toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

【復刻版】『小泉ポルノ劇場』が毒牙にかけた日本社会のエクリチュール


<注記>


この記事は[2005-08-29付toxandoriaの日記/『小泉H.C.ポルノ劇場』が蹂躙するエクリチュール]を【復刻】したものです。


ただ、この記事の内容は、無残にも[・・・?????????????ecriture???????????????????u????????????H????・??????????????????]の状態に潰れていたため、加除作業の手を加えて復刻したものです。なお、併せて、関連性があると思われる参考記事◆を下にご案内しておきます


◆「小泉的なるもの」との政治対決をやがて迎えるという予感(2008.4.29付/保坂展人のどこどこ日記)、http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/a075db1185de539a9b1b3bf27dface38


【画像1】 Ave Maria G. Caccini A.Bocelli


【画像2】Star Wars: Episode II - Attack of the Clones (2002)
・・・この画像はhttp://www.dvdexploder.com/dvdcovers.htmより。


エクリチュールアーカイブの意味と役割)


エクリチュールecriture)とは“人間が書くという表現活動、生きた人間が残す生命の軌跡、書かれた文字や記号および表象”というような哲学的・認識論的なフィールドの用語です。我われ一人ひとりの人間、地域社会あるいは国家でも同じことですが、もしエクリチュールの働きと助けがなければ一人の人間の死とともに、そのような人間、地域社会、国家などの存在は時間の経過とともに忽ち人々の記憶から消滅し、あるいはデフォルト(無かったことに)されてしまいます。そして、恐るべきことに数年も経たぬうちに、そのような人間、地域社会、国家あるいは様々な出来事は始めから存在すらしなかったことにされてしまう恐れさえあるのです。『人間の条件』の著者ハンナ・アレント風に言うなら、それは「公的領域の破壊」(→『世界の喪失』)に繋がるように思われます。


また、認知心理学数学者ロジャー・ペンローズらの新しい理論/参照、下記の<注>)など研究分野では、エクリチュールと「人間の意識」の関係が注目(エクリチュールの作用がなければ“意識”は生まれない?)されています。例えば、古来から伝わる地方の市町村名・地名等の固有名詞、伝統的な文化・造形美術等がもつ象徴的・修辞的な意味、あるいは政治権力にかかわる家系・歴史・歴史資料等の偽造・偽作・補正等によるシンボルまたはレトリック操作の問題などが連想されます。


<注>


Rojer Penrose:(1931〜 /イギリスの数学者・理論物理学者、ケンブリッジ大学教授


・・・ペンローズは宇宙の構造に関して、一般相対性理論量子力学を統一した「Twister仮説」を提唱している。認知心理学人工知能研究等の先端領域では、「Twister仮説」の“脳神経内で形成される抽象的なベクトル空間への応用可能性”が注目されている。このベクトル空間で出現するグラフ・イメージ的な表象(身体全体の所与条件が一定の重み付けで分配されて生成される多次元関数的な分散の軌跡)がニューロン神経細胞)内部のエクリチュールと定義できる可能性がある。


おそらく、表面的に見る限り矛盾が目立つ岡倉天心の『日本の覚醒』(当時のアメリカにおける第一級の知的エリートたち、ビゲロー、ラファージ、ガードナー夫人らとの交流のさなか、1904年(明治37年=日露戦争・開戦の年)にニューヨークで出版)は、この問題、つまり社会、政治、世界におけるアートの役割を意識していたと思われます(この論点については、機会があれば、別の記事を書く予定)。


従って、いつの時代でも、自らのガバナンス正統(当)性を誇示する意志とエゴイスティックな政権維持の意図(少しでも長く仲間内のために政権を維持し歴史に名を残すとともに利権の果実(甘い汁)を吸い続けたいという野望と欲望)のために、政治権力者たちは、このエクリチュールの操作(公文書、歴史資料などの廃棄・消去・改竄)の可能性を隙あらばと狙っているのです。そこでは、「現実の世界」及び「その構成要素である諸事実の消去」だけでなく、政治権力者による積極的な「偽証の創作」(証拠のデッチあげ/例えば、イラク戦争・開戦の口実とされたブッシュ政権による“大量破壊兵器存在の状況証拠捏造”など、その事例の枚挙には困らない)さえ行われます。


しかしながら、この類の政治権力者による意図的な「エクリチュールの操作」は、主権在民の現代民主主義社会に生きる我われ一般国民の「人間の尊厳」に対する冒涜であり、最悪の犯罪行為だと断言できます。言い換えれば、「アーカイブ問題」(参照/下記の注記)は、実に致命的な一般国(市民)に対する人件侵害の問題でもあるのです。


<注>「アーカイブ問題」の詳細は、下記で論じているので参照乞う。


アーカイブの役割とは何か(1)』
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050306/1110547706


アーカイブの役割とは何か(2)』
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050307/1110547635


アーカイブの役割とは何か(3)』
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050308/1110547585


アーカイブの役割とは何か(4)』
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050309/1110547538


アーカイブの役割とは何か(5)』
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050310/1110547371


漸く、日本政府(福田政権)が「中間書庫」システムの試験的な運用開始に入るとのニュースが流れたことがあります(情報源:2007.11.26付・読売新聞、http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20071126i504.htm)。それによると、政府は、<歴史的に価値を持つ可能性の高い行政文書>を早い段階から保管するため、各省庁の公文書を専門家が一元的に管理する「中間書庫」システムを近く試験的に運用すると発表しています。遅きに失しながらも、これは日本のアーカイブを欧米先進諸国並みのレベルへ近づけるための第一歩であるという意味で評価できます。しかしながら、既に日本以外の先進諸国では「非現用文書」のみならず「現用文書」をもアーカイブ管理の視野に入れた法整備が行われており、まだまだ道遠しの感があります。


一方、「リスク管理」という観点からすれば、自らが属する国家の管理体制そのものが、絶えず、このように「体制内の現実世界」が消去され得るという弱点を抱え続けることは、より広くより長い目で見れば、その国の政治権力者は「国家的リスク管理」の脆弱さを敢えて絶えず抱え込むという自己矛盾に嵌っていることにもなる訳です。なぜなら、リスク管理についての基本テーゼは、「間違いを犯さぬ人間は絶対にあり得ない」と「リスク恒常性」の二点だからです。


前者についての説明は不要ですが、後者の意味も非常に重いものです。大切なのは、「先端科学技術研究分野で人間の英知をどれだけ引き出し、それを如何に徹底的に活用・駆使・改善しても、これで万全というレベルには永遠に到達できない」ということを率直に認め、その現実に対し謙虚になるべきだということです。この観点からすれば、科学者の“慢心”(実験データの操作、論文の捏造など)も「アーカイブ管理の問題」に強く共鳴します。このような国家的リスク管理についての緻密な配慮から「アーカイブ文書局)」を整備・充実させたという意味で、8世紀の「カール大帝の慧眼」(この詳細は、『アーカイブの役割とは何か(4)』、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050309/1110547538を参照)には恐るべきものが感じられます。


(映画『スタ-ウオーズ、エピソ-ド2』の教訓)


ところで、「映画『スタ-ウオーズ、エピソ-ド2』(http://www.imdb.com/title/tt0121765/)の中に「銀河系公文書館」のエピソードがあります。ジエダイの騎士が、ある星の存在の証拠を求めて「銀河系公文書館」を訪ねますが、そこのアーキビストは次のように返答します。・・・この公文書館に証拠記録(データ)がないということは、その星は最初からこの銀河系には存在しなかったということです。・・・ところが、ジエダイの騎士がおおよそ目星をつけた場所へ行ってみると、なんと、その星はシッカリ存在していたのです。ここで描写されているのは、政治の手玉に取られるツールと化した「銀河系公文書館」の憐れな姿です。


このエピソードから連想されるのは、逆説的な意味合いとなりますが、昨年(2004年)の国会で小泉首相が使った・・・大量破壊兵器が存在しなかったからといって、フセイン大統領が存在しなかったことにはならない・・・という詭弁です。これは無関係な言説どおしを強引に結びつけて一見意味ありげな表現を装ってみせる常套的な詭弁の手法で詐欺師の論法であり、人を欺くための小細工的テクニックです。このような小泉首相の詭弁を弄する言動から臭い立つのは、“自分にとって不都合な証拠は強権的に消去し、もともと存在しなかったことにしてしまえ”という権力者の傲慢な意志と驕りです。


このような政治手法が世間一般で持て囃され、マスメディアがヤンヤと持ち上げるようでは、とても今の日本が先進民主主義国家の一員だとは大声で言えないはずです。従って、公文書館の根本が主権在民という民主主義の原則であることを理解できるようにするため一般国民の意識改革と「アーキビスト倫理綱領」及び「文書基本法」の整備を急がぬ限り、日本のアーカイブは、いずれ映画『スタ-ウオーズ、エピソ-ド2』の「銀河系公文書館」のように悲惨な役割を担わされる懸念があります。


余談ながら、2004年5月12日付の朝日新聞・記事(『海外文化』、国際資料研究所代表・小川千代子氏)によると、突然、ブッシュ大統領アメリカ合衆国アーキビストを交代させると発表したため、米国アーキビスト協会(SAA/Society of American Archivists/http://www.archivists.org/)、図書館、歴史家など九つの諸団体が懸念を表明して公聴会を要求する騒ぎとなりました。


合衆国アーキビストNARA/National Archives and Records Administration/http://www.archives.gov/)という役職は、国立公文書館を擁する国立公文書館記録管理庁)のトップのことで、その仕事は、合衆国連邦政府の公式な記録を包括的に管理し、その公式の歴史資料を後世のアメリカ国民に伝えるという重要な役割を担っています。従って、そのトップの交代人事は慎重に行われるべきと考えられており、その交代の必要性がある場合には関連団体と事前に十分な打ち合わせを行うことが慣例となっていました。ところが、ブッシュ大統領は、この慣例を一方的に破り、突然の人事交代を通告したのです。その後のこの騒動の決着については詳細な報道がなかったようなので詳しく承知していません。しかし、間接的な情報によると流石のブッシュ大統領も、この問題については引き下がったようです。


(愛のエクリチュールが意味するもの)


また、映画『スタ-ウオーズ、エピソ-ド3』ではダースベーダー宇宙帝国を仕切る悪の帝王麾下の筆頭子分)誕生の秘密が明らかにされます。つまり、「善」を代表する力を授かった筈のジェダイの騎士アナキン(ミュータント化して蘇生したダースベーダーの前身)が「悪」に魂を売り払ったのは「愛」を守るためであったとされています(詳しくはDVDをご鑑賞ください)。


実は、映画『スタ-ウオーズ、エピソ-ド3』は、「愛」こそが最も人間の奥深くに刻みこまれた「エクリチュール」だと言いたいらしいのです。人間は、その「愛」を消去されたり、書き換えられたりすることには絶対に耐えられない存在だ、従って自らの心に宿る「愛」を何らかの宿命的な環境・条件(避け得ない運命的な強制力)によって書き換えられそうになれば、人は誰であっても「悪」に心を売り払い、「悪」のパワーに身を委ねるというのです。だからこそ、エクリチュール保全が、ますます重要だということにもなる訳ですが・・・。


目を転じて見れば、それが帝国主義であれ、絶対王制であれ、民主共和制であれ、いずれにしても政治権力の頂点に立つ者たち(皇帝、国王、大統領、首相など)が、必ず宿命的に取り憑かれるのが、この「愛」を巡る葛藤です。無論、この「愛」なるものの内容は家族愛や同志愛的なもの(男女の愛、夫婦愛、親子・兄弟愛など)だけに限るものではありません。念のため、すでに他の記事(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050827)で書いたことですが、「愛」の概念を広く捉えるという意味でイギリスの日本研究家・ロナルド・ドーア氏(Ronald P. Dore/1925−  )が新しい著書『働くということ、グローバル化と労働の新しい意味』(中公新書)の中で述べている日本社会に伝統的な価値観(恐らく、日本人の愛国心なるものの基層)の四つの要素を再録しておきます。ドーア氏は次のようなことを書いています。


・・・それは「悪徳への義憤」、「弱者への憐れみ」、「弱者を想定した慈善」、「本来の意味での自己利益」という四つの価値観である。そして、「義憤」とは“不正義に対する怒り”であり、「憐れみ」とは“他者の苦しみに対する純粋に愛他的な同情心”であり、「慈善」とは“貧困を癒したいという人間本来の欲求”であり、「本来の自己利益」とは“あなたにとっての不安は私の平和を脅かしますという、人間本来の意思(本気で他人を愛すること)についての理解である”。・・・


恐らく、政治権力の頂点に立つ者は、絶えず、宿命的にこれらの「愛」の喪失を恐れています。と、いうより、自分が、これらの“人間にかかわる多様な「愛」を理解する、人間としての心と感性を失っていること”を国民一般から見抜かれることを恐れているのです。なぜなら、このような意味での国民一般からの「愛」を失うことは“頂点に上った自らの全人格を否定されること”に他ならないからです。


たしかに、殆んどの人間が関心を向けるはずの男女の「愛」を興味本位で部分的に拡大すればポルノ現象化します。それをポルノ現象と言って言い過ぎであるなら「芸能化・大衆化」、「テレビ・ワイドショー化」、「週間誌・スポーツ紙化」、「三文お笑い芸能化」と言ってもよいでしょう。いずれにせよ、その政治権力者が短慮型であればあるほど、権力維持の手っ取り早く“あんちょこ”な手段として、このような「愛」のごく一部分をクローズアップして利用するという方向へ走る訳です。


古い話になりますが、暴君ネロの破滅的な暴走政治を引き継いだウェスパシアヌス帝(F.Wespasianus/AD9-79)の「パンとサーカス」政策は、その典型事例と見なせますが、その裏では国民を欺くための計略と姦計が張り巡らされています。例えば、小泉政権を支えた主席秘書官I.J.氏は週間誌・スポーツ紙など大衆・イエロージャーナリズムと太いパイプを持っていたとされ、一方で、それが一般マスコミに対して睨みを効かす牽制力となっていたようです。噂によれば、一般マスコミ関係者についての様々なスキャンダル情報も手に入れて“有効活用”していたようです。


かくの如く、現在の日本政治の中枢が病みただれ、醜く腫れ上がるまで“悪のメタボリック・シンドローム化”していることは、まことに嘆かわしいかぎりです。因みに、ローマ帝国ウェスパシアヌス帝が、一般大衆の支持によって、最期には「神格化」(神として祀り上げられたこと)されたという歴史的事実も忘れるべきでないでしょう。つまり、政治権力が「ポルノ化」の次には、自らの「神格化」へ進むのが歴史の教訓なのです(参照/下記記事★)。


★2008-02-17付toxandoriaの日記/「道路特定財源」流用のプロパガンダ・ミュージカルで「山師の玄関」化する日本、『宿命的なナルシシズムの果てに → 神格化への道!』、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080217


(『小泉ポルノ劇場』が陵辱した日本国民の愛のエクリチュール


このような訳で、最高政治権力者が「大衆迎合化」を志向するのは珍しいことではないのですが、この「大衆迎合化」(ポピュリズム化)した政治権力者の最大の狙いは、一般国民(一般大衆)の「内面のエクリチュールの書き換えと改竄」ということです。その最も効果的な手段として考案されたのが「政治の性事化、ポルノ化、三流芸能化」ということです。そして、このような「悪」の理念から生まれてきた「特異なプロパガンダ戦略」こそが、今や周知となった「郵政民営化法案のターゲットをB層に絞る、意図的な格差拡大作戦」(アメリ広告業界での常套手段/アファーマティブ・アクションの変異したものと考えられる/ハンナ・アレント風に言うなら、それは作為的な“労働の疎外”と”公共の喪失”/参照、下記記事▲)という、きわめて邪悪な大衆操作の戦術です。


▲2008-04-28付toxandoria日記/冷血・外道で悪徳まみれの『小泉・前首相カムバック』に国民は何を期待するのか?、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080428


しかし、長い目でみれば、このように“邪悪な大衆操作の手法”は失敗することになるでしょう(ただ、それがもたらす甚大な被害の尻拭いは国民一般へ押しつけられる)。なぜなら、人間存在の根本である「愛」の守備範囲(内容)は、ポルノ化へ走りがちな部分だけではないからです。また、先に触れたとおり、その「愛」の守備範囲には「義憤」、「憐れみ」、「慈善」、「本来の意味での自己利益」という四つの価値観が入るからです。やがて、騙されて心奪われていた「小泉、ハードコア・ポルノ劇場」から我に返った人々は、必ずや「義憤」、「憐れみ」、「慈善」、「本来の意味での自己利益」という四つの価値観へ回帰する筈です。なぜなら、これら心身の奥深くに刻みまれた個々の人々の内面奥深くのエクリチュールを消去・改竄することは、たとえ暴政化による残虐行為、巨万の財力、あるいは無敵の軍事力をもってしても不可能だからです。


また、民主主義国家の主権者たる我われ日本国民は、世界の歴史に「娼婦政治」(ポルノクラシー)と呼ばれる時代が実際にあったことを想起すべきです。その時代は、なぜか日本の『世襲政治家が中枢を握る小泉劇場』を連想させますが、それは10世紀前半頃のヨーロッパでローマ教皇庁を中心に起こった出来事です。その頃のローマ教皇庁は封建領主的な性格が強まっていたのですが、それとともにローマ教会は「娼婦政治」(ポルノクラシー/狭義では売春婦の強い影響を受けた政権のこと)と呼ばれる堕落極まりない悪徳政治の舞台となり、そこでは聖職者が性職者と化していたのです(参照/下記URL★)。


★ポルノクラシー(Pornocracy)とは?、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%BC


つまり、たとえ今が民主主義の時代であったとしても、政治権力の中枢では“何でもありの可能性が蠢いていること”を覚悟すべきなのです(参照/下記HP▲、全体主義の可能性(何でもありの状態への暴走の可能性)に対するハンナ・アレントの危機意識)。それだからこそ、政治体制をガバナンスする基本システムとして『アーカイブによるエクリチュール保全』の意味を絶えず想起する必要があります。また、その意義が無視され、その保全体制が破壊されて『政治権力のポルノ化』が現実となったときには、その被害を最小限にとどめる努力を絶対に怠るべきではありません。それは、我われの後に続く子供たち(未来の世界市民たち)への責務でもあります。


▲『新レンブラントの眼/酔狂の風景・・・』、http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/newpage6.html


ともかくも、5年5ヶ月の年月を費やした『小泉・Hardcore Porno劇場』の後遺症(政治の性事化・芸能化・お笑い芸能化)は、今になっても、一種の慢性化シンドローム(テレビのワイド番組 、ニュース・ショー、あるいは週刊誌等に煽られて社会の空気が付和雷同化へ流れる傾向)と化して国民各層の脳内に深く浸透しつつあり、個々の国民のエクリチュールを改竄・破壊しつつあります。しかも、この現象の促進へ律儀に(実は狡猾に?)手を貸すのが“ジャーナリズムのエクリチュール”をデフォルトしたマスコミ(マスゴミ)です。このため、日本の現代社会は“東国春現象”、“橋下現象”、“ぶって姫現象”などの『ミニ・ポルノクラシー』を際限なく再生産しているように見えます(参照、下記記事◆)。どうやら、『小泉・Hardcore Porno劇場』の後遺症の悪化は、愈々、これからが本番と覚悟すべきかも知れません


東国原知事の女性スキャンダルが急拡大、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080429-00000006-gen-ent


橋下徹に忍び寄る“魔の手”(情報源:2008.5.9号・週間朝日「五月病ワクチン、ヘッドライン」より)、http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=9379


◆ぶって姫・議員、書類送検http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080421-00000008-gen-ent


<注2>


現時点(当記事の初稿が出来た2005年8月頃)における「被害の概要」は下記★のとおり。その後、“権威あるマスコ(ゴ?)ミ”によれば、今も国民的人気度が高いとされる(or マスコ(ゴ?)ミの期待度が高いだけ?)『小泉H.C.ポルノ劇場』が“誇る小泉改革の成果”、言い換えれば『日本社会の惨状』は、まさに死屍累々の状態で、その延長線上に直近の「後期高齢者医療制度」の大騒ぎがあることは周知のとおり(参照/下記記事▲)。


★[民主主義の危機]高すぎる日本の「民主主義のコスト」
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050315/p1


★[暴政]「貧富差拡大時代」招来の上に、国の「社会保障的義務」も放棄するのか?
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050319/p2


★[暴政]米国に追従する「規制緩和」のお粗末な?実態
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050503/p1


★[暴政]「サービス残業の合法化」に関する情報が錯綜してきたので現況をまとめました
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050505/p2


★[暴政]日本政治の冷酷な現実・・・制限されつつある「生存権
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050616/p1


★[暴政]大増税時代が始まる、増税色強まる「政府税調」報告書
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050622


★[暴政]「総選挙」(亡国の美人コンテスト?)の影に隠れる「巨額の国民負担増」、4.8兆円
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050818/p1


★[暴政]「小泉劇場・亡国のリフォーム」の第二幕は『国民皆保険』(原則)の放棄か?
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20050819/p1
& othrs.


▲2008-04-05付toxandoriaの日記/【改定版】冷血小泉の狂想が生んだ後期高齢者制度(ナチスガス室まがいシステム)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080405