toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

石原銀行(新銀行東京)問題、その漆黒の闇に潜む野獣の正体

toxandoria2008-03-16



<副題>パラノイア・モンスター権力で粉飾した石原銀行は「民主主義の赤字」の典型


【画像1】ランスのノートルダム大聖堂、四つの凱旋門の一つ(マルス門)
・・・右上の地域図はフランス北部のシャンパーニュ=アルデンヌ地域圏(都市ランスがある地域)を示す。これらの画像はウイキメディアより。





【画像2】パラノイア・モンスターの魔力を封じるララ・ファビアンの心眼的絶唱


Lara Fabian Adagio


Lara Fabian - The Last Goodbye (live)


Lara Fabian / Je t'aime (in "En Toute Intimite" 2003)


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その業態が紛れもなく構造不況業種の仲間入りをしたこと(ネット環境の深化と過剰な市場主義による構造変化の煽りを受けた広告料収入・視聴者数・販売部数等の縮小など)もあってか、我が国における近年のメディア事情(メディアが伝える情報の中身)は劣化の一途を辿っているようです。


この傾向は、特に民放テレビの低俗化と権力迎合型の番組制作姿勢に露骨に表れており、例えば芸能・政治合体型ワイドショー、同じくワイドショー型クイズ番組、あるいは時事・経済解説型トーク番組などでは、個性的といえば聞こえがよいかも知れませんが、実は、怪奇・猟奇・グロテスクという意味で悪趣味なインパクトが大きいだけのコメンテータやゲストが重宝されるようになったらしく、たまにテレビをスイッチオンすると、まさに「異形の怪異な魑魅魍魎」らが政治・経済動向を得意げに宇宙語で語るという、まるで映画スターウオーズの一場面のような映像が飛び出してきてド肝を抜かれます。


それは、敢えて関係者の方々へのご無礼を承知で喩えるならば、恰も“サイエントロジズト(Scientologist)”風の予言者たち(下の注記★1を参照乞う)が、したり顔で日本の未来を語り、経済動向を分析してみせるというような不可解でオゾマシイ光景です。もはや、今の民放テレビ各局(ジャーナリズムの過半)は、“戦う人(戦うことを好む人)”と“祈る人”、つまり利権(軍需・道路特別会計)絡みの極右勢力と新興宗教勢力の巨魁らが野合・癒着した「奥の院」(政治権力の闇の部分)を支え続けるための「パンとサーカス」(国民一般を誑かす演出装置)の一翼を担う仕事にスッカリ満足し切っているようです。


<注記★1>サイエントロジー(Scientology)
・・・米国の人気俳優トム・クルーズ、同じくジョン・トラボルタ、あるいはリサ・マリー・プレスリーエルビス・プレスリーの娘)らが熱心な信者とされるアメリカの新興宗教団体or宗教哲学団体。ドイツなどでは、Scientologyは宗教団体でなく営利団体と見なされているらしい。フランスのサルコジ大統領が、フランスの政教分離の根幹であるライシテ(laicite)の定義の見直しを図ろうとしていること(ライシテの詳細については下の注記★2のURLを参照乞う)とは、まさか無関係であろうが、ともかくも近年における各国への異様な浸透ぶりには驚かされる。日本でも広報活動は活発化しているようであり、ネット検索を試みるだけでも関連サイトの急速な増殖ぶりが窺える(詳細は下記URLを参照乞う)。


サイエントロジーバニラ・スカイ』、http://www.kinyobi.co.jp/uramadoEntries/makaroni/8


サイエントロジーとは、はてなダイアリー』、http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B5%A5%A4%A5%A8%A5%F3%A5%C8%A5%ED%A5%B8%A1%BC


<注記★2>『2008-02-21付toxandoriaの日記/タレント政治家、利権・寄生政治家、サルコジ、イザボー・ド・ヴァビエールらに漂う“妄想政治”の異臭、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080221


ところで、今、東京都(都議会)では、事実上破綻状態の「新銀行東京」(通称“石原銀行”)を救済するために都民の税金400億円を新たに注ぎ込む追加出資が目論まれているようです。そもそも、ここまで問題が深刻化する伏線は、既に石原都知事のこれまでの余り芳しいとは思えぬ様々な言行と野放図な金銭感覚を伴う特異なパフォーマンスに現れていたのではないかと思われます。


例えば(旧聞ですが・・・)、日刊ゲンダイ(2006.11.27掲載記事)は次のような驚くべき事実を報じています(出典:http://eritokyo.jp/independent/nikkangendai-col116.html)。・・・(前、省略)・・・15回の海外視察にかけた費用は2億4355万円。飛行機はファーストクラス、超豪華ホテルに夫人同伴で宿 泊。しかもいずれも目的がハッキリしない。2001年に1400万円をかけたガラパゴス諸島視察では、1泊52万円の大型クルーザーを使っていたが、石原は 「都議選の応援が面倒くさいからガラパゴスに行った」(新聞インタビュー)と言っている。・・・(後、省略)・・・


また、かつて東京都知事として「府中療育センター(重度知的・身体障害者療育施設)」を視察した後の記者会見(1999年9月)で“ああいう人ってのは人格あるのかね、・・・(途中、省略)・・・おそらく西洋人なんか切り捨てちゃうんじゃないかと思う。そこは宗教観の違いだと思う。ああいう問題って安楽死につながるんじゃないかという気がする”という主旨の発言をしたため、これが一部のメディアで問題発言として報道され、そのうえ知的障害者団体からも抗議されたため、石原都知事は“文学者としての表現だ”と弁明しています。が、むしろ、これはヒトラーにこそ相応しいコトバでは?と思われます・・・(出典:http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070331/isihara)。


従って、石原都知事のこのように徹底的な差別意識の中から、貸し渋りに困った中小企業経営者の救済のため(=世界に例を見ぬほど過酷な我が国の“無限責任原則の追及”を緩和するため)の「新銀行東京・設立」という救済者的発想が本当に湧出したとするなら、そのこと自体が不思議な感じです。


しかも、そもそも、西洋における福祉論のルーツが「アリストテレス(BC4世紀)の“困窮者自身による最低限度の財産請求権”の是認→トマス・アクイナス(13世紀)の公正価格論→サラマンカ大学(16世紀、スペイン/下の注記★1を参照乞う)の公正価格論→マルティン・ルター(16世紀)の公正価格論(付、富者の義務としての困窮者への施し論)→ジョン・ロック(17世紀)の自然法と社会契約論→救貧法思想(17世紀〜)→近代福祉思想(19世紀〜)」という長い歴史プロセスを経たものであることすら、石原都知事は理解していない節があります。


この意味で、あの“女性に対するババア発言”(仏サルコジ大統領の“Casse toi Pauvre Con !”(See → http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080304のYou-Tube動画)を連想させる)を持ち出すまでもなく、石原都知事の特異な発想の根本には明らかに『教養』上の重大な欠陥(障害?)があると思われます。


<注記★3>サラマンカ大学
・・・創設1218年で世界最古の大学の一つ(http://www.usal.es/web-usal/Ingles/Universidad/Historia/Historia.shtml)。この大学に所属するイエズス会派の神学者(サマランカ学派)たちが「公正な価格とは自然な交換(市場での交換)で決まる価格の上でも下でもない」と定義し、これはその後の新古典派経済学の「限界効用の理論」を想起させるユニークなものとなっていることも忘れるべきではない。このため、ハイエクは“資本主義の基盤をつくったのはイエズス会の教義だ”とさえ述べている。


さて、なぜか“群盲象を撫ず”が如き報道に終始する新聞・テレビ等の主要メディアによる「石原銀行問題」に比べると、驚くべきほど早くから当問題に注目し、しかも的確に問題の核心を抉って報じてきたのが「ブログ・FACTAオンライン、http://facta.co.jp/blog/archives/20080313000631.html」です。


このブログ・FACTAオンラインの2008年3月13日付・記事『石原慎太郎銀行の深き闇――1年前のFACTA第一報で明らか』を一読すれば、「石原銀行問題」のポイントが明快に理解できます。また、その記事は「1年前のFACTA第一報」をフリー公開(http://facta.co.jp/article/200702055.html、『重篤、慎太郎銀行の深き闇、クリスマスに届いた金融庁の「最後通牒」/2年で500億円の大出血が、石原3選の最大の障害に』)しています。


このFACTAオンラインの記事内容で驚かされたことは色々ありますが、特に“石原知事は旧経営陣の刑事・民事責任を追及するつもりらしいので旧経営陣と責任のなすりつけあいが起きる可能性がある。しかも、その旧経営陣の中には東京地検特捜部長と名古屋高検検事長を歴任した弁護士の石川達紘氏までおり、仁司氏(トヨタ自動車から三顧の礼で迎えた仁司泰正・元代表取締役/当初、石原知事はこの仁司氏とベッタリだったようだが、今や全責任を仁司氏に押しつけようとしている)は石原知事が一橋大学人脈をたどって、当時のトヨタ奥田碩経団連会長に頼んだもの。検察人脈やトヨタにまで責任を転嫁する石原知事は猛烈なリアクションに見舞われる恐れがある”のくだりにはオッタマゲター!、という感じにさせられます。


そこで、ここでは「民主主義の赤字」という観点から、この「石原銀行問題」を考えてみます。元々、「民主主義の赤字」とは、EU欧州連合)の加盟国が国家主権の一部をEUに委譲することになるため、国内議会の立法権の一部がEU立法によって毀損され る部分が生まれるという認識に由来します。しかし、今では、その概念が拡張しており、次のような内容(民主化の進捗・深化に伴い、一般市民サイドにもたらされる過剰なマイナス現象という意味)で使われているようです。


(1)新自由主義思想による金融資本の暴走・凶暴化 → 戦争・テロリズムの危機拡大


(2)コナトウス(世襲)型・寄生政治家(小泉・安部・福田ら、あるいは石原ファミリーのような存在)の増大 → 政治の芸能・娯楽化、政治のお笑い劇場化


(3)政・官・学・財などパワーエリート層の倫理観の喪失


(4)国民一般における政治的無関心層の拡大


(5)福祉・医療関連出費の拡大による恒常的な国家財政等の赤字拡大


(6)主権意識の喪失と選挙権を安易に放棄する傾向の拡大


(7)ジャーナリズムの批判力(ペンの力)弱体化傾向の亢進


(8)所得格差、非正規雇用数、自殺者数、青少年犯罪件数、ニート等の増加


(9)地球環境、地域環境、地域経済の崩壊傾向が拡大


(10)その他(隠れ肥満者数、薬物中毒者数、セクハラ事件発生数、暴力・苛めなど学校・職場環境の劣化傾向、凶悪犯罪の低年齢化傾向、離婚数の拡大、無闇な殺人の多発etc)


この(1)〜(10)に照らすと、「石原銀行問題」に直接かかわる「民主主義の赤字」が(2)、(3)、(4)、(6)、(7)の五点であることが分かります。そして、更に、そこから、<(3)、(4)、(6)、(7)の傾向の深化>こそが(2)の『コナトウス(世襲)型・寄生政治家の増大』という由々しき現象、つまり日本政治の根本に取り憑いた悪性腫瘍のような社会構造上の奇怪な宿痾を生み出してきたことが理解できます。


そして、これらの中でも特に問題なのは、やはり「国民(都民)一般における政治的無関心層の拡大」、「国民(都民)の主権意識の喪失と選挙権を安易に放棄する傾向の拡大」、「ジャーナリズムの批判力(ペンの力)弱体化傾向の亢進=御用ジャーナリズム化、提灯記事専門ジャーナリズム化、乞食ジャーナリズム化」ということです。


一方、(3)「政・官・学・財などパワーエリート層の倫理観の喪失」は権力者サイドに立つ人間の問題なので、見かけ上で判断する限り、それは一般国民(都民)とは無縁であるかのように見えます。しかし、実は、この両者はある一つの点で問題を共有しているのです。別に言えば、それは“石原都知事の特異な発想の根本には明らかに『教養』上の欠陥(障害?)がある”と指摘した(上で)ことに重なるのです。より具体的に表現するならば、それは『我々は歴史から何を学ぶのか?』という問題であり、それを探るには「フランス革命(1789)」の時代まで遡る必要があります。


ブルボン王朝(Bourbon/1589-1792、1814-1830)時代におけるフランス絶対王政のピーク期に重なるアンシャン・レジーム(Ancien-regime/ルイ13世ルイ14世ルイ15世)のフランスの政治を支えた重要な制度に『リ・ド・ジュスティス(lit de justice=正義の寝台)』(フランス国王が主に高等法院で主宰する特別会議)と呼ばれるものがあり、このリ・ド・ジュスティスの役割は「立法」、「司法」、「儀礼」の三つに分けられます。


高等法院は、中世からフランス革命に至るまでの間にフランス王国の司法体系の頂点に位置した国王裁判所であり、計法院・租税法院・貨幣法院・大法院とともに王国の最高諸院の一つを構成していました。が、時には、それが地方住民らの利害を代表する立場で中央政府と対立した事例も多いようです。


ともかくも、巨視的に俯瞰すれば、この高等法院で行われたリ・ド・ジュスティスの重要な意味は、それが開催される時に必ず実行された「一連の国家儀礼」の厳格で緻密なプロセスによって「フランス国王の正義」(=本質的な意味で言えば、暴力性を帯びた王権のゴリ押し)を国民へ無理強いし、かつその王権(暴力的な国家権力)を効果的・効率的に維持する巧妙な仕掛け(=正義の裁きを行う王を演出する装置)であったということです。


そのため、ここで特に留意されたのが王の立場を突出させるための厳粛なヒエラルキー的席次(位階序列に応じた巧妙な席順と場所の配置)、それを空間的・色彩的・装飾的に脚色するための様々な工夫(各種の飾り文様、バラエティーに富んだ豪奢な緞帳など)、大法官(国王評議会(セアンス・ロワイヤル/Seances Royale)議長兼聖職者)など位階に応じ適切に敬意を表すための様々な身振り・服装の区別と設定、発言・意見聴取などの順序など、驚くべきほど複雑で微細な取り決めがなされていました。


また、これに限らずフランスの王権は中世いらい様々な儀礼の形式を創造してきましたが、それらの中でも最も大掛かりであったのがランス(Reims/フランス北部シャンパーニュ=アルデンヌ地域圏マルヌ県の都市/フランス国王の成聖式が行われたノートルダム大聖堂がある)で行われた国王の成聖式(聖別式と戴冠式を併せた儀式)です。クローヴィス(Clovis Premier/ 位481 - 511/メロヴィング朝フランク王国の初代国王)が、当時のランス司教レミギウスの手で洗礼を受けたという歴史に因んで、代々のフランス王はランスのノートルダム大聖堂で成聖式を行う慣行となっていました。


国王が成聖式のためランスへ入るとき、城門からノートルダム大聖堂までの通りでは、約束事に従ってランスの都市住民たちが人垣をつくり、その中を多数の軍人、聖職者、職業集団の代表者、貴族、騎士、宮廷裁判長、衛兵、大領主、元帥、王族そしてフランス王が約束事に従って行進します。


この入市のプロセスでは、フランス王への歓待の身振り、自らをローマの創始者の一人レムス(レムスとロムルスの兄弟がローマの建国者とされる)の娘と称する少女によるフランス王の出迎えなど、様々な儀式が一連の複雑な約束事に従って遂行されて行きます。また、フランス王はランスの城門に入ってから“勝利のアーチ”と名づけられた四つの凱旋門を通ることになりますが、これらの凱旋門には実に様々な彫刻と碑文が刻まれています。


これらの彫刻と碑文が表現し、あるいは象徴するものを一言で言うならば、それは都市ランスの出自・来歴とフランス王家の血の繋がりを物語るということになります。そして、特に注目すべきはフランクスなる人物の肖像です。


これら凱旋門に書かれた碑文によると、この肖像の人物フランクスはトロイアの英雄ヘクトルの息子ですが、このフランクスがトロイアが滅亡したあとスキティア(Scythia)からゲルマニア(Germania)を流浪するなかでゲルマン人と混交したため彼の血がゲルマン人の中に入りました。


更に、フランクスはガリアのレムス(都市ランスの創建者)の娘と結婚したため彼の血はガリア人の中にも入ったとされています。つまり、これらの凱旋門には、フランスの王権が古代トロイアとローマ建国という二つの神話的な栄光と溶け合っていると書かれている訳です。更に、古代都市ローマの建設者の一人であるレムスが、最初のガリア人王サモスの指導を受けて都市ランスを築いたこと、そのサモスはノアの息子ヤペテの直径の子孫であり、サモスがランスの基礎となる都市デュロコルトウムを創ったと書かれています。フランス人が「正統なガリア人の子孫」たることの由縁という訳です。


まさに、これはフランス版“欽定王国史観”の完成であり、それは「王国神秘体のエクリチュール」の完成(政治権力にとって好都合な、一般国民の深層心理あるいは脳内環境にまで踏み込んだ歴史の創作)ということでもあります(エクリチュールの詳細については下記記事◆を参照乞う)。


日本で言えば、それは、あの“万世一系皇国史観”であり、それは更に“軍事国体論”を生み出し、近代日本のファシズム政権と太平洋戦争への突入のための強固な大義名分(極右イデオロギー)となったことは周知のとおりです。しかも、それは、恰も帯状疱疹のウイルスの如く、現代日本の政権与党の脊髄、末梢神経などの奥深くにシッカリ潜んでおり、時折、何らかの触媒の介在によってそれが蘇生すると極右的性格が前面に踊り出た「小泉偽装劇場」や「安部の美しい国」の誕生となるしだいです。


★2005-03-09付toxandoriaの日記/アーカイブの役割とは何か?(?)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050309


一方、現代フランス人の殆どは(極右の一部は別として・・・)、この類の“欽定王国史観”を真に受けてはいませんが、むしろフランス革命を経て、このような欽定創作神話の歴史を乗りこえてきたプロセスにこそ文化的な誇りのようなものを持ち続けていることは確かです。つまり、古い神話の意味を見つめ直し、それらを大切にしながら、同時に、そのプロセス全体をこのような冷静さで受け止める歴史感覚こそがフランス文化の厚みを増やしつつあるのです。


これが、例えば石原慎太郎のような極右史観の持ち主がデカイツラをしている日本とフランスとの大きな相違点の一つです。また、考古学的な調査・研究により、例えば、古フランス語で書かれた最古の文献「ストラスブールの誓約(842年2月14日)」のような史実が客観的に確認されると(その時代は神話の頃から遥かに下りますが・・・/この詳細についても上掲の記事◆を参照乞う)、それを新たな歴史的事実として受け止め、しかもそれがドイツ民族のみならず近隣諸国民とフランス国民の民族的な近親性を共有する方向へ更に押し進めるという良循環の意識構造が共有されつつあり、これがEU欧州連合)の基盤形成の一部となっていることは確かだと思われます。


ともかくも、ここで垣間見えるのは、フランス王国の栄光ある絶対王権を強固に支持し、それを末永く持続させるための膨大な儀礼装置と修辞学(様々な象徴の組み合わせ)から成る緻密にして「壮大な知のコスモロジー」です。恐らく、このような「壮大な知のコスモロジー」をすべての国民が隅々まで正確に理解し、記憶することは不可能であったと思われます。しかしながら、この時代のエスタブリッシュメント層に属する人々(王侯貴族、騎士、国王役人、聖職者・学者、都市参事会員など)にとっては、このような意味での『教養』を身に着けることは必須の条件であったと思われます。


つまり、アンシャン・レジーム(Ancien-regime)時代の『教養』は、客観的事実を知るために学ぶのではなく、あくまでもフランス王国の栄光ある絶対王権を強固に支持し、それを末永く持続させるために必要な知識(王権維持のために必須の修辞学的で象徴的な壮大な知のコスモロジー)を学び、理解し、身に帯び、行動するということであった訳です。それは、まさに『絶対王権に傅(かしず)くためのパラノイア型教養』であったのです。


このような『絶対王権に傅(かしず)くためのパラノイア型教養』を現代型の教養へ変換したもの、つまり、国家の主権者たる国民が客観的事実を知るために学ぶという『新しい現代型の教養』へ方向転換する契機となったもの、まさにこの意味で“コペルニクス的転換”を実現したものこそが「フランス革命(1789〜)」であったと見ることができます。当然ながら、これを契機に一夜にして『新しい教養を身に着ける環境』が実現した訳ではなく、それに先立つプレリュードと「フランス革命(1789〜)」後の様々なエピソードとヴァリエーションが生まれたことは近代史を概観すれば容易に理解できることです。そして、これこそが国王から一般国民へ主権が移ったという位相変換の重要な意味です。


例として、そのプレリュードに触れておくならば、18世紀半ば頃(ルイ15世の時代)には、これも『絶対王権に傅(かしず)くためのパラノイア型教養』の一環であった「フランス王による瘰癧(るいれき/リンパ腺結核)癒しの奇跡を起こす行為」がモンテスキュー(Charles-Louis de Montesquieu/1689-1755/啓蒙期の哲学者・政治思想家)、サン・シモン(Claude Henri de Rouvroy Saint-Simon/1760-1755/社会主義思想家)、ヴォルテール(Voltaire/1694-1778 /啓蒙主義,の代表者、哲学者)らによって厳しく批判されています。


もう一つ、ここで我々はフランスの「政教分離の原則」がフランス(というよりもヨーロッパ中央部)の歴史経験を十分に踏まえて形成されたものであることを思い出しておくべきです。フランス宗教戦争ユグノー戦争/1562-98)の最中に改革派南部諸侯のリーダー格であった、ナバール王アンリ・ド・ブルボン(ブルボン王朝の創始者)がフランスの王位継承者と認められますが、その新フランス王アンリ4世はカトリックに改宗しています。


そして、この時、慧眼と優れた政治的センスで知られるアンリ4世には十分過ぎるほどの計算があったことが窺えます。その後、ナントの勅令(Nantes/1598/国王軍の勢力が強い地域でのみ改革派流の礼拝を認めた)→ブルボン王朝の隆盛→アンシャン・レジーム(Ancien-regime)時代→「フランス革命(1798〜)」の流れを経たうえで、やがて1870年代(第三共和制の時代)になると徹底したフランスの「政教分離の原則」の根本となるライシテの観念が結晶する訳です。その徹底したライシテの「公共」が眼目とするものこそが「パラノイア型の王権による政治権力」の排除ということです。


しかしながら、驚くべきことですが、今の我が日本の中枢で幅を利かすのは、まさにこの「パラノイア型の王権による政治権力の亜流」ともいうべき旧態依然たる「寄生(世襲)型政治権力」ばかりです。そして、その典型が中央政府における旧「清和会」→清和政策研究会のベクトルに大きく影響され続ける「森喜朗 → 小泉純一郎 → 安部晋三 → 福田康夫」という、別称「奥の院財務省特別会計&闇世界)癒着型パラノイア内閣」であり、もう一つが東京都政における“石原ファミリー(石原王朝)”に吸い付かれた「放漫&傲慢&怠慢パラノイア化した東京都政」です。


そして、この二つに共通するのは、サイエントロジーの影響こそ未だしのようですが(サイエントロジストの国会周辺・徘徊の噂はネット上を一人歩きしているようです・・・)、何処となく妖しげな新興宗教の空気がその権力構造の周辺に漂っていることです。わが日本の社会は、憲法上の建て前はともかくも、目下のところ「フランス型の政教分離と公共空間」とは無縁のようです。


問題は、このような意味で“日本が極右汚染という名の業病を患ってきたという事実”をなかなか口に出して言えない異様な空気が現代の日本に漂っていることです。例えば、渦中の日銀総裁候補の人選問題について野党がこぞって与党推薦人事に反対したり、あるいは道路特定財源の本当の闇を批判・追及する背景には、実はこの問題(=日本政治の屋台骨と化した日本の“奥の院”の存在)がある筈ですが、各野党の取り組み方には一種独特の分かりにくさというか、なぜか奥歯に物が挟まったというか、ともかく隔靴掻痒の雰囲気が絶えず纏わりついています。


このため、多くの一般国民にとっては問題の所在がハッキリ飲み込めない状況が長引く中で、主要メディア(権力に阿るばかりで殆ど乞食ジャーナリズムと化している)の大局的国益論のような粗雑な議論へ大方が靡くこととなり、結果として、大山鳴動してネズミ一匹の状態に陥り、再び、諸悪の根源たる日本の“奥の院”が安泰化するという訳です。


かくして、我が日本国では、それは大なり小なり色々ですが、延々と「パラノイア権力で演出・粉飾された政治権力がバカデカイ顔をし続ける」という意味で、民主主義国家としては真に貧相な姿を世界に晒し続けることになる訳です。


フリー公開されている、上掲のブログ・FACTAオンライン、(http://facta.co.jp/article/200702055.html、『重篤、慎太郎銀行の深き闇、クリスマスに届いた金融庁の「最後通牒」/2年で500億円の大出血が、石原3選の最大の障害に』で詳細に書かれていますが、この「石原銀行問題」をもたらした背景の構図は、まさに「日本の奥の院のあり方」の実験パースかシミュレーション・モデルのような姿を呈していることに驚かされます。


石原慎太郎氏自身は世襲政治家ではありませんが、おそらく、その長かった国会議員時代には余り仕事もせず、自分なりのファミリーを形成し「自らが奥の院となりパラノイア・モンスター化するための“実験パース”づくり」に勤しんできたのかも知れません。この「石原銀行問題」の先行きは、「結局は良識と教養がある東京都民の選択の問題」でもあるので、その落しどころは分かりません。


しかしながら、日本の行く末を真剣に考えるための教材として活用する意味は十分にあると思われるので、この日本政治の縮図のような実験パースの実像(=石原ファミリーと石原銀行パラノイア権力を形成してきたプロセス)をシッカリ凝視しておく必要があると思われます。


ともかくも、このような意味で、上掲の「ブログ・FACTAオンラインの記事」(http://facta.co.jp/article/200702055.htmlhttp://facta.co.jp/blog/archives/20080313000631.html)をご一読されることをお勧めしておきます。おそらく、群盲が象を撫でるような一般のメディアとは一味違ったインパクトを受けるはずです。