toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

暴力的本性を直視する『平和主義』の意義


(副題)『むき出しの暴力型政治化』する日本の危機



デューラー『1500年の自画像』Albrecht Duerer(1471-1528)「Self-Portrait at 28」 1500 Oil on panel 67 x 49 cm Alte Pinakothek 、 Munich


ドイツ・ルネサンス期最大の画家とされるアルブレヒト・デューラーは、当時のドイツでは最も人文主義的な雰囲気に満ちたニュルンベルク (Nuernberg/ドイツ南部、バイエルン州にある現在はドイツ第二の都市)で金細工師の子として生まれています。


1495年、第一回目のイタリア旅行では特にマンテーニャ(Andrea Mantegna/1431-1506/パドヴァ派の巨匠、イタリア・ルネサンス彫刻の巨匠ドナテッロの影響を受けた北イタリア初期ルネサンスの最も優れた画家の一人/意識的な遠近法の駆使と人間の肉体の解剖学的な構成を詳細に描写した)の芸術に感銘しました。


『1500年の自画像』は、その第一回目のイタリア旅行から帰り5年後に描かれたデューラーが28歳の時の作品ですが、ヨーロッパ絵画における独立した本格的自画像として重要なものです。同時に、アルブレヒト・デューラーが生きた時代はマルティン・ルター(Martin Luther/1483-1546)の宗教改革の時代に重なることも注目する必要があります。


この真正面から見つめるような構図はキリスト像でよく見られますが、その強固な近代的自我に目覚めたような透徹したデューラー自身の眼差しの描写は、神にも比すべき創造者としての芸術家自身の自負を窺わせます。この時代のニュルンベルクでは、画家たちがたんなる職人から人間としての強い意識に目覚めた芸術家へ社会的な地位の向上を目指していたのです。


マルティン・ルターが放った宗教改革の炎は、遥かにルター自身の意志を超える形で激しく燃え広がり、「ドイツ騎士戦争」(1522)、「農民戦争」(Bauernkrieg/1524-25)、「シュマルカルデン戦争」(Schmalkalden/1546-55/新旧両派に分かれた帝国領内等族(諸侯・帝国都市)による戦争)などの大殺戮と大混迷の嵐の時代を経て、漸く「アウグスブルクの宗教和議」(1555)における神聖ローマ皇帝カール5世の譲歩を引き出すことになります。


しかし、この和議の結果も不徹底なものであったため、その後も新旧両教徒の対立・抗争が続くこととなり、そこへローマ教皇側からの反宗教改革の動きと欧州列国の政治的野心による参戦が加わり、神聖ローマ帝国領内(主にドイツ)を舞台とする「三十年戦争」(dreissigjaehriger Krieg/1618-48)に突入しますが、この戦争は本格的な国際戦争へと発展します。


当初、この戦争は宗教闘争と民族対立の側面を見せていましたが、やがて徐々に欧州における覇権闘争的な側面が現れ、最強の覇権を確立しようとするハプスブルク家と、それを阻止しようとする勢力の間の権力闘争として展開されるようになります。結局、「三十年戦争」は新教側が有利な情勢の中で「ウエストファリア条約」(Westfaelischer Friede/1648/近代国際会議の始まりとされる)を結ぶ形で終結を迎えました。


ドイツの歴史にスポットを当てると、この「三十年戦争」の終結について見逃すべきでない観点があります。それは、「ウエストファリア条約」により、神聖ローマ帝国(ドイツ)は300余の領邦国家の連合体(新旧両派に分かれた)であることが改めて国際的に確認されてしまったということです。つまり、中世以来の伝統であったドイツの領邦的分裂が国際法的に公認され、それがその後のドイツにおける近代化を著しく阻害することになる訳です。


ただ、このことは更に視点を変えれば、その後のプロイセン帝国とナチスドイツ時代の苦難を乗り越えた結果としての現代における「ドイツ連邦共和国」(連邦制ドイツ)のユニークで徹底した民主主義のあり方、つまり国民一人ひとりによる徹底した民主主義への理解にも繋がったと見做すことができます。


しかも、このように地方分権的な現代ドイツの民主主義のあり方こそが、フランスと古い歴史を共有していること(特にメロヴィング朝フランク王国時代以前の歴史)への深い理解と相俟って「欧州連合EU)」によるヨーロッパ統一の原動力になったことは周知のとおりです。


アルブレヒト・デューラーの『自画像』の透徹した眼差しが、どこまでこのような意味での現代ドイツの未来を予見していたのかは知るよしもありません。しかしながら、デューラーにおけるドイツ的精神性の高み(神との内面的な邂逅を重視する心的態度)は、その後の暴力的で悲劇的な時代を乗り越える、つまり愛すべき自らの国家であるドイツの運命を深く見通していたのではないかと思われます。


また、この「デューラーの視線」は、同じ様な「悲惨な戦争の歴史」への十分な反省がないままに「現役閣僚の自殺」という“政治の暴力化”の泥沼に嵌りつつある「美しい国・日本」の悲惨をすら見据えていたのではないか、と思われてきます。オマケに、国家管掌の年金が“国家がかりの振り込めサギ”ではなかったのかという、近代民主主義国家とあるまじき驚くべ疑惑が浮上しています。


その辺りには、ほぼ60年にも及ぶ<与党政治>と<寄生政治家たちの奢り高ぶり>、そして国民の権利と立場などそっちのけの傲慢が培養してきた<悪徳の腐臭>だけが漂っています。そこに見えるのはギャングと寸分も違わぬ徒党・派閥による<暴力の論理>だけです。


今の日本は、主に下記の記事で予見してきたとおり、厚化粧の「美しい国」という美名の下で“バイオポリティクス化”、または“カルト化”という意味での『むき出しの暴力型政治』(≒中枢政治の暴力団型抗争化)へ向かいつつあるようで不気味です。今こそ、<日本国憲法の平和主義の意味>と<日本国憲法の授権規範性の意味>を国民一人ひとりが自分自身の問題として考えるべき時です。


2007-05-13 日本政治の「カルト&バイオポリティクス」化への懸念、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070513


2007-05-21 「観念的同時」と「権力の暴力的本性」について、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070521


2007-05-27美しい国の暗いシナリオ』と論憲の視点、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070527


(プロローグ)


司馬遼太郎の祈り、人間について』、http://www.hikoboshi.com/eba/inori/inori136SibaRyoutarou.htmより転載、


バカというのは、差別語ではありません。


 人間の本性にひそむ暗黒の部分のことです。人間は一人で歩いているときは、たいていバカではありません。イヌやネコとおなじくらいかしこいのです。行くべき目的も知っていますし、川があればどうすればよいか、ちゃんとわきまえています。


 ところが集団になって、一目的に対して熱狂がおこると、一人ずつが本然(ほんねん)にもっている少量のバカが、足し算でなく掛け算になって、火山が噴火するように、とんでもない愚行をやるのです。


 民族・宗教・国家。


・・・以下、省略・・・


[司馬遼太郎・著「司馬遼太郎が考えたこと 15」新潮社]より


(追  記)


[kaisetsuさま → 当記事]のTB内容(http://blog.kaisetsu.org/?eid=555701)を下に転載します。司馬遼太郎氏の手紙の添え状(kaisetsuさまがお持ちのもの)の画像があります。


・・・・・・・・・・


『toxandoria の日記、アートと社会』より、暴力的本性を直視する『平和主義』の意義 2007.05.31 Thursday 『toxandoria の日記、アートと社会』


2007-05-31 暴力的本性を直視する『平和主義』の意義を読んで感じたこと。


 次は司馬遼太郎氏が関西の当時の副知事にあてた手紙の添え状の一部の写真である。



 次に、2004年2月14日に海舌が書いたものを貼り付けます。


 『書類の整理をしていて、偶然、生前の司馬遼太郎氏の手紙が出てきました。


 御本人が書かれたものを、私が先方に御持ちした時、添え状のみ、私が頂いたものです。


 御存知のように、司馬氏は、主に幕末から明治の時代を小説の題材とされましたが、何度か、身近に接する機会を得たものとしては、おそらく、一番の関心事は、「昭和」特に「太平洋戦争」であったと思います。


 この部分に対する「情念」が、余りに強くて、或いは、「不条理過ぎて」、書けない、客観的になれなかったのでは、と御推察しています。


 勿論、「何故、あんな馬鹿げた戦争を起こしたのか」という憤りです。


 明治を「清純な精神」、昭和を「泥まみれな精神」というような感覚では、と思われます。そこに、大きな断絶を見ておられたことは事実だと思います。


 もう少し、踏み込みますと、「明治」に解答があると睨んで彷徨ってみたが、余りに、「明治」と「昭和」の精神の相違に、愕然とした、という所では、と感じています。(これは、私のような凡人の推量です。)』

 
 参照 『toxandoria の日記、アートと社会』より『司馬遼太郎の祈り、人間について』、http://www.hikoboshi.com/eba/inori/inori136SibaRyoutarou.htmより転載、


バカというのは、差別語ではありません。


 人間の本性にひそむ暗黒の部分のことです。人間は一人で歩いているときは、たいていバカではありません。イヌやネコとおなじくらいかしこいのです。行くべき目的も知っていますし、川があればどうすればよいか、ちゃんとわきまえています。


 ところが集団になって、一目的に対して熱狂がおこると、一人ずつが本然(ほんねん)にもっている少量のバカが、足し算でなく掛け算になって、火山が噴火するように、とんでもない愚行をやるのです。


 民族・宗教・国家。


・・・以下、省略・・・


[司馬遼太郎・著「司馬遼太郎が考えたこと 15」新潮社]より


これは関西の有力府県の当時の知事が辞任する時に、司馬遼太郎氏も、その府県の役職を同時に辞めることを宣言した添え状でした。中身は、その当時の知事の記念本に載せる文でした。


 その添え状は、かなり激しい文章で綴られていました。


 『一切から退きます。(航海していると蛎がうがつくものですね。)』と書かれています。司馬氏は、その当時の知事を『大好きでした。』と書いています。その当時の知事は政争に敗れたのです。
 その大好きな理由を次のように書かれています。


 『表裏がなくて、平然と公人として生きていて、ときに痛々しいほどでした。ただ幸い、頭脳と政治的感受性がありましたから、あの激務のなかで生きてゆけたのでしょう。』


 現在、官僚や学者から政治的分野に入った政治ブルーカーは、「国のかたち」と言う言葉を多用します。これは、司馬遼太郎氏が書いた本の題名ですし、これを念頭に喋っているのだと思います。


 しかし、司馬遼太郎氏が、「この国のかたち」と言う場合、明治と昭和は断絶しています。不連続です。生涯を通じて断絶していたと思います。もし、司馬遼 太郎氏が透明な精神と呼んでいるのは『明治時代』の精神であって、決して昭和では無いのです。昭和は得体の知れない泥に塗れた時代です。司馬遼太郎氏は昭 和を殆ど語っていません。全然書いてないと思うほどです。司馬遼太郎氏の作家としてのエネルギーは戦前・戦中・戦後の暗く・荒んだ時代への憤り、不満、批 判に在るのに、その時代が余りにグロテスクで書けなかったと御本人から聞いたことが在ります。


 先に転載した次の司馬氏の言葉が昭和を背景として言っておられるのは明らかです。(例え、他の時代、他の国に於いても適用されるものであっても、昭和と言う時代を生きた司馬氏が心根で考えているのは昭和の愚考です。)


ところが集団になって、一目的に対して熱狂がおこると、一人ずつが本然(ほんねん)にもっている少量のバカが、足し算でなく掛け算になって、火山が噴火するように、とんでもない愚行をやるのです。


 何度も書きますが、日本の伝統的な知識層は、明治時代の精神に一種の敬意と「美しさ」を感じますが、昭和という時代を、そのような言葉で呼ぶことはしないでしょう。美しい、汚いというのも相対的な概念であり、明治は美しく、昭和は汚いのです。


 勿論、これは個人のことでは無いです。歴史的時代の問題です。


 今、昭和、特に戦前・戦中の歴史を美化する動きが顕著ですが、この動きをしている人々が「国のかたち」という言葉を使うことは司馬遼太郎氏を冒涜することだと思っています。


 toxandoria氏が書かれているように、『アルブレヒト・デューラーの『自画像』の透徹した眼差し』こそ、知性です。


 人々が書物や絵画、音楽から何を学ぶか、これは自由ですが、その作者の透徹した眼差しから全く離れた解釈や引用を行うことは作者に対する冒涜です。

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