toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

ララ ファビアン(Lara Fabian)のプロフィール



(プロローグ)


ララ・ファビアンの出身地ベルギーは歴史的に見ても、そして今も大きな矛盾と格闘しながら、その矛盾に飲み込まれぬように必死に努力して生き続けている国です。その現象を短く言うならば、それは「グローバリズムと個や地域としてのアイデンティティの両立、およびそれを乗りこえた国家統一の問題」です。


しかも、この問題は多かれ少なかれ他のヨーロッパ諸国にもかかわることであり、例えばフランスにおけるゴーリズム(ドゴール主義の伝統→戦術的核兵器の存在)と平和主義の葛藤、ドイツにおけるグローバル経済と徹底した市民主権主義(≒ヒトラー・ナチズムの封印)との葛藤などです。そして、今のベルギーでは深刻な言語紛争(フランデレン民族紛争/参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060913)の問題が国家分裂の危機をすら突きつけていることは周知のとおりです。


一方、見方しだいではありますが、このように深刻な根本問題を乗り越えるために工夫された組織がEU欧州連合)であり、その『EUの知恵』(市場原理主義と市民厚生を調和させるための様々な仕組み)が、今や、米国のユニラテラリズムの横暴に対して一目をおかせる存在となりつつあることは周知の事実です。しかし、このEU統合の根本には(ここでは深入りできませんが・・・)、「EUと各国家主権を調和させる」ための『権限権限(Kompetenz-Kompetenz)問題』(参考、http://usui.asablo.jp/blog/2006/03/02/274359)という高いハードルがあります。


このような難問を抱えながらも積極的に進み続けるヨーロッパの姿には、あの「安部の美しい国ニッポン」(アナクロナショナリズム)が掲げた独特の胡散臭さや醜悪さはありません。しかしながら、このように瞠目すべき『EUの見識ある知恵』について、インサイダー取引などに現(うつつ)を抜かすような一部の幼稚なメディアの中に“環境戦略などEU欧州連合)の狡猾な戦術に嵌らぬよう日本としてグローバル市場原理戦争で他国を出し抜くための国家戦略を打ち立てるべきだ”という、まるでアナクロナショナリズムのように軽薄な観点から論ずる向きがあることは情けないことです(保身を目的とした権力へのゴマ摺りのつもりかも知れませんが・・・)。


いずれにせよ、このような意味での“奥深い文化的な空気”が殆ど無視されるか、あるいは誤解されているのが今の日本の実情ではないかと思われます。この“奥深い文化的な空気”の更なる説明の代わりに、過去に書いた記事の一部分を下に引用しておきます(出典、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060913)。


「古都ブルージュ」(ベルギーの象徴的な存在)から学ぶべきことは「人間は無駄に歴史的時間を過ごしてきた存在ではないのだということ・・・、地政的・自然地理的・気象的なハンディは“本物の国力や国民の幸福度”とは無関係であること・・・、グローバリズムと多様性は、その方法論と努力・工夫しだいで十分に共存が可能であること・・・、歴史経験と文化の積み重ねから学んだ寛容(トレランス)のモデルがフランドルには確かに存在すること・・・、マルチリンガル社会と地域の個性は共存できること・・・、民主主義とは、ひたすら“テロとの戦い”などの派手なお題目を唱えたり派手なパフォーマンスを繰り広げることではなく、確固たる主権意識を持った市民による誠意と意欲に満ちた地道な実践の積み重ねだということ・・・、超国家主義(偏狭なナショナリズム)や宗教原理主義歴史認識的な知恵による克服が可能であること・・・云々」という重層的で広汎に及ぶ経験的・実践的な知見です。


(二つの参考資料/出典、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080117


<参考資料1>Profile of Lara Fabian


ララ・ファビアンの父はベルギー人(フランドル系)、母はイタリア人(シチリア系)であり(誕生地=ベルギー、Ettelbeek)、彼女は8歳の時から10年に及び「ブリュッセル王立音楽学校」(the Royal Conservatory of Brussels)でピアノ・ダンス・クラシック音楽の基本を学んでいる。


ボリス・パステルナーク原作の名画『ドクトル・ジバゴ』(デヴィット・リーン監督、モーリス・ジャール音楽、オマー・シャリフジュリー・クリスティ出演)の主題曲“ララのテーマ”に大変感動した両親が、愛する彼女にララという名を付けた。ブリュッセル王立音楽学校を卒業した後はシンガーソングライターとして活躍しつつ、ヨーロッパで各種の音楽祭に入賞している。ちなみに、彼女の本来の希望は児童心理学分野での仕事に従事することであったとされている。


1991年、たまたま旅行したケベック(カナダのフランス語圏)が大いに気に入り、そこで市民権を得たララ・ファビアンはブリュッセル時代の友人Rick Allisonと二人で、自分自身のレーベル(Productions Clandestines)を立ち上げる。


1997年にリリースされた“La Difference(違いということ/参照、http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-463.html)”(サード・アルバム/フランスのみで200万枚のセールを記録)はヨーロッパ中で大ヒットとなる。1998年には、ヨーロッパでのツアーを収めたライブ・アルバム“Pure”をリリースし、フランスのアルバム・チャートで“初登場1位”という快挙を収める。


ヨーロッパで爆発的な人気が出てきたララのパフォーマンスが、1998年のパリで、たまたま米ソニー・ミュージック社長のトミー・モトーラの目に留まった。彼女の抜群の才能とスケールの大きな歌唱力に驚嘆したトミー・モトーラは、彼女のシンガー・ソングライターとしての才能を最大限に発揮出来るようにと第一級のプロデューサーを招き入れるレコーディングを企画した。


その結果できたのが、ララ・ファビアン初の英語アルバム「ララ・ファビアン」(2000年5月)であり、これはカナダ・ヨーロッパを始めアメリカでも人気を博し彼女の魅力が世界中に知られるところとなった。


<参考資料2>ユネスコ「文化多様性条約」(2005)


2005年のユネスコ総会で「文化多様性条約」が国際的な規範として採択されている(賛成148ヵ国、反対2ヵ国(米国、イスラエル)、棄権4ヵ国)。これは2001年に満場一致で可決された「世界文化多様性宣言」で謳われた“市場原理のみでは人類の持続的発展のために要となる文化多様性の保護と促進を保証できないので民間部門と市民社会の協力関係によって新たに公共政策の優越性を再確立しなければならない” という方針を補強するものである(参照/Unesco Short-News、http://www.unesco.or.jp/meguro/shortnews/221/221-1.html)。


同条約は米国の映画や音楽が世界を席巻するのを警戒するフランスとカナダが中心となって強力に推進した。米国は「同条約は人権と基本的自由の否定、国際貿易の妨げに悪用される恐れがある」と批判し、賛成した日本は米国に配慮しつつ日本が中心となって纏めた付帯決議を同日に併せて採択した。この付帯決議では文化多様性条約は他の国際協定に抵触しないとしている。


・・・・・以下、本論・・・・・



Lara Fabian - La Difference



Lara Fabian - Pas sans toi(I won't live without you)



Lara Fabian A Goettingen -Les annees bonheur



Lara Fabian -La difference



Lara Fabian - Je suis malade( I am sick )



Lara Fabian - Mistral gagnant



Lara Fabian - Aime (Love)



Lara Fabian - Adagio (live @ Edison Awards)



Lara Fabian  - Caruso (most powerful performance)



Lara Fabian - Evergreen



Lara Fabian - A WONDERFUL LIFE



Lara Fabian " Otro amor vendra"(Another Love)


●“ララ・ファビアンの雰囲気(空気)”と対比した“日本社会の異様な空気”(=“福田政権のブシャラフ化”現象)の詳細については、[下記記事★]を参照願います。


[★008-01-17付toxandoriaの日記/『悪徳の巣窟=ブシャラフ(Busharraf)政権』化するフクダ(Bukuda)政権、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080117]


●ここでは、ララ・ファビアンのプロフィールを少し詳しく見ておきます。最近、ララ・ファビアンがカトリーヌ・ドヌーブ(仏・女優)の若かりし頃に似ている、というご意見をよく聞くようになっています。実は、toxandoria自身は、そのことについて気づいていなかったのですが、たしかに、一瞬ですがカトリーヌ・ドヌーブ独特の上品で優雅な美しさのような空気を感じさせることがあるようです。例えば、下の画像は、映画『終電車』のころの最盛期のドヌーブの魅力を彷彿とさせます(画像はhttp://www.dailymotion.com/cluster/family/tag/radio+loveより)。


Lara Fabian
(http://limelight-274.static.dailymotion.com/dyn/preview/160x120/4910274.jpgより)
(http://limelight-545.static.dailymotion.com/dyn/preview/160x120/4096545.jpgより)


●周知のとおり、ベルギーはマルチリンガル(蘭、仏、独、英)の国ですが、ララ・ファビアンの母の出身地シチリア島も歴史的に見るとギリシア・ローマ・カルタゴフェニキア)・アラブなどの人種と言語の坩堝です。それに10世紀前後にはバイキング(ノルマン)やゲルマン(神聖ローマ帝国に属する人々)の血も入っているはずです。なお、ララ・ファビアンの父はフレミッシュ(フランドル=北ベルギー)系、つまりオランダ語系のようですが、なぜか彼女はフランス語で歌うことが主流となっています。しかも、彼女は、ごく幼少期にイタリアで育ったため最初にマスターした第一言語はイタリア語です。


●ララ・ファビアンはドイツ語のCD『Glaub(1988)』(最初のビッグ・ヒットとなったCroireのドイツ語版)も出しているので、文字通りマルチリンガルの活躍ですが、あるいはベルギーの言語問題が彼女の幼少期に何かトラウマのようなものとして影響したのではないかと想像でき、それを乗りこえたことが独特の魅力的でエネルギッシュなエネルギー源になっている可能性があるようです。ともかくも、今のララ・ファビアンは当時(上の映画『終電車』を撮ったとき)のカトリーヌ・ドヌーブとほぼ同年代へ近づきつつあり、ますます“魅力的な大人の女性”になっています。


●それにしても、ララ・ファビアンは千変万化のコトバがふさわしい位に雰囲気が変わるので、歌というよりも、まるで“名優の演技かドラマの一コマ”を観ているような気にさせられます。もっとも、You Tubeで見たり聴いたりするかぎり、そこでは新旧おり交ぜての画像がUPされているので、いろいろな年代のララ・ファビアンを同時(simultaneously)に観るという不思議なことになっている訳です。


●彼女は、同性愛や人種差別などをテーマとする『La difference』を世界的に大ヒットさせたように(日本では全く知られていません!)、シンガーソング・ライターとしてはれっきとした社会派の問題意識を持っており、その根本には“強烈な文化多元主義の意識と人類への普遍愛のような感情”が存在するようです。日本で発売された最新アルバム(CD)『ワンダフル・ライフ』のジャケットで、ララ・ファビアンは次のように語っています。・・・・・『人は誰もとても複雑な存在だと思う。でも、その一方で、同じことに夢中になり、誰もが人生の中で同じものを求めている。それがワンダフル・ライフ。素晴らしい人生を誰もが同じように求めている。ただ、それぞれ異なるのがその求め方であり、求める過程なのだと思う。』


●また、同じジャケットは『ベルギー人の父とイタリア人の母を持つララは、性格的にはイタリア人気質で、情熱的なタイプだという。子供の頃から、人が“愛”というものを蔑ろにしている(軽く見ている)ことに、ある種の怒りに似た感情を持っていたそうだ。だから、人一倍に“愛”を大切にしたいと思うがゆえに、ララ・ファビアンは傷つき、悩み、葛藤することも多かった。そういった経験から彼女の歌は生まれている。』と解説しています。


●ネット検索のヒット件数で見る限り、日本でも漸くララ・ファビアンの魅力的な歌が認識されつつあり、昨年10月頃とは様変わりです。しかし、フランス語をハートランドとするマルチ・リンガル歌手ララ・ファビアンは、残念ながら日本でブレークするまでには至っていません。一方、世界では文字通りのワールドミュージックとなっており、ファンの存在はカナダ・フランス・イタリア・ベルギー等欧米のみならず、トルコ・エジプトなどのイスラム圏、北アフリカ、ロシア、南米およびイスラエルシンガポールなどにまでという具合に、ララが起こした波動はますます広がりつつあります。


●これは、日本政府が“ブシャラフ政権(Busharraff=Bush + Musharraf)”とともに決定的な時代遅れとなりつつあること(世界における日本の立場の劣化現象、政界・財界・学界・官界らパワーエリートらの見識の劣化現象、その品性の下劣化現象)と、何か関係があるのかも知れません。それとも、大方の日本人は、未だに“本物の自律した「リベラル&多元文化( ≠ 自由原理主義 or Cult Religious Right(宗教原理主義) or Cult Charismatic Movement(正統宗教の宗教原理主義化))の空気」が怖いのでしょうか?あるいは品性が劣化した政治権力者らの『“サヨ”だ、“ウヨ”だ、“その筋”だ、“現ナマ”だ!』の恫喝に未だに怯えているのでしょうか?ともかくも、ララ・ファビアンはカトリーヌ・ドヌーブ(現在も映画&社会活動で活躍中!)と同様に、“只の美しい人”ではないようです。


(参考資料2)ララ・ファビアン関連


http://en.wikipedia.org/wiki/Lara_Fabian
http://www.larafabian.com/
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071016
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071105