toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

「中川元財務相の頓死」と「鳩山個人献金・告発者不詳」の謎、不可解な二つの“情報の非対称性”

toxandoria2009-10-04



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topologyのイメージ3


・・・この画像はhttp://people.csail.mit.edu/fsegonne/research/Topology/topology_01.htmlより


ウイーン、シェーンブルン宮殿の風景(2009.3.23、撮影)








<注記> 当内容は、下記◆の続編と位置づけて書いたものである。


◆1 2009-10-01toxandoriaの日記/ 「情報の非対称性」に寄生するゴロツキ・マスゴミの品性下劣な狡猾さ、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20091001


◆2 009-09-28 toxandoriaの日記/自民暴政の遺産「八ッ場ダム」と「マスゴミ」のトポロジー/「現にどうあるか」でなく「今、過去と未来がどう見えるか」の問題、
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090928


(中川元財務相の急死 / 不可解な“情報の非対称性”、その一)


中川昭一・元財務兼金融相が、4日午前8時18分頃に東京の自宅で急死していたことが報じられている。が、下記▼などが報じるところでは、その死因が不詳とのことである。


▼中川元財務相、都内の自宅で死亡 検視では死因不詳、
http://www.asahi.com/national/update/1004/TKY200910040124.html


▼中川元大臣の死亡原因を特定できず、http://www3.nhk.or.jp/news/t10015888041000.html


この痛ましくも不幸な出来事を軽々に論ずることはできないが、ナゼか自民党時代の暴政の残響でもあるかのような、妙に引っ掛かかる感じの空気が日本社会に漂い始めている。そこで、これから、この不可解な感じの空気を読み解く参考のつもりで、表記◆1の中から、「暴政の特徴」を纏めた部分(将基面貴巳・著『政治診断学への招待/政治症候学としての暴政理論』(講談社選書メチエ/p186-195)より)を以下に再録しておく。


(関連参考情報)


自由主義新自由主義保守主義新保守主義の違いが分からなかった故の悲劇?(山崎行太郎「毒蛇山荘日記」中川元財務相の死に想うー「保守原理主義の時代」の終焉)、http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20091004/1254629539#c


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(1) 政治社会内部において内部分裂を惹起する


・・・正当な理由なしで有力者を失脚させる、同じく賢人を追放する、そうすることで彼らが、「暴政」の実態を暴き、民衆を動員した「暴政」打倒の動きを未然に封印する。現代で言えば、有望な政治家や有力者の唐突な変死事件、正体不明の勢力による謀略的なスキャンダル暴露や風聞の仕掛けなど。または、中立・公正な立場の学者・知識人や有能で真剣なジャーナリスト、あるいは教育現場への排斥・圧力・弾圧などの横行。


(2) 市民生活を低下させ、市民とその財産を濫用(搾取、浪費)する


・・・「暴政」は、社会を格差拡大で分断し腐敗・混乱させることでその命脈を保つ。それは、社会を構成する集団の間に意図的に対立関係をつくり社会全体の市民共和制的な意味での連帯を困難にする。物質的にも、市民生活を可能な限り貧しい状態にする。そうすれば、過半の市民は日々の糧の入手で忙殺され、「暴政」を批判するゆとりがなくなる。さらに、過酷な経済競争(限られたパイの争奪競争、過剰な市場原理主義による弱肉強食状態)や戦争を引き起こせば一層「暴政」の効果が大きくなる。


<注記>


(1)、(2)は14世紀前半に活躍したローマ法学者バルトルス・サッソフェラート(Bartolus de Saxoferrato/1313‐57/近代国際私法理論の淵源たるローマ法大全への注釈で名高く、それは18世紀まで全ヨーロッパの共通遺産としての地位を保った/バルトルスのローマ法・注釈は、公・私法のさまざまな分野で北イタリアの市民生活に効果的解決をもたらし、1544年にはパドバ大学にバルトルスについての講座がおかれ、ヨーロッパ中の大学がこれに倣った。バルトルスは、北イタリアの市民共和制(コムーネ/comune)的な価値観がヨーロッパ中で共有されるルートを提供したと考えられる(参照 ⇒ http://www.yushodo.co.jp/ypc/y06064/no2.html)。


(3)ある政治体の“体液”の均衡が崩れると富の一極集中が起こり、その国の政治はモンスター(暴政)と化す


・・・ここでいう“体液”を“富の流れ”(現代風に言えば、経済活動で創造された付加価値分配の流れ)に読み替えれば、新自由主義思想と市場原理主義が我が世の春を謳歌し、強欲(ハイエナ)資本主義が跋扈する現代世界にそのまま当て嵌まる。


<注記>


(3)は、14世紀の哲学者・天文学者ニコール・オレーム(Nicole Oresme/ca.1323-1382/ アリストテレスの著書をフランス語に訳したことなどで知られる/参照 ⇒http://www.medieviste.org/scr1/archives/000380.htmlが著書『貨幣論』で分析した「暴政」の特徴。


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我われは、これら“暴政の徴候”が自民党政権時代の日本の社会状況、特に「小泉政権〜安倍政権〜福田政権〜麻生政権」下の惨憺たる社会状況(暴政の悪影響)にピタリと重なることに驚かされる。そして、ナゼそうなったかについて、もはや多言は必要としない。今、再確認すべきは、民主党への政権交代が実現したからといって、即、その“自民党長期政権型”の「暴政」がもたらした<悪徳による通奏低音の流れ>が止まった訳ではないということだ。この痛ましくも不幸な中川元財務相の急死は、その現実が我われに突き付けられたと見るべきかも知れない。


(鳩山個人献金・告発者不詳 / 不可解な“情報の非対称性”、その二)


下記▲などで、鳩山個人献金の捜査が着手したことが報じられている。東京地検が、「寄付者」らから参考人・事情聴取を行うことの是非を問う謂れはない。そこに違法性が確認されれば、然るべく法に照らして対応すべきである。しかし、我われ一般国民は、政権交代前後の流れから、次のような問題点の所在●を明確に自覚すべきである。


▲首相「故人献金」 参考人聴取を開始 東京地検特捜部、実態解明急ぐ、http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091003/crm0910030221026-n2.htm


麻生首相に集約された「長期自民党政権のゼニ・カネ&下半身ぐるみの堕落と無能力」が一般国民に見透かされ、その結果として相対的に民主党への支持率が高まり、政権交代が実現した。


●しかし、そもそも鳩山首相個人への支持率はそれほど高くなかった。従って、この「政権交代」は「小泉フィーバー」の如き「鳩山フィーバーの虚像」がもたらしたものではない。我われ一般国民の多くは民主党が掲げた“新たな可能性の方向への改革=Change”を支持しているだけだ。


民主党の圧勝後・・・メディアは総掛りで「鳩山個人(プラス幸夫人)」のブランド効果を高める戦略へ舵を切った。つまり、メディアは自公政権を支える方針から踵を返し意図的に「鳩山フィーバー」を煽ったふしがある。


●このような経緯でメディアが煽った「鳩山ブランド・フィーバー」がピークを越えたタイミングに合わせ、東京地検は、「鳩山由紀夫を告発する会」の告発(2009.7.3受理)を受け、2009.10.3から、鳩山由紀夫首相の資金管理団体友愛政経懇話会」(友政懇)の政治資金収支報告書上の「寄付者」から参考人として事情聴取を始めた。


●そこで、一部から疑問視されているのが「鳩山由紀夫を告発する会」なるものの実態が一切メディアで報じられていないということだ。すべてのメディアが“東京地検は「鳩山由紀夫を告発する会」の告発(2009.7.3受理)を受け”の表現で殆ど一致しており、ナゼか非常に画一的な「メディア談合の表情」が感じられる。


●ネット上には、告発者に関する“奇怪な情報”(一見では地検スジから流出したかに見える、告発者の怪しげな素性についての情報)が転がり始めているが、我われ一般国民は、このように“奇怪なネットへの流出情報”を信じるに足るものとする手掛かりを持たない。従って、まずメディアが本来の役割を果たすべく、「鳩山由紀夫を告発する会」の代表者名などを正直に報じるべきである。


●意図的に、ここでも「情報の非対称性」を操るのは卑怯な態度と言わざるを得ない。 ⇒ なお、“奇怪なネット情報”は、、Google検索窓に「鳩山由紀夫を告発する会 ニュース」を入れクリックすると上位ランク(5〜6ページ辺り)に地雷のように転がっている。。


(エピローグ)


マスメディアが意図的に煽る「ブランド・フィーバー」(ブランド・エクイティの概念)の問題は、『オウム真理教小泉劇場村上春樹“現象”〜民主党の圧勝による“政権交代”〜鳩山個人献金』などの関連性を視野に入れつつ分析すべき問題だが、これについては別の機会に書くつもりである。


ともかくも、下記(注記)の三つの「情報の非対称性」に加えて、「記者クラブ談合を舞台とする意図的な情報秘匿」や「現実社会から遊離したブランド・フィーバー(ブランド・エクイティの概念)」という具合にマスメディアが“計略的に「情報の非対称性」を拡大しつつ売上の確保と回復を図る経営手法”は、村上春樹・関連の“事前に虚像を膨らませ煽りまくる出版戦略(=『1Q84』現象)”と同じく邪道であり、ジャーナリズムとしての自殺行為に等しいことを警告しておかなければならない。


<注記>


旧来の意味での「情報の非対称性」は下の「三つの格差」の次元で発生している。


(1)官民格差・・・官僚による「文章経国主義」(もんじょうけいこくしゅぎ)の曲解で作られた「情報の非対称性」


(2)ストック経済格差・・・主に世襲による階層格差社会で上流・下流の間に生ずる「情報の非対称性」


(3)フロー経済格差・・・完全競争(市場原理主義新自由主義)の幻想がもたらす「情報の非対称性」


いま、新聞・テレビ等のマスメディアは、これに加えて、「談合による意図的な情報秘匿」、「社会の現実から遊離したブランド・フィーバー(ブランド・エクイティの概念拡張)」などの、より悪質な「情報の非対称性」を商売道具としつつある。


(関連参考情報)


なぜ「村上春樹」本はいつもバカ売れするのか、http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20091002-00000001-president-bus_all


1Q84」第3巻刊行へ 新潮社、駅広告で暗示、http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009100501000031.html


【エピローグ画像】平原綾香×本間昭光 「ミオ・アモーレ」 2009 Sep