toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

メディア・イベント優先、重要動向カットの報道は民主主義の敵

toxandoria2009-09-22



[副 題]民主主義の深化のため、今こそ凝視すべき三つの視点(3/3)/記者クラブ制下のメディア・イベント(Media Event/ヤラセ報道)の問題
・・・同表題(1/3)の記事はコチラ → http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090903
・・・同表題(2/3)の記事はコチラ → http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090920


【画像1】登米町、初秋の風景ア・ラ・カルト(2009.9.20、撮影)






















・・・宮城県北東部の旧・登米町(とよままち)は、2005年の合併で登米市(とめし)へ編入されたが、「みやぎの明治村」として、その歴史建造物が人々に親しまれている。最後の画像は、北上川登米大橋あたりの風景。


(プロローグ)


『8.30総選挙』が終わり、ここ3週ほどの間のNHK・TVのニュース及び報道特番民主党の躍進と同党への国民の大きな期待を伝えざるを得ない・・・)で、奇妙な印象(違和感)を連続して与えられた。


それは、「民主優勢報道の映像の殿しんがり」に必ずアノ無言でのっぺりとした、目の奥だけが不気味に笑う「小泉進次郎・自民世襲4世議員のプロフィール」をサウンド・バイトの如く短く、しかも執拗に挿入し続けたことだ。まさか、同じNHK大河ドラマ天地人』に端役出演中の兄・孝太郎と“NHK露出度”のバランスを取る配慮でもなかろうにサウンド・バイトについては、当記事の末尾にある“メディア・コントロール手法の整理1”を参照乞う)


しかも、同様の傾向は民放では殆ど見られず、NHKに特化した現象であったようだ。それは、ホンの数秒間で殆ど解説も付かぬ無意味で不思議な映像であっただけに、この余りにも異様なメディア・イベント(ヤラセ報道/おそらく、嘗ての大スポンサー・自民党への釈明のつもり?)が不気味な印象として心に残っている。おそらく、「コイズミなるもの」に対する好悪の感情は別として、かなり多くの人々が同様の不可解な印象(違和感、隔靴掻痒感のようなもの)を持ったはずだ。


(関連参考情報)


懲りない小泉進次郎、“世襲シロアリ寄生議員のブログ”=衆院初当選(政治)より食べ歩きの日々http://gendai.net/?m=view&c=010&no=22730http://blog.goo.ne.jp/akiko_019/e/7a8668e41eb8fc601aa54ebc4b5691ff


小泉進次郎氏:団体収入の99%は元首相側の寄付、http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090918k0000e040074000c.html


ところで、直近のメディア状況で目立つのは、「民放テレビ放送内容の劣化とNHKテレビの一人勝ち」ということだ。視聴率はNHK番組が上位を独占しつつある一方で、必然的にスポンサーの意向に従わざるを得ない民放番組は、不況の追い打ちもあって、愚劣化するばかりで殆ど見るに堪えぬほど惨憺たる状況(=劣悪・幼稚化番組のオンパレード)となっていることは周知のとおりだ。


他方、広告収入に依存しないNHKは良い番組を作れる立場であるはずなのだが(無論、そのような意味で良質な番組づくりに努力している側面も見られるが・・・)必ずしも、そうとは言えないばかりでなく、上で見たように明らかな一定のメディア・イベント(ヤラセ報道)の意志の下でメディア・コントロールの基本たるサウンド・バイト技術を使いこなそうとするのは「中立・公正な報道機関の役割」の放棄といえるのではないか。


また、新聞界の雄を自負する朝日新聞も相変わらず自民党“小さな政府派”への気配りから「ネオリベ市場原理主義」の片棒担ぎに精を出している。例えば、2009.9.21『Globe、No.24』に竹中平蔵パソナ会長(元経済財政担当相、慶応大教授)を登場させ“民主党は完全民営化を先送りし小泉・竹中改革が逆回転し始めた、まるで社会主義経済だ!”と、まるで「オバマの公的医療保険プラン」を批判するペイリンの如き“アジテート口調”で語らせ、これぞ斬新な紙面づくり『Globe』の第一歩!と“したり顔”だ。


ならば、リーマン・ショック後の金融破綻で、暴走したウオール街が恥も外聞も捨てて米国政府へ巨額公的資金投入を懇願したのは何なのだ? これでは「竹中平蔵が崇める御神体=暴走ウオール街の強欲バンカー」らこそ“正真正銘の社会主義経済の信奉者”ではないか? これでは“新機軸”の『Globe』も、自社生き残り戦略のための新たなメディア・イベントの場に見えてくる。ここには、国民主権への配慮など二の次で「記者クラブ制」に甘んじつつ、国民によって民主・自民どちらの政権が選択されようが先ず御身大事という朝日のホンネが、醜悪かつ露骨に転がり出ている。


<注記>朝日新聞『Globe』
・・・2009年3月中間期決算で103億円の純損失を計上した朝日新聞が紙面づくりで始めた新たな試み。月2回のペースで月曜日・朝刊に通常紙とは異なる複数の白い紙面を挟んだもの。国際情勢の分析、世界で活躍する日本人のインタビュー掲載などによる斬新な記事の創造を謳っている。


(関連参考情報)


“国家寄生虫”の如き御用学者の実像=パソナで年俸1億円、竹中平蔵の不敵な笑み“自由は選挙の時だけ、それが終われば皆奴隷”エヘヘhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090914


竹中式バカの作り方に扇動され偽装マニフェストとTVパフォーマンスに踊る日本http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090802


(Webネットワーク型環境管理時代にメディア指導層らが求められるタフネス (toughness)ということ)


・・・以下は、[2009-09-20toxandoriaの日記/ 今こそ民主党に求められる「記者クラブ制」全廃への勇気ある決断力、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090920]のコメント&レス(⇔“もえおじ”さま)の転載・・・


もえおじ


『環境問題に関する社会学的考察、有難うございます。


温暖化対策の議論に関しては、直接の専門家の中にはエセ環境原理主義論者の批判にうんざりしている方々が多数いらっしゃるようです。ところで、


夕鶴がチェコで演奏されたのですね。うれしいことではあります。私は昔オペラおたくだったので、團伊玖磨がスイスチューリッヒで改訂版を初演したときの 経緯を知っています。(当地の音楽監督に、作曲家本人がピアノの弾き語りで全曲歌って見せた。)ただし、音楽的にはあまりにも古臭い印象があります。


あくまで私見ですが、世界に通用する日本人作曲家のオペラとしては、黛敏郎金閣寺三木稔春琴抄高橋悠治:可不可、細川俊夫(欧州ではとても有名人):班女、リアの物語、野平一郎:マドルガーダ、などでしょうか。(武満がオペラを書く前に亡くなったのは残念でした。)あと、三善晃のオペラは一度 も聞いたことがないので興味があります。


オペラというのは古今東西の作曲家が渾身の力を込めて作曲してきた最高の総合芸術の娯楽形式であり、興味に値するものだと思っています。ただし、無調音楽に慣れていない方々には、楽しめない近現代作品が多いのも確かです。』(2009/09/20 23:33)


toxandoria


『“もえおじ”さま、ありがとうございます。


toxandoriaは、オペラについて全くの門外漢ですが、次のようなことを直感しています。


記事でも書きましたが、古典・古代〜中世〜絶対王政期にも全く「人権保護の観念」が存在しなかった訳ではないと思われます。ただ、それは少数派のアカデミズムと人格高潔で識見豊かな一握りの支配者を中心とするエリート層に属する人々の中に置いてだけのことではなかったかと思います。しかも、彼らに特に強く帰属する強靭な意識として・・・。


それだけでなく、これら古典・古代〜中世〜絶対王政期の一握りのエリート層に属する人々は、愈々、これか ら21世紀ユビキタス社会のエリート層に属する人々が求められることになる“倫理的・知的・肉体的タフネス(toughness)”を、先取りして いたのではないかと思っています。


そう思い始めたのは、一部の専門家が指摘しているとおり、現代社会の宿痾(例えば、終演したばかりのクサレ自民党政治に見られた暴政という名の業病)の病原体が“アダムスミスの誤解”にあっ たということ、つまり“新自由主義を掲げた学者らが無機的な市場原理主義を補完する倫理・道徳的観念の重要性をスミスの理論から意図的に(?)切断したことにある”という指摘に共感したことに始まります(参照 ⇒ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090201


なぜ、古典・古代〜中世〜絶対王政期に、ごく一部のエリート層の人々が、これからユビキタス社会の人々が求められる“倫理的・知的・肉体的タフネス(toughness)”を先取りしていたのかという疑問には、これから我われが迎えようとしつつある“ノン・パノプティコン超監視社会(非一望型・超監視社会=ユビキタス型・超監視社会)の到来”がヒントを与えてくれます。


日本民主主義の深化のため、いま求められている「取調べ可視化」や「記者クラブ制廃止」の類は謂わばアナログ・レベルの監視強化の方向ですが、これから本格化するユビキタス社会は必然的に、その対応の仕方が一筋縄ではいかない「ウェブ・ ネットワーク型環境管理社会」、つまり「ユビキタス型の超監視社会」へ突入せざるを得ないと思っています。そして、ユビキタスの原義は“神は遍在している、この世界に神は満ちみちている”、言い換えればそれは“神の眼差しはこの世界に遍在する”ということでした。


そこで、我われが関心を持つべ きは、現代社会の内部に巣食っている「過剰なグローバリズムと高度情報化の進展による無責任社会化の暴走(=アンバン ドリング、デュー・デリジェンス、知識人の抽象世界への逃避と論理原理主義による現実感覚と人間らしさの喪失、政治倫理の堕落・崩壊、小泉ジュニア・4 世の典型事例に見られる寄生虫型or世襲シロアリ型政治家の増殖(参照 ⇒ 懲りない “世襲寄生議員のブログ”=政治より食べ歩きのお気軽な日々、http://gendai.net/?m=view&c=010&no=22730http://blog.goo.ne.jp/akiko_019/e/7a8668e41eb8fc601aa54ebc4b5691ff、民放に見られるTV番組の幼稚園化、文化人・芸能タレント・コメンテータらの幼 児化・痴呆化、同じく人間性・品性の下劣化」など、これら病巣の深刻化・悪化傾向ということです。


一部の識者らの中には、オペラの起こり が欧州列強諸国による対植民地宥和政策の大仕掛け(=大衆騙しのパフォーマンス・ツール)であったという側面を強調する方々がおられます。たしかに、「小泉劇場」はオペラのこのような側面を狡猾に利用しました。しかし、これは 筋違いの方向であり、むしろカーニバル祝祭的な“ハレ舞台”の創造による人間性解放を目指す非常に優れた総合芸術だと思っています。もし、前者の指摘を受け入れるなら、彫刻・絵画芸術の如きも悪魔や魔術信仰の名残だと主張するナンセンス論に嵌ってしまいます。


そして、「祝祭的な“ハレ舞台”の 創造による人間性解放を目指す非常に優れた総合芸術」の証(あかし)は、例えば、当記事で紹介したスメタナ作の『ダリボル』(1883年のチェコ民族劇 場・完成のこけら落としで初演)のような作品に顕著に見られると思います。なお、この作品の日本公演に先立ち、ピアニスト中島昌子さんの熱心で地道な「夕鶴・チェコ公演」のためのご努力ということがあります(参照 ⇒ ピアニスト NPO法人はるもにえ代表 中島昌子さん、http://www.joso.net/archives/2009/08/-npo.shtml


まさに、これはコトバ の壁を超えるグローバリズム時代の“人間性解放活動”であり、これこそが21世紀ユビキタス社会のエリート層に属する人々に求められる“倫理的・知的・肉 体的タフネス(toughness)(=喩え、外国語ゆえに言語が理解できなかったり、あるいは歴然たる社会的格差の障害(村八部ならぬ“グーグル八 部”、“ヤフー八部”あるいは“80対20の法則”によるデジタル・デバイドがもたらす経済格差)などが出現するとしても、深い心の交流を可能とするタフ ネスと、その強靭な実行力)の典型であり、かつ先駆けではないかと思っています。』(2009/09/21 13:49)


(重要動向を的確に報道しない日本マスコミのメディア・イベント(ヤラセ報道)体質)


・・・以下は、[2009-09-20toxandoriaの日記/ 今こそ民主党に求められる「記者クラブ制」全廃への勇気ある決断力、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090920]のコメント&レス(⇔“pfaelzerwein”さま、)の転載・・・


pfaelzerwein


民主党記者クラブへの対応も興味深いところなのですが、リンク「◆ドイツ総選挙(27日投開票):「脱原発」が争点に」に如実に表れている毎日新聞の アジテート記事はだから余計にとても珍奇に映ります。元々欧州発の記事は不可思議なものが多いようですが、この新聞社の「立ち位置」が隠されているためあ る種の誘導・扇動報道のようにしか思われません。影響力では比較になりませんが55年体制で「野を演じ続けた」朝日新聞顔負けの性質の悪さが感じられます が、どうでしょう。』(2009/09/21 06:35)


toxandoria


『Pfaelzerweinさま、ありがとうございます。


リンクで示した「◆ドイツ総選挙(27日投開票):「脱原発」が争点に」に如実に表れている毎日新聞の記事」は、同じ内容の各紙による報道の中では、ご指摘のとおりアジテートの印象があります。


ただ、内容を読んでみると、ドイツ国民の冷静さメルケル首相が「再生可能エネルギーが十分に利用できるようになるまで、橋渡しとして使うべきだ」と主張し ていることなど)が書かれているので、ヘッドラインを誇張して目立つように書き過ぎた、走り過ぎたということでしょうか? しかし、その意味でも扇動の役 割を担っていることにはなると思います。


また、同じくご指摘のとおりで、常々から、日本メディアの欧州発情報には満足できないというか、何か焦点を意識的にボカしたようなものが多いと不満を感じています。


ただ、面白いことに、今回の民主党政権の発足直前に、Twitter上で“民主党さんの思うとおりにはさせないぜ!”と呟いたため顰蹙を買った、その産経新 聞のパリ特派員(10年以上のフランス生活となるらしい)発のニュースが、何時もユニーク、というより“かなりの的確さという意味で他紙報道を凌駕する内容の情報”であることに注目してきました(下記◆1、2)


やはり、“適切な海外情報”は発信者に現地生活の長さを求めるということなのでしょうか?


◆1:「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」――産経新聞Twitter上での「軽率な発言」を謝罪、http://news.livedoor.com/article/detail/4325750/


◆2: パリの屋根の上で/(産経)パリ特派員が綴る取材こぼれ話(山口昌子・記者)、http://yamaguchis.iza.ne.jp/blog/entry/1177964/


話題は転じますが、米国における「オバマ公的医療保険(国民皆保険制の導入プラン)」関連の情報でも隔靴掻痒の苛立たしさを感じています。


例えば、10/17・日経新聞は「ボーカス上院民主・財政委員長案=協同組合方式へ傾き、公的保険創設はムリ」の方向が固まりつつあるように報じました。


が、本日(9/21)のABCニュース(TV)で、“医療保険を失い病院治療から排除される人々の増加数が約4.5万人(per year)となっており、彼ら病院から排除され治療も受けないで死を待つままに放置される人の累計が約5,000万人にまで拡大したこと(米国総人口は約3億人)が、一般の米国民層にも漸く知れ渡ることとなったため、「公的医療保険ヒトラー流の国家社会主義政策」などペイリンらが仕掛けた論陣はオバマ攻 撃のアジテーションであると見なす冷静さが取り戻されつつあること”を知りました。


無論、これでもコトの顛末が見えた訳ではありませんが、このように重要な展開状況を報道しようとしない我が日本の報道機関のスタンスは一体何なんだろう、という疑問が鎌首を擡(もた)げてきます。』(2009/09/21 17:25)


【エピローグ】


Lara Fabian - Il ne manquait que toi...


Lara Fabian - Immortelle (En toute intimité)


(参考関連資料/メディア・コントロール手法の整理1)


・・・『メディア・コントロールの様々な形』(以前にtoxandoriaの日記で纏めた内容の再録)


ゲートキーパー効果:情報についての無意識的な操作
・・・ゲートキーパー(門番)効果は、新聞など一次情報に関する本質的で古典的な問題である。0次情報を伝えることが不可能である以上、絶対に避けられない。が、マスコミ人は、絶えず、報道に携わる者の心構えとしてこの原点に立ち戻り、できる限り自らの固定観念を排除するよう務めなければならない。


●第三者効果:政策決定者とジャーナリストの癒着
・・・例えば、政策決定者とマスコミ人が勉強会を開くことは必要なことであるが、一方で心理的な一体感、利害関係の介入、無用なエリート意識の台頭、保身のためのもたれ合いなどの弊害が発生することがある。取材制限などを恐れて権力側の言いなりになる可能性も大きい。


●培養効果:テレビ゙のワイドショーやお笑い番組などの垂れ流しによる弊害
・・・これらの番組の視聴時間の長さと一般市民(国民)の批判意識の劣化傾向が正比例の関係になることが観察されている。


●テレビ゙番組製作技術上の物理的な限界
・・・批判的な内容の省略やカットなどにつながる。


●視聴者・読者の感受性と意識の劣化
・・・一般国民の危機意識の欠如や『無関心層』の拡大再生産などメディアリテラシーと教育の問題である。


●事実と論理による虚報の可能性
・・・一般国民は歯が立たない。専門家・学者の良識の問題。特に、巨大メディア化した新聞・テレビ・雑誌などは広告主(企業)や広告代理店の支配下に入ると、発行部数や視聴率よりも、経営的には広告収入に依存する傾向が強くなる。また、ニュース提供よりも“情報産業”的な傾向が強くなると、特にテレビ゙の場合は商業主義的な番組が横行するようになって情報の質そのものが劣化する。


●政治権力者等の権力的なオーラ効果
・・・マスコミも、一民間企業としての立場から見ると、強権発動、許認可権限などに対しては非常に弱い。イラク戦争の最中に起こった「英国BBCの分割問題」などはこれにあたる。


●メディア・イベント(Media Event)
・・・特に、テレビ゙では偶然の出会いや偽装被害者とのインタビューなど「ヤラセ番組」的な演出が横行する。これはマスメディアの商業主義化と関係する問題でもあるが、マスコミが意図的に仕組んだ「ヤラセ的な事件や報道」をメディア・イベントと呼ぶ。かつて、ブッシュ大統領が来日した折、居酒屋で小泉首相との夕食会を行ったり、同じく首相が相撲の優勝トロフィーの授与式を行ったりというようなパフォーマンス的ニュース報道がこれにあたる。


●シナリオの工夫しだいでは事実だけを並べても嘘を吐くことができる
・・・これは、古くて新しい問題。不利な情報は隠蔽し、有利な情報(事実)だけを並べるという古典的な方法がある。アンケート調査などでは、その信頼性を裏付ける統計理論や調査手法などに関する情報公開など、具体的な調査方法に関する情報の開示が求められる。


営利企業としてのマスコミの限界
・・・マスメディアは大スポンサー、広告会社の前では“猫になる”傾向がある。


●ビジュアル・プレゼンテーションの限界
・・・特にテレビ゙は、ビジュアル化による「分りやすい表現」と「視聴者からの受けのよさ」を求める傾向がある。従って、この場合は報道内容や情報の質の問題は二の次にされてしまう。


●取材時間・費用などの制約
・・・新聞やテレビ゙は、締切時間、紙面スペース、放送時間などの制約条件が多く、情報源が少数に限定されるという傾向がある。アンケート調査などでは費用の関係でサンプル数やサンプルの選定方法などの精度が犠牲にされることがある。


サウンド・バイトの制約
・・・sound-biteは、ニュース番組などに挿入される録画(音)されたスピーチ・インタビューからの一部抜粋のこと。これをニュース放映の途中で挿入するという手法が使われるが、前後の関係をあまり考えずに挿入されると、視聴者に対して誤ったシグナルや逆の解釈を与えてしまう危険性がある。


●センセーショナリズムの弊害
・・・地味で持続的な取材・報道よりも派手な一過性の報道の方が内外から好まれるという傾向がある。従って、熱病のように一つのテーマやイベントを集中的に報道するが、そのイベントが終わるとアッサリ忘れ去ってしまう。ニュースが単なる商品か消費財のように取り扱かわれる。


●マスコミ人の能力と見識の限界


●科学・環境分野における「参謀本部・専門組織発表型」情報の問題点(内容は省略)


(参考関連資料/メディア・コントロール手法の整理2)


・・・『情報操作の手法(旧ソ連共産党の手法) 』、http://wapedia.mobi/ja/%E6%83%85%E5%A0%B1%E6%93%8D%E4%BD%9C#2.より


匿名の権威
「消息(信頼すべき)筋によれば…」等のフレーズで始まり、記事の内容に権威を与えることを目的とする。この「筋」の名前は決して明かされることは無い。


日常会話
暴力、殺人等、人々が否定的に受け取る情報をあたかも日常会話のように記述し、心理的習熟効果を発生させ、反応を麻痺させる。


ハンガー・ストライキ
本来は抗議手段であるが、現代のハンガー・ストライキはマスコミと密接に連携して行われる。


泥棒捕り
何らかの事件に対して批判・責任を問われる人物が、他者に先駆けて事件を批判し、国民の怒りを他方向に向けさせる。


撹乱
大量の誹謗中傷を流し、事件そのものに対する関心を低下させる。いわゆる情報ノイズ。


感情共鳴
デモや集会等における群集の扇動。群集を理性ではなく、感情レベルで反応させる。


感情整列
一定のシチュエーションを用意して、群集の感情を均一化させる。


ブーメラン効果
国家権力により弾圧・迫害されることで、「自由の闘士」というイメージを作り出し、官営マスコミの報道を逆用する。


ハレーション効果
政治家、芸能人等の著名人の横に並ぶことで自分の信用を高める。


一次効果
最初に発信された情報は、後発の情報よりも優先され、信用されやすいという原理に基づく。

プレゼンス効果
事件現場から発信される情報は、人々に現実のものと受け取られやすい。臨場感を演出するために、しばしば、やらせが行われる。


情報封鎖
軍事行動や刑事事件の際に情報の流通を制限又は停止させる(報道協定など)。情報支配と密接に関係しており、当局の一方的な情報が流される。中国・北朝鮮ビルマイラクでは、国全体に情報封鎖がされている。またサウジアラビアは外国メディアの内政取材を一切許さない。


仲介者の利用
集団に対して情報操作を行うために、その集団のオピニオン・リーダーに狙いを定めて工作する。しばしば、オピニオン・リーダーは金品等で買収されることもある。


分類表
決まりきった単語、フレーズを使用することで、事件がどのようなものなのか分類してしまう。


コメント
人々を一定の方向に誘導するために、事件に対する解釈を付け加える。


事実確認
一面的な事実を提示して、世論を誘導する。


虚偽類似
世論操作に都合の良い「原因−結果」の因果関係を作り出す。


フィードバック
予め特定の結論が得られるような質問を作成しておき、一般の視聴者の回答を受けて、視聴者全体の意見に偽装する。テレビの電話投票やネット投票等。


側面迂回
主題とは無関係な記事の正確性を期して、記事全体の信憑性を高める。真実に紛れれば嘘の信憑性は高まる。


注意転換
スローガン等を駆使して、世論の注意を別の方向に向けさせる。


事件の目撃者
事件の目撃者を証言させ、感情共鳴を引き起こすことを目的とする。目撃者は、しばしば、プロの俳優であることがある。


歴史の書き換え
国家、民族全体に対する長期的な情報操作。現在、東アジア地域で盛んに行われている。


観点の偏り
紛争の報道において、どちらか一方の主張のみを取り上げ、他者の立場を無視する。いわゆるスピン。


反復
同じフレーズを反復して、人々の記憶に刻み込ませる。嘘も百回言えば真実となる(ヨーゼフ・ゲッベルスの言葉)。


すり替え
否定的な意味を有する言葉を受け入れ易い言葉に置き換える婉曲的手法。たとえば、テロリストはレジスタンスとなり、略奪行為は抗議デモと報道される。


半真実
虚偽の中に一面的な真実を織り交ぜ、記事全体を真実に見せかける。


コントラストの原理
心理的に対照的な刺激を受けると、人間の知覚や認識に対比効果が出る。


観測気球
世論の反応を見るため、試験的な報道を流す。


心理的ショック
感情共鳴のピークを利用する。生々しい戦災や事件現場の映像が利用される。


格付け
例えば、選挙の立候補者の能力や当選の可能性等の格付けを行い、世論を誘導する。


センセーショナリズム
緊急性を有する事件・事故の報道において、報道を一方的に飲み込ませる。


アクセントの転移
事実を改編することなく、強調点を転移して事実の意味を変えてしまう。


連想の創出
隠喩、比喩を駆使して、敵対者に否定的な印象を与える。


情報の波の創出
情報の一次波を起こし、不特定多数による大規模な二次波を発生させる。いわゆるブログの炎上。


問題の創出
記事のテーマを指向的に選別して、強調したい問題を提起する。


脅威の創出
敵対者(反対意見)の危険性を強調して、よりましな(当局に好都合な)選択肢を選ばせる。


社会的同意
社会全体が報道の中の意見に同意しているような印象を与える。逆の手法(社会全体がその意見に不同意)は、社会的不同意。


癒着提案
互いに無関係な情報から一定の意味のある文章を作り上げる。これらの情報は個別的には事実であるが、組み合わせの結果、読者に誤った印象を与える。


予告打撃
世論の否定的反応を引き起こす政策を採る際、情報を事前にリークし、決定採択時までに世論の関心を低下させる。


毒入りサンドウィッチ
序文と結論に否定的報道をおいて、肯定的な報道を挟み込み、肯定的な報道の意義を低下させる。逆の手法(肯定的報道で否定的報道を挟み込む)は、砂糖入りサンドウィッチと呼ばれる。



Wilhelm Furtwangler: Beethoven, Symphony no. 9 in D minor "Choral" (4/2/3)