toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

アダージョの風景、ララ・ファビアンと晩秋の仙台


【Live】ララ・ファビアン



・・・(最新アルバム(CD)『ワンダフル・ライフ』のジャケットより、ララ・ファビアン自身の言葉)『人は誰もとても複雑な存在だと思う。でも、その一方で、同じことに夢中になり、誰もが人生の中で同じものを求めている。それがワンダフル・ライフ。素晴らしい人生を誰もが同じように求めている。ただ、それぞれ異なるのがその求め方であり、求める過程なのだと思う。』


・・・(最新アルバム(CD)『ワンダフル・ライフ』のジャケットの解説)ベルギー人の父とイタリア人の母を持つララは、性格的にはイタリア人気質で、情熱的なタイプだという。子供の頃から、人が“愛”というものを蔑ろにしていることに、ある種の怒りに似た感情を持っていたそうだ。だから、人一倍に“愛”を大切にしたいと思うがゆえに、傷つき、悩み、葛藤することも多い。そういった経験から彼女の歌は生まれている。


Lara Fabian - Adagio (live @ Edison Awards)


Lara Fabian  - Caruso (most powerful performance)


Lara Fabian - Mistral gagnant


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【画 像】仙台近郊、晩秋の風景パート2(2007年11月5日、撮影)
























[参 考]


[2007-11-03付toxandoriaの日記/醜悪な防衛疑獄のダメージ・コントロールで激しく翻弄される日本国民の主権・生存権http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071103]に対するコメント&レスの転載


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toxandoria 『村野瀬 玲奈さま、「ララの記事」紹介ありがとうございます。


偶然ながら、ララ・ファビアンのTBがほぼ同時にクロスしたのには驚きました。


それにしても、ララの歌の奥の深さと歌唱力は素晴らしいですね。実は、数ヶ所の専門店でララ・ファビアンがマイナー扱いをされていたことに驚いていたところでした。


ララ・ファビアンに見られるようなフランス文化の奥深さが、まさに市民意識の高さにも繋がるような気がしています。』 (2007/11/04 12:15)


sophiologist 『toxandoria様


TBは記事とは直接関係のないことでしたが、防衛疑獄事件ですが、確かにご主張のように、ダメージコントルールの要素が強いと思います。また、大連立の話ですが、出所はアメリカではないかと勘ぐっています。


そのようなことを総合すると、宗主国アメリカが、従属国日本をさらに収奪するための画策をしているようにも思えます。もっとも、日本国民の多くは、宗主国と従属国の支配者に洗脳されたままで、知的奴隷状態です。


自民党民主党は鏡像関係なのでしょう。でも、私は、いったん、自民党というか自公政権が終った方がいいと思っています。結果としては、あまり期待はできませんが。


ところで、話は変わりますが、どこかでララ・ファビアンの名前は聞いたことがあると思っていましたが、なんとデビューアルバムのCDをもっていました。ず いぶん前になりますね。おそらく生で聴くのが、いちばんいいと思います。YouTubeでは、彼女の高音の天上性が聞こえないと思います。


CDだとその霊妙な調べが聞こえてきます。』 (2007/11/04 15:33)


toxandoria 『sophiologistさま、TB&コメントありがとうございます。


民主党の小沢党首を巻き込んだ形で、このタイミングで日本政治の混迷度が急速に深まってきたのは、やはり、防衛疑獄をカムフラージュするための“関連黒幕らの有志連合”によるダメージ・コントロールが利いてきたということのようです。


しかし、そのトバッチリで割を食わされるのは我われ一般国民であり、その中でも一番の被害者は弱者であり、負け組みの人々です。いずれは、保身に徹した政治家(小沢)の国民に対する裏切り行為であることが明らかになるのかも知れませんね。


結 局、日本では<現実的な批判勢力の不在>が長すぎたため、言い換えれば<現実的な批判力の意義を理解する国民意識の芽生え>が遅すぎたため、『私は、今日 も、これからも、昨日のように変わり続けなければならない』(ランペドゥーサ原作『山猫』の主人公、サリーナ公爵家ドン・ファブリツィオの言葉)という民 主主義国家にとって最も必須の精神環境が、この段に至っても、未だに凡ゆる局面において形成されていません。


本来であれば、「公正 (Fairness=関係者どおしでの正義)と公平(Impartiality=客観的・第三者的な立場での正義)を保持するという意味で、あるべき普遍 的な理念としての未来」と「それを求めて変わり続ける国民・市民意識・政治」が存在するからこそ「多様で地域個性的な民主主義のあり方」がレゾンデートル (存在価値)を持ち得るのだと思います。各人それぞれの「多様な美意識」についても、これと似た構図が考えられるのではないかと思っています。


し かし、情けないことですが、このような民主主義にとって最も肝要な精神環境が不在であるため、相変わらず「国民の主権」も「国民の生存権」も二の次にされ 続けており、無責任で悪徳な政治家連中が最優先するのは私益と保身、そして自らの悪徳の本性を偽装することばかり、ということになるのだと思います。日本 の政治の場面で“国民の意識が目に見えるようになる”のは、いつになるのでしょうか?


ところで、ララ・ファビアンのデビューアルバムの CDをお持ちとは羨ましいです。toxandoriaは、パバロッティの追悼プロセスの中で、パバロッティとデュエットした女性歌手としてララ・ファビア ンを初めて知り、その素晴らしい歌唱力の魅力に取り付かれてしまいました。


おっしゃるとおり、CDで聴くララ・ファビアンは一段と魅力的ですね。目下、手に入れたばかりの『ワンダフルライフ』を繰り返し聴いています。が、やはりララ・ファビアンはフランス語で聴くのがベストのようです。


彼女は日本で言えば社会派歌手のジャンルに入るのでしょうか。ともかくも、フランスの凄さは、このようなポップス文化でさえもが、何の無理もなく、自然に市民意識と繋がっているように見えることです。


そして、驚いたのは(これは数ヶ所の専門店の店頭で知ったのですが・・・)、これほどの歌唱力抜群の魅力的な大歌手が日本では殆ど受け入れられず、どちらかといえばマイナー扱いとなっていたことです。』 (2007/11/04 23:05)


三介 『いつもながら好い記事ですね。toxandoriaさん。


宗主国アメリカが従属国日本をさらに収奪・・ようにも思え・・。・・国民の多くは、宗主・従属国の支配者に洗脳されたまま・、知的奴隷状態、それでも、政治家は有権者を信じて、やはり政策&価値観をぶつけ合って、自らを鍛え上げんと、ご自分も共謀罪の生贄になるっていう危機感。


始皇帝の死後、宰相李斯が、自らの作った厳戒法制で、亡命できず、処刑されたような歴史観がないのでしょうかね?


「の〜〇〇シャブシャビ」で、もはやズボズボってことですか? 僕もまあ、獲ろいネタはそれなりに好きですけど。ああ、情けナイ。


PS, ララのうた、聴きましたよ。情感ありますね。最近フレンチの曲めったにTVでもラジオでも流れない? ネットは色々聴けていいですね。』 (2007/11/05 18:48)


toxandoria 『三介さま、コメントありがとうございます。


こ こまで日本政治の混迷度が深まると、福田&小沢の御両人のみならず日本人全体が“超老化現象”の段階に入ってしまったように見えてきます。ズバリ言えば日 本人の多くは重度のボケ・シンドロームに罹っており、殆どの想像力(イマジネール)と合理的な認知力が機能停止してしまったのではないかと思われます。


今の日本で“まともに機能している”のが「軍・財・政・官複合体のダメージ・コントロール」、「公私の別を問わぬ凡ゆる組織での狡猾な偽装工作」、「ネズミ講方式のビジネス・モデル」の三点セットだけということでは、余りにも寒すぎますね。


例 えば、安全性を無視してニセモノを売りさばく日本の大衆食品市場について『残飯市場』というヒドい隠語があるそうですが、このまま「軍・財・政・官複合 体」のダメージ・コントロールに振り回されていたら、これから、多くの日本国民は“残飯”より“凄い食い物”を喰らわされることになるかも知れません。


こんな思いのなかでララ・ファビアンを聴くとホッとします。


しかし、そのララ・ファビアンが日本では殆ど商品価値がないという話を“専門家”から聞いたとき、やはり日本人は根っから“残飯”の方が好みなのかと思ってしまいました。』 (2007/11/05 21:33)