toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

サンチャゴ・デ・コンポステラの残響/[0次情報]VS[2次情報]のディスクール希薄化への警鐘

toxandoria2008-02-10



【画像】サンチャゴ・デ・コンポステラの大聖堂・遠景(ウイキメディアより)





Georges Moustaki - Lo straniero



Ornella Vanoni - In questo silenzio


<注記>この表題の用語は、下記の意味◆で使っています。


◆0次情報=リアリティ、つまり生身の人間が生活している生態系、現象界、社会、世界そのものでの共通認識的なリアリティのこと。


◆2次情報=広義のヴァーチャル・リアリティのこと。つまり「0次情報」を映像、言語などで記録化、具象化または抽象化したもの(一般的には1次情報と表現するが、ネットでのキーワード検索がメジャーになるなど、我々の日常・社会生活が加工度の高い情報に頼らざるを得ないという現実を鑑みて、敢えて2次情報とした)。


ご周知のとおり、サンティアゴ・デ・コンポステラ(Santiago de Compostela)はスペイン北西部ガリシア自治州の首都で、聖ヤコブの遺骸が祭られているため古くからローマ、エルサレムと並ぶカトリックの聖地です(画像はhttp://www.ivebeenthere.co.uk/places/spain/santiago-de-compostela/より)。


12世紀に書かれた「聖ヤコブの書」には“我がむくろはガリシアにあり”の聖ヤコブの託宣をシャルル・マーニュ(カール大帝)が受けたことでヤコブの遺骸が発見されたと書かれています(画像はhttp://www.jeandre.nl/Engels/Pelgrim%20info%202.htmより)。



11世紀頃がサンチャゴ・デ・コンポステラの最盛期であり、その頃の巡礼者数は年間で約50万人ほど、そして現在もほぼ同程度の巡礼者数とされているようです。なお、“ホタテ貝”の図像が聖ヤコブの象徴とされています(画像はウイキメディアより)。


当記事は、<toxandoriaの日記>へコメントを頂いた“argonさま”の三ヶ月間に及ぶ<サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼記>のご案内を兼ねて書きました。無論、当記事のモチーフである「『0次情報』VS『2次情報』(1次情報も含む)ディスクールの希薄化への警鐘」の発見は、“argonさま”から今まで頂いたコメントと<サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼記>から啓発を受けて書くことができたものです。


多くの画像と貴重で感動的な体験記から構成されたドキュメントです。下記のURL★から入って、ご一読ください。


★0『アルゴン探検隊の極西紀行(サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼記)0』、http://santiargon.exblog.jp/6857158/


★1『アルゴン探検隊の極西紀行(サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼記)1』、http://santiargon.exblog.jp/


★2『アルゴン探検隊の極西紀行(サンチャゴ・デ・コンポステラへの巡礼記)2』、http://santiargo.exblog.jp/7868370/



・・・・・以下、本文/[2008-02-09付・toxandoriaの日記、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080209]へのコメント&レスの転載です・・・・・


argon 2008/02/09 23:42 toxandoriaさま。


実は、昨年の9月から12月までの3ヶ月間、サンティアーゴ巡礼路を歩いてきました。直接、言葉を交わした人だけでも二十数カ国に上るような、普通では決して経験できないような旅でした。


> これらの原作と映画には、直接的なモチーフとはなっていないものの、どうも考古学、歴史、美術史(美学)などの気配が充満しているようであり、その奥底に は、ケルト的古層のイメージのようなものが染み込んでいるのではないかと空想しております。また、それは現代のEU欧州連合)という独特のポリアーキー 型統治システムの基盤イメージに繋がるものがあるのではないか、とも思っています。


と、toxandoriaさまの書かれたことをそのま ま体験する日々でした。とりわけ、極めて限定された条件のもとだからこそのことにはちがいないのでしょうが、まさに善意と好意の固まりになったような人た ちとしか会わなかったために、EUというシステムの美徳だけが痛感される日々でもありました。日記をブログとして公開しておりますので、よろしければご笑覧下さい。(http://santiargon.exblog.jp/



toxandoria 2008/02/10 12:09 argonさま、


「アルゴン探検隊の極西紀行」(http://santiargon.exblog.jp/)のご案内ありがとうございます。


サンティアーゴ巡礼路は憧れですが、なかなか実現できずにおりますので、これから楽しみにジックリ読ませていただきます。


まず、全体の画像ををブラウジングして目に留まったのは『ヨーロッパ各国からのルートが刻まれたブロンズ板(11.19)』で、この巡礼ルートの総体がカバーする領域が、ソックリそのまま「拡大EU」のイメージに重なっていることに驚きました(画像はhttp://www.deleri.ec.europa.eu/より)。


やはり、この二つの領域の深奥では、現代的な意味での“情報”とは異なる深層的・潜在的なもの、別にいえば“言語以前のアーキタイプに相当する何物”かが共有されているような気がいたします。


欧州のみならず日本でも同じでことすが、古い時代の城郭・寺院建築などを訪ねていつも感ずるのは、その「存在感の圧倒的なインパクト」(オーラ?)です。


そ して、次に思い知らされるのは、それを構想した謙虚な人々の信仰心の大きさ、そのイメージを創造した人の天才ぶり、堅牢なデザイン力と卓越した構想力、お よびその実現の基盤となった莫大な財政力(財政基盤)と建設に動員された数多の無名の人々の労働力(エネルギー)の物凄さなどです。


つまり、それこそが壮麗で美しい建造物がオーラを発する訳だと理解しています。そして、それは又、その建造物ができるまで、実際に塗炭の苦しみや痛みに耐えつつ喜怒哀楽の人生を背負って生き抜いた人々の歴史の賜物であるとも理解しております。


この意味での“歴史的リアリティの総体”が圧倒的なインパクトや壮麗な美の感動となって鑑賞者を襲ってくるのだと思います。


過 日、NHKの某歴史番組に出演したドナルド・キーン氏が『庶民層の文盲率を基準に考えれば、幕末頃の日本の文化・文明度は欧米よりも遥かに高かった』(当 時の文盲率は欧米5〜6割、日本2〜3割との推計が根拠)というようなことを述べておりましたが、案外、このことが「近代日本の増長化」を助長したのでは ないかと思います。


例えば、ナチス型の軍国主義(侵略による生存権の拡大路線)へ暴走したことはもとより、明治期における「廃仏毀釈の蛮行」の謎もこの辺にあるのではないかと思っています。


残念ながら、ドイツとは異なり、このような意味での「日本の傲慢(高慢)な傾向」はポスト第二次世界大戦でも根本的には変わっておらず、現代日本の底知れぬ混迷とドロ沼化(暴走するネオリベと精緻に偽装された極右的な歴史観の共鳴(追憶のカルト現象)などの元凶ともなっているようです。


つまり、それは情報リテラシー能力=情報収集・情報分析力が下手に優れているが故の「傲慢さの暴走」ということでしょうか。


別に言うならば、それは、我々がヴァーチャル・リアリティに溺れるあまり「人間と歴史のリアリティ」が見えなくなっているという一種の社会病理的現象ではないかと思います。


日本政府そのものが、つまり「情報リテラシーの高度化」(国家的な高度情報化戦略=e−japan戦略、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/kettei/010122gaiyou.html)がリアルな意味での「文盲率」を逆にドンドン高め、その結果として健全な民主主義意識の劣化を促進するという<逆説の罠>に嵌っているように思われてなりません。


ともかくも、文化遺産・歴史遺産・地域文化などは、このような観点から見直すべきではないかと思っております。


『ヨーロッパ各国からのルートが刻まれたブロンズ板(11.19)』から、また単純な連想をしてしまい大変失礼いたしました。


今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。