toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

英国民のドレスデン爆撃への反省と「ブレアの退陣」


映画『ドレスデン、運命の日


フラウエン教会(聖母教会/Frauenkirche/2007.4.5、撮影toxandoria)


フラウエン教会の前に立つマルティン・ルター像(2007.4.5、撮影toxandoria)


・・・・・ドイツ映画『ドレスデン、運命の日』はシャンテシネ(東京)で上映中ですが、以降は全国で公開予定です。詳細は下記の関連記事と併せて公式HPを参照してください。


■ドイツ映画『ドレスデン、運命の日』、公式HP
http://dresden-movie.com/


■歴史と向き合うドイツ〜映画「ドレスデン、運命の日
http://www.janjan.jp/culture/0702/0701309099/1.php


■2007年春、ドイツ旅行の印象[ドレスデン編]
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070501


■映画批評『映画“ドレスデン、運命の日”』
http://www.magicalgate.net/ja/trial/webtrans/movie/review/dresden/index.html


●世界中に大きなインパクトを与えた「第三の道」の理念を掲げて10年前に鮮烈な印象で登場したブレア英首相が5月10日に退陣を表明しました(6月27日に辞任予定)。大きな支持率(約70%)でスタートし、「ニューレーバー政策」でかなりの功績(社会民主主義の新たな可能性と具体策を示したこと/この点については下記★を参照)も見せてくれたブレアでしたが、結局、イラク戦争で米ブッシュに引きずられたという根本的な誤りを英国民は許しませんでした。


北海道大学法学部教授・山口二郎著『ブレア時代のイギリス』(岩波新書


●現在の英国は「労働党VS保守党」という政治的対峙の構図を見せていますが、このような見かけ上の分かり易いネーミングを超えて、英国には“正統保守としての伝統観念=立憲主義に関する正しい理解”が根付き、大方の一般国民に共有されているように思われます。このような観点からすると、第二次世界大戦における「ドレスデン爆撃」への真摯な反省、つまり「その理由はともあれ、戦争の悲惨と愚かしさ」への過半以上の英国民の反省が“米ブッシュ政権の誤謬”に追従したブレアを許さなかったことが理解できます。


●終わったばかりのフランスの大統領選挙の結果にしても、ブレアを辞任に追い込んだ英国にしても、我われ日本人から見れば、かくのごとく欧州の政治が分かりにくいことは確かです。しかし、よく考えれば、そこで共通しているのは「神の前に立つ人間は根本的に蒙昧な存在であるから、歴史的な経験と試練から<絶えず新たな知を学び取ろうとする継続的な努力>こそが最も大切だ」という正統保守の感覚を欧州の人々が身につけているということです。


●ドイツの法制史家、ヘルベルト・ヘルビック(Herbert Helbig)の名著『ヨーロッパの形成』(元北海道大学法学部教授・石川 武ほか訳/岩波書店)を一読すると理解できますが、欧州にはフランク王国神聖ローマ帝国を通して培われた文化・政治的な共通の根深い伝統が存在します。英・仏・米の市民革命→近代立憲主義の民主主義の発展史なども、再度、このような観点から根本的に見直す必要があるかも知れません。


●このように見ると、ひたすら「美しい国」という浮ついたコトバを掲げるばかりの現代日本の「保守主義」の分かりにくさは、やはり異様です。欧州的な意味での立憲主義に根ざした「正統保守」的な感覚からすれば、「美しい国」などは高々がカルト化した暴力組織か「擬装右翼」の合言葉にしか見えません。また、直近の英・仏の政治動向をグローバリズムに伴う“世界的な右傾化”傾向の一環とみなすメディア等の議論を散見しますが、このような観点からすれば、やはり、それも根本的な誤解ではないかと思われます。


●いずれにせよ、素直な心でドイツ映画『ドレスデン、運命の日』を鑑賞して「戦争と平和」の意味を再考するのは無駄なことではないでしょう。それにしても、都市ドレスデンと再建されたフラウエン教会の壮麗な姿は訪れた人々に間違いなく不思議な感動を与えます。なお、ブログ記事でご紹介しているドレスデン城の『君主たちの行列(Der Fuersternzug)』(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070501)は、まことに奇跡的なことですが、直接的な爆撃の被害を受けずに残ったものです。これは普通の壁画ではなく「マイセン焼きの技術」(1200℃以上の高温度で焼成)で作られたものであることが幸いしたのかも知れません。


●なお、以下の文章は(1)は『2007.3.27toxandoriaの日記/「日本改革の美」に酔う「擬装右翼」の妄執的感性の危険性』http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070327からの部分的抜粋、(2)は『2007.5.10東京新聞・夕刊記事/シリーズ“施行60年・憲法とどう向き合うか”に掲載された論説(執筆者=中島岳志北海道大学公共政策大学院准教授)の転載です。ここでの所見を補強する意味があると思われるので再掲しておきます。


(1)「英国・正統保守思想」の原点


・・・前、省略・・・


エドモント・バークが著書『崇高と美の観念の起源(1757)』で主張したのは、17世紀の英国で生まれ18世紀にアンシャンレジーム下のフランスで開花した啓蒙思想に よる「明晰さこそが芸術に必須の本質だ」という主張に対する反論と考えることができます。すなわち、バークによれば“偉大な芸術は世界の無限(≒自然)を 志向するもので、その無限には果てがないのだから芸術は明晰でも明瞭でもあり得ない。これこそ偉大な芸術が小さな範囲に囲い込むことができない理由であ る。また、それこそ我われが明快に表現されたものより暗示的・暗黙知 な芸術の方により一層大きく強い感動をおぼえる理由なのだ。”ということになります。そして、このバーク流美学こそが英国の正統保守の政治を基礎づけたと 考えられます。結局、英国政治の伝統は、その悠久の歴史における保守と革新(改革)の絶妙なバランスによって有機的に組織されてきた秩序であるのだという 訳です。


・・・途中、省略・・・


詰まるところ、バークが言う「悠久の歴史における保守と革新の絶妙なバランスにより有機的に組織された秩序」とは、古代ギリシア・ローマ〜古代末期〜中世〜ルネサンス〜初期近代〜近代〜現代という悠久の時間の流れのプロセスで「英々と積み上げられてきたミメーシスの努力の繰り返し」と見做すことができます。そして、このようなヨーロッパ伝統の真摯な努力の積み重ねによる漸進的な改革を重視するという古典主義(≒バーク流の保守主義) のコアとなっているのは、無限の世界(=宇宙も視野に入れた広大無限の自然)への「怖れ」の感情と、その恐るべき世界に対する「不安」であると考えられま す。また、このような「不安」があればこそ、人間は自然と世界に対し謙虚になるべきだという「英知を伴う心性」が生まれるはずです。驚くべきことですが、 このような古典主義(及び正統保守)の思想の中には、現代の我われの最大の脅威となりつつある地球環境問題への対処のヒントさえもが隠れているように思わ れます。


一方、例えば「近代主観主義」(近代主義の呪縛)の徒花(アダバナ)とも言える、ヒトラーの「狂気のナチズム」のような心性では、その「崇高」なるものの実像は自然のミメーシスによる再現などではなく、同じ人間存在の「不安」を前提としながらも、それは、自らがファシズムナショナリズムの高みへ舞い上がったことによる「狂気の幻想」が創造した「悪徳」に他ならないのです。しかも、恐ろしいのは、これが世襲化・寄生化・特権化しているか、あるいはヒトラーのように激しい劣等感をバネとして跳ね上がった政治権力者などの場合には、自らの保身に纏(まつ)わる異常なほどの「不安」がその美学を高揚させるエネルギー源となっていることです。そして、特にロマン主義絵 画にはミメーシス的なもの(ハーモニーによって安定・安心を確保し保全するための英知)と一定の距離を置く“虚構性”という本質(弱点)が伴うため、これ が政治権力者と鑑賞者(国民一般)が親和する出入り口として機能し易いということが言えそうなのです。つまり、このような美学上の特異でフラジャイル(脆 弱)な機序が介在することで、政治権力者と一般国民の間にある空気が「不安の心性」と「狂気のナショナリズム」の親和力を強化する方向へ流れることになる訳です。


ここに、「美しい国」など一定の美学的価値感を政治改革の実現目標として掲げることの危険性の意味が浮上してきます。このことを、西部 邁氏は「マル激トーク・オン・デマンド、第307回」の中で“安倍総理は「美しい国」などと言い出す前に、今の日本がいかに「醜い国」になっているかを自覚して、それを総点検するところから始めなければならなかった”という表現を使って辛辣に批判していますが、まさにこれは炯眼です。直近の報道は「美しい国ニッ ポン」を世界に向けて発信する準備に取りかかったと伝えていますが(参照、下記URL★)、この動向についても十分に注視する必要があります。なぜなら ば、恥さらしな「フジヤマ、ゲイシャ、ハラキリ」のリバイバルになりかねないという懸念(参照/下記ブログ記事◆)があるうえに、文学・絵画など日本を代 表するほどの芸術作品の中にはキャスパー・ダヴィッド・フリードリヒの事例のようにファシズムナショナリズムの感性と親和力を持つ可能性がある「優れたロマン主義的作品」が数多く存在するからです。一部の専門家の中には、東山魁夷・画伯など日本を代表する著名な画家たちのロマン主義的作品の中に、そのような空気が漂うものが存在することを指摘する向きがあります。


★「美しい国」へ推進室設置=政府、「美しい国」を戦略的に内外に発信する(時事通信/ネット)、http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2007032300047


◆『2007-03-23付・toxandoriaの日記/厚化粧の「美しい国」から「フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ」への回帰』、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070323


<注>ここでは、東山魁夷・画伯の絵画そのものが“危険だ、ファシズム的だ”などと言ってる訳ではないことに留意!


(2)「保守」と立憲主義中島岳志北海道大学公共政策大学院准教授/2007.5.10東京新聞・夕刊記事、より)


保守主義者」を自認する安倍首相は、憲法改正を最大の政治課題とし、自らの政権下での達成に並々ならぬ意欲を見せている。しかし、彼ら(保守派の改憲論者)「自称保守主義者」が保守思想の本質をしっかりと理解した上で、改憲論を展開しているとは思えない。逆に、明治以降の保守思想家が依拠してきた「立憲主義」を、保守派が破壊しようとしているのが現状ではないか。


保守思想家は「懐疑主義的人間観」を共有する。人間は完全な存在ではありえず、どうしようもない悪を抱え込んでいる。おごりや妬み、エゴイズムなどを 完全に払拭することはできない。保守思想家は、このような人間の不完全性を直視し、人間の限界を謙虚に受けとめる。「裸の理性」を疑い、一部のエリートに よって理想社会を構築できるという考えを退ける。そのため熱狂的な改革には待ったをかけ、歴史の風雪に耐えた伝統に準じた漸進的改革を重視する。


国家は、不完全な国民を統治するため、警察や軍隊のような暴力を合法的に占有する。また、様々な法律によって国民生活に一定の縛りをかけ、国内の秩序を 保とうとする。しかし国家指導者も時に過ちを犯してしまう不完全な存在であり、多くの限界を有している。だから、国民の側が彼らに対して一定の規制をする 必要がある。


憲法は、こうした国民の側が政治指導者の行為に歯止めをかけ、権力や秩序のバランスをとる装置に他ならない。憲法を制定することで、特定の権力者の暴走を抑制し、社会秩序を保とうとするのが立憲主義である。


し かし現在の「自称保守主義者」たちは、この立憲主義の基礎を崩壊させようとしている。憲法を権力者に対する縛りではなく、国民に対する縛りへと転化し、権 力の肥大化を志向する。多数者の圧制による平準化を嫌い、個の自由なる精神を尊重する保守思想家にとって、これは本末転倒以外の何ものでもない。


九条についても同様の混乱が見られる。アメリカに寄り添う事を国是とする保守勢力は、憲法の条文よりもアメリカの政治的意向を優先する。これは日米同盟 が憲法の上位概念であると表明するものであり、日本という国家の主権を脅かしかねない。憲法をないがしろにし、国家主権をアメリカにゆだねようとする者 が、「保守主義」を掲げる日本は、どうかしている。


「保守」を自称するならば、九条を死守することで、わが国の主権を保守することを目指すべきではな いか。九条を保守することによってアメリカの意向への追随に歯止めをかけることこそ現実路線であり、日本人の主体性を保守することにつながる。


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