toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

軍需・防衛ビジネスの“偽装はげ落ち”で露出する現代日本のファスケス(内なるテロリズムの牙)


【画像1】仙台近郊、秋の風景(2007年10月中旬、撮影)


・・・10月中旬でも、まだ秋と夏が同居したような光景です。













【画像2】ご近所の“お友達”(お犬さま達?)のスナップショット




・・・三枚目は、ご近所ではなく“ヘルシンキフィンランド)のお犬さま”です。


・・・・これらの画像は、当記事内容と直接の関係はありません。


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【画像3】
ファスケス(fasces/共和制ローマ時代、執政官・権力の象徴)、http://www.legionxxiv.org/fasces%20page/より


ファシズムの語源はラテン語のファスケス(fasces)で、それは共和制ローマの統一シンボルである「刃を閉じ込めた形に束ねた杖」(参照、画像3)のことですが、ファシズムの特徴は過去における国家の栄光と民族の誇りのようなものを過剰なまで誉め讃え、それをこの上なく美化する、つまり、一定の目標に到達した理想上の「美しい国」を熱烈に希求する、ある種の強烈なロ マンチシズム的情念です。そして、注意すべきは、いつの時代でもこのような意味での情念は権力者の立場に立つ人間であれば、誰でもが普通に持ち得るということで、何もこれはヒトラー東条英機の特権ではなかったということです(この詳細は、下記記事★を参照してください)。


★2007-05-22付toxandoriaの日記/「むき出しの斧」を欲する“美しい国”の妖しい情熱(2)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070522


●そして、ミシェル・フーコーのバイオポリティクス(国民・市民の生命に関する生殺与奪権を握るという意味での生政治の定義/参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070517)が喝破するとおり、その体制がどのような原理に基づくにせよ、政治権力・国家権力たるものの深層には“生々しい暴力性”(=その象徴がfascesの斧)が潜んでおり、例えば、それがあの2ヶ月足らず前に崩壊したばかりの「安倍の美しい国」のような、ある種の強烈なロ マンチシズム的情念(=閉鎖的ナショナリズム)と病的に結びつくことはとても危険であることが理解できるはずです。


●いま、我が国では防衛専門商社・山田洋行の元専務(=元防衛庁OB)との不適切な関係が指摘された守屋・前防衛省事務次官周辺のスキャンダル(=シビリアン・コントロールを踏みにじる暴走)の波紋がとめどなく広がりつつあります。例えば、少なくとも1億円の使途不明金と数億円の裏金による防衛官僚らへの接待疑惑をめぐり米国現地法人などで不正な経理操作が行われた疑いで、東京地検特捜部が米司法当局に捜査共助を要請するとともに、既にアメリカへ検事を派遣していたことが分かったようです(情報源:読売新聞・記事、http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071023it01.htm?from=top)。


●しかしながら、残念なことではありますが、やがてこの波紋は一定の防波堤の前で終息する(=与野党に跨る政治決着的な握りつぶし工作による/PCI(“パシフィック・コンサルタンツ・インターナショナル)の遺棄兵器処理(於、中国)関連の特別背任事件”と“山田洋行民主党・小沢代表への献金問題”のバーター等が推測される)ことになると思われます。


●従って、我われ一般国民がこの貴重な事例(民主国家・日本のファスケスの露見)で留意すべきは、たとえ「平和憲法」を掲げる日本のような民主国家においても、ファスケスの暴走は常に起こり得ることで、それは日本国民(市民権)に対する一種のテロリズムであるということの自覚です。それは「内なるテロリズム」と表現することも可能です。従って、ブッシュ流の「テロとの戦い」という言葉の意義を認めるとするならば、その対象は民主主義国家の内側にも措定しなければ片手落ちであったのです。つまり、この言葉のベクトルはブッシュ自身へも向かうべきものであったのです。


●更に見逃すべきでないのは、この「守屋・前防衛省事務次官周辺のスキャンダル」と「テロ特措法関連の取り違え給油量問題」のステージ(舞台装置)がソックリ<小泉劇場→安倍の美しい国>の6年間に重なっているという現実です。このような観点からすれば、これら二つの防衛省をめぐるスキャンダルの温床は、<小泉劇場→安倍の美しい国>という名の、きわめて作為的な政治的意図に基づくものであった可能性が高いということです。そして、この作為的な政治的意図の後押しを率先して引き受けたのが、あの小泉劇場を煽りまくった主要なメディアであったことも忘れるべきではありません。


●当ブログでは、過去数年にわたり<小泉劇場→安倍の美しい国>の恐るべき欺瞞性と底なしの偽装的性質を指摘し続けてきましたが、漸く、その本質的な部分の一端が露見したということかも知れません。しかし、肝心のファスケスを抱いたリバイアサン(暴政を司る怪獣)の本命が、そう簡単にシッポを出すはずはありません。そこで、これは前回の記事でも書いたことですが、これらスキャンダルのトカゲのシッポ切り後にもシッカリと見据え続けるべき重要な五つの観点(=日本の軍需・防衛利権にたかる五匹のハエ)を下に再録しておきます。


(1)防衛族・議員1(日米利権の太いパイプ役を自負する奥深く腹黒い国際派のハエ)


(2)防衛族・議員2(やはり腹黒い存在ながら、もっぱら国内利権に専従するハエ)


(3)防衛汚職“軍人”(背広を着ているが事実上の軍人であり、いわば偽装シビリアン・コントロールのハエ)・・・渦中の守屋・前事務次官は、ここに位置する。


(4)軍需専門商社(別名・死の商人のレーベルを持つハエ)


(5)専門コンサルタント会社(ODE等の軍需=民需グレー・ゾーンに群がる、やはり死の商人のレーベルを持つハエ)


●ドイツの週刊誌・シュピーゲル(2007.10.19付)は米国・ロシア間における冷戦関係の復活の兆し(Cold War Tension、Reloaded)を詳細に分析しています。それによると、両者の関係は、急迫するイラン問題にとどまらず、エネルギー問題(石油・天然ガス)をめぐり極めて厳しいものとなりつつあるようです。それは、今までとは異なり、ブッシュが、イランの核保有禁止問題へのプーチンの影響力を視野に入れつつ、“第三次世界大戦”(World War3)を避けるためには何としてでも(イランへの宣戦布告をしてでも?)イランの核保有を回避させなければならないと記者団の前で発言したことに現れています。シュピーゲルは、これをかつての“悪の枢軸”(The Axis of Evil)と同様のブッシュ流のレトリックと見なしているようですが・・・。


●また、10月22日に放送されたNHKクローズアップ現代『ウラン押さえろ〜原子力エネルギー攻防戦』も、原子力発電を再評価する世界的潮流の中で燃料となる天然ウランの獲得競争が過熱している折から、特にロシアがシベリアの旧閉鎖都市に「国際核燃料センター」を建設して濃縮市場での主導権を握ろうとしており、これに警戒感を募らせるアメリカが独自の濃縮技術の開発で対抗しようとしていることを報じています。なお、同NHKクローズアップ現代及び日本原燃資料(http://www.jnfl.co.jp/business-cycle/1_nousyuku/nousyuku_03/nousyuku_04/nousyuku_04_03.html)によると、一国としての、現時点におけるウラン濃縮処理技術能力の順位は「ロシア → フランス → アメリカ」となっています。

   
●一方、ロバート・オアー(前ボーイング・ジャパン社長)とエドワード・リンカーンニューヨーク大学教授)の両氏は連名のオピニョン記事(2007.10.22付・朝日新聞)で次のように述べています。


『・・・(前、略)・・・国際社会が日本に対し、地球規模の様々な責任を担うよう期待していることは言うまでもない。しかし、具体的に何をどうするかは、日本が決めるべき問題だ。もし、インド洋上で海上自衛隊が行ってきた給油活動が最善の策ではないと日本が判断したとしても、多くの米国民は十分に理解するし(なぜなら、全ての米国民がブッシュ派の共和党支持者ではあり得ないのだから)、日本が他の方法でテロとの戦いアフガニスタン復興に意味ある貢献をすると信頼している。・・・(途中、略)・・・日本は55年以来、実質的に自民党の一党支配のもとにある(ある意味で、このように特殊な政治のあり方を米国に当て嵌めて見るべきではない。)このため、日本では、野党はあくまで二流と見なされてきた。日本のエリート(政治家、官僚、学者、経営者)たちは、なぜかこの米国にもこの見方を当て嵌めてきたようだ。・・・(後、略)・・・』


●このような、より広い視点をほんの少しだけ取り入れて、渦中の「防衛省をめぐる二つの軍需・防衛ビジネス・スキャンダル」と、それらを比較するだけでも、我われ一般の善良な日本国民が、<イカサマ・小泉劇場→安倍の美しい国→福田・無責任仮面劇場>という<極右勢力(「価値観外交を推進する議員の会(古屋会長、中山顧問)」など)>が求め続ける「日本のファスケス」(内なるテロリズムの牙)によって偽装された不誠実な政治の流れの中で、いかに手際よく騙され続けてきたかが垣間見えるはずです。ほぼ時を同じくして、グローバル化した世界の需要の上底(あげぞこ)を画策してきたアメリカ型偽装金融(サブプライム・ローン)のトリックの化けの皮が剥げ落ちたのも何かの因縁なのでしょう。これも、より深刻化する前に悪しきマジックのタネがばれたことは幸甚とすべきかも知れません。


●ともかくも、このような時代であるからこそ、日本は今こそ「立憲平和主義」(平和愛国主義EU欧州連合)の理念部分へも取り込まれた、東西ドイツ統一を成し遂げたゲンシャー流の多国間平和主義)を尊重する一般国民の意志を日本の政治へ着実に、かつ誠実に反映させることの重要性を再認識すべきです。また、かつて軍部の独走を誰も止めることができない国となってしまった歴史を持つこの日本では、戦争突入の大義名分として利用されたのが偽装された「軍事国体論」と、上から国民へ強要されたお仕着せの「愛国心」であったことも想起すべきです。つまり、ファスケスの暴走への国家ガバナンスの歯止めが効かなくなった日本は軍事ファシズムを許すことで全面的な戦争へ突入し、第二次世界大戦の悲劇をもたらすことになった訳です。そして、その全ては「シビリアンコントロールの崩壊」、「手際よく国益を掲げる政治的な偽装工作」そして「批判力を見失った主流メディアの堕落」から始まっていたのです。


●蛇足ながら、このような意味でのより広い問題意識に関連して重要と思われる直近の四つのニュースを挙げておきます。


(1)ポーランド下院選挙で野党が勝利し政権交代へ/イラク撤退の検討が視野に入った(情報源:2007.10.22付・東京新聞http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2007102202058362.htmlなど)


・・・得票率約44%を占めた最大野党の中道勢力「市民プラッ トフォーム」が、約30%の保守系与党「法と正義」を上回って政権交代が確実となったようです。ただ、米国がポーランドなどに計画しているミサイル防衛(MD)では政策に変更はないとみられると、同紙は分析しています。


(2)スイスの総選挙で右派国民党が勝利/環境派も躍進(情報源:2007.10.22付・東京新聞http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2007102201000239.htmlなど)


・・・この情報について、大方の日本のメディアでは「スイス右傾化」のヘッドラインが躍っています。しかし、2007.10.19付のシュピーゲル誌は、第1党で右派の国民党が定数200の国民議会(下院)で大幅な議席増で勝利するだろうが、それは増え続ける移民問題などへの懸念から少しだけ軸足が右へズレるだけのことであり、国民党以下の主要4政党が7つの閣僚ポストを分け合う連立政権が長年続いてきたスイスでは、いわばバランスを求め過激な変革を望まないスイスでは、ただちに右へ偏った政権へ構造が変わることはないと、分析しています。


(3)米マイクロソフトによるEU欧州連合独禁法違反で、同社と欧州委員会は10/22に是正命令の完全順守で合意した(情報源:2007.10.27付・日本経済新聞


・・・この問題は、ウインドウズの独占的な地位の乱用を巡って2004年の違反判定から3年以上に及んできました。この合意によって米マイクロソフトは、競合他社へ関連する技術情報の提供と有料の情報提供料の引き下げなどを実行することになります。


・・・“消費者保護と適正な競争確保”に向けて監視を強める欧州委員会の次の関心は同じ米国IT企業の大手であるインテルラムバスなどに向けられており、米国のIT企業はビジネスモデルの見直しが急務となっているようです。


(4)サブプライムローン問題を発端とする世界の金融市場の混乱を受け、EU欧州連合)が米国政府に対し金融規制対話の強化を求める申し入れをした(情報源:2007.9.6付・日本経済新聞


・・・これは、より厳格なEU型を基準とする金融市場規制への収斂(=博打型投資手法への過剰な傾斜の抑制)をアメリカへ促すことを狙いとする注目すべき新しい動きです。


・・・このような動きの根本には、そもそもEU型の金融市場規制の手法には『正義(Justice)が持つ二つの側面』(=公正(Fairness=関係者どおしでの正義)と公平(Impartiality=客観的・第三者的な立場での正義)を広い視点でバランスさせることが、不定形で実像が捉えにくいアモルファス(Amorphous/参照、http://www.nims.go.jp/apfim/amorphous.html)な現象=未知で予測不能な現象)への適切な対処法だとする考え方が根付いていることによります。