイツ連邦共和国としては1988年に「ドイツ連邦の公文書の保存と利用に関する法律」が成立している。


・・・この連邦公文書館には『ファイールム・アーカイブ』が設置されており、ドイツで制作される映画はすべて、ここに収められる。収蔵映画の上映のための鑑賞室もある。


・・・地方には連邦公文書館の『中間保管庫』(例えばザンクト・アウグスチン中間保管庫など)があり、ドイツ連邦各省の現用を離れた書類だけを限定的に保管するという機能を担っている。これらの記録は完成後30年間は、この中間保管庫に置くことができる。


《イギリス》


・・・1838年に創設されたイギリスの公文書館は「PRO」(Public Record Office)という名称で、他の国の公文書館のようにアーカイブという名を付けていない。現在の職掌は、1958年と1967年に定められた「公記録法」の従っている。PROの組織全体は、ロンドン中心部にあるチャンスリーレイン館、同ポルトガルストリート分室、郊外にあるキュー新館及びヘイズ中間保管庫で構成されている。


・・・「PRO」は、連合王国政府の記録、及びイングランドウエールズの裁判記録を収容している。最古の公文書は『ドウームズデイ・ブック』(Doomesday Book/1086/フランスからの侵襲者ウイリアム1世の命で作られたイングランドで最初の検地帳)である。


・・・イギリスでは、ロンドン大学・リバブール大学をはじめ5つの大学にアーキビスト養成講座がある。また「アーキビスト協会」が通信教育講座を持っている。「PRO」では、職員採用後の現場研修によってアーキビストの養成を行っている。


《オランダ》


・・・1802年に設立された「オランダ国立中央公文書館」(ARA/Algemeen Rijkarsrchief)はハーグの王立図書館に隣接しており、ここでは防衛・外交も含めたすべての行政機関の記録を保存している。常設展示コーナーがあり、日本関係の資料も、ここに展示されている。


・・・50年以上経過した中央及び地方政府の記録は、この「オランダ国立中央公文書館」の管轄となり、中間書庫は、オランダ東部のフロニンゲン州のビンスコウテンにある。


・・・オランダは近代文書館学の始まりとなった手引書を刊行した国で、アーキビスト教育の伝統がある。このため、ARAのビルには「国立アーキビスト学院」などの関連施設があり、アーキビストの教育・養成を行っている。オランダには、ARAのほか12の州に「国立公文書館」があり、これらを「福祉・健康・文化省」(WWC)下の「国立公文書館局」が統括・管理している。


・・・オランダの文書館の特徴は、地方における『広域文書館』の制度である。すべての市町村が独自の文書館を持つわけではなく、地理的・経済的な観点から最も効率的な文書館を設置するための仕組みが工夫されている。なお、この制度はオランダに限らずデンマーク、スエーデンなど北欧各国にそれぞれの形で存在する。


《韓国》


「記録物管理法」が制定(1999年〜 )


・・・これによって全ての行政・公共機関が公文書等を管理する機関の設置を義務づけられ、早速、政府記録保存所(行政資料を保存する)と国会記録保存所(国会議員の発言、委員会の活動などを保存する)が開設された。現在は法院記録保存所(裁判記録を保存する)の開設準備が進んでいる。


・・・この「記録物管理法」は、記録保存所には必ずアーキビスト(公文書管理の専門職)を配置することを義務づけている。また、既述のとおり、この「記録物管理法」が対象とする公文書は「現用文書・非現用文書」の双方に対する管理・監督を視野に入れている。


・・・アーキビストの養成は全国12ヶ所の大学院で行われており、単位互換制度が積極的に活用されている。また、専任教員の不足を補うため歴史学行政学経営学図書館情報学などの教員が動員されている。


《中国》


共産党による「档案館」(アーカイブ)の設置(1950年代〜 )


・・・中国共産党(政権)は1950年代から、党の方針として積極的に「档案館」(アーカイブ/公文書館)の開設に取り組んできた。


・・・その後も中国の公文書館(档案館)とアーキビスト養成の体制は急速に整備が進みつつあり、その数は現在で約3,900館に上る。


中国人民大学に「档案学部」が開設(1952年〜 )


・・・1969年の文化大革命で一時は危機に瀕したが、1978年以降は全国30ヶ所の大学・学部で約800名の学生を募集する実績となっている。


・・・また、中国人民大学ではアーキビスト養成のための修士課程(1982年〜 )と博士課程(1994年〜 )が開設されており、年ごとに修士課程70名、博士課程15名の修了者を輩出している。現在の中国は、更に次の段階を目指しており、電子記録の保存・管理についての研究が急速に進みつつある。



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