toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

2009年春/チェコ・プラハの印象(1)

toxandoria2009-06-20



[副 題/戦争と平和]「歴史と市民意識」の葛藤に思慮が及ばぬ「日本核武装論」なる冷酷な官僚型・硬直思考の愚、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090605


<注記>この記事は、上の[本題]と[副題]を反転させたもので、その内容は同じです。ただし【誤記訂正、追加情報の加筆】があります。


・・・・・


【画像1】ヤン・フスの「肖像」、「フス火刑の図」、「ボヘミアの位置図」



・・・一枚目の画像は、http://www.ceskatelevize.cz/specialy/nejvetsicech/dokumenty_osobnosti_husより、二枚目は、http://www.britannica.com/EBchecked/topic-art/149152/75633/Jan-Hus-at-the-stake-coloured-woodcut-from-a-Hussiteより。


・・・三枚目の画像はウイキメディアより。図中の右はモラヴィア地方(Moravia)になる。


【画像2】プラハ、旧市街地広場のヤン・フス(2009.3.21、撮影)


・・・二枚目の画像は、http://www.richard-seaman.com/Wallpaper/Travel/Europe/index.htmlより。


【画像3】ティーン聖母教会(Matka Bozi pred Tynem)(2009.3.21、撮影)

・・・旧市街広場の近くにある「Tynem(税関)の前に建つ聖母マリア教会」の名が付く教会です。12世紀に建てられ、14世紀に現在のゴシック様式に改築されました。15世紀にはフス派の本拠地となった教会です。


(プロローグ)


一般に、あの余りにも有名な中世後期のボヘミアで起こった「フス派の運動」について、わが国では未だに“未熟で早すぎた宗教改革(ドイツ・ルターの改革に約100年も先駆けた)ないしは“階級間闘争の先駆け”(ドイツ社会と融合し渾然一体化した当時の特殊なボヘミア史上の出来事)と見なす傾向が強いようです。


しかし、近年の歴史研究ではこのような見方が平板過ぎることが明らかになりつつあります。それによれば、「フス派の運動」の直接的な誘因は「余りにも硬直化して市民意識(=社会の底辺で生きる一般市民層の現実と生身で生きる人間の生活の実相)が理解できなくなるまで麻痺・堕落(強欲化・ポルノクラシー化)し、しかも異様なまで官僚化(制度&精神環境ともに)したローマ教会そのもの」への強い変革要求であったというのです(Ex.参照、下記◆)ボヘミアの「フス派の運動」は、明らかにその意味で16世紀宗教改革の先取りであったと思われます。


◆薩摩秀登「教会改革者と革命・・・ヤン・フスの教会改革論とその位置づけをめぐって」(一橋論叢)、http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/10603/1/ronso1220400880.pdf


このような理解は、あくまでも未だ仮説的であるとしても、正統宗教であればこそ人間そのものの観察について鋭敏であるべきとする立場からすれば、自ずから「過剰な官僚化なるものの恐るべき弊害」に気づくのは当然でしょう。例えば、渦中の「“政・官・財・学・マスゴミ・暴”の談合・結託がもたらした偽装民主主義の象徴たる裁判員制度記者クラブ制度・麻生国営漫画喫茶の三つの癒着事例」は、現代日本の「支配構造の恐るべき官僚化による麻痺・堕落」と見なすことができます(参照、下記▲)


裁判員制度記者クラブ制度、麻生・国営漫画喫茶/三つの癒着事例に見る、“暴政”日本のおぞましき潜在光景、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090601


それどころか、現在、ヘロヘロで断末魔の麻生内閣を直撃しつつある「日本郵政・西川社長問題」も、その直接原因が「小泉・竹中偽装改革劇場」であったことを想起するなら、そして、結局はこの「小泉・竹中偽装改革劇場」なる大方の国民の熱狂を巻き起こしたバカな空騒ぎも「“政・官・財・学・マスゴミ・暴”の談合・結託がもたらした偽装民主主義の象徴」であったことを見据えるならば、根本的な日本の病巣(民主主義を騙り続ける権力機構全体の深刻な官僚化=一般教養と一般市民の存在を見捨ててきた日本のエリート層の重度頭脳硬化現象)に対する治療の手立てが未だに何も行われていないことが分かります(参照、下記▼)


麻生内閣は、なぜ西川社長続投をごり押しするのか(保坂展人のどこどこ日記)、http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/c709d9b8043a56f9594f876dcc0b50f1


<参考関連情報>


記者クラブ制度」で官僚組織の一部と化(権力の番犬化)し、郵政・西川社長の擁護で一致団結している朝日新聞など日本のマスゴミは世界の笑い物になっている?

  

そこまで露骨かと世論沸騰(ネタりか)、http://netallica.yahoo.co.jp/news/80590


日経の露骨な西川(笑っちゃう小泉構造改革の悪だくみ)擁護・社説 → 首相は西川氏続投で事態収拾に動け(6/5)、http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20090604AS1K0400304062009.html


[小泉・竹中・中川秀直&西川社長らによる郵政民営化の悪事]を[鳩山総務相の暴走]にすりかえる<提灯マスゴミ>の暴走 → 【郵政社長人事】鳩山氏ボルテージ 中川氏も参戦「私も戦う」(産経)、
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090605/plc0906051848011-n1.htm


「堂々と内閣から去るべき」と鳩山総務相に辞任を求めた自民・中川秀直元幹事長=“ドロボーを捕らえようとする警官は辞任すべき”に等しい暴言! → [郵政発言]自民内で批判相次ぐ 鳩山総務相に辞任要求も(毎日)、http://news.livedoor.com/topics/detail/4189119/


郵政民営化は、小泉・竹中に群がる財界・企業人らが、国有資産の切り売り&山分けでを企んだ。その悪事が「かんぽの宿」問題で表面化した。なのに、マスゴミ連合はその疑獄事件を暴くどころか、彼らとグルになり鳩山総務相を攻撃している。 → 大マスコミの歪曲報道 これは鳩山総務相の方が正しい(2005.2.5ゲンダイネット)、http://gendai.net/?m=view&c=010&no=22297


宗教改革の先駆者ヤン・フスの時代が現代に問いかけること)


15世紀の初め(1415.7.6)にドイツのコンスタンツ(Konstanz/現在はバーデン=ヴュルテンベルク州( Land Baden-Wuerttemberg)の州都)で火あぶりの刑に処された宗教改革ヤン・フス(Jan Hus/1369-1415)の存在は、今でもチェコ(Bohemia(神聖ローマ帝国史ではBoehmen)の西スラブ人)の誇りの象徴となっています。ある意味で、今も、チェコ人たちは過去の歴史と絶え間なく活発に対話し続けているのです。


イングランド・ヨークシャーのウイクリフ(John Wycliffe/ca1320 – 1384/宗教改革の大先駆者)の影響を受けていたフスは、ベツレヘム礼拝堂(Betlehemska Kople/チェコ人の大商人が寄進した礼拝堂/17世紀に一時的にカトリック教会となるが現在はプロテスタントの礼拝が行われている)で1402年から1412年まで、チェコ語チェコの民衆語)で説教を行いカトリック教会の改革を訴えました。また、フスは一般民衆が話す口語(チェコ語/当時、教会聖職者・富裕市民層などにはドイツ人が多く、上層・支配階級ではドイツ語が使われていた)を書き言葉用に改良(チェコ語の発音を簡略表記する記号を考案)したことでも良く知られる存在です。


フスがローマ教会から異端者の烙印を押され処刑されてから、チェコボヘミア地方)ポーランドは「フス戦争」(1419-1434)の時代に入ります。フスの火あぶり刑を奸計で操ったルクセンブルク朝の神聖ローマ皇帝ジギスムント(兼ハンガリー王/皇帝位:1410 – 1437、後にボヘミア王も兼ねる)は、フス派を鎮圧するため十字軍を送りますが、逆にフス派軍(首領ヤン・ジェシカ)に敗北を喫しています。


フスの宗教改革は、ドイツのそれに約100年も先行した出来事ですが、間違いなくフスはマルチン・ルターのドイツ宗教改革へ大きな影響を与えています。そして、フスの改革から約140を経た1555年に、ルター派プロテスタントは一部の問題を残しながらも「アウグスブルクの宗教和議」でカトリックと同等の権利を獲得します。しかも、その流れは止まらず、16世紀中にはスイスのツビングリ、カルバンらによる宗教改革の実現に結びつきます。


後継者がなかったジギスムント王のあと王位は暫く空白となりますが、やがてボヘミア中小貴族の熱烈な支持によってフス派の貴族の中からイジー・ポジェブラト(Podebrad Jiri/1458-1471)が国王に推戴されます。優れた行政能力と広い視野を持っていたイジー王は、フス急進派(タボル派/Taborite)を押さえて、ボヘミアを穏健フス派で纏めることに成功します。


驚くべきことに、非常に慧眼であったイジー王は、東方から迫るオスマン・トルコの圧力に既に注目しており、これに対抗するため「全欧州連合構想」を創案しました。その内容は、今日の「国際連合(ないしは欧州連合)の考え方に極めて近いものでしたが、これは余りにも先見的であったが故に、そして何よりもフス派は「超官僚化したローマ教会」が異端と見なす存在であったために、その優れた構想が「時の欧州諸国」から受け入れられることありませんでした(この部分の出典:→http://www.t3.rim.or.jp/~miukun/tyere9.htm


その後に続くポーランド系ヤゲロー朝(Dynastia Jagiellonow/ヴラジスラフ・ヤゲロンスキー/Vladislav Jagellonsky/ 1471年〜)時代〜ハプスブルク朝時代(ヤゲロー家の娘、アンナの夫となるフェルディナンド1世(ボヘミア王位:1526-64)の時代以降)の王権は神聖ローマ帝国の枠内に留まる選択をしたため(もっとも、これは10世紀のプシェミスル朝・ヴァーツラフ1世・聖王(実質は大公国、Vaclav 1/位:921 - 935)以降の伝統であったが・・・下記・注記1◆、参照)、中・東欧諸国の中で最もドイツの影響を受ける地域神聖ローマ帝国ベーメン地方)となり、王権がやや抑制されつつ安定化します。このため、特に15世紀〜16世紀のボヘミアプロテスタントへの改宗者が増え続ける比較的平和な時代となります。


(注記1)


なお、プシェミスル朝・オタカル1世(Premysl Otakar 1/1198 – 1230)は、1198年に初めて世襲の王号を獲得し、次いで1212年にはボヘミア王国の独立が神聖ローマ皇帝から正式に承認されています。やがて、ヤゲロー朝ボヘミア王・ウラースロー2世(Ulaszlo 2/位:1471-1516)の娘アンナの夫であるハプスブルク家のフェルディナンド1世(Ferdinand 1)がボヘミア王を継いだ後のボヘミアは実質的にオーストリアハプスブルク神聖ローマ帝国)の支配下に入りますが、王国としての形態は1918年まで続くことになります。


(注記2)


◆フスの宗教改革とフス戦争にはドイツ化に対するボヘミア人の反撃の意味もあった
・・・百年戦争中のフランス宮廷で成人したルクセンブルク朝のボヘミア王カレル1世(神聖ローマ皇帝としてはカール4世、カレル4世/皇帝位:1346 - 1378/母親がプシェミスル朝の血を引く)は、ハプスブルク家の躍進を危惧したドイツ諸侯によって皇帝に選出されている。


・・・このボヘミア王カレル1世は、チェコを欧州第一の国家に押し上げたという功績が称えられ、後世のチェコ人から<祖国の父>と呼ばれた。また、その時代は<チェコの黄金時代>とも呼ばれており、シェレジェンなどの領土拡大とともにフランス・ドイツ・イタリアの文化がプラハに集まるようになり、パリ大学を模した帝国内初のカレル大学(通称プラハ大学)が創設(1348)され、新市街とカレル橋の建設などプラハを帝都へ変貌させるための大事業が行われた。


・・・なお、これに先立つ時代(13世紀末〜14世紀初め頃)のプシュミスル朝・オタカル2世(Otakar 2/位:1253 - 1278)は、ドイツ移民を積極的に招きいれて産業振興と銀・貴金属などの鉱山業の振興を図るとともに中央集権化を進めた。また、オタカル2世は、神聖ローマ帝国の「大空位時代(1253-78)と「オーストリア空位時代」(1246-82)の隙に乗じてボヘミア王国の領土を北海からアドリア海に跨るまで拡大し帝位をうかがうまでなった。しかし、結局は帝都がチェコへ移転することを恐れたドイツ諸侯の工作により、その野望は挫かれ、アルザスの小領主ハプスブルク家のルドルフ1世(Rudolf 1/位:1273 - 1291)神聖ローマ皇帝に選ばれている。


そして、16世紀中にはフスの努力(聖書のチェコ語への翻訳、チェコ語表記法の整理など)が見事に結実し、チェコ語文法が体系化され、ボヘミア公用語としてチェコ語が使われるようになります。そして、現在のプラハ城内に残るゴシック後期の建造物群やルネサンス風の大広間などは、この時代の空気を良く伝えています。


ところで、時代は一気に飛びますが、1968年の春から夏にかけて当時のチェコスロバキアドプチェク党第一書記の下でとられた一連の自由化政策が『プラハの春』です。が、1968年8月20日の深夜、ソ連が率いるワルシャワ条約機構軍は、チェコスロバキア全土に侵入し、この『プラハの春』を軍事的に制圧しました。しかし、この事件の余波は、その後、ポーランドの「連帯」へ、最終的には1989年の「東欧革命」へ結びつきます。


この事件の意義は“政党や国家とは異次元にある市民社会と市民(一般の国民)意識の中にこそ<大いなる政治変革の芽=dynamo-objective couplingがもたらすもの/詳細、後述>が隠れている”という現実を世界中に知らしめたことにあります。そして、ドイツ・フランスなど西欧諸国への影響(例えば、ドイツの真の民主化を目指した「1960年代以降の司法改革」)にとどまらず、ここから得られた貴重な知見はEU欧州連合の理念部分などへ、今も大きな影響を与えています。


一方、『プラハの春』の偉大な教訓を見逃してきた我われ日本国民は、1960年代以降から現在に至るまでの貴重な歴史時間を、ひたすら「お上」世襲化した“政治権力・官僚組織・財界・(暴)・マスメディア”の癒着コングロマリットの病巣が異常増殖するがままに任せてきたため、その大きなツケ(ご褒美?)として「偽装民主主義の重宝な道具として有効な“偽装”裁判員制度」、「記者クラブ制度という名の官製談合ジャーナリズム」、「麻生・国営漫画喫茶という名の一般国民を小馬鹿にした国立ギャグ飲茶施設」などを“有難いお上“(=一般教養を見捨ててきた日本のエリート層の重度頭脳硬化現象がもたらす過剰に官僚化した複合権力機構)から下賜される羽目となった訳です(この詳細は、下記★を参照乞う)


裁判員制度記者クラブ制度、麻生・国営漫画喫茶/三つの癒着事例に見る、“暴政”日本のおぞましき潜在光景、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090601


更に、ここで忘れるべきでないのは、1989年の「東欧革命」を遥か500年以上も遡るボヘミア王国(フス派・国王)の時代に「国際連合」ないしは「欧州連合」の原型となるような構想が、この地ボヘミアに生まれていたということです。無論、その時代の国際的な政治環境と生活環境は、現代とは別次元という意味で、過酷・野蛮・残忍・残酷であり、戦争・殺戮・流血・凌辱・半殺しのような惨事が至極あたり前に市民生活の身近に転がっている時代でした。


しかし、我々はここで次のことを見逃すべきではありません。つまり、「国際連合」の原型のような斬新な構想がイジー王のボヘミアで生まれていたということは、地獄の如き過酷で殆ど逃げ場がないような環境下でこそ、動的・選択的客観統合dynamo-objective coupling/一種のプロセス重視型の状況認識の繰り返し=過去の歴史・現在の周辺状況・底辺(生身の一般国民・市民の存在)の鬩ぎ合いと葛藤/詳細、後述)が機能して、新たな知恵・知見がもたらされるということを示唆しているということです。


【画像4】プラハ、旧市街広場辺りの風景(2009.3.21、撮影)







・・・二〜六枚目は、旧市庁舎(Staromestske Nam)の展望塔(二枚目)から撮った風景です。一枚目は、その旧市庁舎の「12人の使徒像の天文時計」で、正時ごとに12人の使徒が動く仕掛けになっています。


【画像5】旧市庁舎・展望塔から見た「プラハ城の遠望」(2009.3.21、撮影)



【画像6】プラハ城の風景(2009.3.22、撮影)




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【画像7】プラハ城からの眺望/ヴルタヴァ(モルダウ)川(2009.3.21、撮影)



(日本核武装論なる官僚型・硬直思考の堪えられぬほどの存在の軽さ)


喩えるなら、日本核武装論者の脳の働きは、古典的「パペッツの情動回路」(参照 → http://jp.blurtit.com/q993753.htmlとほぼ重なる大脳辺縁系の機能が極端に低下したような状態ではないかと思われます。別に言えば、それは余りにも巨大な恐怖感、あるいは図抜けた泥酔状態で強制終了させられると「海馬記憶と脳全体の情動回路が完全麻痺状態に嵌るようなもの」です。より具体的に言えば、それは巨大な目前の脅威(例えば、北朝鮮の核弾頭の脅し)にビビって瞬時に正常な判断能力を失い、大小便をチビる寸前のような状態ではないかと思われます。


しかし、平和を維持するため何よりも大切なことは、どのように苛烈な状況下においても、一定の冷静さを保ちつつ健常な判断力を失わぬようにできる工夫を死を恐れず歯を食いしばって創出し、それを持続させることです。これは、健全な民主主義のメンテナンス(維持)のためにも必要なことですが、特に「開戦か平和維持かの火急の選択」を迫られた時には、待ったなしの<瞬時への対応>が決め手となるだけに、だからこそ、常日頃から、このような極限プロセスにおけるスナップ・ショット的機序の意味を客観的に深く理解しておくことが肝要です。いったん「先制攻撃的な物理的手段」に頼れば、あとは“血の海”と“阿鼻叫喚の地獄絵図”の拡大から後戻りすることが容易でなくなります。


そして、ここで、もうひとつ想起すべきは下記の著書◆のことです。


◆デーヴ・グロスマン(DaveGrossman/http://en.wikipedia.org/wiki/Dave_Grossman)著『戦争における人殺しの心理学』(安原和見・訳/ちくま学芸文庫


デーヴ・グロスマン(米国陸軍中佐、レンジャー部隊、ウエスト・ポイント陸軍士官学校心理学・軍事社会学教授、アーカンソー州立大学軍事学教授を歴任した人物)は、自らの過酷な実戦体験と戦争の悲惨と残忍な戦場の修羅場(=殺戮現場と血の海)を体験した多くの兵士たちの証言を基にこの本を書いていますが、その核心部分に次のような記述があります。


『・・・兵士たち(その証言が本書の根幹をなしている)は戦争の本質を見抜いている。彼らは「イーリアス」に登場するどんな人物にも劣らぬ偉大な英雄であったが、それにもかかわらず、本書で語られる彼ら自身の言葉は、戦士と戦争が英雄的なものだというあの神話を打ち砕く。他のあらゆる手段が失敗し、こちら(兵士たちの側)にその「つけがまわって」くる時があること、「政治家の失敗と誤り(Ex.→“敵基地攻撃能力の保有を提言〜自民小委<6/3 19:52>、http://www.ntv.co.jp/news/136867.html”の類のコト)」を正すため、そして「国民の意志」を遂行するために、自分たちが戦い、苦しみ、死なねばならぬ時があることを、兵士たちは理解している・・・』


ここで肝要なのは、このグロスマンの言葉を抽象的・観念的にではなく、より具体的・現実的に理解することです。核爆弾を落とされ一瞬にして死ぬこと自体に痛みや苦しみが伴うことは想像できませんが、地球全体を一瞬にして壊滅させるような事態にでもならぬ限り、必ず、一定範囲内の戦場での殺し合い(殺戮・殺傷)現場または核爆弾の投下で一瞬にして蒸発し消え去る一定地域の周辺には数限りないほどの、半殺し状態で生々しくも悲惨な状態(=生と死の狭間に放置された地獄図そのままの悲惨な周辺状況)の負傷者が大量に出現するはずです。


この点、どんなに迫真のリアリズムを売り物にするアクションまたは戦争映画であっても、不死身で恰好よいイケメン・ヒーローの刀や銃弾でバタバタと敵が一瞬にして死んでゆくシーンは、まさに麻生首相好みの「マンガ的で荒唐無稽なフィクション」です。現実の殺戮現場では、全身に帯びた見るに耐えがたいグロテスクな生傷だらけか内臓が飛び出した半殺し状態で、血の海の中で苦しみもがく悲惨な負傷者の山(ヤマ)ができている筈であり、それこそ阿鼻叫喚の生き地獄の出現(それは彼岸の一部ともいえる“地獄”以上の惨たらしさ!)が現実のはずです。


生身の普通の市民感覚、というか普通の人間の率直な感覚からすれば、よほどのマゾヒスト(Masochist)でもない限り、一瞬にして生命が途絶えて意識が消え去るよりも、惨たらしい生傷と半殺しによる瀕死状態、手足や内臓の一部がグシャグシャにあるいはドロ〜リと飛び散った状態、半ばクラッシュした頭蓋から脳みそが流出した状態、焼け焦げ爛れた皮膚を熱風に晒しつつもがき苦しむ状態、あるいは、それらの後遺症で末永く生涯の苦痛と不具の運命を授けられる方が余程恐ろしいはずであり、殺戮戦や核爆弾の恐ろしさの現実的な意味はこちらにこそ大きなウエイトがあるはずです。


もうひとつ付け加えるなら、昨今、「日本核武装論」(または敵地先制攻撃論など)を唱える人々の脳裏からカキ消えている決定的なことがあります。それは上で述べた凄惨な戦場のリアリズムとも重なりますが、「境界・間合い・辺縁の意義」についての理解ということです。彼らの脳裏ではこれが欠けているのです。別に言えば、これは「生身で生き続ける人間の皮膚感覚的な意味での記憶」の問題であり、今も生きている「歴史」についての理解の問題です。一般に歴史と言えば、教科書的で平板で当たり障りがなく無責任で他人事のような記述、あるいは中世キリスト教的・家父長的な装いの年代記(Chronicle)、または権力側の公文書記録(Archive)などを想像するかも知れません。が、人間の歴史(民主主義の歴史=戦争と平和の意味についての理解の深化)を考えるとき、それだけでは内容が不十分です。


ここで十分に書く余地はありませんが、歴史の前提条件は「先ず、でき得る限りの客観的事実の記録(ecriture/エクリチュールということ」であり、次に「現代から未来へ生き続ける我われ一般国民・市民が過去の歴史記録と現代の世界環境との関わり合い鬩ぎ合いの中における底辺(生身の一般国民の生活)も含めた動的・選択的客観統合の作業dynamo-objective coupling/一種のプロセス重視型の状況認識の繰り返し=歴史・状況・底辺(生身の一般国民・市民の生活)の葛藤)から新たな歴史観と新しい知見を絶えず獲得し続ける永続的な作業だということです。換言すれば、それは「歴史・歴史遺産および現在の人間社会における生命因果プロセスのスナップ・ショットを凝視しつつ新たな知恵の創出・発見を持続させる」ということです(詳しくは、下記▲を参照乞う)


▲2009年春/ドナウの真珠、ハンガリーブダペストの印象(2/2)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090515


このような観点からすれば、いま主要メディアが持ち上げる「田母神・将軍」(元航空幕僚長/元・軍在籍で軍のことが分らぬ人物?)、「クライン孝子・女史」(在独評論家/在独でドイツのことが分らぬ人物?)、「ヘロヘロ中川元財務相(間歇型急性アルコール中毒症の人物?)らが、近年かまびすしくアチコチで吹きまくる「日本核武装論or先制敵地攻撃論の提言」なるものの“堪えられぬほどの存在の軽さ”(=天空高く舞い上がった偽装エリート主義的な抽象論・観念論=脳の機能が硬直化した、一種の精神的官僚主義シンドロームの軽薄さ)が理解できる気がします。


従って、たとえ我われ一般国民が如何に善良で無垢で無知な(企まれた情報欠落状態=権力サイドの意図的・圧力的な情報非対象操作、つまり重要で肝心な情報の秘匿・隠匿・歪曲によリ結果的に無知状態にさせられる恐れが絶えず付きまとう/Ex.参照、下記◆)立場に置き去りにされているとしても、ユメユメこれら「大小便たれ流し寸前まで肝っ玉or金玉が縮み上がった思考=限りなくその存在が軽く、しかも精神的に硬直した官僚主義の怯懦(Cowardice)と愚かしさ(Stupidity)」に惑わされるべきではないと思われます。


◆「NHK番組の偏向検証」自民有志(偽装極右の美しい領袖?=安倍元首相ら)が議連結成(よく飽きもせず、よくも懲りずに、NHK等メディアへの圧力議連を再び?)へ、http://sankei.jp.msn.com/economy/business/090604/biz0906041938016-n1.htm


【エピローグ】Lara Fabian - Broken Vow