toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

クロード・アレグレ「環境問題の本質」が照射する日本の環境意識の貧相

toxandoria2008-08-05



【画像】ラベンダーの風景、富良野の夏/2008年7月31日(右上の画像は札幌時計台のライトアップ)












・・・今年の北海道は、地球温暖化の影響かどうかは分かりませんが、いつもより湿気の多さ、気温の高さ、そして日照の弱さを感じました。ただ、それだけ自然風景がやや陰影を帯びて、一層その魅力が増したように見えたのは気のせいでしょうか。その内面性の奥深さと崇高(sublime)に更に一歩近づいたような美しさは、喩えるなら歌手ララ・ファビアン(Lara Fabian/参照、下記▼)のような空気です。・・・


▼カナダの歌手、ララ・ファビアンを聞いてちょっと休憩(村野瀬玲奈の秘書課広報室)、http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-811.html


▼ララ・ファビアンと共に、少しだけ喧噪を離れて・・・理解しあえることの喜び(海舌、Sea Tongue by Kaisetsu)、http://blog.kaisetsu.org/?eid=672344


▼ララ・ファビアン(Lara Fabian)のプロフィール(toxandoriaの日記)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080127


<注記>富良野・小樽・札幌の各公開ギャラリーは下記URLから入ってご覧ください。


ラベンダーの風景、富良野の夏/2008年7月31日(37枚)、http://picasaweb.google.com/toxandoria/200831


夏の風景、小樽/2008年8月1日(27枚)、http://picasaweb.google.com/toxandoria/200881


夏の風景、さっぽろ/2008年8月2日-3日(60枚)、http://picasaweb.google.com/toxandoria/2008823


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旅路(富良野・札幌・小樽、7/31〜8/3)の合間に読んだクロード・アレグレ著「環境問題の本質」はとても示唆に富む本です。著者クロード・アレグレ(Claude Allegre/1937− )は地質学分野で国際的に著名な科学者であり、フランス科学アカデミーのメンバーであり、現在はパリ地球物理学研究所などで教鞭をとっており、1997〜2000年にかけて社会党ジョスパン内閣で国民教育大臣を務めた人物です。


当著書の解説を担当した松井賢一氏(龍谷大教授/エネルギー経済学)が述べるとおり、本書は、科学観のみならず文明観・歴史観などを含む壮大な構想力を見せる一方で、著者の科学者として、また政治家としての個人的な体験と深い社会・政治的洞察を随所に織り込むことで、独特の深みがある論述となっています。


エコファシズムという言葉があるとおり、ひたすら大きな恐怖心を煽るノストラダムス風の預言者的な関連著書が巷に溢れつつあるなかで、クロード・アレグレのように冷静で科学的な視点を与えてくれる本は希少です。


また、同じく、解説を担当した松井賢一氏が“日本には何故このような学識の深い政治家がいないのだろうかという率直な疑問が浮かんだ。私は寡聞にして、このような書物を書いた政治家を知らない。このような政治家が存在するフランスと存在しない日本には、どのような政治環境、選挙事情の違いがあるのだろうか。”と述べていることにも共感を覚えます。


読みっぱなしとするには惜しい内容なので、ごく一部のエッセンスを抽出して、以下に書いておきます。


・・・・・以下、クロード・アレグレ著、林 昌宏訳『環境問題の本質』(NTT出版、2008年6月刊行、¥2,200.- + 税)のエッセンス・・・・・


エコロジ−とは、糾弾型で極端に悲観的なものではなく、修復型で建設的でなければならない。(クロード・アレグレ、原書・改定版への序文)


本書執筆のきっかけは、環境原理主義の台頭に対する反発である。(イントロダクション)
・・・・・(母なる大地)


私は地球の研究に二つの決定的な魅力を感じていた。


●惑星の過去も含めて、歴史的な広がりが現存すること


●地球とは地図であり、地質図であること


惑星の生命をつかさどる巨大な化学的循環に対し、生物がおよぼす役割を通じても、生物学とのつながりがあると考えた。なぜなら、地球は進化する生きた惑星であり、壮大で複雑な化学的過程により絶えず変化し、地球上の生命は、そこで重要な役割を果たしているからである。また、地球は、固体・液体・気体の物質を絶えず製造し、変化させ、運搬しているからである。調整・バランス・進化の機能が携わったこの化学工場は見事に機能してきた。


私の同僚であり競争者でもあった人々が、自己宣伝や他の研究グループの業績を出し抜くためにメディアを利用するのを目の当たりにした。出し抜かれ干されたのは、おもにヨーロッパの研究チームであった。私はNASAアメリカ議会の予算を取り付けるために、科学的現実を超えた調査結果を発表するのを目撃した。


私にとって科学とは、コンピュータに向かって現実と遮断されたところで行なう理論構築ではなく、現実を引き出す活動なのである。現代科学はチームを組まずしては存在しない。このようにして、私は、フランスにおいて最も権威がある研究機関であるパリ地球物理学研究所、次に地質採鉱調査所(BRGM)の所長を歴任した。


・・・(ローマクラブの予測失敗から得られる歴史の教訓)


●ローマクラブの予測失敗の原因


まず、モデルを作成するうえでの技術的な問題があった。MITのシュミレーションには、すべて正の関数が用いられていた。つまり、すべてが、ますます速くなる関数を用いてシミュレーションされていた。調整機能や反作用の繰り返しなどが一切考慮されていなかった。自然界では、指数関数的増加はせず、つねに調整機能が働くことが知られている。


●ローマクラブの予測失敗がもたらした副次的効果


ところが、エコロジーに対する配慮は経済発展にブレーキをかけることになると反対してきた産業界が、最もエコロジーを考慮するようになった。エネルギー問題に大いに打ち鳴らされた警鐘に対しては、とくに沖合いでの掘削を開発するなど、エネルギー資源の探査を活発化させた。また、鉱物資源会社は資源調査に乗り出し、、金属をリサイクルする企業が誕生した(今日では、鉄の50%、貴金属の80〜90%はリサイクルされた材料である)。


(1)人類には、危険を究明し、これを回避するための手段を迅速に構ずる能力がある。


(2)警鐘を鳴らし、さらには代替技術を究明するという点において、科学者が担う役割は効率的である。


(3)大気とは化学作用と大気の循環が組み合わさった非常に複雑な化学システムであり、我われはそのメカニズムを解明するまでには程遠い状態にある。


・・・・・(気候変動)


まず、この自然科学の問題に関する自らの立場を明確にしたい。私自身、二酸化炭素隔離は重要だと認識していることから、この問題に取り組んでいる。二酸化炭素の増大がもたらす海洋の酸性化、都市部における大気中の二酸化炭素濃度の上昇、さらには気候変動がもたらす派生的影響は有害な現象である。しかし、気候変動は確かに確認できるが、主因となるのは自然であり、その推移を正確に予測することはできない、と私は考える。


(1)大気と同様にきわめて複雑なシステムにおいて、人類が放出する二酸化炭素ガスだけが気候変動の原因であるとは思えない。いくつかの原因が考えられるが、その多くは自然現象(とくに太陽や水の循環)や他の人為的現象(二酸化炭素もそうであるが、工業や農業から排出される粉塵等)であると思われる。


(2)来週の天気も予測できないのに、一世紀後の気候を正確に予測できるとは信じがたい。


(3)地球の平均気温という概念は、地理的可変性の大きさを考慮すると、気候を論じる際の正しいパラメータであるとは思わない。これは殆ど意味のない単純化である。


自然環境は、独自のスピードで混乱に対処してゆく。大気に変化を課すと反応を起こすが、その継続期間は数ヶ月単位、せいぜい数年単位である。例えば、火山の噴火で大気中に火山灰などが舞い上がると、これにより大気全体は数週間かけてかく乱される。この変化は、最終的には火山灰が再び落下する2〜3年のあいだ継続する。一方、海洋の変化はかなりゆっくりである。海面で発生した変化が全体に波及するためには、100年さらには1,000年単位の年月が必要である。例えば海面の海水は、グリーンランドの南部の海底に沈み込むが、海底に沈んで海面に戻ってくるまでには2,000年の歳月が必要となる。


こうして、大気と海洋はガスと熱を交換し合う。これが大気海洋結合である。大気と海洋を結合させたシステムは、海洋または大気だけに関係すると思われる混乱を仲介する時間を経ながら変化に「反応」する。この「反応時間」を予測することは難しく、専門家の議論の対象となっている。例えば、大気中の二酸化炭素濃度を急激に変化させると、このガスは50年から200年の歳月を経たあと、その作用を変化させる。この長いタイムラグは海洋の影響によるものである。このように非常に複雑な現象であることから、いまだに十分にはわかっていない。


人類は気候システムにどんな影響をおよぼしているのであろうか。信頼できる答えを得るためには、まずは「自然」条件におけるシステム機能を熟知し、これを土台として人類の仕業と見なすことが可能な変化を評価していく必要がある。


では、我われは気候変動に対してどのように対応すればよいのだろうか。これが問題の核心である。この問には三つのタイプの対応がある。


(1)二酸化炭素の排出を即時大幅に削減する。


(2)地球規模で行動を起こし、地球の気温をコントロールしていくという、いわゆる地球エンジニアリングという選択。


(3)現在の生産様式を大幅に変更することなく、気候変動に順応していく。


そして私なら、(3)と(1)を混ぜ合わせた四番目のオプションを選択する。つまり、二酸化炭素の排出を次第に減らしながら、気候変動に順応していくという選択肢である。