toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

アナクロ“麻生マンガ【世襲内閣】”と“見得きり【世襲男・小泉】”が日本にもたらした悲惨な現実

toxandoria2009-01-19



【参考画像】映画『赤と黒』(Le Rouge et le Noir、1954)

・・・画像はhttp://reasonistreason.blog104.fc2.com/blog-date-200806.htmlより/DVD情報はコチラ → ダニエル・ダリュ−、ジェラール・フィリップ主演(クロード・オータン・ララ監督)、http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD12686/index.html?flash=1


スタンダール(Stendhal/1783-1842)の『赤と黒』(副題:1830年の年代史)は、当時のフランスで実際に起きた事件から題材をとった長編小説で、「赤」は軍人を、「黒」は聖職者を指すとされています。そして、この作品が実際に描く舞台は1820年代の王政復古の時代(ブルボン朝/ルイ18世シャルル10世による復古期)です。


貧しい一青年(主人公ジュリアン・ソレル)の野心と炎のごとき恋愛のドラマとされるこのスタンダールの作品には政治・社会小説としての側面があります。そして、1820年代のフランス・王政復古の時代は、1831年アメリカへ渡り、約9ヶ月の滞在経験を基に『アメリカの民主政治(デモクラシー)』(ピューリタンがニュープリマスに上陸してから約100年を経て英国から独立し、ニューイングランド地方を中心にデモクラシーを根付かせた頃のアメリカ社会の見聞録)を著した19世紀前半のフランスの政治家(思想家)、アレクシド・ド・トクヴィル(1805-1859)が多感な青春を過ごした時に重なります。


一切の描写を作中人物の視点という強い自意識のレンズを通して描く「主観的リアリズム」の手法は、スタンダールがこの作品で独創したものとされますが、この“新しいタイプ(当時としては・・・)の意識”はスタンダールとほぼ同時代人と見なせるトクヴィルブルボン朝に仕える貴族階級の出でありながら・・・)も共有していたようです。そして、このように画期的な視点は、フランス大革命からナポレオン帝政期を経て王政復古を迎えるという、きわめて困難なジレンマと反動の時代だからこそ培われたのかも知れません。


ともかくも、この「主観的リアリズム」をもたらしたのは「本来、人間に内在する多感で豊かな想像力」です。フランス革命以前のヨーロッパ(世襲貴族らが支配した)は、「アリストクラシー(Aristocracy/特権階級の支配が当然視される社会)」の時代であり、そこでは自らの階級外に属する人々に(例えば、現代日本における非正規雇用の立場のような人々)ついて、それらの人々の目線で物事を考えるという「豊かな想像力の作用」は殆ど意識されていませんでした。


一方、“小泉構造改革”の「無残な負の遺産」(参照、下記▲)を無反省に引き継ぎ、しかも甚だ想像力に欠ける「自民党・たらい回し&マンガ政権」が意図するとおり無責任なポピュリズムマスゴミの協力で上から作られた衆愚政治に迎合する無気力な空気)が日本の隅々を覆いつくす中で、ますます「本来、人間に内在するはずの多感で豊かな想像力」が日本の社会から消え去って行くように思われます。この有様では、ポスト「米国発・金融パニック」の世界で垣間見えつつあるように思われる、新しい資本主義の方向性からも、再び、我が日本は取り残される恐れがあります。


▲「小泉構造改革」の負の遺産(=擬装政治による一般国民へのツケ回し)の詳細

2008-04-05付toxandoriaの日記/【改定版】冷血小泉の狂想が生んだ後期高齢者制度(ナチスガス室まがいシステム)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080405


2007-10-14付toxandoriaの日記/日本が取り憑かれた「ワグナー型劇場政治」の病理学(試論/再考)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20071014


2006-06-15付toxandoriaの日記/「総括・小泉改革」、それは冷酷な「日本のハイリスク・ハイリターン社会化」、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060615


2006-05-09付toxandoriaの日記/小泉流「狂気のリアリズム政治」で“地獄変”化するニッポン、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060509


2006-02-02付toxandoriaの日記/小泉首相の開き直り「格差論」/外道(ヤクザども)の喧嘩場と化した国会、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20060202


2005-12-19付toxandoriaの日記/『小泉劇場』が培養する悪徳の栄え/耐震構造偽造問題の深層、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051219


2005-11-14付toxandoriaの日記/「小泉劇場」の七つの大罪/「ポスト小泉体制」を批判する心構え、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20051114


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(プロローグ)


『1月19日夕の自民党役員会で、麻生首相が<選挙制度改革の見直し>に関連して議員定数削減について党内で勉強してほしいと述べ、<国会議員の定数削減>を検討するよう指示した』と、時事通信が報じています(参照→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090119-00000096-jij-pol)。


しかし、ここには“まことに片手落ちで、身勝手で、ご都合主義的”な麻生首相の「マンガの見過ぎで衰微しジコチューと化した脳内環境」が現れています。それは、肝心の<世襲議員の制限・禁止>の問題(定数削減と併せて検討すべき課題)をサラリと逃げているからです。


自民党を中心に凡そ5〜6割を占める、まことに弊害が多い「世襲議員」を、定数削減と併せて“退治”(=制限・禁止)できれば、その議員数と歳費がダイエットするだけでなく、日本の政治・経済・社会環境が根本から『CHANGE』するはずで、これこそ日本が必要とする<愁眉の構造改革>です。


以下の内容★はバックナンバー(昨年10月1日付・記事)の一部ですが、その「世襲議員問題に関連する部分」をクローズアップ(再録)したものです。


★2008-10-01付toxandoriaの日記/“麻生マンガ内閣”がひた隠す日本特有の“世襲議員内閣制”に潜む衆愚国家・日本の深い闇、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20081001


このため、その記述内容はいささか古くなって(というより、ここで取り上げた僅か4ヶ月前の「汚染米の流通問題」もいつの間にかウヤムヤです・・・これも世襲議員らの跋扈とご活躍の成果?)いますが、敢えてそのまま書いておきます。


また、英国にも「世襲議員問題」はありますが、その内容が全く我が国の問題とは“似て非なるモノ”であることを理解すべきです。この問題を論じた下記記事◆も併せてご参照ください。


◆2007-06-22付toxandoriaの日記/[民主主義の危機]日「世襲政治家の繁殖・跋扈」と英「貴族院改革」に見る(英vs日)民度格差の拡大、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070622


(関連参考情報)


小泉改革への布石であった細川内閣・小渕内閣で経済・構造改革の旗振り役を担った中谷巌氏が「懺悔の書」を刊行した、http://www.toyokeizai.net/life/review/detail/AC/efcbf1fb0e09078dcf1037bb4246e857/


・・・新自由主義に基づく小泉・竹中改革(“バカは何人寄ってもバカ理論”に基づく改革/そして、今や再び中川秀直マダム寿司(こと小池百合子)、渡辺喜美江田憲司らは、その『一般国民を小ばかにしたB層戦略』と小泉の担ぎ出しを策謀中・・・)は間違いだった?


◆「衆参両院を統合し、一院制の新国会議会を創設する議員連盟」が16日にも旗揚げへ、http://fnn.fujitv.co.jp/news/headlines/articles/CONN00147534.html


・・・ これに追い討ちをかけて「三権分立」不要論、「憲法」不要論がネット上などで跋扈しており、自民党を中心とする『アナクロ擬装右翼(極右+Jap.ネオリベ)』(森、小泉、安倍、福田、中川(秀)、小池、渡辺喜美江田憲司ら)が「ヒトラー独裁政権」へ向い暴走し始めた?


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・・・以下■は、[“麻生マンガ内閣”がひた隠す日本特有の“世襲議員内閣制”に潜む衆愚国家・日本の深い闇、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20081001]の部分転載・・・


アナクロ“麻生マンガ【世襲内閣】”と“見得きり【世襲男・小泉】”が日本社会にもたらした悲惨な現実



(小泉、麻生、安倍、福田、中川(秀)、中川(昭)、渡辺(離党した)・・・と世襲議員オンパレードの弊害)


『 私たちは今、小泉純一郎が行った見得きり政治の負債を背負って、暮らしている。親の経済的・政治的資産に頼って生きてきた空虚な男が、国会議事堂の花道で見得を切った。政治をパフォーマンスのひとつとしか思っていない、この島国の人々は、叫び声で応えた。郵政民営化などの見得の後には、小泉チルドレンなる小役者の猿真似が続いた。安部晋三は、郵政民営化で当選したいわゆる小泉チルドレンの一人ではないが、小泉的な児戯性から生まれた跡取り息子だった。小泉チルドレンの総領といえる。森−小泉−安部と、三段跳びで進行した、幼稚と欺瞞の奇妙な混合は、地方政治でも同時進行している。・・・途中、略・・・批判力が育たないよう、目隠しして走らされてきた国民は、政治をテレビが作る祭り、パフォーマンスとしか思わなくなった。 』
・・・[野田正彰・著『見得きり政治のあとに/あとがき』(みすす書房)より引用・転載]


麻生内閣”は、“金満内閣、マンガ内閣、擬装仕上げ内閣、自民ご臨終内閣、解散準備内閣”など様々なペットネーム(?)で呼ばれているようですが、もっともその特徴を捉えているのが“麻生マンガ・世襲内閣”です。なぜなら、その閣僚構成が「アナクロ思想に被れた、61%の世襲議員内閣」(18人の中で11人が世襲議員)ということになっているからです。そこで、ここでは日本の世襲議員の問題について触れておきます。


実は、麻生内閣が「アナクロ思想に被れた、61%の世襲議員内閣」(18人の中で11人が世襲議員)であるのは当然のことです。それは、すでに日本の国会議員の少なくとも5割以上が世襲議院であるという現実があるからです。因みに、<日本の世襲議員>の実態は<英国の世襲族議員>の問題より遥かに深刻で有害です。なぜなら、12名の法官貴族(上院議員)を除き、その他の上院(貴族院)議員は無給で歳費の支出が伴わない英国と異なり、<日本の世襲議員>には莫大な金額の歳費が伴っており、しかも彼らの<世襲>による弊害は政・官・財の門閥閨閥・縁故・利害関係などを介したネットワークによって日本中の隅々まで、まるで黴(カビ)かダニの異常繁殖の如く蔓延っているからです。そればかりか、彼らは仲間内の自己利益を図るために<自らが支持するる政権与党の暴政化=一般国民の権利の縮小と国民を分断・管理する仕事>へ絶えず手を貸しています。


つまり、日本社会の大きな特徴となっているのが、このような意味で<世襲国会議員らの過剰な存在>ということです。多額の歳費を伴う国会議員を中核として形成されるヒエラルキー(政・官・財の門閥閨閥・縁故・利害関係など)を介したアナクロ時代錯誤的)な<現代日本の寄生ネットワーク>が日本社会の至るところに、まるで黴(カビ)の如く蔓延り広がっていることの最も恐るべき弊害は、彼らの徒党集団的・仲間内的な利害関係意識のネットワークが、日常のビジネス現場を介して絶えず再生産され続けていることです。この<内向きな利害意識のネットワーク>に加え、先に述べた『B層ターゲット・プラン』を仕掛ければ、その成果は上々ということになるのです。従って、日本の民主主義の成熟にとり、このような<寄生・世襲政治家の過剰な存在>そのものが非常に有害であることは明らかです。


恐らく、そこから芽生えるのは古代・中世の遺物のような、あるいは原始社会における血族単位の報復のように非現代的な“自力救済の方法”であるフェーデ(Fehde/殺人や経済・財産・利権的な損害に対する血讐に近い報復意識/参照、http://www.weblio.jp/content/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87)のように“古びた特異な感覚”です。例えば、あの松岡農水相の自殺事件の前後において、その身近な関係者の不可解な自殺が連続して発生していたという事実からは、恰も伏流水の如く流れる、このような意味でおどろおどろしく封建社会的な負のダイナミズムの存在が想像され身の毛が弥立ちます。


なお、“麻生内閣が安部の美しい国と同様のアナクロ思想に被れた議員で構成されている”ということは、あの『麻生内閣で就任したばかりの中山国交相辞任、開き直り問題』(参照 →http://www.zakzak.co.jp/top/200809/t2008092910_all.html)に端的に現れています。つまり、それは、中山元国交相が「価値観外交を推進する議員の会」(古屋会長、中山顧問、http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%C1%C3%CD%B4%D1%B3%B0%B8%F2)という軍事国体論的な考え方を好む議員グループ(人権・自由・民主主義などの価値を掲げつつ戦前回帰型の古めかしい尊王攘夷的意志で団結する)の枢要メンバーの一人であったことを想起すれば、当然のことと思われるからです。


<参考/関連情報>


■政府(麻生政権)、米紙(ニューヨーク・タイムズ紙)「首相は好戦的なナショナリスト」に反論、http://www.nikkei.co.jp/news/main/20080929AT3S2900Z29092008.html


(“世襲議員”が交尾(つる)んでひた隠す衆愚国家・日本の深い闇)


耐震擬装事件、防衛疑獄の時もそうですが、再び<自民党政権を巡る深い闇>のバックグラウンドたる政界ルートと思しき辺りに妖しげな黒い霧が立ち込めています。これは直近の記事でも触れましたが、今や米ドルによる一極支配の時代は総崩れとなり、「対日・構造改革要望書」の要求に沿いつつ、率先して米ドルと抱き合い心中の役回りを演じてきた日本(円)は、クロス・ドルの観点からすれば、ドルを除く他通貨に対して、見かけ上の円高傾向とは裏腹に、その実質価値を相対的に低下させて行くと思われます(購入した米国債等の外貨準備高は世界最大で約7800億ドル(約83兆円)で、もしドルが暴落すれば、それは限りなく紙切れへ近づく恐れがある)。併せて、日本の「食とエネルギー」がグローバリズム経済と<小泉構造改革以降の野放図な規制緩和の流れ>の中で、ますます危機的状況(食糧自給率の一層の低下、有害食品の流通促進、エネルギー価格の高騰など)へ向かう可能性が高まっていることは周知のとおりです。


渦中の「汚染米の流通問題」も、このような力学とトレンドの中で見据えるべきであり、その背後に潜む「政−官」と「悪徳業者」の<癒着・三色混合トライアングルの闇>は想像を絶するほどの魑魅魍魎の世界の存在が窺われます。“資本主義の軌道修正”のために日本の社会構造を改革するどころか、特に、この<食の問題>を「対日・構造改革要望書」が求める規制緩和の流れに乗せ野放図に放任し、他方で既得権益の争奪戦をカムフラージュしつつ、その<悪徳の姿>を善良な一般国民の目から隠蔽してきたのが<小泉以降の自民党政治の実相>であり、その負うべき責任は重大です。


因みに、ネットおよびメディア情報などを参照しつつ、ごく実務的な次元でこの「汚染米の流通問題」を見据えると実に奇怪な仕組みが透けて見えてきます。そのキーワードは<まわし/循環取引>と<ひねり>です。<まわし/循環取引>とは、その詳細には些か理解できぬ点もありますが、「悪徳業者」が複数の取引先を介在させて行っていたとされる、“伝票と帳簿上だけで「仕入れ→販売→仕入れ→販売→・・・」のプロセスを繰り返す一種の架空売り上げ操作による不正な利益計上のことです。これによって、タダ同然で国(農水省)から仕入れた<事故米>には“10倍もの暴利が上乗せ”され、非食用の事故米が食用の普通の米に“ロンダリング精米”されていたという訳です(参照、下記◆ニュース)。


三笠フーズ汚染米を“循環取引”…価格10倍につり上げ、http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080923-OYT1T00712.htm


一方、<ひねり>とは、複数ランクに評価区分されている「米」が、精米作業の段階でランクの近い部分の米と入れ替え操作が行われるということです。渦中の「悪徳業者」らは、大型の精米処理装置を装備する有利な立場にあるため零細業者から精米業務を委託されることが多く、その時にランクの異なる米の入れ替えである<ひねり>が行われるチャンスが生まれます。ここにも「悪徳業者」が暴利を創造する巧妙な仕掛けが見えてきます。今後も、さらに違法で悪徳な<暴利創造のビジネスモデル>が解明される可能性があり、このような悪辣なビジネスモデルの創意工夫は、奇しくも現在の<米発・大金融パニック>の主な原因とされる「エキゾチック金融商品」(デリバティブ)のポンジーぶり(詐欺的性格)を連想させます(参照、下記▲ブログ情報)。


▲おたぬきの酒壺、http://blogs.yahoo.co.jp/otanuki78/54900385.html


汚染米の流通問題」の周囲には、耐震擬装事件や防衛疑獄事件にも負けぬほどの黒い霧が立ち込めてきました。そこには、一般的な闇の構図とは異質で、より深く、より広範で、より複雑な得たいが知れぬ不気味な背景が窺われます。それは、<何故か農水大臣は鬼門だとされてきた>ことの秘密が隠れているのかも知れません。ともかくも、まるで江戸時代の悪代官さながらの傲慢で悪辣きわまりない政治・行政手法に甘んじてきた歴代の自民党政権の責任は非常に大きいと言えます。言い換えれば、この問題は該当する業界のみならず『民主主義国家・日本の基本となる理念部分の綻び』に繋がると見なすべきです。つまり、その根本には、やはり市場原理主義と野放図な規制緩和の問題(大きな政府→小さな政府への安易な転換の是非を問う視点の放棄)があると思われるので、今回の“米発・大金融パニック”(=過剰な市場原理への傾斜による信用崩壊)と無縁ではないはずです。


<参考/関連情報>


農水省、「農薬検査」問いたださず 意図的に手抜き調査か?、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081001-00000508-san-soci


■自民の資料要求検閲(対・農水省)問題 民主が徹底追及へ、http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/081001/stt0810012026008-n1.htm


■(閉鎖の)銚子市立病院 来春再開へ課題多く 、http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/chiba/news/20080930-OYT8T00807.htm


自治体財政:3市村が破綻状態、40市町村は“黄カード”(総務省まとめ)、http://mainichi.jp/select/seiji/news/20081001ddm001010022000c.html


■「自治体再生法制」に隠れる市場原理主義の牙、それを擬装・隠蔽する日本政府(2008-07-16付toxandoriaの日記『市場原理の人権破壊に抗うEU、国民へ向かうその牙を擬装・隠蔽する日本政府』の部分より)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080716


しかしながら、“見得きり世襲男・小泉”、“麻生マンガ・首相”ら「日本国にベッタリと寄生する世襲議員」たちの心中には、国民の生活と福祉水準を向上させるのための資本主義改革への強固な意志など(例えば、EUあるいはオバマのCHANGEが目指すような意味での)は殆ど存在していません。それどころか、彼らは、派手な擬装看板の裏で、実はヒッソリと交尾(つる)みつつ日本社会の実効支配(別に言えば、保身と世襲の維持・存続)にだけ汲々としています。しかも、これらの実像は、マスゴミ、御用学者、芸能人らを総動員したお得意のポピュリズムB層向け愚民政策=竹中平蔵B層戦略)によって実に巧みにカムフラージュされています。


つまり、日本に深刻な格差拡大の実害をもたらした「“小泉=竹中”一派によるネオリベ構造改革」も、実は、この「恐るべき日本社会の真相」を徹底的に覆い隠すための方便に過ぎなかったと見ることも可能です。この見方からすれば、竹中平蔵らのネオリベ御用学者は『小泉など世襲議員にたかる寄生虫』のような存在です。


しかも、今となってみれば、タダ飯喰らいの世襲政治屋にすぎなかったことがバレバレの小泉元首相が、図々しくも、次への更なる世襲宣言と如何にもナルシスト風の派手な引退表明をした時でも、そのことについてメディア(マスゴミ化した)からの批判は殆ど聞こえてきませんでした。ともかくも、このような一般国民を徹底して小ばかにした瞬間(場面)にこそ、日本社会の恐ろしい闇の深さが現れているように思われます。


(関連参考情報)


「衆参両院を統合し、一院制の新国会議会を創設する議員連盟」が16日にも旗揚げへ、http://fnn.fujitv.co.jp/news/headlines/articles/CONN00147534.html


・・・これに追い討ちをかけるように「三権分立」不要論、「憲法」不要論がネット上などで跋扈しており、自民党を中心とする『アナクロ擬装右翼(極右+Jap.ネオリベ)』(森、小泉、安倍、福田、中川(秀)、小池、渡辺喜美江田憲司ら)が「ヒトラー独裁政権」へ向い暴走し始めた?