toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「美しい国」の先に見える「ゼロ貯蓄化シンドローム(1/4→1/3世帯)」の恐怖


アンドレア・デル・サルト『洗礼者ヨハネの誕生』

Andrea del Sarto(1486-1531)「Baptism of the People」1515-17 Fresco Chiostro dello Scalzo 、 Florence


【画像の説明に代えて】


主に15世紀末〜16世紀初頭のフィレンツェで活躍した(フランソワ1世に招かれ1518〜1519年にフランスに滞在したが、それ以外はフィレンツェで仕事をした)盛期イタリア・ルネサンスの画家アンドレア・デル・サルトが、いま「ミメーシス美学の復活」とともに再評価されつつあります。アンドレア・デル・サルトはフィレンツェ古典主義を完成に導いた画家として知られており、ラファエロ(Raffaello Santi/1483-1520)、ミケランジェロ(Michelangelo Buonarroti/1475-1564)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci/1452-1519)、フラ・バルトロメオ(Fra Bartolommeo/ca1472-1517)らの巨匠とほぼ同時代人で、特にミケランジェロとフラ・バルトロメオから大きな影響を受けています。


ところで、今や世界中の多くの人々の関心事は“一人ひとりの市民が地球環境悪化へのブレーキ役と社会参加を促す方向を模索する”こととなっているときに、ひとり日本の安倍政権だけが、ミメーシスが強く自覚された時代でもある同じルネサンス期を発祥とする「資本主義の欠陥」(放置すれば、必然的に際限なく市場原理(人間の欲望の深淵)へ向かって暴走する機序を内包すること)へ殆んど無関心のまま、ひたすら「小さな政府を目指すだけのために“ファシズムと親和しやすい『改革の美なるもの』(美しい国のワンフレーズ)を唄い続けるという妄執的な狂気の如き政治に没頭する愚かさ」は余りにも滑稽であるとともに限りなく情けないことでもあります。そして、安倍政権が滑稽であるだけでなく危険でもあるのは、このミメーシスの意味を正しく理解していない(理解できないほどアタマが硬い)点にあります。


ミメーシスに関し新たに発見された意味の詳細については省きますが、今、我われが重視すべきは、無限の世界(=宇宙も視野に入れた広大無限の自然)への「怖れ」の感情と、その怖れるべき世界に対する我われ自身の「不安」の心であると考えられます。また、このような「不安」があればこそ、人間は自然と世界に対し謙虚になるべきだという「英知」を伴った、本物の強さを持つ心性が生まれるのです。驚くべきことですが、このような古典主義的ともいえる心性はジョン・メイナード・ケインズJohn Maynard Keynes/1883-1946)の経済思想の中にも存在したことが理解されつつあります(著書『平和の経済的帰結』/参照、http://www.toyokeizai.co.jp/CGI/kensaku/syousai.cgi?key=jyanru&isbn=81142-7&code_1=01&code_2=011100)。


このケインズの著書は、第一次世界大戦後の苛酷で不条理な対独賠償要求とその帰結に対し警告を発するとともに、その是正を求めた義憤の書です。当初、このケインズの著書は各国政府や諸国民から強烈な批判を蒙りますが、やがてナチス・ドイツが台頭し第二次世界大戦が勃発するという歴史の展開によって、その正しさが証明された形となります。別に言えば、当初からケインズは資本主義経済が市場原理主義に溺れて暴走しないように、そしてグローバル市場経済ではドイツ一人へ責任を押し付けるべきではなく、各国政府が大きな役割を果たすべきだと考えていたという訳です。その上、ここには現代の我われの最大の脅威となりつつある地球環境問題への対処のヒントさえもが隠れているように思われます。(なお、ミメーシスの新たな意味の詳細については下記記事■を参照してください)


■2007-03-27付toxandoriaの日記/「日本改革の美」に酔う「擬装右翼」の妄執的感性の危険性、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070327


・・・・・


2007.7.29の参院選で示された<肝心の国民の総意=“安倍の美しい国”ノン!>への反省はどこへやらで、いじましく(イヤシク?)も「美しい国へ向かうドロ船」(=腐敗した政治権力構造)にシッカリしがみついた安倍首相は、愈々、明日は内閣改造を発表する段取りとなっています。しかし、この段に至っても、現役閣僚にかかわる更なる「汚れたカネの問題」(下記★)が続々と発覚しています。


内閣改造前に…菅総務相も事務所費問題、http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20070826-247012.html


★長勢法相系NPOに会費、外国人研修生受け入れ2社(政治資金規正法、違反の疑い)、http://www.asahi.com/national/update/0824/TKY200708240385.html


東京新聞http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007082501000635.html)が報じるところによると、25日夜にアジア3カ国歴訪から“価値観外交の輝くような成果を掲げて意気揚々”と(?)帰国した安倍総理は<参院選の惨敗で弱体化した政権の命運>を懸け、明日の内閣改造で「人心一新」を図る意向だそうです。しかしながら、未だに安倍首相には<国民の側に立つという目線>が一向に感じられないのは何故でしょうか? どうやら、それは安倍首相が<自らの最優先課題は何であるかに、に未だに気づかいていない>ことにあるようです。


このままでは、『日本全体の25%の世帯が所得総額の75%を占めた=過去最大!、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070824-00000014-yom-pol(8/24・読売新聞、ネットニュース)』という日本の現状が、アメリカ並の『上位1割の国民が全国の富の8割を握るまでの超格差社会』(出典:2007年8月18日付・日本経済新聞)へ移行し、更に『日本のゼロ貯蓄世帯化が1/4→1/3』へ移行するのは時間の問題だと思われます。


アメリカでは、既に、7月中旬の下院金融委員会が主催した公聴会に出席した民主党ペロシ下院議長が“グローバリズム(≒市場原理主義)はアメリカの多くの人々にとって脅威だ”と危機感を表明し、アメリカ政府の貿易政策の転換(=貿易政策の戦略的停止/FTA自由貿易協定)や新ラウンド交渉の停止)を訴えています(出典:2007年8月18日付・日本経済新聞)。他方、この段になっても、安倍内閣は竹中・八代ら御用学者の妄言(=市場原理主義を支えるトリクルダウン理論)を、只管、崇め奉りブッシュの顔色を窺うばかりです。


・・・・参考まで、「直近・記事のTB&レス」を以下に転載しておきます・・・


[2007-08-22付toxandoriaの日記/もう一つのイタリア美術都市、パルマから見えた「美しい国」の欺瞞性、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070822]へのTB&レス


TB(kaisetsuさま to toxandoria) → サブプライムのシステムは複雑だが、論点は明白。 + ABBA-S.O.S.、http://blog.kaisetsu.org/?eid=582568


・・・・・


レス(toxandoria to kaisetsuさま)


toxandoria  『kaisetsuさま、記事紹介&TBありがとうございます。


サブプライムローンに端を発したとされる「世界同時株安→市場における疑心暗鬼の定着」の問題は、以前に書いた下記の記事が予想以上に早く現実化したようで不気味です。


2007-05-14 “狂女フリート”が黙示する「美しい国」のシミュラクールhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070514
2007-05-13 日本政治の「カルト&バイオポリティクス」化への懸念、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070513
2007-03-21歴史の女神クリオが拒絶する「美しい国」のシンクロ現象、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070321
2007-03-19 映画『マトリックス』が暗示するわが国のアーカイブ脆弱性http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070319
2006-07-29 貧困を煽り、人命を軽視する米国型「市場原理主義」の傲慢、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060729
2006-06-15 「総括・小泉改革」、それは冷酷な「日本のハイリスク・ハイリターン化」、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060615
2006-03-15日本の「格差社会の拡大」を助長する「情報の非対象性」の問題、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060315
2006-01-12 「サルのマスタベーション」化するマルチチュードの世界、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060112


ところで、これは根の部分でアメリカ型社会哲学の問題に繋がると思います。具体的に言えばアメリカ型バイオエシックスの問題であり、言い換えれば、それは「無限定な自己責任論に基づくハゲタカ理論」です。


無知(バカ)な消費者(国民・市民)は淘汰されて然るべきという訳で、先進国中で唯一アメリカだけが「国民皆保険の原則」を放棄(無視?)していることにも繋がっています。


小泉、安倍らが代表する寄生政治家と御用学者らは、このことに気づきながら知らぬふりをきめこんでいるようです。


ここで、もう一度、ヨーロッパの社会(≒EU)がこの対極にある人間観(社会哲学)を持続させていることを自覚する必要があると思っています。』 (2007/08/23 07:41)


・・・・・


[2007-08-24付toxandoriaの日記/国民を米国型『患者の権利宣言』へ誘導する内閣府「規制改革推進会議の欺瞞性、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070824] へのTB&レス


TB(sophiologistさま to toxandoria) → 差異共振性の垂直性と水平性:生活世界と差異共振的政治:トランス・モダン・デモクラシーへ向けて、http://d.hatena.ne.jp/sophiologist/20070904


レス(toxandoria to sophiologistさま)


toxandoria  『sophiologistさま、記事紹介&TBありがとうございます。


元 々、マクロ経済学の確立者と看做されるケインズもsophiologistさまがおっしゃる意味での“近代同一性主義者”ではなかったと思います。第一次 世界大戦へ向かって暴走する資本主義のプロセスを冷静に見ていたケインズは、資本主義の適切なコントロールをこそ重視していたはずです。


と ころが、竹中平蔵八代尚宏ら現代の御用経済学者は「ケインズ主義=大きな政府(悪)」、「新自由主義市場原理主義)=小さな政府(善)」という図式的 に単純化された“常識”を利己(自己中心)的な政治権力と御用アカデミズムの権威の下に広めてしまいました。これこそが、<小泉劇場→安倍の美しい国>へ 引き継がれた「大きな混迷」(=現代日本の不幸)の元凶ではなかったか、と思っています。


無論、単純に大きな政府へ戻るべきと思っている 訳ではありません。しかしながら、大方の“軽薄なメディアの悪乗り”もあったため、このように“余りにも図式的に、一種のマンガ化と言って良いほどに単純 化された常識”と“自己中心的な政治権力”の癒着構造が生まれ、それが現在の恐るべき格差問題(中間層の没落=四世帯の中で一世帯がゼロ貯蓄化(ゼロ貯蓄 世帯化シンドローム?)→しかも、このトレンドは亢進中!)をもたらしたと考えられそうです。


これは恰も、米国ブッシュ大統領イラク戦 争の継続を正当化するためムリヤリに持ち出した「第二次世界大戦以前の日本の軍国主義=テロリスト国家≒アルカイダ一派」という粗雑な論理(軽薄・疎漏な 歴史観に基づく)と酷似しています。しかも、これでは安倍政権が目指す「美しい国」(=戦後レジームからの脱却が目指す先)はテロリスト国家というハチャ メチャなことになってしまいます。


小泉劇場→安倍の美しい国>のボロが漸く出てきたといえば、それまでかも知れませんが、『日本全体の 25%の世帯が所得総額の75%を占めた=過去最大!(8/24・読売新聞、ネットニュース)http: //headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070824-00000014-yom-pol』という「美しい国」の現実は、余りに も悲惨すぎると思います。』 (2007/08/26 11:38)