toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

映画『マトリックス』が暗示するわが国のアーカイブの脆弱性

映画マトリックスはDVDで鑑賞できます


(副題)[情報の評価/Souvenir Ser.]アーカイブの役割とは何か(補足)


ドイツ在住のブロガーがドイツの日常をレポートしています・・・
『ドイツ・ジャパン』http://www.doitsujapan.jp/ ← Click Here !



ヨハネス・フェルメール『窓辺で手紙を読む若い女』 ドレスデン国立美術館 Johannes Vermeer (1632-1657)「Girl Reading a Letter at an Open Window」c.1657-165983 x 64.5 cm Staatliche Kunstsammlungen 、Dresden



ドレスデン、ツヴィンガー宮殿付近の俯瞰図



ドレスデン、ツヴィンガー宮殿の遠景



ノイシュヴァンシュタイン城


(これらの画像は、当記事内容と直接の関係はありません)
・・・ドレスデンは「エルベのフィレンツェ」とも呼ばれるバロック芸術の都。第二次世界大戦末期に米英の大空襲を受けて壊滅した。戦後は、フラウエン教会の残骸を平和記念碑として残したほかツヴィンガー宮殿などの歴史的建造物や町並みが計画的に修復、再建されている。ノイシュヴァンシュタイン城バイエルン州フュッセンの南方のオーストリア国境近くにバイエルン王ルドヴィッフィ2世が建てた城。


<映画『マトリックス』が暗示するわが国のアーカイブ脆弱性


アメリカのラリー・ウォシャウスキー&アンディ・ウォシャウスキー兄弟監督の映画『マトリックス(1999)』(出演・キアヌ・リーヴスほか/仮想現実空間を創造して世界を支配する意思を持つコンピュータを相手に戦いを挑む、コンピュータが支配する未来世界での主人公・トーマス(キアヌ・リーヴス)の死闘を描いたSFアクション/参照/下記URL★)の粗筋は次のとおりです。
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD31532/index.html


ある日、コンピュータ・プログラマーのトーマス(実はネオと呼ばれる名うてのハッカー)はトリニティという美女からの接触を受け、トーマスは彼女に導かれるままモーフィアス(謎めいた人物)に会います。そこで、モーフィアスはトーマスに恐るべきことを話します。トーマスたちが生きているこの世界はコンピュータが創造した仮想空間(シミュラクール世界/シミュラクールについては下記URL◆を参照)で、実際は「コンピュータが造り出した人間の巣穴」であり、その中で人間は夢を見せられているのだというのです。そして、トーマス(ネオでもある)は、「彼がコンピュータによる人間支配を終わらせる救世主」と期待され、彼らの仲間に迎え入れられたうえで「その仮想空間」(シミュラクール世界)でコンピュータと格闘するための厳しい訓練を受けることになります。ところが、モーフィアスに引き合わされて会った預言者から、トーマスは“お前は救世主ではない”と不気味なことを告げられます。


やがて、コンピュータの手先であるエージェント・スミスに籠絡されたサイファーの裏切りでトーマスの仲間は次々と消されてしまい、モーフィアスが敵の手中におちる破目となります。トーマスは“自分は救世主ではないと預言者に告げられたこと”をトリニティに話しますが、それでもトーマスは、コンピュータに拉致・監禁されたモーフィアスを救い出すためエージェント・スミスらの元へトリニティと一緒に乗り込んで行きます。首尾よくトーマスはモーフィアスを救出しますが、そこにエージェント・スミスが立ち塞がり激闘となります。結局、脱出のためマンションの一室に逃げ込んだネオはスミスの銃弾の前にあっけなく倒れてしまいます。しかし、ここで奇跡が起こります。預言者はトリニティに「彼女が愛する者が救世主となる」と告げていたのです。彼女は、いつの間にかネオを愛するようになっていたのです。かくして、トーマスは救世主として再生しスミスらを倒して、シミュラクール世界を打倒し、人間(この時代には、コンピュータの電源供給の目的で飼われている)のために「現実世界」を奪還するため、新たなコンピュータへの戦いを続けることになるのです。
◆2007.3.14付toxandoriaの日記、『高級水で美しい国を厚化粧する安倍シミュラク−ル政治』の残響、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070314


このSF映画マトリックス』はB級作品とされながらも、なかなか面白いリアリズム感覚を纏っており、IT分野でのWeb2.0化傾向やグローバリズム市場原理主義の覇権化傾向などによって、一種のファナティックで不可解な浮遊感のようなもので社会が満たされつつある現代の状況を見事に先取りしていたと思われます。近年の「小泉(詐欺)劇場」や、目下のところ“松岡農水相による高級水飲みの場”を好評(?)上演中の「安倍シミュラク−ル劇場」もこのような流れと無縁ではないようです。このような傾向を促進するインフラ上の変化について具体例を見るならば、先ず、携帯の「ブルートウース機能」(Bluetooth)を挙げることができます。UAEアラブ首長国連邦)で最大の都市・ドバイでは、この機能をつけた携帯で、一言もコトバを話さずに番号も知らぬ相手に対し手当たりしだいにナンパを仕掛ける若者の姿が見られるそうです。そして、これだけによるものではありませんが、かつて未婚の男女が公衆の面前で会話がしにくかったイスラム社会でも、ネットによる解放空間の出現が新しい恋愛作法を生み出しつつあるようです(出典:2007.2.19・日本経済新聞ネットと文明/第9部、善意と実利』)。


(注)ブルートウース(Bluetooth


・・・Bluetoothは直訳すれば“青い歯”だが、その意味するところは10世紀頃のバイキング王ハロルド・ブルートウス(Harold Bluetooth)に因んだ命名で、スウエーデンのエリクソン社、フィンランドノキア社などによって共同採用された“国際規格の短距離無線データ通信技術”のこと。この技術が本格的に普及すれば、10メートル以内くらいなら“番号も知らない全く見知らぬ相手とデータ通信ができる”ようになり、常に携帯がオンになってさえいれば、街の中をすれ違いながら“見知らぬ相手との出会い”が可能となる。


かつてイスラム法の解釈は宗教的な権威も併せ持つイスラム法学者だけに許された特権でしたが、今はネットの普及で誰でもが容易くネットから様々な法解釈を拾うことができるようになり、イスラム法学者の権威そのものが揺るぎ始めたそうです。また。中東諸国の治安当局が、過激派やテロリストの活動を観察するため厳しい検閲を行っていますが、そのテロリストや過激派が狙いを定める肝心のアメリカのサーバー上に過激なテロ・サイトなどがしぶとく生き残り続けています。また、日銀はネット空間上を行き交う「電子マネーの流通量」は年間数千億円とオフィシャルに見積もっていますが、“それ以上正確に把握することは不可能”だというのが現実であるようです。


このようにして、従来型の管理や規範に背を向けるようにして拡大するネット空間上の「解放区」は新たな犯罪や社会的な不安の材料を生み続けています(出典:同上)。また、2007.2.22付。日本経済新聞の報ずるところによれば、わが国でも「ブログなどの参加型サイトの閲覧時間が急拡大している」という調査結果が発表されています。日本広告主協会の「Web広告研究会」の調査によると、家庭のパソコンを使ったサイト閲覧時間の約1/4(約25%)がCGM(Consumer Ganerated Media/消費者参加型サイト/前回調査の2005年9月は約13%であった)であることが明らかになっています。このような結果が出たことから、企業側でのブログ、SNSソーシャル・ネットワーキング・サービス)、クチコミ・サイト、動画投稿掲示板などを広告媒体として利用する傾向は、今後ますます強まると思われます。


他方、既存型のメディア領域では、このようなWeb2.0の煽りを受けて様々な影響が出始めています。出版界では雑誌市場が急速に縮小するとともに、全く新しい発展傾向が芽生えつつあります。2006年の雑誌販売額はここ9年連続で前年割れとなったうえに、マイナス幅が過去最大となりました。出版科学研究所の発表では、2006年の雑誌推定販売額は1兆2,200億円(前年比4.4%減)で、これは1999年の4.2%減を上回る最大の落ち込みでした。これには少子高齢化やインターネットの普及などが影響を与えたと考えられています。このような傾向に伴い、新たな動きも見られます。新潮社は、小説・詩の見直しの一環として若い読者層をターゲットとする「季刊・小説誌、yomyom」を創刊し、「小説新潮」の内容を団塊世代を狙ったものにリニューアル中です。広告収入に収益源を絞る動きも見られます。例えば、主婦と生活者は2001年に男性誌「レオン」(部数10万程度)を創刊しましたが、これは雑誌の売り上げよりも広告収入で大きな利益を上げた成功例とされています。同社は今年1月に、国内で初めての無料週間マンガ誌「コミック・ガボン」(部数10万)を発行しましたが、こらは無料配布をウリにして、まったくの広告収入だけで採算を取る戦略です。


また、雑誌の売上げが全体の9割を占めるマガジン・ハウス社では、「情報誌・Hanako」を週刊から隔週刊にしたところ、昨年9月の決算が増収増益となり、同社で最も部数が多い月刊誌「クロワッサン」も実績30万部で好調を維持しています。これら好調な雑誌の共通点は、読者ターゲットが比較的はっきりしているということです。マガジン・ハウス社の見立てでは、雑誌市場は全体としては厳しいが、新しいジャンルを生み出しつつあり、それが一定の読者に強く支持されれば増収・増益にすることも可能だという傾向が強く出てきているようです(出典:2007.3.3付。日本経済新聞『文化』)。恐らく、これからは、このような読みとともにパブリシティー媒体としてのネットの活用が一層重要になると思われます。


このようにグローバリズムWeb2.0化などの影響によって現実社会(現実空間)と仮想空間が相互浸透し、互に強く影響を与え合うような傾向の深化、つまり現実世界の「シミュラクール化」は、今後、ますます促進すると思われます。そして、この影響は政治・経済・社会福祉・医療・教育・芸術など、我われの日常生活を取り巻くあらゆる方面へ波紋を広げつつあるようですが、その特徴を大きく予見的にとらえていたのがアンソニー・ギデンズ(Anthony Giddens/1938−  )の「再帰性再帰的近代)」(reflexivity/1970年代以降)という概念です。周知のとおり、ギデンズは英国ブレア政権の「ニュー・レイバー」政策へ理論的な影響を与えています。現実的なブレア政権の顛末はともかくとして、『高級水で美しい国を厚化粧する安倍シミュラク−ル・仮装政治』(参照/http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070316)で、ただただ立ち往生するばかりの我が国では、このギデンズの思想から、今後とも十分に参考とすべき知見を見出す必要があるようです。


再帰性」が意味するのは、自らが立つ価値観について根本から見直す姿勢を絶えず重視すべきだということであり、そこから言えるのは科学的な予測可能性の限界ということであると考えることもできます。ここで想起されるのが、現代フランスの哲学者ジャック・デリダ(Jacques Derridas/1930-2004)がジャック・ラカン(Jacque Lacan/1901-1981)の精神分析学の批判で使ったエクリチュールの概念です。これは、前に述べたことですが(参照/http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070316)、ラカン精神分析学の特徴は、“無意識(暗黙知も含めて)の世界は言語として構造化されている”という狷介な解釈が導き出されていることです。


また、デリダは“文字(言語)の理念性は文字(言語)の物質性と切り離すことができない”とも言います。この“文字(言語)の物質性”ということはクオリア(あるいは延長)を連想させます。そして、デリダは“文字(言語)の物質性(クオリア的なもの)から文字(言語)の抽象的な理念性が立ち上がるメカニズムをこそ厳密に解明しなければならない”と説きます。そして、この「文字(言語)が持つ宿命的な両義性」(象徴界と物質的イメージ世界の間を揺れ動くという意味)の中にある相互批判(相互評価)的な作用(“審級”の働き)がもたらす軌跡のことを「エクリチュール」と定義します。このように見ると、デリダの「エクリチュール」の概念が、人工知能認知心理学)の分野における「クオリア」や「ニューロンクラスターの発火」の考え方において重要な役割を果たす可能性があることを示唆しています。



(注)Paul H. Rayの再構成(reframing)
・・・ポール・H・レイ(米国の社会学者で、心理学者シェリー・R・アンダーソン(Sherry R. Anderson)と共にロハスLohas=Lifestyles of Health And Sustainability )を提唱した人物/ロハスは健康と持続可能な生き方、そして持続可能な社会を実現するためのライフスタイルを意味する/参照、http://www.ethicalreview.org/articles/culturalcreatives.html)が、アンダーソンとの共著『The Cultural Creatives : How 50Million  People are Changing the World』(Harmony Books、N.Y. 2000)で唱えた「再構成(reframing)」の概念は、主に社会運動と文化の側面にスポットを当てた考察であるが、そこにはギデンズの再帰性に近いものがある。『文化の創造者たち(The Cultural Cratives)』は、20種類の自覚的な社会運動の発展過程について分析し、これらの全てが「再構成(reframing)」と定義できる純粋に文化的活動によって実現されたことを論証した。そこでは社会正義、基本的人権、寛容、自由などの価値が基本ベースとして再定義されている。


ところで、現実社会(現実空間)と仮想空間が相互浸透し、互に強く影響を与え合うような「シミュラクール社会化」の傾向が強まる時代へ入った今であるからこそ、我われは「文字によるドキュメントの役割」(民主的・合理的な“審級”のプロセスと結果の記録が意味すること)を再認識すべきだと思います。よしんば、ギデンズが言う「対話型デモクラシー」の重視によって、開かれた公共空間における未来型の対話が活発化し、再帰的近代に相応しいリベラルデモクラシー社会が実現できたとしても、その公式の対話のプロセスと決定事項についての文字による記録・ドキュメントを客観的な仕組みで永久保管する必要性がますます高まるはずです。それは、いみじくもSF映画マトリックス』が示唆しているように、我われは、現実空間と仮想空間が相互浸透しやすい「仮装的シミュラクール社会化」の傾向が強まる時代であればこそ、人間を飼い慣らすための罠を仕掛けるコンピュータと、それを裏で操ろうとする邪悪な政治権力との新たな闘いに挑戦し続けなければならないからです。その暁には『岡っ引内閣』(犯罪者で構成されたかのように見える安倍シミュラクール内閣)の中でも特異な“1本5,000円の高級ミネラルウオーター”を毎日飲まなければ生きられない松岡農水相のような“悪得”閣僚(岡っ引き議員らの親分?)どころか、“1日100万円の食事代”を必要とするモンスター閣僚やエージェント・スミスのような怪物総理大臣が出現するかも知れないのです。


(注)悪得
・・・悪意を持つ者と犯罪的意志を持つ者だけが絶対的に“得をする”ように擬装された現代日本の『シミュラクール(仮装)』的、かつ『擬装右翼』的な意味でドン底まで堕落・頽廃した政治・社会の本質を摘出するための造語である。いわゆる常識的な意味での「悪徳」(道徳に背く行為を意味する=美徳の対語)のように柔和なコトバで、このように“犯罪的なまで擬装化された日本社会のリアリズム”を批判することは、もはや不可能と思われる。


(注)岡っ引き/オカッピキ
・・・江戸時代の町奉行所や火付盗賊・改方(あらためかた)などの警察機能の末端を担った非公認の協力者たちのこと。犯罪者の罪を許して官憲の手先として使ったこと(放免)に由来するとされる。基本的に、一般の武士は市中の犯罪者についてネットワークを持たないため、犯罪捜査の必要上から犯罪者の一部が岡っ引きとして情報収集で使われていた。共同体からの追放刑が基本であったため、町や村のような公認共同体の外部に犯罪者たちの共同体が形成されており、その内部に通じた者が犯罪捜査に携わった訳である。親分と呼ばれる者は、その岡っ引きたちの顔役の立場にあった。


これも既に述べたことですが(参照/http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070316)、この問題は、我が国における「現用記録管理についての根本的な欠陥」と絡んでいるため、特に留意すべき点です。それは、日本の「国立公文書館法」(http://www.ron.gr.jp/law/law/ko_kobun.htm)では、国立公文書館は「歴史資料として重要な過去の公文書」の保存と利用等の事業を行うことを目的としており、「政府機関の現用記録管理については監督指導を行う立場にない」となっているからです。つまり、この「政府機関の現用記録管理については監督指導を行う立場にない」となっている点が決定的な欠点なのです。このことに関する限り、先進国の一員を自負する日本は欧米諸国はおろか、近隣諸国の中国・韓国・台湾よりも劣るアーカイブ事情であることをシビアに自覚すべきです。これは、当シリーズで度々述べてきたことですが、それは民主主義国家としての肝心の箍(たが)が外れていることであり、まことに嘆かわしい限りです。


http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070316の再録になりますが、以下に、この点を指摘・報告した専門家の論文の一部分を転記しておきます。なお、今、次々と発覚し続けている原子力発電所の記録改竄や重篤な事故記録の隠蔽などの不祥事の根本も、このアーカイブを軽んずる日本人の意識に通じるものがあると思われます。つまり、国民一般が、この点について危機意識を持てぬ限り、わが国の一般的に見た貧弱なアーカイブの現状は改革することが出来ないということです。全ては。一般国民の意識改革の可能性の有無しだいなのです。


文部科学省科学研究費学術創生研究(2)、グローバリゼーション時代におけるガバナンスの変容に関する比較研究資料:行政文書管理をめぐる比較考察(http://www.global-g.jp/eastasia_k/)、「Ⅲ.考察−おわりにかえて」より部分転載。


『アジアという観点からみるならば、①韓国において、李氏の報告や「韓国民主化運動記念事業会アーカイブズ」に見るように民主化の文脈において文書収集・ 文書公開が進み、②台湾でも民主化・台湾化の流れの中で文書公開が進んでいる。しかし、こういった動きと異なり日本では、近年の情報公開法・省庁再編と軌 を一にして大量の行政文書が廃棄されるという事態が生じた。日本の文書管理は、韓国・台湾と方向性を些か異にしていることが窺われる。川島は、こうした状況について「東アジア諸国、中国、台湾、韓国は、文書の保存、整理、公開に極めて熱心であり、東アジアで日本がもっとも立ち遅れている」と述べている。』


<Souvenir Ser./エピローグ>「ドキュメント・永久保存」の可能性への挑戦


アーカイブ先進国アメリカでのアナログなアーカイブ事情)


「SAA」(Society of American Archivists/アメリカ・アーキビスト協会/http://www.archivists.org/)は、電子記録の保存だけでは今のところ不安があるので、必ず「紙にプリント・アウトした記録文書」をアーカイブで保存するようにとの勧告を出している。電子記録とネットワークを積極的に生かしながらも、このようにして「電子記録媒体の永久保存」という最も困難な課題に挑戦しているのがアメリカにおけるアーカイブの現実である。デジタル時代の最先端にいるアメリカでも、エクリチュールを半永久的に保存する媒体は、なお未解決で困難な問題となっている。


ローマ教皇庁凸版印刷による「古文書解析」の取り組み)


2005.3.2付・朝日新聞等の報道によると、ローマ教皇庁・図書館と凸版印刷㈱が共同で「パリンセスト」(再生羊皮紙/palimpsest=何度か上書きされた羊皮紙写本のことで、元に書かれた文字を肉眼で解読することが難しい)に書かれた古文書からデジタル解析技術で最初に書かれていた文字を再生するプロジェクトが開始している。「パリンセスト」から文字を再生する技術も注目すべきであるが、エクリチュールを半永久的に保存する媒体についてのヒントが生まれる可能性もあると思われる。


バクテリアでデータ保存、慶大研究グループが開発)


慶應義塾大学 先端生命研究所と同大 湘南藤沢キャンパス(SFC)らの研究グループは,バクテリアなどの細菌類を,データの長期記録媒体として利用する新技術の開発に成功したと発表した。 同研究グループは,枯草菌(Bacillus subtilis)というバクテリアのゲノムの複数箇所に情報を変換して合成した同じDNA配列をコピーしていくつも挿入する技術を開発した。この技術 を使うと,保存した情報を読み出す時,バクテリアのゲノムにおける全てのDNA配列から同じDNA配列をいくつも取り出せる。これによって、記録した情報 が部分的に破壊されても残った他のコピーから元の正しい情報に復元できる。同研究グループは実際にアインシュタイン相対性理論方程式“E=mc^2 1905!”というデータを枯草菌に保存し、コンピュータ・シミュレーションによって数百年から数千年にわたりデータを保存できる可能性を確認した(詳細は、下記URL▲参照)。
▲『2007年2月26日 12時32分/日経BPnet』、http://www.nikkeibp.co.jp/news/manu07q1/526556/


===============【ご案内】===============


◆『コメント』は、下記URLの<掲示板>にお書きください。多少のタイムラグは生じますが、<コメント内容の承認後>にレスをつけて該当ページのコメント欄へ公開します。
http://mypage.odn.ne.jp/home/rembrandt200306

◆『トラックバック』は、通常の使い方です。


・・・「toxandoriaの日記、アートと社会」内でノイズが発生することを防ぐためのポリシーです。よろしくご協力をお願いします。


===================================