toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

2006年、夏のフランドル(オランダ・ベルギー)旅行の印象/ブルージュ編2

toxandoria2008-01-26


Bruges 、Belgium


Chanteuse Dalida , Chanteur Serge Lama 、duo virtuel(Je suis malade)


Lara Fabian - Je suis malade( I am sick )


【画像の解説】





一枚目は、「ブルフ広場」(Brug/15世紀に建てられた市庁舎(Stadhuis)と12世紀に建てられた「聖血礼拝堂」(Basiliek Heiling Blode/広場の南西の角にあるロマネスク様式の礼拝堂)などの建物に囲まれた小さな広場)の方から「マルクト広場」(Grote Markt)の一角に立つ「鐘楼」(Belfort)の方向を望む光景。二枚目はその「マルクト広場」のヨーロッパで五指に入るといわれる美しい景観で、三枚目は、「鐘楼」のクローズアップです。ブルージュは、この一帯を中心とする市街地全体が世界遺産に指定されています。



メムリンク美術館(旧シント・ヤン病院/Memlingmuseum, Sint-Janshospitaal)で見た『聖母マリア像』です。この「メムリンク美術館」には『聖女ウルスラの聖遺物厘』があります(参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060907)。



「ベギン会修道院」(Begijnhof)付近の静寂そのものの光景です。この修道院は13世紀にフランドル伯夫人が創設した“ブルージュ・ベギン会”(十字軍遠征に旅立った騎士の夫人たちが修道女として禁欲的な生活を始めたこと)が起源ですが、今はベネディクト派の修道女たちが、この修道院を引き継いでいます。なお、往年のポーランド映画『尼僧ヨアンナ』は、一般には17世紀フランスの修道院で実際に起こった出来事がモデルになったとされていますが、実際は、この「ベギン会修道院」で起こったことだとする説もあるようです(参照、http://www.tomita.net/review/y980318.htm)。




「愛の湖公園」(Minnewater Park)の静けさに満ちた光景です。昔はブルージュの内港だった辺りを水門で仕切り湖を思わせる景観を創り、運河と結んで一帯を公園化した比較的狭い場所ですが、「ベギン会修道院」の静かな佇まいに隣接するため、この付近には中世の世界へトリップしたような雰囲気が漂っています。



ベルギーで有名なビール・メーカー、「ドハルブ・マーン醸造所」(Huisbrouwerij De Halve Maan)の入り口に掲げてある“三日月(ドハルブ・マーン=ハーフ・ムーン)ロゴ”の看板です。ここのレストランで飲むベルギービール“ストラッフェ・ヘンドリック”(Straffe Hendrik)の味は格別です。




一枚目はボートで運河クルーズをした時のものですが、ニ枚目はこのクルージング・ボートから見た「ベギン会修道院」付近の白鳥が遊ぶ光景です。




一枚目の右は「市庁舎」、左は「聖血礼拝堂」の一部で、二枚目は同礼拝堂の正面部分です。ここに隣接する「聖血博物館」には、十字軍遠征に加わったフランドル伯がコンスタンチノープルから持ち帰ったとされる“聖遺物”があります。伝説では、1150年4月7日、ブルージュに帰還したフランドル伯(アルザスのデイリック)は夫人であるアンジューのシビラと建立した「聖血礼拝堂」に「聖血」を納めたとされています。


しかし、ブルージュに残っている「聖血」についての最古の記録は1256年のものなので、伝説が伝える年代とは大きなずれがあります。従って、史実は第4回十字軍を指揮したフランドル伯ボードワン9世が十字軍国家・ラテン帝国(ロマニア)の初代皇帝ボードワン1世となった頃の出来事ではないかとされています(参照、http://www.belgium-travel.jp/bweblog/archives/2006/03/post_83.html)。


(参考)


・・・なぜか、「Je suis malade」は歴史と人生の一コマのようでとても懐かしく、しかも不思議と前向きな感じがする歌です。まるで永遠に美しい古都・ブルージュのように・・・今の日本には、このような重みがある本物の愛の歌を受け入れる社会的な土壌が殆ど存在しないようです。あるのは“汚辱に塗れた偽装のたくらみ、妖(怪)しげな巨額の裏ガネと政・財・官・学界をめぐる深い疑獄の闇の広がり、そして意味不明な弱者いじめの暴力、思考とイマジネールの枯渇、そして軽薄で表層的(擬似セレブ的)に脚色(美容整形・厚化粧)された“その日暮らしの空気”ばかりです。・・・


・・・特に、連立与党の“薄汚く腹黒い政治家”たちは“プレゼンテーション能力”が著しく劣化しているようです。実際のビジネス現場でのプレゼンテーションの目的は決して聴き手らを誑かすことではなく、でき得る限り分かりやすく、そして正確に自分の論理と思い(情念・情感・人生観・人格なども含めて)を相手に伝えることです。いま彼らがやっているのは、この逆(さかさま)のことばかりです。もっとも、倫理観を失いケダモノ・レベルまで堕落した彼らの目的(参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080123)は、自らと仲間内だけの凡ゆる欲望を満たすためのカネだけであり、もはや国民一人ひとりの日常生活・歴史・人生などどうでもよいのかも知れません。・・・


『 Je suis malade 』


Serge Lama , Lyrique:Alice Dona(http://www2.plala.or.jp/april/french/alice_dona.html)


Je ne rêve plus
Je ne fume plus
Je n'ai même plus d'histoire
Je suis seul sans toi
Je suis laid sans toi
Je suis comme un orphelin
Dans un dortoir.
Je n'ai plus envie
De vivre ma vie
Ma vie cesse quand tu pars
Je n'ai plus de vie
Et même mon lit
Se transforme en quai de gare
Quand tu t'en vas.


Je suis malade, complètement malade
Comme quand ma mère sortait le soir
Et qu'elle me laissait seul avec mon désespoir
Je suis malade, parfaitement malade
T'arrives, on ne sait jamais quand
Tu r'pars, on ne sait jamais où
Et ça va faire bientôt deux ans que tu t'en fous.


Comme à un rocher
Comme à un péché
Je suis accroché à toi
Je suis fatigué
Je suis épuisé
De faire semblant d'être heureux
Quand ils sont là.
Je bois toutes les nuits
Mais tous les whiskys
Pour moi ont le même goût
Et tous les bateaux
Portent ton drapeau
Je ne sais plus où aller
Tu es partout.


Je suis malade, complètement malade
Je verse mon sang dans ton corps
Et je suis comme un oiseau mort quand toi tu dors
Je suis malade, parfaitement malade
Tu m'as privé de tous mes chants
Tu m'as vidé de tous mes mots
Pourtant moi, j'avais du talent avant ta peau.


Cet amour me tue
Si ça continue
Je crèverai seul avec moi
Près de ma radio
Comme un gosse idiot
Ecoutant ma propre voix
Qui chantera


Je suis malade, complètement malade
Comme quand ma mère sortait le soir
Et qu'elle me laissait seul avec mon désespoir
Je suis malade, c'est ça, je suis malade
Tu m'as privé de tous mes chants
Tu m'as vidé de tous mes mots
Et j'ai le coeur complètement malade
Cerné de barricades
T'entends
Je suis malade ・・・・・



もう夢見ることもない
もうタバコをくゆらすこともない
もう人生の思い出すらない
君がいなくなって僕は一人ぽっちだ
君がいなくなって不恰好になった
僕は施設の孤児みたいな心境だ
人生を生きる気力もない
君が去って僕の人生は止まった
君が去って、魂が抜けて
君以外に君を見つけることは無理だ


僕は病気だ 完全に病気だ
子供の頃、お母さんが夜に出かけて
一人ぽっちで残されて絶望している時のように
僕は病気だ 完全に病気だ
君はわけのわからぬ時に現れ
君はわけのわからぬ所へまた去っていく
もうすぐ2年になる
君にとってはどうでもいいことだけれど


岩にへばりつくように
原罪から逃れられないように
僕は君にへばりついている
疲れた もうクタクタだ、たくさんだ
人前で幸せそうに振舞うのは
毎晩酔っている けどどのウイスキー
僕には同じで味もない
何を見ても君を思い出す
僕には逃げる術もない
どこに行っていいかわからない
至る所に君が存在するからだ


僕は病気だ 完全に病気だ
僕の血液の全部を君に注いだ
君が平気で眠っている頃、まるで僕は死んだ鳥だ
僕は病気だ 完全に病気だ
君は僕の歌を全部奪った
君は僕の言葉を根こそぎ抜き去った
だって僕には、君に恋をするまでは、才能があったんだ


この気持ちがこのまま続くと僕は死ぬ
たった一人で朽ち果てるだろう
知能の足りないガキみたいに
ラジオのそばで、僕自身が歌っている
その声を聞きながら


僕は病気だ 完全に病気だ
子供の頃お母さんが夜に出かけて
一人ぽっちで残されて泣いていた時のように
僕は病気だ そうさ、僕は病気なんだ
君は僕の歌を全部奪った
君は僕の言葉を根こそぎ抜き去った
バリケードに囲まれて、追い詰められて
僕の心は病み衰弱している
君はわかるか、聞こえるか? 僕は僕は病気だ 
・・・・・・Claudine「僕は病気だ」・・・


(http://blog.livedoor.jp/toilepoete/archives/22960051.htmlより転載)