toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「ケインズ政策」へ救いを求める土壇場の「ブッシュ流・市場原理主義」の没落


【画 像】


これらの画像は、当記事の内容と直接的な関係はありません。「小泉劇場」→「安倍の美しい国の崩壊」の下で伏流する余りにも“ドス黒い汚水の流れ”が見えてきたので、気分転換のつもりで「ドレスデン歌劇場室内管弦楽団森麻季」のコンサートをご案内しておきます。


ドレスデン・ゼンパーオペラ劇場(Semperoper)

(2007年4月、撮影)


フラウエン教会(聖母教会/Frauenkirche)
(2007年4月、撮影)


エルベ河畔から三王教会を望む、ドレスデンの風景
(2007年4月、撮影)


・・・・・


ドレスデン歌劇場室内管弦楽団森麻季」コンサートのご案内


[指揮]ヘルムート・ブラニー [ソプラノ]森麻季 [管弦楽ドレスデン歌劇場室内管弦楽団
・・・・詳しい内容は、こちらをクリックしてください。 → http://asahi.co.jp/symphony/symphony2007/c20071201.html


大田区民ホール・アプリコ 大ホール(東京都)  2007年12月9日 (日) 3:00PM〜
グリーンホール相模大野 大ホール(神奈川) 2007年12月6日(木) 6:30PM〜
ザ・シンフォニーホール大阪府) 2007年12月01日 2:00PM


●「ドレスデン国立歌劇場管弦楽団」(Staatskapelle Dresden)は、1548年(アルブレヒト系ヴェッティン家モーリッツ選定侯(Moritz/位1547-1553の時)にザクセン選定侯の宮廷楽団として設立された、実に約460年の伝統を誇る、ヨーロッパ音楽の最高峰に位置する世界最古のオーケストラです。


ソプラノ歌手・森 麻季(公式HP → http://www.makimori.com/


http://www.japanarts.co.jp/html/JA_artists/vocal/mori_1167/pro.htmlより



http://www.iy-card.co.jp/chronicle/mori/03.htmlより


●彼女は、プラシド・ドミンゴ世界オペラコンクール優勝を始め、オペラ、オペレッタ、オラトリオ、リートの分野で数多くの国際コンクール受賞を重ねています。古典から現代曲まで幅広いレパートリーで活躍しており、コロラトゥーラの透明感のある美声で日本を代表する国際的ソプラノ歌手として、いま注目のオペラ歌手です。


小泉堯史・監督の映画『博士の愛した数式』(http://hakase-movie.com/)では、加古 隆(http://www.takashikako.com/)作曲のの流麗なテーマ音楽を彼女のコロラトゥーラで聴くことができます(参照、下記記事★)。


★2006-03-03付toxandoriaの日記/映画『博士の愛した数式』に見る「清明な日本の風景」、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060303


・・・・・・・・・以下、本論・・・・・・・・


これは直近の記事(参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070919)で書いたことですが、市場原理主義経済には神ならぬ“弱肉強食の生存競争”という悪魔(=市場のダークサイド)が巣食っています。敢えて言うなら、<人間が生きる修羅場>には疑いなく“神と悪魔”が並存しており、この現実から目を逸らすことは許されないのです。だからこそ、ジョン・メイナード・ケインズJohn Maynard Keynes/1883-1946)はグローバリズム市場における資本主義の適切な管理で「悪魔的な効果」を抑制し、「神的な効果」を引き出すことを重視したのです(参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070826)。


我われは、今ふたたび、このジョン・メイナード・ケインズの炯眼を想起するとともに、世界を覆いつつある“薄皮一枚”のような民主主義の危機的な現状について根本から理解し直す必要があるのかも知れません(“薄皮一枚”の如きリアルな民主主義の意味については下記記事★を参照)。
★2007-09-15付toxandoriaの日記/映画『ブラック・ブック』に見る“美しい国”崩壊の危機の真相、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070915


ところで、去る8月31日、ブッシュ大統領は、サブプライムローンの大量焦げ付きによる世界的な信用不安(疑心暗鬼)の拡大に配慮して、返済不能に陥った借り手の救済策などを柱とする対策を発表しています。このサブプライムローンには、2〜3年の固定金利期間が終わると変動金利に替わり、月々の返済額が急増(例えば、変動権利に変わった途端に月次の支払いが25万→50万へ倍増するようなケースが続発)して大勢の借り手が返済不能に陥ったという現実があります。この過酷な現実については、NHKクローズアップ現代(9/20放送)が詳しく取り上げています。


その不良債権化したサブプライムローンが「大数の法則によるリスクの希釈を原理とする“債権の証券化”+”格付け”」という金融技術によって、まるで邪悪なウイルスでもあるかの如く世界中の金融機関が所有するファンドの中へサブプライムローンの超リスク部分が拡散・浸透した訳です。更に、そこで暗躍するのが「カラ売り」を得手とする仕手筋やディストレス投資家(Distress Speculator)らのハゲタカたちです。彼らは、疑心暗鬼の修羅場と化した市場を一定の現実価格の提示で沈静化させる役割を担ってはいますが、その饗宴(禿山の一夜?)の後が死屍累々の屍(個人デイトレーダらの屍?)で覆われることになるのは想像に難くありません。


今回、ブッシュ大統領が示したプランは住宅ローンの保証業務を担う「連邦住宅局(FHA)」を改革し、ローン返済の延滞者も政府保証の対象にして、より低い金利のローンへの借り換えを支援することになっています。また、ほぼ同様の趣旨から、9月18日に米下院・本会議が「連邦住宅局(FHA)」による信用保証枠の拡大策を柱とする法案を可決しており、後は、ブッシュ大統領がこの議会のFHA改革政策と細部の摺り合わせを行う段階へ入ったようです(出典:2007.9.20・日本経済新聞)。


新聞等の報道によればサブプライムローンの総枠(約150兆円/全米不動産ローンの約14%を占める)の1割程度(15〜20兆円)が焦げ付き、その部分がモーゲージ証券化されて世界中へ拡散して不安を煽ることになったようです。この住宅ローンの保証業務を担う「連邦住宅局(FHA)」の機能復活で政府保証の低金利ローンへの借り替えが進めば、ひとまずは疑心暗鬼を呼ぶ病原体(証券化された不良債権)の拡散は防げるかも知れません。しかしながら、地価下落による元本部分の損失が補填される訳ではないので、最終的に焦げ付いた暁にはアメリカ政府の財政赤字が増大することとなり、ドルの威信低下要因が新たに増えるだけとなりかねません。


ところで、驚くべきことですが、この「連邦住宅局(FHA)」という政府機関は大恐慌時代の1934年に創設されたもので、特に2000年以降は、この強引なサブプライムローン・ビジネスに押されて、殆どその存在感がなくなっていた政府機関です。また、1934年はルーズベルト大統領が修正資本主義政策(対・大恐慌政策)の先駆けとして取り組んだ「ニューディール政策」(New Deal)の開始年にほぼ重なります。謂わば、この「ニューディール政策」こそが、ケインズ主義(=市場における資本主義の適切な管理で「悪魔的な効果」を抑制し、「神的な効果」を引き出すべきというジョン・メイナード・ケインズの考え方)を実践した第1号として歴史に名を刻んでいるものです。


見方次第ですが、ケインズの修正資本主義には、軍事力優先の「テロとの戦い」よりも『自食(Autophagy)するタコ』(=“ブッシュ政権”、“小泉劇場”、“安倍の美しい国”に共通する『バカの壁』/参照、下記記事★)を制御しつつ、より効果的に持続的な経済を地球環境へも十分配慮 しつつ成長させるべきだという信念がEU欧州連合)型の地道な対話姿勢の支えとなっており、そこには、これこそが「テロの原因をもたらす不条理な事象=予測不可能性 (Estimate Impossibility)」へのベスト・アプローチだという健全な歴史観と冷静で科学的な視点が存在します。
★2007-09-14付toxandoriaの日記/国民主権を“ナルシズム美のため”に弄び”放り投げた「世襲いかさま師」たちの罪、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070914


ブッシュの「テロとの戦い」は“予測不可能性(Estimate Impossibility)と、ある程度までは予測可能なリスク(Risk)”を混同する一種のカルト化した観念なのです。このことは、前FRBグリーンスパン議長も“ブッシュ政権は、石油(利権)目的でイラク戦争へ突入し、財政面でも野放図に歳出を放任した(バカの集団だ)と回顧録の中で痛烈に批判したことが傍証しています。予測不可能性(Estimate Impossibility)は文字通り予測できないと言う意味で人知を超えたものですが、リスク(Risk)は統計科学的アプローチにより、つまり確率論的な意味合いで予測できます。従って、この両者を混同するのは、謂わば西洋中世の人々の精神へ深く沁み込んでいた魔術信仰のようなものです。


そして、この特異な精神環境は奇しくも「ブッシュ政権」、「小泉劇場」、「安倍の美しい国」に共通するものです(ただ、小泉劇場は“いかさま師”の色彩が濃厚であったことに注意すべき/参照、下記記事▲)。しかしながら、サブプライムローン問題という大きな「米国下層民の犠牲と世界の大迷惑」を介在させることで、いま漸くブッシュ政権は「自らのバカの壁の存在」に気付き、ケインズ政策(修正資本主義)の名残である「連邦住宅局(FHA)」にすがりつきました。
2007-08-12付toxandoriaの日記/厄病神に懲りず「いかさま師・小泉の再来」を期待する日本国民、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070812


わが日本では未だに多くの日本国民が「小泉一派・いかさま集団」が撒き散らした“いかさまによる幻視”(=ブッシュ流の“いかさま”市場原理主義)の呪縛から解放されておらず、小泉劇場のマインドコントロールに取り込まれたままの状態です。目下、絶賛公演中の「福田VS麻生・自民党総裁選」という名の<テレビ猿芝居劇場>も、当初から小泉一派によって“バカ殿様状態” の安部総理が体よく操られて演じた「美しき猿芝居劇場」のエピローグであるのかも知れません。


気の毒に「深刻な格差拡大」も「中間層の没落」も、その責任はすべてが安部総理へ押し付けられた形となりましたが、実はその<真犯人>が小泉・前首相であることは言うまでもありません。しかも、始めから“バカ殿様状態”であった安部総理が自滅・崩壊することは、ある程度まで事前に予測されたことで時間の問題でした。しかしながら、「小泉一派・いかさま集団」が撒き散らした“いかさま”の呪縛に酔い痴れすぎていたためか、肝心のメディアも含めたエリート層の人々はこの状況を軽く見過ごしました。それどころか、御用学者の一群は“バカ殿様状態”の安部総理が乱造した各種の審議委員会等にピラニアの如く喰らいつき日当稼ぎに邁進したのです。


このように浮ついた“美しい国”を巡る乱痴気騒ぎと“エリート狂想曲”のおかげで、未だに多くの善良な日本国民は小泉ら「“いかさま師”に加担してボロ儲けしようとする政・官・財・学の仕手筋」によって相変わらず誑(たぶら)かされ続けています。それどころか、このような“仕手筋”によって踊らされることへの願望すら持っているように見えます。従って、もし今回のサブプライムローン問題を端緒として、ブッシュ大統領が本気で“ケインズ政策”へ尻拭いを求めるとするならば、米国型市場原理主義の重すぎる「バカの壁」を末永く背負わされ続けるのは善良極まりない日本国民だけ(参照/下の注記◆)ということになりかねません。


(注 記)


サブプライムローン問題を発端とする世界の金融市場の混乱を受けて、欧州連合(EU)がアメリカ政府に対し金融規制対話の強化を求める申し入れをした。これ は、より厳格なEU型を基準とする金融市場規制への収斂をアメリカへ促すことを狙いとする注目すべき新しい動きである(出典:2007.9.6付・日本経済新聞)。EU型の金融市場規制の手法には、『正義(Justice)が持つ二つの側面』(=公正(Fairness=関係者どおしでの正義)と公平(Impartiality=客観的・第三者的な立場での正義)を広い視点でバランスさせることが、不定形で実像が捉えにくいアモルファス(Amorphous/参照、http://www.nims.go.jp/apfim/amorphous.html)な現象=未知で予測不能な現象)への適切な対処法だとする考え方が根付いている。


EU欧州連合)の欧州委員会は、2007.9.19に外国の企業や投資ファンドによるEU域内の電力・ガス会社の買収に備えた新しい対抗策(=新EU指令案)を加盟国へ提案した。ここでは、外資に買収された、これら基幹産業の独立性が損なわれる懸念がある時は、欧州員会が経営に介入できるセーフ・ガード条項を設けることとなっている(出典:2007.9.20付・日本経済新聞)。


このアメリカ型市場原理主義ブッシュ政権で特に強く現れた)とEU欧州連合)型市場主義の対立の根底には「アングロサクソン型金融ビジネスの手法」(投資者(investor)の権利を重視する法制・簿記会計法等=米国型市場原理主義の土壌)と「ジャーマン・フランコ(ドイツ・ヨーロッパ大陸)型金融ビジネスの手法=フランクフルトなどで培われたEU型市場主義」(債権者(creditor)の権利を重視する法制・簿記会計法等の土壌)の違いが影響を与えていると考えられます。


つまり、投資者の権利を守る立場の法制・簿記会計法等を基盤とするアメリカ型市場原理主義は必然的に所謂マネーゲーム型の経済社会へ傾き、歴史的な知恵から債権者の権利を守る立場の法制・簿記会計法等を基盤とするEU欧州連合)型市場主義は健全な企業活動重視型の経済社会へ傾斜することになる訳です。従って、アメリカの後押しで2006年に導入・施行されたばかりの日本の『会社法』がマネーゲーム型の投機に過剰に馴染み、普通の企業活動を守るという視点が欠けているとされるのは当然だと思われます。


・・・・・以下は、[2007-09-19付toxandoriaの日記/2006年、夏のフランドル(オランダ・ベルギー)旅行の印象/オランダ編2、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070919]のコメント&レス及びTBの内容です。当記事に関連があると思われるので転載しておきます。・・・・・


[ 2006年、夏のフランドル(オランダ・ベルギー)旅行の印象/オランダ編2、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070919 ]へのコメント&レス


pfaelzerwein


『“国家の神話を国民のもの”として取り戻し、民主主義国家に相応しい“歴史の知恵の証(あかし)”として「王室と国民の間における寛容で幸せな関係」を築くことができるのは何時のことでしょうか? ―


これは、まさに「美しい国」の理想でありますね。しかし、理想とはいえオランダでは世界一自由な社会として実現しています。もし、共和制で無いそれを理想とするならば、更なる努力をしていかなければいけないでしょう。


先 日から、誰かが置いていった岩波新書「小国主義」を読み直しましたが、そうした「主義」ではない「文化」のエッセンスが社会の枠組みとして耐えられるよう に鍛え直し、改めて徹底的な自由民主主義教育を進めて行くのが、そうした「美しい国の実現」への処方箋に違いありません。それを、是とするか、非とするか は、議論となるところでしょう。』 (2007/09/19 13:14)


toxandoria


『pfaelzerweinさま、コメントありがとうございます。


おっしゃるとおり王室・貴族などの旧支配階級、富裕層、市民階層が教育を通して自由民主主義を支える歴史観を育み、充実させながら、その果実を共有し、蓄積・発展させてきたのがヨーロッパ社会で、その典型がオランダだと理解しております。


ア メリカは、王制(英国王室)を新大陸において打倒してニューフロンティアを打ち立てた勢いに歯止がかからなくなり、自由原理主義という民主主義の鬼子を産 んでしまったようです。そして、流石のグリーンスパン(前FRB議長)も、その行き過ぎに呆れ果てたというところでしょうか。


特に、ヨー ロッパで感心するのは国家の社会的責任(Social Responsibility)が明確に意識されていることです。漸く、近年の日本でも企業と市民 の社会的責任が話題に上るようになりましたが、最も怪しからぬのは肝心の政府・政治家・官僚の社会的責任意識が希薄なことです。


本日(9/19)付の日経記事(シリーズ、イエコノミー)は、「約300兆円規模にまで拡大した日本の個人消費(家計の総体)は、いよいよ地球規模の責任を負 うべき時代になった」と指摘しています。しかし、それを言うなら先ず日本政府自身が「社会的責任を自覚し、率先実行すること」を声高に宣言すべきではないかと思います。


また、政・財・学及びコンサルなど、その筋の専門家の多くは、これから本格的に日本の“家計”が社会的責任を率先実行するためには「株式売買関連の知識とデイトレード技術」などを中学・高校の教育現場で早くから取り入れるべきだと主張しています。


一方で、貨幣価値の現在価格(割引原価)とディスカウント・ファクター、金利、利回り等の概念、あるいは裁定についての多様な意味など、「金融と実体経済の基本」と「正義と民主主義の発展史」をシッカリ根本から教育すべきだという専門家等の発言を聞いたことがありません。


ナチズムに対する戦後ドイツの徹底反省(ヤスパースらの功績が大きい)、EU(特に独・仏)による過剰なヘッジファンド等への規制論(アメリカ経済の暴走= サブプライムローン問題等への強い批判)などは、このような社会・経済の根本教育がもたらしたのではないか、と思っています。


労働・社会 環境の悪化と格差拡大をなすすべもなく放置し、高々と掲げた「時代錯誤で極右的な美しい国の理念」を破戒し、終にはご自身まで壊してしまった安倍総理も、 このような基本にか かわる帝王学をスッポカされてきた犠牲者(民主主義の鬼子?)なのかも知れません。しかし、こんな政治家だけが日本政治を席巻するのでは我われ一般市民 は、未来永劫にわたり浮かばれません。


その意味で言えば、ご指摘のとおり、日本は「文化」のエッセンスが社会の枠組みとして生かされていない国(民主主義の岩盤まで基礎構造が到達していない非免震構造の国)だと思います。


ごく冷静に見れば、日本の「安倍・超右派政権」崩壊の原因は、明らかに<米国流市場原理主義>と<超右派勢力からの圧力>の深刻な確執・葛藤・ジレンマが高じたことだと思います。そして、その根本には、このように最も厄介な日本社会の欠陥が潜むような気がします。』 (2007/09/20 21:41)


[同上へのTB] sophiologistさま(http://d.hatena.ne.jp/sophiologist/20071011) → toxandoria


サブプライムローン問題と『マクベス』:連続的同一性=交換価値のもつ魔力の反復としての投機・バブル


今は余裕がないので詳論できないが、一言本件について述べておこう。


シェイクスピア のいわゆる四大悲劇の一つに『マクベスhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%99%E3%82%B9_%28%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%94%E3%82%A2%29がある。主人公 のマクベス は武将 であるが、自分が王になるという魔女 の予言 に魅せられて 、ダンカン 王を殺害して、王位を奪うが、結局、魔女 の言葉 に誑(たぶら)かされるように、善良な武将 たちに反撃されて、貴族のマクダフに殺される陰惨・凄惨 な悲劇である。


私は、主人公マクベス をそそのかした魔女 の予言 が正に、サブプライムローン ・バブル の問題に通じると感じた。王の臣下に過ぎないマクベス が魔女 の誘惑する言葉 に魅せられて 、王位を自ら簒奪 したのである。魔女 の予言 がバブル の投機 speculationに相当するだろう。


貧乏人のあなたたでも、住宅 を買うことができ、さらには、利益 を増やせますよという誘惑の言葉 が、魔女 の予言 である。つまり、サブプライムローン の貸し手は、魔女 になったのであるし、同時に、マクベス にもなったのである。貧乏人ではあるが、彼らに貸せば、たいへんな利益 になるのだと、バブル に魅せられたのである。


私は、この根因は、連続 的同一性(自我 )=交換価値のもつ魔力にあると思う。マルクスシェイクスピア の劇からよく引用 して貨幣の魔力を提示したように、交換価値の魔力が現実 に存在 しているのである。


これは、差異(叡知)を否定しているので、また、自己中心主義であるので、この交換価値=連続 的同一性の魔力に打ち勝てないのである。金融資本本主義が続く限りに反復されると思う。


差異化しないといけないのである。つまり、同一性=量的資本主義 ではなく、差異=質的資本主義 (共生的資本主義 )にパラダイム ・シフト しない限り、永続すると考えられるのである。


質的に投資 しないといけないのである。これは、ひいて言えば、日本の公共投資 もそうである。箱物や道路 では量的な公共投資に過ぎず、財政 をさらに地獄 化するのである。質的な、差異的な公共投資が必要なのである。 今はここで留めたい。


[同上へのTB] kaisetsuさま(http://blog.kaisetsu.org/?eid=590778) → toxandoria


サブプライムは日本社会の足下でも米国より深刻に日本経済を病んでいる。


2007.09.20 Thursday サブプライム・ローンの日本語訳⇒(翻訳者 海舌)


『バッタもの融資』


参照:『バッタ屋』=「倒産した店の雑貨や余剰品を安く大規模に買い集めて、大量に安売りする店の称」『バッタもの』=バッタ屋が売っている品物


参照:第95回 サブプライムには「徳政令」しかない/経営コンサルタント 大前 研一氏/2007年9月19日


(抜粋)


虚脱感を超え、賢明な経済政策を

確かにそのとおりとわたしも思う。本来であれば、サブプライムの話を聞いただけで、「ん? それは危ないのではないか。いつか破綻するのではないか?」 と踏みとどまるのが正しい判断だ。それが、「住宅価格が上昇しているから大丈夫」と勝手に思い込んで、どんどん突き進んでしまった。もし、過去を振り返り 反省を生かすことができていたら、回避できただろう。


すべてのバブルは、それが崩壊してみれば「強者どもが夢のあと」の虚脱感が漂う。いま、米国のローン会社、ローンを小口債券化した人々、それをファンド に組み込んで、グローバル・エクイティ・オプチュニティーズ(ゴールドマン・サックスの商品)などというしゃれた名前で売り飛ばした人々、週給 500ドルでありながら、住宅の価格上昇を前提に30万ドルで住宅を買ってしまって人々、すべてにえも言われぬ虚脱感が漂っている。数カ月前のあの「言わ れ無き熱狂(サブプライムのリスクを正しく評価していなかった、と白状したグリーンスパンFRB長官の言葉)」は何だったのか、みな胸に手を当てて考え 込んでいる。


ここからガラが来る(株が暴落する)のか、パニックは起こるのか、ガラが来てもパニックを起こさない賢明な経済政策を推進しなくてはいけない。中央政府の連係プレーが機敏に発動されることを祈ろう。


市場化された場に於ける共同体主義⇒Privatized Communism 2007.09.08 Saturday


【国際】「(87年の)ブラックマンデーに酷似している」…市場混乱で前FRB議長が見解 2007.09.08 Saturday


グリーンスパン米連邦準備制度理事会FRB)議長が指摘する恐怖とは何か? 2007.09.08 Saturday


(抜粋)


前議長は経済活動の縮小をもたらすのは「恐怖」だと分析。拡大を促す「高揚感」に比べて「恐怖ははるかに影響が大きい」と語った上で「現在は恐怖に動かされている」と懸念を示した。


サブプライムの問題について海舌は次のように指摘した。


サブプライムのシステムは複雑だが、論点は明白。 + ABBA-S.O.S. 2007.08.23 Thursday


一、透明性の欠如、非常に複雑な仕組みによって、市場の専門家も全容を把握不可能、と考えている点⇒疑心暗鬼


二、伝統的なマーケット・コントロールの手法が通用する保証も理論も無い。⇒無力感


三、仮想現実が現実をコントロールし始めている予兆⇒拒絶感と恐怖


by Kaisetsu(海舌)


『市場化された場に於ける共同体主義』について/2007.09.06 Thursday


サブプライムは日本社会の足下でも米国より深刻に日本経済を病んでいる。by Kaisetsu


米国は経済理念の基本に忠実に弊害の芽が見つかれば早急に摘み取る方向に向かう健全な政治経済体制を保持している。だから、サブプライム・ローンの問題について真剣に問題点を洗い出し、どんなに大きな問題であっても真正面から立ち向かおうとしている。


そもそも、サブプライムの基本的な問題は明確だ。「追い貸し」や「過剰融資」「無責任融資」「不合理な貸付」をしたのである。


一方、日本は、この『「追い貸し」や「過剰融資」「無責任融資」「不合理な貸付」』を国家レベルから庶民に至るまで、全体的に実施してきている。


まず、日本の財政は、所謂、不採算な「公共事業融資」と、公務員の無責任体制による放漫財政によって、完全に破綻している。


次に、銀行、証券会社の体質も、度重なる危機を、政府からの助成的貸付によって生き延びただけであり、「追い貸し」や「過剰融資」「無責任融資」「不合理な貸付」』の体質は維持されている。


また、庶民も、サラ金、不合理な住宅貸付、クレジット等によって、借金漬けになっている。
これらが表に出ないのは、日本だけが、世界的にも、歴史的にも稀有な、「ゼロ金利」政策を国策として実行しているからである。


このゼロ金利によって、日本円は暴落、日本の資産価値は暴落、人的資産である人件費も強制的に暴落、資産の切り売りによる暴落差益の一部が株やトヨタ、キャノンなどの輸出企業の収益黒字に貢献しているのである。


1月3日の予測⇒安楽死を選択する日本
2007.01.03 Wednesday


その上、これも多分、リタイアした官僚OBの主婦、つまり、東京の主婦等が、日本の円を売って米ドルやオーストラリアドルを買う、まさに、日本売りを始めたために、「円安」「金利安」という、まさに日本暴落の構図に至ったのである。


竹中平蔵氏とその一派、宮崎哲弥氏、中川秀直氏などが、こうした「日本資産売り」を加速化させたのである。


ギリシャ、ローマの時代からの、「適正な金利による経済発展」という「常識」を、日本が覆すというのだろうか。


常識的な眼からは、この低金利、作られた円安、という構造は、「人為的な歪」であり、結局、大きな急激な円高金利上昇を生むと予想するのが当然である。


その時、つまり、実質的な金利上昇と急激な円高によって、日本固有のサブプライム問題、「二級品」問題は、日本に壊滅的な打撃を与えるのである。