toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

タレント政治家、利権・寄生政治家、サルコジ、イザボー・ド・ヴァビエールらに漂う“妄想政治”の異臭


The“みちぶしん”?

(当画像はhttp://tp11417741.moe-nifty.com/blog/cat6411756/index.htmlより拝借しました)


<注記>当記事の内容は下の記事★と関連がありますので、是非こちらもお読み願います。


★[2008-02-22付toxandoriaの日記/道路特定財源で“ケ・セラ・セラ!”へ舵を切る“福田・恍惚内閣”亡国のエクスタシー]、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080222


去る1月30日の衆議院総務委員会での道路特定財源に関する討論で、民主党逢坂誠二氏(元・北海道虻田郡ニセコ町長)が『新しい道路ができて衰退した地域も、よくなった地域もある。宮崎の道路は、中期計画で6,470億円かかる。道路も大事だが、医療・教育・安心安全にもお金をかける必要がある。地方の窮状と道路が必要なことも分かるが、今までのやり方の延長では地方の方々が望む道路整備はできない』と、全国どこの地域にも通じる正論を冷静に主張したのに対し、東国春・宮崎県知事は『宮崎県民はズーッと税金を払い続けてきたのに未だに何もできていない。まずは特定財源をきちんと確保しないと、道路はできない』と一種の“妄想に基づく見解”を主張し、その後も同じ“妄想”を繰り返すばかりであるにもかかわらず、各メディアは、このタレント知事のパフォーマンスを面白おかしく伝えようと必死です(関連参照、http://shopworld.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_d149.html)。


ともかくも、元タレントとしての東国春・知事の知名度は高く、当然ながら、メディアにとってもこの知事の存在は使い手がある“貴重な商品”なので、その東国春・知事の言動を小まめにフォローし頻繁に報道し続けることになるため、宮崎県民が道路を切望しているというイメージだけは着実に全国民の意識の中に沈殿して行きます。が、宮崎県に限らず高規格道路未整備の都道府県は未だまだ多数存在するわけであり、むしろ、問題は長すぎる時間の中で“なぜこのようなマダラ模様になってしまったのか”という疑念があることです。しかしながら、この点については政府も国土交通省も明快で合理的な説明ができません。一方、2月19日付の各報道によれば『政府が道路整備中期計画で整備方針を決めた高速道路など“高規格道路(2,900km)”の2/3に相当する約1,850kmは国幹会議の審議なしでなし崩し的に建設できる』ことが明るみに出ました。これは、道路特定財源のチンケな流用、あるいは同財源の流用による“国土交通省版・ゲッペルスプロパガンダ・ミュージカル(みちぶしん)”以上に悪質な“国民騙しのトリック”です(当プロパガンダ・ミュージカルの詳細については下記記事★を参照乞う)。


★2008-02-17付toxandoriaの日記/「道路特定財源」流用のプロパガンダ・ミュージカルで「山師の玄関」化する日本、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080217


東国原・知事は、2月19日に行われた「管直人民主党代表代行との道路特定財源に関する公開討論会」でも『都市部から道路が整備されて、地方の番になった。そして一般財源化、暫定税率を廃止する。自由裁量権でおつくりください。これではどうも信用性に欠ける。国交省に私は文句を言いたいですよ。どういう優先順位をつけてきたのか、私も問いたい。でも、まずは特定財源をきちんと確保しないと、道路はできない』という主旨のことを主張していました。しかし、一部に“利権政治家(利権顔(ヅラ))のアナウンス効果を高めるため、国交省は戦略的にワザと一部分を外して「高規格道路の過疎地」をつくってきた”という見方があることも頷けます。


この観点からすれば、タレント知事の広告塔(及び一般国民の洗脳ツール)としての利用価値は利権顔(ヅラ)の悪徳政治家たちにとって非常に大きいものとなる訳です。そして、それ故にこそ、この芸能タレント知事の一連の言動から『全国民が共有すべき公共意志』についての観念が彼の心の中で基本的に欠落しているということ、言い換えれば、その政治意識の軽薄さがハッキリ見えてきます。つまり、それは、たとえ今が現代民主主義国家であっても、封建制下あるいは絶対王政下での“暴政時代”と同様に『中央権力と特定一地域(住民)との間における安易な“馴れ合い談合”』などは、いとも容易く中央権力側の一方的都合によって改竄され、足蹴にされ、あるい始めから無かったことにすらされる、というリスク可能性(=一種の民主主義の赤字)の存在という、政治というものの冷徹で酷薄なリアリズムを前提すべきだということです。政治への“情熱”と“パラノイア型の情念”を持て囃すだけの民主主義は、あまりにも無防備で危険過ぎます。


The Bigshot?
(この画像はhttp://blogs.yahoo.co.jp/brusselhaiitokoro/32721485.htmlより拝借しました)


<補足>サルコジ大統領は、急激な支持率の低下に苛立っていたのか、2/23にパリで行われた毎年恒例の農業イベント会場で手を差し伸べた相手から「触らないでくれ、汚らわしい!」と言われたため、笑顔のまま「消え失せろ、ばか野郎!」(Casse toi Pauvre Con !/直訳すると、恐ろしく下品なコトバになる)と答えたため物議をかもしています(情報源:2/25ヤフー=ロイターhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080225-00000785-reu-ent)。



さて、女優(兼)歌手(兼)モデルのカーラ・ブルーニと新婚アツアツの仏大統領ニコラ・サルコジ氏は、2月5日付・読売新聞(ネットニュース)が報ずるところによれば“ハネムーンより仕事だ!、支持率低下(「支持する」41%、「支持しない」55%で、昨年5月の政権発足以来初めて不支持が支持を大きく上回った)で異例の宣言”という次第になっているようです(参照/関連ブログ記事、http://plaza.rakuten.co.jp/whatman/diary/200802050000/)。この状況に先立ち、サルコジ氏は、来年から5チャンネルある仏国営テレビからCM(仏の公共放送は番組間のCMが認められており、全体の約3割がCM収入)を排除する法律を準備中で、国営テレビのCM廃止についての議論も沸騰しているようです(この問題は別途に取り上げる予定)。


ところで、その本当の意図は良く分かりませんが、サルコジ大統領は『フランスの厳格な政教分離』の根本となる「ライシテ」に定義上の変更を加えることで、グローバル&多元化する世界文化の潮流の中で劣化しつつある(と見なされる)フランス社会の活力を再構築するという野心を持ち続けているようです(この関連動向の詳細については、下記ブログ記事★を参照乞う)。


★ね式世界の読み方:2月14日の呼びかけ:共和国の警戒(翻訳)、http://neshiki.typepad.jp/nekoyanagi/2008/02/post-d94f.html


★ね式世界の読み方:2月14日の呼びかけ:ル・モンド社説:君子の行為、翻訳/君子の行為 / Fait du prince、http://neshiki.typepad.jp/nekoyanagi/2008/02/edito-du-monde-.html


★フランス落書帳、http://naoparis.exblog.jp/993086


★KIYONOBUMIE:サルコジ氏、ライシテ、「市民宗教」(アンリ・タンク)、http://d.hatena.ne.jp/kiyonobumie/20080207


ここでは、「ライシテ(laicite)」の定義に関する基本と、toxandoriaが感じている“マッチョなイメージのサルコジ現象”についての素朴な懸念を纏めておきます。ライシテは、現代フランスの「政教分離の原則」を表わす言葉ですが、この言葉が現れたのは1870年代の初めころからとされています。「人権宣言」(1789)が書かれた後のフランスの政治体制は、18〜19世紀をとおして共和制、反動体制、復古主義、帝政、共和主義・・・と言う具合で目まぐるしく紆余曲折と堂々巡りを繰り返してきました。そして、これは概ね最高政治権力をめぐる王党派と共和派の揺り戻しと暗闘の歴史でしたが、その根底では、常に「キリスト教カトリック)」と「政教分離の原則」の対立軸が複雑に絡んできました。


このプロセスの終わりの頃、つまり1870年代(第三共和制の時代)になり、漸く“政教分離の原則に基づく政治と宗教の具体的なあり方を規定するもの”としてライシテ(教会権力に対する“世俗的な・俗人の”を意味するlaiqueを名詞化してlaiciteとした)という言葉が造語されました。ここで意図されたのは、フランス国内で政治と宗教が対等に共生・共存することであり、未だその頃は外国から入って来る移民の問題は想定されていませんでした。そして、このライシテが初めてフランス共和国憲法の中に現れるのは、パリコミューン(1871)後に制定された第三共和国憲法(制定1875)が、1884年に改正された時です(それから約20年後の1905年12月9日に「政教分離法」が制定)。


つまり、ライシテは宗教からの独立性を表わす意味での「公共」をあらわす言葉であり、国家体制と市民の公共空間から一切の宗教性を排除することで、逆に市民個人の私的空間の信教の自由を保障するという考え方です。そのため、このライシテは、その後の移民同化政策などの支えともなってきた訳であり、英米における世俗宗教共存型の“政教分離の原則”、あるいは日本の妙にモヤモヤしたものとは異なる「厳しい定義」であり、特に、小泉首相靖国神社参拝問題などが現実に起こるような「御上が下賜する日本型の公共」とは対極にある概念(市民革命で勝ち取った)だと考えられます。


上に挙げたブログ記事、『ね式世界の読み方:2月14日の呼びかけ:ル・モンド社説:君子の行為、翻訳/君子の行為 / Fait du prince』などの最新情報から感じるのは、サルコジ氏がかなり「パラノイア型政治」の傾向が強い人物ではないかということです。喩えれば、米ブッシュ大統領、あるいは小泉・前首相、安部・前首相らのような我が国のプロ政治家の中でも時折見受ける、幼児性を引きずる自己溺愛タイプの人物、あるいは今の日本でメディアに無条件で持て囃される東国春・宮崎県知事、橋下・大阪府知事らのように、やはりナルシスト傾向と自己顕示欲を併せ持つ芸能タレント政治家も同類です。無論、ヨーロッパの絶対王政時代まで遡れば、このジャンルの“人材(国王ら)”は五万と存在します。そして、近・現代史の中で典型的な同類の人物はといえば、それはナチス・ドイツヒトラー総統です(“ヒトラー現代日本政治の共鳴現象”については、下記記事を参照乞う)。


★2008-02-14付toxandoriaの日記/シリーズ/異臭漂う日本型軍事利権が助長する『民主主義の赤字』(2)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080


ともかくも、ここで我々はフランスの「政教分離の原則」がフランス(というよりもヨーロッパ中央部)の歴史経験を十分に踏まえて形成されたものであることを思い出しておくべきです。フランス宗教戦争ユグノー戦争/1562-98)の最中に改革派南部諸侯のリーダー格であった、ナバール王アンリ・ド・ブルボン(ブルボン王朝の創始者)がフランスの王位継承者と認められますが、その新フランス王アンリ4世はカトリックに改宗しています。そして、この時、慧眼と優れた政治的センスで知られるアンリ4世には十分過ぎるほどの計算があったことが窺えます。その後、ナントの勅令(Nantes/1598/国王軍の勢力が強い地域で改革派流の礼拝を認めた)→ブルボン王朝の隆盛→アンシャン・レジーム(Ancien-regime)→フランス革命(1798〜)の流れを経て、やがて、既述のとおり1870年代(第三共和制の時代)になり徹底したフランスの「政教分離の原則」の根本となるライシテの観念が結晶する訳です。そして、見方しだいではありますが、その徹底したライシテの「公共」が眼目とするのは「パラノイア型政治権力」の排除ということです。


もっとも、更にヨーロッパの歴史を遡れば、その発端はともかく、それが終盤を迎えた時に決定的な「パラノイア型政治」に牛耳られたという意味で注目すべき歴史があり、それこそ「近代ヨーロッパの基盤」を形成したとも見なすことが可能な出来事です。つまり、それは、近・現代的なフランス語と英語の成立期にほぼ重なるとも見なすべき時代に起きた「百年戦争(1338-1453)」のことです。その発端は、おぼろげな「国民国家意識の芽生え」と「ゲルマン法の頚木(サリカ法典)」の対立から生じたフランス王位継承問題にイングランド国王エドワード3世が介入してきたことです(厳密に言えば、未だ国家としてのイギリスは存在せず、フランス王位の継承問題のみが存在したと見なすべき)。そして、この戦争の終盤に登場するのがフランス王シャルル6世の王妃であり、シャルル王太子の母であるイザボー・ド・ヴァビエール(Isabeau de Baviere/ca1370-1435/父はドイツ、ヴィッテルス・バハ家のバイエルン公シュテファン3世)です。


イザボー・ド・ヴァビエール(発狂したフランス国王シャルル6世の妃/パーティに殆ど全裸に近い姿で現れるなどナルシシズム的な奇行があったため、対立派から淫乱王妃と呼ばれる)は、イングランド王ヘンリー5世に娘カトリーヌを嫁がせていました(事実上の英仏連合王国)が、その子供(後のヘンリー6世)を英仏両国を統べる国王とするという「トロワ条約(traite de Troyes/1420)」を夫の名で結ばせる画策を密に手当てします。また、これに先立ちシャルル6世が発狂すると、その王の弟オルレアン公と深い関係を結び、ブルゴーニュ派VSアルマニャック派対立の一因をつくりますす。1417年にアルマニャック伯にパリを追放されると、今度は、公然とブルゴーニュ公ジャン無怖公(フランドル女伯マルグリットの長男)と関係を結びました(画像はウイキメディアより)。


やがて、フランスのシャルル6世とイングランドのヘンリー5世が、ほぼ同時期に死ぬと、シャルル王太子(後のシャルル7世)の姉であるイングランド王妃カトリーヌ(イザボー・ド・ヴァビエールの娘/王子の執政)は、未だ2歳に満たない王子をイングランド王ヘンリ−6世として即位させ、同時にフランス国王であることも公布します。王太子シャルルは1422年10月30日にシャルル7世を名乗り、ブールジュでなおも抵抗を続けました。しかし、イングランド王妃カトリーヌとシャルル7世の母イザボー・ド・ヴァビエールは、シャルル王太子が実は王シャルル6世の子ではないことを示唆したため、それ以降のシャルル7世は、自分が正統な王の子ではないのか、あるいは狂人シャルル6世の子なのかと悩み通すことになります。


無論、このように野蛮で厳しい時代を現代の民主主義社会と同一視することはできませんが、王権という最高の政治権力が閨房・閨閥・婚姻というきわめてプライベートな人間関係の密着の中から生まれているという現実(リアリズム)を注視すべきです。つまり、現代の民主主義社会における世襲型・寄生型政治の原型がここにあるのです。特に、このような観点から現代日本における世襲型政治家や利権型政治家(利権顔(ヅラ))の、まるで納豆が糸を引くような粘着型の増殖・繁栄の本質(=閨房・閨閥型あるいは擬似閨房型の人間関係&密着型センチメントの活用傾向)を見据えておくべきだと思います。が、それはともかく、もう一つ見逃すべきでないのが仏サルコジ大統領のメディア操縦型&私的ネットワーク重視型(公私混同を当然視しつつ利害関係が深い特定経済人らとの関係の密着化と深耕を図る)の政治手法です。これにメディアへの過剰なまでのプライバシー露出趣味を加味すると、やはり、その精神環境の奥底には強烈なナルシシズムと癒着した「パラノイア型パーソナリティ」の潜在が窺えます(画像はhttp://hackhell.com/showthread.php?t=142214&page=15より)。


直感的で乱暴なもの言いとなるかも知れませんが、冒頭に掲げたパパラッチ撮影風のサルコジカップルのビッグショット画像『The Bigshot?』(無論、これがヤラセ撮りの可能性は十分あります)は、そのナルシシズムパラノイア傾向を最も的確に映し取っているように見えてしまいます。いずれにせよ、ここで取り上げた「タレント政治家、利権顔(ヅラ)政治家、ニコラ・サルコジ、イザボー・ド・ヴァビエール」らには、何やら摩訶不思議な“パラノイア型政治の異臭”のような空気が漂っていることは確かであり、そのような『異臭を発する空気』から最も遠くにあるものこそ、現代民主主義国家に生きる国民(一般市民)が最も重視すべき「公共の観念」(フランスで言えばライシテ)であり、それを前提とする「政教分離の原則」であることは間違いなさそうです。


このように見てくると、紛れもなく『軍需利権型の産業・生産活動』(この問題の詳細は下記記事★を参照乞う)が世界経済の牽引役となっている現代のグローバル市場経済の時代において、このようなパラノイア型のタレント政治家と利権顔(ヅラ)政治家らが高慢なデカイ顔でのさばり、本来のジャーナリズム精神(批判精神)を忘れた大方のマスメディアが、それら傲慢なタレント政治家と利権顔(ヅラ)政治家の顔色を窺うばかりの“彼らとソックリの慇懃無礼なエヘラエヘラ翼賛ヅラ”で大いに迎合し、利権顔(ヅラ)らが投げ与えるコマーシャリズムの蒔き餌に釣られた挙句、本来の商売道具であるはずのジャーナリズムとしてのバランス感覚を決定的に失い、彼らの異臭漂う汚れた尻尾を追い掛け回すばかりという無様な「芸能型パパラッチ・ビジネス」(極論すれば、落穂拾いの乞食型ジャーナリズム稼業)に取り憑かれている今の日本は、まさに「民主主義の危機」の最中にあると見なすべきです。


★2008-01-14付toxandoriaの日記/異臭漂う日本型軍事利権が助長する『民主主義の赤字』(1) 、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080114


★2008-02-14付toxandoriaの日記/異臭漂う日本型軍事利権が助長する『民主主義の赤字』(2)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080214


つけ加えるなら、これら「ナルシシズムorパラノイア利権顔(ヅラ)」らがのさばる政治に必ず付き纏うのが「国家規模の大惨事の発生」という現実があることです。それは必ずしも「大戦争」が起こるという意味ではなく、例えば、「小泉偽装劇場」による悲惨な格差拡大現象、「安部の美しい国」による日本社会の極右化、そしてマイノリティと弱者虐待の拡大などを考えれば分かるはずで、その典型こそがヒトラーによる「ナチス・ドイツの悲劇」です(画像はhttp://marble.tarenari.jp/ghost/show/77より)。


それは、このタイプの政治の登場人物は必ず「エキセントリック・キャラクター」(殆どカルトに近い!)の持ち主であり、その“エキセントリックの程度”が高じた時に彼らを襲うのが「海上自衛隊イージス艦・こんごう」が起こした『悲惨な漁船との衝突事故』で推定される原因(集合的記憶障害症状or集団恍惚催眠現象(コレクティブ・オルガスムス)?)ではありませんが“重篤な無自覚症状”という深刻な事態です。そして究極的に、それは“自らの神格化”という恐るべき症状に至ります。[ 2008-02-17付toxandoriaの日記/「道路特定財源」流用のプロパガンダ・ミュージカルで「山師の玄関」化する日本、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080217 ]で引用したシュピーゲル誌の『ヒトラー回顧・分析記事』から、この深刻な事態に関連する部分を下に転載しておきます。今、福田政権下での政治的な混迷度の深まりを理由に、一部の有力新聞の中には未だに国民の人気度が高い「小泉劇場の再登板」を期待する声が高まりつつあるようですが、このような観点からすればそれは危険極まりないことです。ジャーナリズムともあろう者が安易に「神懸りの助け」を求めるべきではありません。それどころか、今こそ、現在の『カルトが寄生した神懸り政府』の病状が、これ以上に悪化せぬよう批判の眼を凝らすべき時です。


(宿命的なナルシシズムの果てに)


●大衆がヒトラーに示した「高い支持率」は、彼に限りないほどの尊大さを与えるとともに、ドイツ国内のあらゆる部門におよぶ独裁的な政治権力をも彼に与えてしまった。また、それは、政治家としての出発時点からヒトラーが妄想的に抱えてきたイデオロギーを完成する助けとなった。そのイデオロギーの内容とは「ユダヤ人の排除」と「生存圏の拡大」である。1930年代の終わり頃になると、もはや、このイデオロギーの内容は遥か遠くにある“夢想家の夢”などではなく“現実的な政策目標”となっていた。


●このイデオロギーの内容が具体的な政策目標となる過程では、“総統のための仕事に喜んで取り組む”という名目での仕事が、体制内のあらゆる次元で推進された。実のところ、この仕事はヒトラーが政治権力を引き継いでから迅速に確立してきた強い支配力の反映である。その支配力は更に強化され、いっそう拡張された訳であるが、それはまた、ヒトラーの大衆人気の延長ともいえる“住民投票の承認”がもたらした由々しき場面(衆愚的な政治レベル)への後退でもあった。


●遂には、“ヒトラー自身による総統信仰”(つまり、ナルシシズム)という衝撃的な事態となる。彼の身近にいた人が後になって明らかにしたことだが、このような傾向の何がしかの兆しは1935〜1936年頃のヒトラーの様子の変化の中に察知することができた。すなわち、ヒトラーは、以前よりも、他からのほんの小さな批判に対しても非常に独善的に(怒りっぽく)なり、自分自身の絶対性(無誤謬性)に対して、より大きな自信を持つようになった。そして、ヒトラーは、より断言的な演説をするようになり、彼は、まるで自分が救世主にでもなったかのように振る舞った。


●更に、ヒトラーは自分自身を「神の摂理によって選ばれた存在」だと見なすようになる。このような傾向は長い時間をかけて彼のパーソナリティの中に埋め込まれてきたものであるが、しかしながら、今や、その程度は大変なものとなってしまっていた。「ラインラントの大成功」の後に行われた、ある選挙の時の演説で、ヒトラーは次のように述べたことがある。・・・“私は、神の摂理が私に与えてくれた道を夢遊病者のように本能的な確実性に従いつつ歩いているのだ。”・・・これは、もはや選挙演説のレトリックの範囲を遥かに超えていた。ヒトラーは、まさに、そのことを“確実に”信じていたのだ。彼は、次第に「自らの絶対性(無誤謬性)」を信じるようになっていた。


●戦争の時代に入ると、見かけで飾られたドイツの栄光は“悲惨な苦難の山”に道を譲らざるを得なくなる。すなわち、敗北につぐ敗北によってヒトラー総統のカリスマの台座(カリスマ的なリーダーシップ)は必然的に腐食し始めた。そして“実はヒトラーがドイツを底なしの奈落へ向かって導いてきた”という現実が明らかになった。ドイツ国民は、それまでヒトラーの勝利を賛美し、賞賛し、高く支持してきたはずだった。しかし、今や、彼らは“ヒトラーが地獄の如きカタストロフへドイツ国民を導いてきたこと”を激しく非難していた。