toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

2007年春、ドイツ旅行の印象/ライン・クルーズ編の残照


[ 副題/暴政 ] “バカ殿様・フリー”の空気に気づかぬバカ殿様が居座る日本の悲劇


(スーヴニール、ドイツの風景ア・ラ・カルト)


ベルリン


マイセン


ドレスデン


バンベルク


ニュルンベルク


・・・・・


あの北朝鮮さえもが輸入拒絶の意志を表したとされる『フダ付きの中国産・ドク入り食料品など』をめぐり、今や世界的に“米国発チャイナ・フリー”の空気が急速に広がっています。


片や、安部首相を『羊頭』(美しい看板)に掲げた自民党が7/29の参院選で大敗したのは、その内実が以下のような『狗肉』であることが、大方の国民によって見透かされたことによるものです。


言い換えるならば、“バカ殿様”の「存在の耐えられない軽さ」に嫌気が差した大方の選挙民による『ドク入り美しい国』の“バカ殿様・フリー”の意志表明であったというわけです。


(1)総理大臣としての管理能力の欠如(世襲政治家型・乳母日傘ゆえの希薄で幼稚な社会経験、問題点がリアルに視野に入らぬことによる優柔不断)


(2)政策課題にかかわる優先順位づけの決定的誤り(年金・福祉・医療分野の軽視)


(3)小泉劇場いらいの新自由主義への急傾斜がもたらした経済格差問題の放置(急進化する二極化と劣等処遇原則への回帰、中間層没落傾向の促進による民主主義基盤の破壊)


(4)「美しい国」に潜む極右イデオロギー(観念的・急進的右傾化=“錯誤的皇国史観”由来の病的ロマンティシズム、軍事国体&外見的立憲君主制復活へのアナクロな意志)


(参考資料)
共同通信政治部キャップの座談会
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200708060114.html


ともかくも、ここで留意すべきは(1)〜(4)の中で最も危険なのが(4)であるということです。これは、いわば“退嬰的なカルト・イデオロギー”とでも言うべきもので、これこそ安部首相を『羊頭』(美しい看板)に掲げる原動力となった強力なパワーだと看做すべきです。そして、その狙いはズバリ『平和憲法の放棄』であり、好きに戦争ができるという意味での『戦争もできる普通の国への回帰』ということです。


この観点からすると、集団的自衛権に関する政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が、集団的自衛権の行使を禁じた政府の憲法解釈を変更して、その行使容認を求める内容の提言を11月中を目処に安倍首相に提出する方針を固めとことに十分注視すべきです(出典:8/5・読売新聞ネットニュース、http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070805it02.htm)。


“支持率の低迷→更なる急降下へ(8/4〜8/5の支持率調査=選挙後も更に“支持率=22%”へ急降下/出典:毎日新聞ネット・ニュース、http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070806k0000m010126000c.html)”という厳しい環境にもかかわらず、安部首相が異様に見えるほどの<続投への意志>を頑なに持ち続ける背景では、このような右傾化への病的なマグマが煮え滾(たぎ)っていることを見逃すべきではありません。


この問題は、今や同時進行しつつある全国の大学・小中高校などにおける管理体制および教育現場を取り巻く有識者会議等への右派アカデミズム(絶対主義的アナクロニズムを信奉する管理職・大学教員等)の浸透傾向(戦時体制へ顔を向けるという結果ありきの管理職配置と委員選定の傾向)と併せて見るべきであり、教育の現場環境が戦略的かつ意図的に戦前型の“軍事国体”体制の方向へ回帰(=戦後レジームからの脱却)させられつつあることが分かります。


しかし、日本における、このような意味での右傾化傾向は本格的なグローバリズム時代の国家戦略としては甚だしく時代遅れ、というよりも極めて錯誤的で閉鎖的な政治意識であること(別に言えば18〜19世紀の砲艦外交時代への先祖帰りであること)が分かります。その訳については、下記記事★をご参照ください。


★美しいアナクロ(墓穴)掘りばかりで、その器ならぬ<安部首相に無理心中を迫られ>苦悩する日本、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070802


★「原発の未来」に必須の「環境リスク・コミュニケーション」の視点、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070801


★「中間層の没落傾向」を抑止するため、参院選後に見据えるべき二つの視点、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070726


このように見れば、“バカ殿様”の「存在の耐えられない軽さ」を侮ることはできません。なぜならば、「戦後レジームからの脱却」を目指す極右イデオロギー信奉者らからすれば、「存在の耐えられない軽さ」をもつ“バカ殿様”ほど御しやすい存在はないと思われるからです。


それどころか、今や御用メディアは“バカ殿様の大御所”たる『小泉劇場の立役者』たちを再び「美しい国」の『羊頭』(美しい看板)に呼び戻して視聴率稼ぎをすべく、巧妙な負の統合キャンペーン(参照、下記の注記●)に取り組み始めたようです。


●負の統合
・・・政府の政策に容易に同化しない政敵または国民の一部に派手な符丁で「国賊の烙印」を押し、メディアなどを総動員してそれに対する敵意を煽り、残余の多数の政治家や国民を自分の方へ誘導・統合する政治手法。ドイツ帝国ビスマルクあるいはナチスドイツのヒトラーが得意とした手法で、小泉劇場がこれを真似た。見方によって、これは現代日本の学校内で蔓延るイジメの手法そのままでもある。


・・・・・以下は、【2007年春、ドイツ旅行の印象[ライン・クルーズ編/(副題)“ヤッパ!世襲バカ殿様だったの〜?”と美しい国の正体を知り、喘ぎ苦悶するニッポン、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070803】 の<コメント&レス>部分の転載です。・・・・・


村野瀬玲奈 『toxandriaさま、私のTBへのお返事と記事紹介ありがとうございます。


社会についての原理原則を自分の勉強のためにも一度まとめておくと、いろいろな時に役に立ちますね。


さて、最近の日本の政治を見ていて思うのは、歴史の試練に耐えた知見原理原則真理といったものを参照することなく、自分(自党)の露骨な欲望をどのように粉飾して民主主義っぽく見せるかという技術だけが幅をきかしていること、誰もが尊重するべき原理原則に立ち戻って一歩一歩改善しようとする動きが乏しいことです。安倍政権下での17回の強行採決年金問題でのドタバタや問題閣僚続出は、その粉飾技術すら機能しないほどでした。


とりあえず最悪の事態は回避されましたが、油断は一切禁物です。有権者民主党にどんどん民主主義に沿った要望を出して、国政調査権も使わせて、国民のために働かせなければなりません。今後もこちらのブログで学ばせていただきたいと思います。目の保養になる欧州の美しい風景写真も楽しみです。』(2007/08/03 22:13)


toxandoria 『村野瀬玲奈 さま、こちらこそです。


おっしゃるとおり、小泉劇場(議会制無視のクーデターで絶対多数による独裁体制を確立)→美しい国(その独裁権力で外見的立憲君主制軍国主義的な国体への回帰を工作)に共通するのは民主主義の原則(歴史の怒涛を乗り越えてきた)を無視し、それらしく偽装して多くの善良な国民を騙し、欺いてきたことだと思います。


またもや、今度は「緑のオーナー制度」をめぐる詐欺的な林野庁の行為が明るみに出たようです。未だ実態がよく理解できていませんが、イギリスのナショナル・トラストを“騙った”国家的詐欺事件のような気がします。もし、そうであるなら、これは日本列島の自然環境保全などにかかわる国民の善意を踏みにじる国家的犯罪行為だと思います。


そこで見られるのは、国会における多数派の立場に増長して、利害関係者ら身内の分が悪くなるとルール(法)を一方的に変えてしまうという、真に理不尽な行為です。それは、家を建てるのに不都合だからといって、設計基準となる肝心の尺度を変えてしまうような暴走ぶりです。耐震偽装問題の根本も、ここに繋がると思っています。


ヨーロッパに学ぶべきことの一つは、このような詐欺的愚考をもたらす偽装的思考と対極にある、民主主義のソフィスティケイトにかかわる原理・原則的な価値観が広く共有され、それが今も活発に進化中であるということだと思います(無論、いずこにも例外は見られますが・・・)。


ハイデルベルクレーゲンスブルクドレスデンなどの美しい古都の景観(その殆どが、戦争による破壊をほぼ100%修復したもの!)を眺めていると、その見かけ上の古めかしさとは反対に、これらの古い街区や建造物に囲まれて生活する人々の、このような意味で生きいきしたとした、絶えず時代に合わせて民主主義を進化させようとする新しく前向きの精神環境が伺われます。


このような意味でのヨーロッパの“景観とそこに住む人々の内面のコンチェルト”が、我われ日本人には魅力的に映るのかもしれませんね。』(2007/08/04 11:04)


とむ丸 『こんにちわ。ドイツの写真に見とれてここにきてみると、先客がいらした。村野瀬さん、こんにちわ。


ねずみ塔って、強欲の大司教をねずみが食い殺してしまった、というお話に出てくる塔ですか?ところでtoxandoriaさん、やはりTBが通りませんね。』(2007/08/04 12:56)


toxandoria 『“とむ丸”さま、いらっしゃいませ。


そうですね、「ねずみの塔」には、強欲なマインツ大司教・ハットー(Hatto /位:891-913)が飢饉の時に助けを求めた農民を騙し穀倉へ閉じ込めて焼き殺したため、そこから逃げ出したネズミたちが生き身のままのハットーを食い殺して、農民の代わりに復讐してくれたという凄惨な伝説があるようです。まるで、今回の参院選でノーを突きつけられた「美しい国」の“凄惨な無理心中劇”のお話のようです。


それにしても、最大の悪者はコネズミならぬコイズミのはずなんですが、どうもこの点になるとメディアの歯切れが急に悪くなります。あまりにも不自然なので、おそらく我われには見えない利権絡みの大きな闇が圧し掛かっているのかも知れませんね。ところで、なぜかライン川でこの辺りにはネコ(ねこ城/Katzenelnbogen家の「Burg Katz」・・・画像あり)、ネズミ(ねずみの塔/「Maueseturm」・・・画像あり、ねずみ城/「Brug Maus」/ねこ城に狙われているらしい?・・・画像なし)、サカナ(特に「鮭」)などに纏わる伝承が多いようです。


ともかくも、ドイツのネズミは良いネズミ、日本のネズミ(特にコイズミ)は悪いネズミとでも言うべきでしょうか?


紀元前後からローマ属州としての歴史を持つ地域なので、ライン左岸地域(当記事の冒頭に貼った「図、ライン左岸の観光地」をご参照ください)は、その法制史的な意味での歴史がドイツで最も古く、時間をかけて探訪すると、とても興味が尽きない所です。


つまり、ドイツにおけるキリスト教徒と異教徒との親密な関りが初めて生まれた場所でもあったということのようです。ローレライ伝説のアーキタイプも、その辺りに辿り着くように思われます。特に、今回は行けなかったトリーア(Trier/ラインの支流モーゼル河畔の街、ドイツで最古の都市)はチャンスがあれば訪ねてみたいと思っています。


TBの不具合が続いていますね。一時は調子のよい時もあったのですが、こちらから他のブログへも上手く届かなくなっています。“はてな”は欲張りすぎの機能でパンク状態なのでしょうか?』(2007/08/04 14:45)


luxemburg 『村野瀬さん、とむ丸さんときたら何か書かないわけにいきませんね。


ハイデルベルクの大学は、うちの子供が高校留学中に泊りがけで見学会を催してくれて(毎年やっているようです)、その古めかしさの内実がとてもオープンなこと、さらに中での授業は、また古めかしい建物内でものすごいハイテクだったようで、感激してました。


帰ってきて、日本の大学の見学などいくつか行ったあと、「ねえ、どうして日本の大学の先生ってアホなの?特に文系」と言い残してドイツの大学に進学しました。表面だけ改革と称して中身は実は明治時代の亡霊が支配しているようなどこかの国にはちょっと見習ってほしいところです。TB確かに通りませんねぇ。』(2007/08/05 08:35)


toxandoria 『luxemburgさま、コメントありがとうございます。


お子さまが感じた“・・・古めかしさの内実がとてもオープンなこ と、さらに中での授業は、また古めかしい建物内でものすごいハイテクだったようで、感激・・・”は、まさに『ヨーロッパの“景観とそこに住む人々の内面のコンチェルト”』の実証体験であったようですね。


外見ということで思い出すのは、ごく一部の例外を除けば日本の大学の建物が公立・私立の別を問わず、あまりにも図体だけが異様に大すぎる(土建型大学教育? 巨大ハコモノ型キャンパス?)ように思われることです。


その中身はといえば旧態依然・古色蒼然どころか着実に退化さえし始めている体たらくで、それは“美しい国”による戦後レジームからの脱却(=軍事国体論&外見的立憲君主制への回帰)を、つまり“バカ殿様のカルトじみたアナクロニズム”を彷彿とさせますね。』(2007/08/05 11:11)