toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

“政治と業界の癒着”による「作為が権力を偽装(不可視化)」する恐怖の電子投票法案


ブルージュ(ベルギー)、「フランデレン民族博物館」辺りの街角の風景(2006年8月、撮影)


Lara Fabian - Aime (Love)

・・・これらの画像は、当記事の内容と直接の関係はありません。


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以下は、村野瀬玲奈さんのブログ記事『電子投票は民主主義にとって危険だと思う、特に今の日本では(村野瀬玲奈の秘書課広報室)、http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-519.html』からの部分転載です。


・・・今回の電子投票法で、「技術的な信頼性向上に全力で取り組む」という付帯決議が付けられたそうですが、ばかげています。技術的な信頼性向上は、法的拘束力のない付帯決議でうたって足りるものではありません。それを法的、技術的に確保し、政界と行政の中に倫理としてゆるぎなく定着させることを先行させないことは、民主主義の公正性と透明性を揺るがす大きな誤りです。


電子投票法には自民、公明、民主、社民、国民新が賛成し、共産党が「時期尚早」として反対したそうですが、技術的な信頼性向上が達成されなければ電子投票制度は日本の投票プロセスを不透明、不公正にする現実的危険性が含まれていて、それを有権者の目でコントロールすることがさらに難しくなるという意味で、この場合の共産党の反対理由は正しいです。この法律の成立に手を貸した全政党は日本の民主主義の信頼性が揺らぐ可能性を高めたということで批判を免れることはできません。・・・


それとも、共産党以外の各政党には、電子投票装置の会社からの利権でもあるのでしょうか??・・・


つまり、今回の電子投票法では「技術的な信頼性向上に全力で取り組む」という付帯決議が付けられたようですが、ここには相変わらずの日本の政治家たちのリスク管理意識の欠落ぶりが露呈しています。・・・というか、これは「リスク管理意識の欠落」というよりも殆ど「日本政治の劣化(バカ化)」現象」です。


ここで連想されるのは「海上迎撃ミサイル(SM3)成功への批判」を打ち消すため石破・防衛相が国会で得意げに披瀝した次のごとき詭弁の前で立ちすくんでしまった多くの国会議員らの姿です。なぜこれがバカげているかというと、これは、暴力団かヤクザか、あるいは狂信的なネオコンのツールと化している米国軍需産業が得意な「脅迫的セールス・トーク」(=相手の弱みにつけ込んだ、強引な説得のための脅迫的プレゼンテーション)に他ならないからです(参照、2007-12-20付toxandoriaの日記/日本政府の「不都合な真実」を覆い隠す「海上迎撃ミサイル(SM3)成功=称賛」のニュース、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071220)。


・・・武器・軍用機・艦船等の購入費用が高すぎるという議論は、それ自体がほとんど不毛です。なぜなら、どんなに高すぎる武器を買ったとしても、それによって数多の国民の生命・財産が守られるとするなら、誰もそれを高過ぎるとは言えないはずだからです・・・


2007.12.21付・朝日新聞は、この問題について『地方選挙に電子投票を導入している市町村に限り国政選挙でも電子投票を認める法案について、自民、民主両党の参院国対委員長が21日、今国会での成立を見送り、継続審議にすることで合意した。同法案は衆院を通過し参院で審議中だが、不正防止策などをめぐる疑問点が解消されず、与野党間で修正協議を行うことにしていたが調整がつかなかった。』と報じています。


省みれば、この“政治権力と関連業界の癒着”が演出する『作為的な権力の不可視化』(=権力の偽装)の問題は、第二次世界大戦後の日本で連綿と続けられてきた悪しき伝統のようなものです。それは、「危険な原子力利用方式の採用(中曽根〜竹下政権/米レーガン政権時代)」、「繰り返されてきた薬害等の深刻かつ悪質な被害」、「規制緩和原理主義による労働力の飽くなき商品化の促進」、「総デジタルテレビ化に絡む利益誘導疑惑」など数え上げれば切がありません。


例えば、原子力利用についての情報を隠蔽したり、政治的バイアスで正当な科学的真理を捻じ曲げたりすることは、国民の中における特定の利益享受者と不特定多数の被害者(または不利益者)の存在という<人為的な格差発生>の現実を無視し続けることに他なりません。言い換えれば、これは<立場の違いによる、原子力利用の利益享受に関する深刻な格差拡大(=極端な意図的差別の発生)>を無視するということです。


また、今さら言うまでもないことですが原子力利用には絶えず大きなリスク(地震・事故等による放射線及び毒性拡散の被害、同じく地球環境汚染の拡散、ゲリラやテロのターゲット化、核兵器拡散など)が付き纏っています。


このようなリスク管理の問題については、実証科学的・合理技術的な立場から様々な優れた知見が提起されつつあるようですが、最も肝心なことは素朴な「ヒューマン・エラー」を回避するために政府・行政・研究者・企業・一般国民が情報を共有し、コミュニケーションを深めつつ相互の信頼感を高める工夫を永続的に進めることです。このような意味で、わが国は、深化しつつあるグローバリズム時代の弊害をも見据えた「EUにおける原子力利用の動向」と「フランスの環境リスク・コミュニケーション」の事例を真剣に学ぶ必要があると思われます。


なぜならば、『果てしない危機の海の航海の時代』に忘れてならないのは『人的なリスク恒常性の問題』(ヒューマン・エラーの問題)であるからです。しかも、ヒューマン・エラーを最も有効に回避する究極の方法は<双方向コミュニケーション>以外に見当たらないからです。そして、ここで想起されるのは、むやみな形而上学的絶対(カルト的な意味での科学原理主義)への飛翔(政治権力と癒着した科学カルト化という陥穽への接近)の危険性を回避するためオットー・ノイラート(Otto Neurath/1882-1945/オーストリア・ウイーン学派(論理実証主義)の指導者の一人、科学哲学者・社会学者)が提唱した『科学的検証の全体論的本性を海の上に浮かぶ船の改修に喩える』という知見です。このことについて、オットー・ノイラート一は次のように語っています。


・・・海に浮かぶ船(≒グローバリズム時代の地球)に乗った我々は、その乗船中の船を大海原の中でで改修しなければならい。その時、一から組み直すこと(≒政治権力と癒着しカルト化した科学が、乗船中の人々へ向けて、利益誘導の意図を隠しもっともらしくプレゼンテーションする<偽のシナリオ>の採用)などできるはずはなく、梁を外したら間髪入れず新しい梁を取り付けねばならないし、そのためには船体の残りの部分など(≒社会的排除を受けてきた下積や弱者の立場の人々の力や知恵)をも支保に利用するしかない。このように、我々は古い梁や流木などを使って船体のすべてを改修的・修復的に作り上げることはできるが、再構成は徐々にしかおこなえない。・・・(<注>(   )内はtoxandoriaが加筆したもの)


この時に重要なものこそが、ヒューマン・エラーを最も有効に回避する究極の方法としての<双方向コミュニケーション>です。なぜなら、すべての乗り組員の<双方向コミュニケーション>が十分に機能する環境での協働作業以外に、このような荒海に浮かぶ船を改修して沈没を防ぐ手立てはあり得ないからです。しかも、その船に仮に一人の天才的な科学(技術)者と一人のカリスマ性に富む政治家が偶々乗り合わせていたとしても、その結果は五十歩百歩だと思われるからです。忘れてならないのは、この「グローバリズム時代の地球」は決して「理想的な観察命題」のようなシミュレーション空間ではあり得ず、強者も中間層も弱者も、人間的な意味でのIQが高い人も低い人も・・・という具合に、様々な人々や生き物たちが生を営み続けているというリアリズムです。


そして、この『荒海に浮かぶ船上の人々の協働の姿』こそが『理想の民主主義社会のイメージ』に重なることが容易に理解できるはずです。このように考えれば、日本で本物の民主主義社会を実現するために必要なことは、“政治権力と関連業界の癒着”がもっともらしく説明してくれる『詭弁を弄した脅迫的セールス・トーク』(=より効率的な民主主義実現のための電子投票必要論)の前でたじろぐことではなく、その“政治権力と関連業界の癒着”の真相(利益誘導の真意)を見抜き、本物の民主主義社会の実現のために我々がいかにして<双方向コミュニケーション>のパワーを盛り上げることができるかを考え抜くことです。


なお、村野瀬玲奈さんがブログ記事で紹介されていたオーストリア選挙制度(ヘア・クラーク制)については、以前に下記の記事★でも取り上げたことがありますので、ご参照ください。


★2005-04-05付toxandoriaの日記/シリーズ「民主主義のガバナンス」を考える(4/4)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050405


・・・・・以下は、2008-01-02付toxandoriaの日記/2008年の緊急課題は「権力の可視化」の問題、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080102]へ「作雨作晴」さんから頂いたTB(記事)内容の再録です・・・・・


toxandriaさん、トラックバックありがとうございました。明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしく。


あなたのブログへも折りに触れ訪問させてもらっています。


昨年はドイツ旅行の記念写真も楽しませていただきました。とくにハイデルベルグの写真は、 なまじっかにヘーゲルなどをかじっている関係で、ハイデルベルグ大学の教授に就任してからヘーゲルはどのあたりを散策していたのだろうかとよけいな空想が 働いたりしました。(日本の都市の品格がヨーロッパに追い付き追い抜く日が来るのだろうかと思うとため息が出ます。)


また、晩秋の京都を訪れた写真もあって、近くに暮らしている私などよりももっと京都の秋をご存じかも知れないと思ったりしました。


toxandriaさんのブログ記事ももちろん読ませていただいていますが、今ひとつあなたの思想の核心を つかみ切れていないようです。あなたの博識についてゆけない面もあるのでしょうが、本質をつかむには、もう少し時間的にも「あなたの現象」を体験する必要 がありそうです。論評はそれからにさせてもらいたいと思っています。


ただ正月2日の記事で「権力の可視化」をテーマとされているようですが、政治権力の構造をもふくめて、真実 の明るみに出るのはよいことだと思います。可能な限り、政治家や「官僚」たちが秘匿している情報や真実も公開されてゆくことが望ましいと思います。その意 味でも、インターネットの普及は「権力の可視化」にも少なからず貢献するのではないでしょうか。悪は闇を好み、公正は光を愛するということでしょう。多く の正確な情報によって、私たちの認識できる現象が全面的になるだけ、より的確に本質が客観的に明らかになりますから。


先のブログでも少し触れましたが、小沢一郎氏の「国連信仰」は、民主党が弱小政党の間はさほど問題ではあり ませんでしたが、昨年の参議院選挙のように多数を占めると、国家の主権を危うくしかねません。できればこの問題についても論評したいと思っているのです が。小沢民主党の「テロ対特措法」などへの対応についての見解なども、toxandriaさんをはじめ、ブログ上に記事を掲載されておられる方がいらっ しゃれば、トラックバックなどで教えていただけるとありがたいです。


コメントとして書かせてもらおうと思いましたが、あえて記事にしました。本年もまたtoxandriaさんのご活躍を期待します。