toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

タレント型大阪知事選に潜む二つの疑問/無限責任原則の放置と主権者意識の崩壊


【画 像】


Albecht Duerer(1471-1528)『ヨハネの黙示録』(The Revelation of St. John/1497-98)

Woodcut 39 x 28 cm Staatliche Kunsthalle 、Karlsruhe


ドイツ・ルネサンス(ルターの宗教改革の時代にほぼ重なる)で最大の画家とされるアルブレヒト・デューラーは、当時のドイツでは最も人文主義的な雰囲気に満ちたドイツ・ニュルンベルク (Nuernberg)で金細工師の子として生まれており、その「時代の遥か先を見通す大天才の視線」には非常に鋭い力が秘められています。


第一回目のイタリア旅行(1495)で、デューラーは特にマンテーニャ(Andrea Mantegna/1431-1506/パドヴァ派の巨匠/意識的な遠近法の駆使と人間の肉体の解剖学的構成を詳細に描写した)の芸術に大いに感銘しています。


厳しい時代に生きた「デューラーの視線」は<悪徳・寄生政治家らの奢り高ぶり>、<政・官・財癒着の腐敗臭>、そして暴力団と寸分も違わぬ徒党・派閥による<利権を巡る暴力的政治の論理>などが、主権者意識が希薄な庶民層を蹴散らかしつつある現代日本社会の混迷を見通していたのではないかと思われます。


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[新・知事のマニフェストに隠れる“無限責任原則の放置”への疑問]


関西から遠く離れた地域に居住する筆者には、その“タレント知事当選のお目出度きこと”なるものは、いまひとつピンとこない出来事ですが、芸能タレント兼弁護士の若い立候補者(核武装など、むき出しのファスケス嗜好の片鱗が見え隠れする人物?)が圧倒的な無党派層等の大きな支持を得て大阪府知事選を制したようです。ちなみに、この候補者のマニフェストを調べてみると次のとおりで、このマニフェストの字面(じづら)から見る限り、これらの施策が全て実現できるなら大いに結構だと思います。


<注>「ファスケス」については下記記事を参照乞う


『軍需・防衛ビジネスの“偽装はげ落ち”で露出する現代日本のファスケス(内なるテロリズムの牙)』、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071024


【橋本氏のマニフェスト】(出典、http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200801/sha2008012803.html


(目標と挑戦)


(1)子供が笑う、大人も笑う大阪に
(2)人が集い、交わるにぎわいの大阪に
(3)中小企業が活き活きし、商いの栄える大阪に
(4)府民に見える府庁で、府民のために働く職員と、主役の府民が育てる大阪に


(17の重点事業)


(1)「出産・子育てアドバイザー制度」(仮称)の創設
(2)小児科・産科の救急受け入れ態勢整備
(3)妊婦の無料健診拡充
(4)乳幼児医療補助の拡充
(5)不妊治療費補助の拡充
(6)駅前・駅中に保育施設の整備を促進
(7)子供のいる若い夫婦への家賃補助制度の創設
(8)障害者や高齢者への公共公益活動を支援
(9)大阪府内の公立小学校などの運動場芝生化
(10)大阪府内の全公立中学校への給食導入
(11)安全な地域づくりをめざし防犯カメラ設置を支援
(12)大阪府内で冬季イルミネーションイベント実施
(13)石畳と淡い街灯の街づくり
(14)中小企業活性化の大規模コンベンションを開催
(15)大阪活力アップのため知事のトップセールス
(16)出資法人の抜本的な見直し(福祉などセーフティーネットは除く)
(17)府立施設、府の事業で必要性のないものは民営化・売却


しかしながら、現実には下(●)のような大阪府の深刻な財政実情等があり、このように深刻な“金融経済・社会システム・人間心理の三方に取り付いた業病”の健全化を図りながら、『NHKドラマ・ちりとてちん』のような“お笑いと温かな人情に包まれた大阪の街”を短兵急に実現することが非常な困難を極めることは火を見るよりも明らかです。


大阪府の債務残高=約4兆3000億円(平成10年以降は9年連続で実質収支の赤字が続行中) → 財政再建団体へ転落する危機へ接近中


大阪府完全失業率=5.86%(全国平均=4.2%/平成18年6月〜8月・期の平均、厚生労働省労働力調査資料より)


大阪府生活保護率=北海道(20.5%)・福岡(19.8%)に次いでワースト順位3番目(2004年度)=16.3%(出典、http://www2.ttcn.ne.jp/~honkawa/7347.html) → 生活保護世帯数の増加は止まらない状態が続いている


●高齢者・障害者等の対弱者福祉が劣化しており、救急患者のたらい回しも頻発中


●全国学力テスト・都道府県別平均正答率=小・中学校とも全国45番目(2008年・秋のデータ)


直感的な物言いとなるかも知れませんが、これらの問題の深奥には個人の借金における『無限責任原則』の問題が影を落としていると思われます。“百年以上前にできた古い民法上の観点から、個人に対して「借金に関する無限責任の原則」が徹底的に追及される”という日本の「非人権的」な現実です。かつての小泉政権下における「巨額の不良債権のハードランディング処理」や「商工ローンの連帯保証人問題」などで凄惨な自殺者が多発したことは周知のとおりで、今もこの種の悲劇は後を絶ちません。


余談ながら、渦中の米国のサブプライムローンでは、仮にローンで買った不動産価格が下落して差し押さえられた物件を競売にかけ、その売却額がローンの残高に満たない時には、その差額が免除されるノン・リコース・ローンが普通です。つまり、アメリカでは利用者(債務者)の「生存権」(=基本的人権の根本)を守るため、多くの州法では“住宅ローンはこの「ノン・リコース」でなくてはならない”という条件が定められています。”このように、欧米における『無限責任原則』は一定の法的制限の条件下に位置づけられているのが普通です(参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071126)。


聞き及ぶところによれば、このたび大阪府知事に当選したタレント・弁護士でもある新知事は、「(a)サラ金商工ローン等」の顧問弁護士として(=債務者個人の無限責任を法的にトコトン追い詰める役割等)の業務上の経験が豊富であるようですが、「(b)生活保護世帯・失業者・自殺者等」の社会・生活関連フィールドと「サラ金商工ローン利用者」のフィールドがある程度オーバーラップすることは当然です。しかも、言うまでもありませんが、この両者(aとb)の立場は、まるで“水と油”のごとく立場が異なり、その利害は対立します。


つまり、“サラ金商工ローン等の守護神(顧問弁護士)の経験がある知事の登場”によって、これらノンバンク等の利用者(債務者)の「生存権」(=基本的人権の根本)がますます軽視されることは必然で、これに大阪府における凡ゆる場面での「不良債権のハードランディング処理」(公権力的踏み倒し等)の各方面への連鎖・波及の本格化が重なると、自殺者等の悲惨な非人権的事件の更なる多発が予想されます。


一説によれば、<政財界と司法・法曹アカデミズムの利害の一致>から、このように非民主主義的、非人権的な民法上の原則が未だに罷(まか)り通っているということのようですが、ここには我が国の民主主義が未だに“未熟で貧困で野蛮なレベルに甘んじている”(=国民の生命・財産を二の次として、国家・自治体・大企業の“生存権”を優先している)ことがリアルに表れています。


従って、この観点からすれば、これから新・タレント知事が大阪府民の「生存権」の問題へどのように「具体的にアプローチする」ことになるのかを、大阪府民は十分に注視すべきだと思われます。そして、蛇足ながらもサラ金商工ローンの債権回収の世界は『お前の腎臓を一つ売って直ぐカネつくれ!』の世界、つまり、恐るべき“クソ・リアリズム金融道”の世界であることを想起すべきです。



[大阪府民の“主権者意識の崩壊”を見過ごすマスメディアの無責任への疑問]


産経新聞朝日新聞等の報ずるところによると、今回の大阪知事選での投票関連のデータ(概数)は下記のとおりです。この数字を見て、なんら“大阪府の民主主義の異常性”を感じ取ることができないのは、そのこと自体がとても異常なことです。


(当)橋下 徹(1,832,759)熊谷 貞俊(999,054)梅田 章ニ(518,400)高橋 正明(21,955)
杉浦 清一(20,030)合計(3,392,198)
投票率=48.95.%% 棄権率=51.0% 有権者数=6,929,924 棄権者数=3,537,726 
当選者得票率=54.0% 


メディア一般の論調では、今回の大阪知事選は、過去の実績データと比べると、過去最低だった前回(2004年)の40.49%から8.46ポイントも投票率が上昇したとして大いに評価する分析が多いようであり、しかも、その原因が候補者のタレント性にあると見做しています。これは、驚くべきほどノーテンキで無責任なジャーナリズム感覚です。


一般に投票率60%未満の選挙が、その正当性を疑われるというのは統計学上の常識であり、本来であれば再投票の対象となるべき結果です。例えば今回の場合も、仮に棄権者総数の約1/3が熊谷 貞俊氏へ投票したとすれば当落は逆転してしまいます。


ついでながら、今回のようなタレント候補をめぐる異様な熱狂で無党派層の多くの有権者が、そのタレント候補へ一気に雪崩れ込むという現象は明らかに、あの「小泉劇場」の再現です。そして、「小泉劇場」が使った手法こそがヒトラー流の『政治の美学化戦略』(=弱者のルサンチマンを集団恍惚催眠(集団オルガスムス/Kollektiv-orgasmus)的に利用する戦略)です。


それは、意図的に「改革派」と「抵抗勢力」の対立構図を創出し、タレント性のある候補者へ弱者層のルサンチマン(怨念の情)を糾合して(自らの方へ引き寄せて)異常なまでの高い支持を集めるという、あの手法です。しかも、そこで留意すべきは、この弱者層のルサンチマン意識が、実は、「親方日の丸意識」(利権構造の主である権力者側への隷属願望意識=常に“強く太いもの”に巻かれていたいと願う他律的な意志)と親和力が大きいという現実があることです。別に言うならば、それは、おおむね過半の庶民層は他力本願的で意志薄弱なものだということです。


従って、それは決して大阪府だけに限ったことではありませんが、「残酷なほどの劣化」を日本社会へもたらした根本は「IT革命による凡ゆる業務の平準化、グローバル市場経済化(=経済のマネーゲーム化)、誤った自己責任論(公正・公共意識の放棄=異常分配システムの放任)」であることは明らかです。そして、そこでは獰猛な<格差拡大の牙>が弱者層、若年層、そして高齢者層を狙い撃ちしています。しかも、問題はそれに留まらず民主主義の基盤たる中間層の破壊も着実に進んでいます(無貯蓄世帯の割合が1/4→1/3へ接近中)。


●日本の総雇用者数6,400万人の約34%(2,200万人)が年収200万円以下へ転落
・・・実に日本の総勤労者数の1/3強が「年収200万円以下」となっており、その殆どは20〜40代の非正規雇用者(パート、アルバイト、派遣社員など)と重なる。


●日本全体の107万に及ぶ生活保護世帯数で高齢者世帯が占める割合は約44%(しかも、これは拡大傾向!)


言うまでもなく、このような「日本の悲劇」の始まりは「大衆迎合的かつセックスアピール過剰で卑猥な小道具類を活用した小泉劇場」(“竹中チーム”に導かれた!/参照、http://pokoapokotom.blog79.fc2.com/blog-entry-557.html)であり、その“乱痴気騒ぎの大混乱の結果としての国民への皺寄せ”が「小泉→安部→福田」と殆ど無反省に受け継がれてきたことは周知のとおりです。


このような観点からすれば、今回の大阪知事選の結果(事実上の“民度の劣化促進”→“大衆と弱者層をカモにした政治の美学化戦略”の大成功!!)は、再び日本の国政における「小泉劇場の再現」の可能性を予感させて不気味です。


例えば、目下、議論されつつある『ガソリン税道路特定財源)の矛盾の追求』(欧米諸国の自動車道路整備関連予算が日本の数分の1以下の規模であるという根拠などリアルな海外事情との比較データ等が明らかにされつつある → 参照、http://luxemburg.blog112.fc2.com/blog-entry-49.html)、『防衛疑獄政界ルートの追及』、あるいは『特別会計の闇の追求』などが本格化し、いよいよ数十兆円規模の国家的浪費(法外な猫糞&無駄遣い=国民を欺く裏金づくりシステム)に群がる政・官・財等の悪徳な腐敗利権構造(埋蔵金埋立・秘匿構造)が攻め立てられたとき、姑息な<国民一般への恫喝とヒトラー流・政治の美学化戦略(=弱者のルサンチマンを集団恍惚催眠(集団オルガスムス/Kollektiv-orgasmus)的に利用する戦略)>が腎虚・老化した連立与党によって再演される恐れがあります。


ともかくも、このような意味で、今回の大阪知事選の結果については“民主主義の根本についての真に異様なファクターが大阪府のみならず日本国内に潜んでいること”を二つの<大いなる疑問>として見据えておくべきだと思います。