toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

5月の仙台、爽やかな新緑の風景/「青葉まつり」編 

toxandoria2008-05-19



[副題]仙台迷宮案内シリーズ(第二回)


久しぶりの良い天気に恵まれた5月18日の仙台は「青葉まつり」の日でした。山鉾、青葉神社神輿、すずめ踊りなどの一大時代絵巻の行列が中心部の「青葉通り〜東二番丁〜定禅寺通り」を約2時間かけて練り歩きました。


例年、この頃の仙台はお天気が崩れがちなので、文字通りの薫風と青空に恵まれた今年の仙台・青葉まつりはラッキーでした。


<仙台青葉まつりの由来>  公式HP、http://www.aoba-matsuri.com/2007/yurai.htmlより転載


江戸時代・仙台藩最大の祭りといえば、仙台祭であった。この祭りは承応4年(1655)年に始まり、毎年9月17日に行われた東照宮の祭りで、藩をあげて行われ最大70基の山鉾が城下を練り歩いた(山鉾がでるのは藩主が仙台にいる年のみ)。


明治時代になると、これにかわって伊達政宗を 祀って明治7年にできた青葉神社の礼祭(政宗の命日である5月24日に行われ、青葉祭りとも呼ばれた。)が盛んとなった。特に明治18年の政宗公没後250年祭や、昭和10年の300年祭には多くの山鉾が市中に出て盛大に行われた。しかし、これも昭和40年代後半、交通事情等により途絶えた。


現在の青葉まつり伊達政宗公没後350年を迎えた昭和60年に、長年途絶えていた「青葉まつり」が市民の祭りとして復活したもので、現在では仙台3大まつりの一つとして、市民の間にすっかり定着している。


<参考記事> 踊り手躍動歓声こだま 仙台・青葉まつりhttp://www.kahoku.co.jp/news/2008/05/20080519t15032.htm




・・・この地図画像はhttp://www.77bank.co.jp/net/net02.htmより。


青葉まつりの風景】









【新緑の風景/泉区