toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

福田総理が『あわわわわ〜!』で掻き消そうとする防衛疑獄と特別会計の闇の深さ

toxandoria2007-12-08



【画像0】Maurice Ravel/Jeux d'eau(水の戯れ) 演奏:Michel Beroff 



【画像1】京都、晩秋の風景/今熊野観音寺(2007年12月2日、撮影)









【画像2】京都、晩秋の風景/泉涌寺(2007年12月2日、撮影)







【画像3】京都、晩秋の風景/伏見稲荷神社(2007年12月2日、撮影)








これらの画像は、当記事内容と直接の関係はありません。


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2007年12月7日付の毎日新聞・記事『余禄』は、急にメディアで騒がれ始めた“霞が関埋蔵金論議財政投融資資金と外国為替資金の両特会(特別会計)の積立金など約40兆円)の背景には、消費税の税率引き上げをめぐる自民党内の路線対立が存在することを指摘し、これによって日本国民の視線が本格的に特別会計の闇に向かうのは結構なことだと論じています(参照、http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20071207k0000m070148000c.html)。


これに関連して(以前に下記記事(★)で論じたことですが・・・)、外貨準備で保有することになった米国債(米国財務省証券)の利息収入が、不合理な財政法の規定によって、いったん政府短期証券(FB)を発行(事実上の国債を発行)し別枠(特別会計上) の円資金を調達してから、その利息収入相当のドルを円に換金しなければならないことになっているため、ここ3年間で約10兆円も国債発行残高が増えてしまったという“摩訶不思議な現実”があります。従って、この財融特会の埋蔵金米国債の利息収入等で積み上がった積立金)を取り崩して国債償還に充てるという自民党中川秀直・元幹事長ら)のアイディアは何となく、あの一見セレブな『円天事件』に似たポンジー(ネズミ講)詐欺を連想させます。


★2007-11-26付toxandoriaの日記/サブプライム・ローン妄想/『御上の踏み倒し』と『国民の無限責任』に頼る日本型民主主義の貧困、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071126


しかしながら、この類の「財政政策上の不合理な問題点」と「大企業に有利な法人税の厚遇問題」などを放置したまま、弱者層に厳しい逆累進性がある消費税引き上げ論(たとえ、それが社会福祉目的税であるにせよ)を国民へ押し付けようとする福田政権の政策へ異議を申し立て、先ず政府および財務省自身が自らの不合理な点を改善することが先だと主張する<本格的な筋論=論理的な異議の申し立て>の方向へ国民の関心が向くようになれば、それはそれで結構なことだと思います。


また、このように新たな方向性を国民一般が自覚できない限り、やんごとなき「御上の不始末」と「財政管理上の不合理」の結果として積み上がった巨額債務の尻拭いを一方的に「卑しき国民と弱者一般および日本の未来の子供たち」へムリヤリ押し付けようとする日本政府の特権的で不合理な発想、つまり『御上の不始末がもたらす巨額債務』は下々の国民へ負担させるべきとする 江戸時代以降の『御上の踏み倒し』の悪しき伝統を摘出することは不可能です。


「防衛疑獄」に関する外交防衛委員会の野党質問で、「日米平和友好協会」関連の<福田氏自身の闇>を追及された福田首相は、お特異(得意?)の意味不明な“あわわわわ〜!”の会話(参照、http://inoue-satoshi.com/sf2_diary/sf2_diary/20071204.html)で逃げ切ったようですが、今後、筋論(=合理的な説明)の重要性に気づいた一般国民の視線を意識するようになれば、こんなバカげた茶番劇は通用しなくなるはずです。


・・・・・以下は[2007-12-06付toxandoriaの日記/国家情報評価に透ける“日米軍事同盟”原理主義の錯誤、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071206]へのコメント&レスを転載(部分的に補筆の上で)したものです・・・・・


<注>下記(前段)の『〜〜〜』は、2007-12-06付toxandoriaの日記(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071206)から、pfaelzerweinさまのコメントに関連する部分を抜粋・転記したものです。


『・・・一方、「防衛疑獄の闇」が日ごとに拡大中の日本では、それにもめげない(?)「福田ネコババ政権」(参照。下記記事★)は国民騙しに東奔西走の様子です。例えば、あまり知られていないことですが、渦中の防衛省は「官民人材交流センター新人材バンク)」の適用除外とされている上に、全般的な“渡り行為(渡りによる退職金の二重・三重取り=合法的な税金のネコババ)の禁止”も見送り扱いです。同じく、「独立行政法人の見直し」と「特別会計の闇」の追求についての福田首相の対応も殆どが他人任せの無責任(やる気なし?)状態です。


★2007-11-26付toxandoriaの日記/サブプライム・ローン妄想/『御上の踏み倒し』と『国民の無限責任に頼る日本型民主主義の貧困、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071126


このような状況の中で、福田首相も含む「防衛疑獄の闇」の拡大によって“現下の日米軍事同盟”の正当性そのものが崩れつつあるにもかかわらず、その“日米軍事同盟原理主義”の姿勢を微動だにさせない福田首相は、“・・・参院で否決された場合、衆院の2/3の多数で給油新法案の再議決を辞さず!”と意気軒昂です。ここで目立つものは、レームダック化しつつあるブッシュへの福田首相の“忠誠パフォーマンス”ばかりです。


どうやら、この日本で最も激しく劣化中のものは子どもたちの「科学的リテラシー(応用力)」などではなく、それは複眼的な「政治リテラシー(応用力)」であるようです。因みに、国際的な学習到達度調査(PISAhttp://www.cradle.titech.ac.jp/ja/oecd-pisa.html)で世界のトップクラスを維持する「フィンランド教育」の大きな特徴は、『失敗を恐れず、失敗から学ぶ』という教育哲学と『読解力(暗記力ならぬ)』です(情報源:2007年12月4日付・産経新聞)。』


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■ pfaelzerweinさま(pfaelzerweinさま2007/12/08 01:19) to toxandoria


福田首相のは“忠誠パフォーマンス”にもなっていないのでは?あまりにもポーズだけなのを指摘され、それで急いで強制採決へと動いたように思われますが、どうなのでしょう。


親父さんのワシントン訪問の不評を思い出しました。その時の大統領に向けた発言から思い出すのは、米食でもジャ「パン」とはこれ如何に?、それに答えて、朝食はトーストなのに「米」国と言うが如し、とまあ、そのレヴェルの政治家でしたが。



■ toxandoria(2007/12/08 13:42) to pfaelzerweinさま


pfaelzerweinさま、コメントありがとうございます。


少々ばかり異なる視点になりますが・・・


薬害エイズ問題で責任を問われた厚生省の役人が医学部を出た厚生課長ただ一人のみで、その上司である薬務局長・事務次官らは起訴対象から除かれましたが、その理由なるものに驚かされます。


これらの上司たちは文科系の事務官であり、彼らには医学的な専門知識に基づく判断能力がないからだというのです。こんな<オカシナ屁理屈>が法的解釈の根本として罷り通るのであるからには、日本の凡ゆる組織のトップは<無責任で結構>だということになるようです。これではコンプライアンスもヘチマもありません。


今、日本では、グローバル市場経済時代における偽装事件等の不祥事多発を回避するため新会社法の発足とともに「コーポレート・ガバナンス(内部統制)の強化」が叫ばれていますが、このような<非論理的でヘンな屁理屈>が法的解釈の根本(=国家が認める合理的理由)として通用する限り、どのような小細工を施しても無意味なことだと思います。


福田首相が日常的に発する“あわわわわわ〜・・・!”という珍妙な会話が過半の国民とメディアに支持され続ける背景には、この意味での深刻な問題が潜在している訳です。


また、このような<トップマネジメント層に属する人々は無責任で当然>とする“世界でも稀なガバナンス意識の権化(巣窟)”である「文部科学省」管轄下の<異様な教育環境>の下で、日本の子どもたちの「科学的リテラシー(応用力)」が劣化するのは当然だと思います。


おそらく、“本当は賢い”日本の子どもたちは「こんな不合理なガバナンスが罷り通る国で貧乏くじは引きたくない”と心の奥底で思っているのです。