toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

5月の仙台、爽やかな新緑の風景/「松島」編

toxandoria2008-05-23



[副題]仙台迷宮案内シリーズ(第三回)


知己の人々のご来訪を受け「仙台〜秋保(温泉)〜松島」ツアーに同行する機会を得たので、タイミングよく松島の新緑の風景を撮ることができました。“季節外れ”の台風(4号)一過の好天に恵まれ、松島周辺の爽やかな空気を存分に楽しむことができました。



松島観光の詳細については、下記URL★などをご参照ください。なお、松島の観光(入込)客数は年間で約400万人(宿泊客数は約70万人 ← これはピーク時の約半数!)で推移とされていますが(宮城県の入込客数は年間で約800〜900万人)、最近、松島に温泉が湧き出たとの情報があり、これからは再び宿泊客数が増えることが期待されているようです。


★「ムッシュさんの旅行記日本三景・松島旅行記)」、http://guide.travel.goo.ne.jp/e/goo/traveler/mushmu/album/10140650/


★電脳松島絵巻、http://www.matsushima-kanko.com/


遊覧船での湾内周遊、双観山(http://mytown.asahi.com/miyagi/news.php?k_id=04000120801110003)あるいは老舗旅館・大観荘(http://www.taikanso.co.jp/)からの展望、歴史建造物・観瀾亭(豊臣秀吉伏見桃山城にあった茶室を政宗公がもらい受けて江戸の藩邸に移してあったものを二代目忠宗が納涼観月のため 海路松島へ一木一石変えずに移築した)など松島の見所は色々ありますが、今回は「歩く観光」&「ヘルシーな食と芸術空間を楽しむ」ということで、雄島、五大堂、円通院(瑞巌寺、内)、伊達精進懐石・雲外(円通院、内)、藤田喬平ガラス美術館(旅館・松島一の坊、内)の五つのスポットに絞りました。


スポットの画像(計61枚)は下記ギャラリー▲でご覧ください。ここではサンプル画像と各スポットの説明を書いておきます。


picasaアルバム「松島、新緑の風景/2008年5月21日」、http://picasaweb.google.com/toxandoria/2008521


【松島の概要図】http://www.marinepia.co.jp/info/access/mainmap.jpgより


【画像1】松島・雄島




JR松島海岸駅前の右手の信号を渡り5分ぐらいの距離にある渡月橋を渡ると雄島に着きます。この雄島(千松島)には奥州三古碑の一つとされる頼賢碑(重文化財/徳治2年(1302)、雄島・妙覚庵主頼賢の徳行を後世に伝えようと弟子たちが雄島の南端に建てた)があります。また、この雄島の50ほどある岩壁には卒塔婆、仏像、法名などを彫った跡が多くあり、死者(修行僧?)の浄土往生を祈念したものとされ、瑞巌寺・発祥の歴史とのかかわりなども想像させられ興味が尽きません。


【画像2】五大堂


慈覚大師・円仁が瑞巌寺の前身とされる松島寺を創建したとき、ここに坂上田村麻呂毘沙門堂を建て、五大明王を祀ったとされる島の上に立つ御堂です。今の建物は、1604年に伊達政宗が和歌山の名工、鶴衛門家次に命じて再建したものです。


【画像3】瑞巌寺・参道



瑞巌寺は、臨済宗妙心寺派の寺で正称は「青竜山瑞巌円福禅寺」です。承和5年(838)開創と伝えられ、開山は慈覚大師・円仁です。初めは天台宗青竜山延福寺と称したとされますが、後の鎌倉時代北条時頼の手で臨済宗に改宗しました。


慶長10年(1605)には伊達政宗が堂宇造営に着手し、1609年に本堂が完成しました。江戸時代には仙台藩主・伊達氏の菩提寺として栄えますが、最盛時には塔頭22ヵ寺、末寺50ヵ寺をかかえる大寺で、その寺領は約750石もあったとされています。今回は、瑞巌寺をすべて見る時間はありませんでした。なお、瑞巌寺の詳細については下記◆をご参照願います。


瑞巌寺HP、http://www.zuiganji.or.jp/


【画像4】円通院







瑞巌寺の西に隣接する円通院は瑞巌寺境内にある寺と見なすべき位置づけで、二代目藩主・忠宗の次男・光宗の廟所です。光宗は幼少より頭脳明晰で文武両道に長じていたため、外様大名から名君が出ることを幕府が警戒し恐れられ、それ故に何者かに毒殺されたというのが定説です。その死を悼んで建立された御霊屋(三慧殿)は支倉常長が欧州から伝えた西洋文化の影響が強く、厨子の右扉の内部には西洋バラ(日本最古とされる)が描かれています。


なお、この円通院は、数年前から、紅葉時にライトアップの庭園(小堀遠州・作(http://www.enshuryu.com/enshu.htm)を公開しており、その美しい光景が次第に広く知られるようになっています。昨年秋の「円通院、紅葉ライトアップのギャラリー」(下記★)がありますので、ご覧ください。また、円通院のHP●もご参照ください。


picasaアルバム「円通院、紅葉ライトアップ2007」、http://picasaweb.google.com/toxandoria/200705


●円通院HP、http://www.entuuin.or.jp/


【画像5】伊達精進懐石『雲外』




『雲外』は円通院の小堀遠州の庭園を眺望しながら食事ができる所で、藩政時代から続く、伝統の美しい器に盛り付けられた「伊達精進懐石」を味わうことができます。精進懐石なのでヘルシーであることは無論ですが、お好み次第では地場の“名般若湯”『浦霞禅』を味わうことができます。この『浦霞禅』は、日本が正式に参加した最初の万博である1867年のパリ万博に出品されたとされるものです。『雲外』についての詳細は、下記▲をご参照ください。




▲雲外HP、http://www.sensinan.co.jp/ungai/unindex.htm


【画像6】藤田喬平ガラス美術館の展示風景


・・・これは、当美術館の入り口にいた“謎の動物”です。






藤田喬平ガラス美術館』は、「松島一の坊」(http://www.ichinobo.com/matsushima/)内に併設されている美術館です。藤田喬平(http://www.art-information.ne.jp/tyoukoku/kyouhei_fujita/)は、東京美術学校(現東京芸術大)で彫金を学び、1946年の第1回日展に入選しますが、その後ガラス工芸に転向しています。日本の伝統美とヴェネチアン・グラスの技術を融合した作品は、国際的に高く評価されており、“現代の琳派”と評されることもあります。


ヴェネチアン・グラスと日本伝統美の融合は「歴史と海の街、松島」に似合っています。当美術館の詳細は、下記◆をご参照ください。


藤田喬平ガラス美術館HP、http://www.ichinobo.com/museum/