toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

普天間基地、パンパン型搾取経済、けものみち、自民対米隷属政治についての予型論的考察

toxandoria2009-12-10



プロローグ画像】Lara Fabian - J'y Crois Encore(Still I love You)


【参考画像1】フラ・アンジェリコ『受胎告知』プラド美術館 

Fra Angelico 「The Annunciation」 1430-32 Tempera on wood 154 x 194 cm Museo del Prado 、Madrid


・・・フラ・フィリッポ・リッピ(Fra Filippo Lippi/1406-1469)に劣らずイタリアの初期ルネサンスで重要な画家、フラ・アンジェリコはリッピより20歳年長である。


・・・フィレンツェの北郊フィエーゾレのドミニコ会修道院の修道士であるアンジェリコの作品はいずれも宗教画で、その画面は彼が涙を流しながら描いたと伝えられるほど深く敬虔な信仰心にあふれ、こよなく美しく天上的な清らかさが満ちている。


・・・アンジェリコの絵の特徴は、ブルネレスキが原理を発見しマザッチオが初めて絵画に応用した「線遠近法」で画面を堅牢・明快に構築すること、また、濃淡がない光度の強い薔薇色と金色の色彩を好んで使っていることにある。


・・・このプラド美術館の『受胎告知』は、旧約と新約の間に意味上の関連づけを行ったキリスト教“予型論”(予期・予兆の意味もある)の思想を描いた作品として重要である。すなわち、柱廊の外側(左)には罪を犯して楽園から追放される人間の代表たるアダムとイヴがおり、その柱廊の内側では処女マリアへの告知が行われている。


【参考画像2】映画『ゼロの焦点

・・・全国でロードショー上映中 公式HPはコチラ ⇒ 
http://www.zero-focus.jp/index.html


・・・「砂の器「点と線」そして・・・松本清張生誕100年、至高のミステリーが映画化!ミステリーは再び0からはじまる。(『やっぱり映画好き、http://cinema-j.com/houga/?p=2196』より部分転載)


・・・史上空前のミステリーブームといわれる近年、松本清張の原作が次々と映像化され、好評を博している。そして清張生誕100年を迎える本年、「砂の器」「点と 線」に並び称される不朽の名作「ゼロの焦点」がついに映画化となる。


・・・物語の舞台は昭和30年代、戦後から新時代への転換期。ある男の失踪を機に、不可解な 連続殺人事件が発生する。主人公・禎子には、米アカデミー外国語映画最優秀作品賞受賞作「おくりびと」のヒロインとして、世界中から注目を集める広末涼子。社長夫人・佐知子には、「嫌われ松子の一生」で07年度日本アカデミー最優秀主演女優賞ほか各国映画賞を総ナメにした中谷美紀。受付嬢・久子には、「ぐるりのこと」で本年度日本アカデミー最優秀主演女優賞とブルーリボン主演女優賞をW受賞した木村多江


・・・いま最も輝いている 3人の女優が本作で初共演を果たす。さらに西島秀俊鹿賀丈史杉本哲太ら豪華男優陣が脇を固め、人間ドラマの名手・犬童一心監督がメガホンをと る。<犯人当て><動機の推理><衝撃の結末>・・・推理小説の醍醐味がすべて詰め込まれた日本文学史上最高の傑作 ミステリーが、この秋、究極のサスペンス・エンターテインメントとして現代に甦る。


(作品の背景)・・・ウイキペディアより転載


事件の背景に、日本が占領下にあった時期に、米兵相手に売春行為をしていた女性(作品のなかでは「パンパン」とも表現される)らの存在がある。彼女らが過去の忌まわしい経歴を隠そうとする必死の願望が、作品中で重要な意味を持ってくる。


ヒロインがろくに相手のことも知らぬまま見合い結婚することは、作品発表当時ではよくあることであった。しかし、これは現代の若者には受け入れがたいかも知れず、当時の実状を知らなければ作品そのものを奇異に感じる可能性もある。



(自民党ゼロの焦点=対米隷属政治』のルーツはパンパン型“搾取経済”)


<注記1>“パンパン文化”の比喩について・・・パンパンの定義は、下記<注記2>を参照乞う。


・・・当然ながら、<注記2>で後述するとおり、戦後の日本で“パンパン”と呼ばれた薄幸の女性たちを揶揄したり、彼女たちの人権を無視して笑い物にしたりする意図はない。


・・・それどころか、ここでの意図はまったく逆であり、敗戦と米占領軍による支配という冷酷な歴史的現実の重圧下で、“その悲惨きわまりない職業”以外に生きる術がなかった彼女たちの境遇には心底から同情する立場だ。


・・・・ここで“パンパン型“搾取政治・経済”が意味するのは、終戦時から現代に至るまで、米国の威を借りつつ一般の日本国民から上前をピンハネするために、冷酷な自民党政治が、そこまで追い詰められた彼女たちの悲惨な境遇を恰好のビジネス・モデルと一貫して看做してきた節があるということだ。


・・・いわば、それは、まるでヤクザか暴力団の“ヒモ”の如き悪辣な立場に身を置いた自民党政治が、恰も現代日本における非定期労働者の如く“抵抗不能な弱者を一方的に搾取するタイプのビジネス・モデル=国家的貧困ビジネス政策”を冷酷かつ狡猾に採用しつつ専ら私腹肥やしに精を出してきた節があることへの批判である。


・・・グローバル市場原理へ過剰に傾斜したという意味で、無責任な花見酒経済もいいところのあの「小泉=竹中劇場」下で芽を吹き異様に目立ち始めた、余りにも壮絶な非定期雇用型「労働環境」の増殖という日本経済の甚だしい劣化現象(=市場原理と企業へかしずく日本社会の出現)は、そのような意味で自民党によるパンパン型“搾取政治・経済”の賜物と看做すことができる。そして、その悲惨は現代の“年間自殺者数3万人超”に象徴されることとなった。


野党へ転落した自民党へ今も大きな影響力を持つと目される小泉純一郎元首相(=今の日本でパンパン文化とパンパン型“搾取政治・経済”を最大限に評価し謳歌する人物!)が、「12月4日に自民党山崎拓元幹事長、二階俊博幹事長代理らと都内で会食したとき“鳩山政権は来夏の参院選までもたない”と予言し、自民党についても“今は隠忍自重のときだ、今はポストが赤いのも電信柱が高いのも自民党が全部悪いという世論なので、2〜3年雌伏のときを過ごしたらいい”と敢えて見捨てたような発言をした(=要するに、自民を批判する一般国民はバカだと言いたい?)と報じられている。


それは「友愛を掲げる鳩山政権が米軍普天間飛行場の移設問題で迷走していること」と「「国と地方の債務残高が1千兆円へ着実に近づきつつあること」を“ザマ〜ッ見ろ!”と意識した発言であろう。しかし、このように深刻な「二重拘束状態」(Double Bind)へ日本を追いこんだ責任が、それらを厳しく指摘し揶揄する自民党自身の犯罪的な政治手法、つまり小泉元首相が好むパンパン型“搾取政治・経済”にあることを見逃す訳にはゆかない。


そして、その“パンパン文化”を大いに好む自民党小泉政権がやったのは、明らかにワシントン・コンセンサス(規制緩和原理主義などの諸原則)に基づく格差拡大(ランディアン・カルト、マネタリズム新自由主義)を梃子としつつ米Wasp層の利益を最大化するため世界中の人々の“人権・生存権までをも無機質な商品扱いにしようとする異常な政策であった。


つまり、そこでは「市場&企業にかしずく社会」を目指すという意味で“社会と企業の関係が人間主義的な意味での民主主義の常識から逆転”しているのだ。別に言えば、それは基本理念として先ず人間を大切にする『福祉国家』の実現を目指す「EU型の社会的市場経済」(=社会に従う市場&企業)の倒置であり、その意味で異常極まりない“ブッシュ政権で典型化した米国型資本主義”のマネごとであったのだ。


このような観点からすると、自民党がもたらした「米軍普天間飛行場の移設問題」あるいは巨額の対米「思いやり予算(類計、約3兆円?)」の日本国民への重圧などの有り様は、終戦後の米軍駐留時代における“最も過酷な女性の職業”であったパンパンの悲惨な立場を搾取する構図に余りにもソックリであることが理解できる。そこで、この終戦後に始まる“対米従属的で日本の国民主権を無視した犯罪的な自民党型政治・経済の原点”を松本清張の同名小説から拝借して「ゼロの焦点」と呼ぶことにした訳である。


<注記2>パンパン・・・「はてなキーワード
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%D1%A5%F3%A5%D1%A5%F3」より、部分転載。


・・・「パンパンガール」や「パン助」と呼ばれることもあった。日本が敗戦し、戦後、占領軍として駐留した米軍兵士(GI)を相手に、街娼などとして春を売った(売らざるをえなかった)女たちのこと。


・・・上級将校専属の女性をオンリー(onlyからきている)と呼ぶこともあった。敗戦国の悲しい一面であるが、多くの国民は、見て見ぬふりをしたり、「パン助」と呼んで軽蔑したりしながらも、内心、米兵の豊かさの御裾分けを受ける彼女たちを羨ましく思う者も(「パンパンガール」という言い方には、この面が幾分含まれている)あった。


・・・また、そうした女たちのお陰で、良家の子女が米兵の性的餌食にならずにすむ(一般女性の性的犠牲に対する一種の防波堤、あるいは軍事的勝者に対する貢物・生贄)と考える向きもあった。


一方、かつて「米国の傀儡である小泉政権」を強引に誕生させた肝心のアメリカでは、「CHANGE」(多国間協調主義への転換)を掲げてブッシュ前大統領型の好戦的ユニラテラリズム(一国主義)と強欲資本主義(リーマン・ショック後の金融パニックの原因となった欲望至上主義)からの決別を宣言したオバマ政権の“人間主義的方向を謳った諸政策”(アフガンの出口問題、医療保険改革など)が大きな壁へぶつかり立ち往生しつつあることは周知のとおりだ。


しかも、このような混迷のタイミングで、2012年の米大統領選で共和党の大統領候補にブッシュ政権時代のディック・チェイニー前副大統領(“史上最強の副大統領”とされ、湾岸戦争イラク戦争アフガニスタン戦争などを主導した)あるいはサラ・ペイリン(前アラスカ州知事)ら先制攻撃志向の超保守派を担ぎ出す動きが胎動してきたという現実がある。


(関連参考情報)


チェイニーが次期大統領選に出馬すべき理由(Newsweek)、http://newsweekjapan.jp/stories/us/2009/12/post-775.php


日米両国における、このように妖しげな動きが急速に胎動し始めた背景には、明らかに、諸外国との対等な外交関係を理想とする「坂の上の雲」ならぬ買弁的犯罪政治の手法である「ゼロの焦点」(対米・片務隷属的な日米関係の再構築=パンパン型“搾取政治・経済”で稼ぎつつ私腹を肥やす“ヒモ的生き方”)への回帰意志を共有する一派の奇怪な幼生が再び日米両国の地下道(=けものみち)に潜む胎盤に着床し、それが不気味に蠢き始めたという現実があると見なすべきなのだ。


<注記3>買弁資本主義


・・・元々は、清朝末期〜中華人民共和国の成立までの時代に、外国の商社・銀行などが、中国人と取引するときの仲介者となった中国人商人のことだが、彼らは自国の利益を顧みず、外国資本に奉仕して私利を謀り、その悪名を高めた。


・・・転じて、宗主国の強い立場を私的に利用して、国民の主権を餌としつつ、もっぱら私腹肥やしに邁進する資本家や政治権力者が市場経済と金融・雇用・労働環境を牛耳る社会のこと。


・・・まさに、戦後60年に及ぶ自民党政権時代の日本は、殆ど“買弁型であった”といえるが、特に米国WASP代理人に徹し、事実上、ブッシュ政権代理人であった「小泉=竹中劇場」が露骨な買弁型資本主義を日本社会へ強固に定着させたことは周知のとおり。


(“クヒオ大佐=結婚詐欺事件”と“小泉=竹中詐欺劇場”が共有するパンパン型“搾取政治・経済”リバイバルへの誘惑)


あの<“小泉劇場”の詐欺政治>を創作・考案するための下敷きになったと思われるのが現実に起こっていた<クヒオ大佐=結婚詐欺事件>である。これは、「アメリカ空軍パイロットでカメハメハ大王エリザベス女王の親類」と名乗る詐欺男が、ウソの結婚話を日本女性に次々と持ちかけて約1億円を騙し取った事件である。その詐欺男は実在の日本人の結婚詐欺師で「ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐」と名乗っていた。


たまたまのことだが、米軍基地がある三浦半島の横須賀(小泉純一郎元首相、同ジュニア小泉進次郎、“寄生・世襲天下り議員一族”の選挙地盤)とセレブな空気の東京・銀座あたりを舞台に進行する映画『クヒオ大佐』(堺 雅人・主演)が公開されたばかりなので、参考マデ、そのことについて書いた以下の記事(★)を紹介させていただく。


民主党の正体は、やはり映画『クヒオ大佐』流の小泉=竹中式“結婚詐欺集団”か?、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20091119


この映画では、結婚詐欺がバレそうになるとクヒオ大佐は必ず“米国は世界平和の実現のために戦っているが、君たち日本人は何もそのために貢献していな〜い!”と絶叫する。・・・と、騙されたことに薄々気がつきながらも、日本の貞淑な女たちは妙にそのヨタ話に納得してヘナヘナ&メロメロとなってしまう。


また、この映画の冒頭で湾岸戦争のドキュメンタリー映像、政府関係者・外務省関係者らが米国政府と過激に交渉する場面が出てくるが、結局はアーミテージのような米国政府代表を自称するマッチョマンに脅されて“おもいやり予算”の類の巨額資金の提供を押しつけられることになる。


そして、この屈辱的な冒頭のシリアス・シーンが最後まで隠し味的なスパイス効果をもたらすため、主演・堺  雅人の“横暴さ、悲哀感、滑稽味”がミックスしたようで複雑に屈折したまことに興味深い個性が十分に発揮されて、映画『クヒオ大佐』は見事なブラック・ユーモア作品となっている。


ところで、日本国民の大きな支持を得て政権交代を実現したはずの鳩山首相が、「過剰な新自由主義政策」への、言い換えれば米国型の「市場にかしずく社会という国家のあり方」への“明確な決別宣言”ができぬまま意味不明のジャーゴンを語り続けるように見えてきたことが気がかりである。だから、多くの日本国民にとっては、“鳩山首相、あなたも小泉純一郎と同じパンパン文化が趣味だったのか?”と尋ねたくなるような今日この頃であるはずだ。


これは直近の記事でも書いたことだが、米国オバマ大統領の理念(プラハ宣言で核廃絶を唱えた時のオバマのCHANGE、つまり強欲資本主義と決別するという明確なオバマの意志)は、「プラハ宣言」を契機に「Trans‐Atlantic Agenda」として『福祉国家』を目指すドイツ・フランスなどヨーロッパ諸国(欧州連合)と基本的な価値観を共有した形となっている。そして、ひどく呻吟しながらも、オバマ大統領は、このCHANGEの理念への道程を未だ諦めてはいないはずだ。


従って、このタイミングで、もし鳩山民主党政権が、ブッシュ政権以前の米国に媚びへつらうばかりの自民党政治(=パンパン搾取政治・経済の援用で善良な国民を支配し搾取する手法)への決別と『福祉国家実現』への意志(=“市場&企業にかしずく社会”への決別)を明快に宣言できないということになれば、日米両国内において再び「ブッシュ=小泉型の好戦的かつ市場原理主義的な反動政治」が息を吹き返す恐れがあると看做すべきである。


そして、このような読みを密かにジッと凝視しているのは他ならぬ小泉純一郎竹中平蔵新自由主義を狂信する一派だ。そして、彼らの真意は“日本国民の多くはバカだから、2〜3年雌伏のときを過ごしさえすれば、再び“日本にはパンパン型“搾取政治・経済”を謳歌できる日米蜜月の時代が戻ってくるぞ”という12月4日の小泉元首相の発言に現れていると看做すべきである。


(関連参考情報)


小泉元首相「鳩山政権は参院選までもたない」、http://www.asahi.com/politics/update/1205/TKY200912040522.html


小泉進次郎と行こうZE 自民党がナビ付き横須賀ツアー・・・自衛隊横須賀基地で名物“軍艦カレーも食えるゼ!”/人気沸騰・申し込み殺到/50人の定員に対し約5200人が!、http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp3-20091128-570315.htmlhttp://mainichi.jp/select/seiji/news/20091208ddm005010142000c.html


自民なりふり構わず、人気回復は“進さま”頼み!?、http://www.sponichi.co.jp/society/news/2009/12/14/01.html


(パンパン型“搾取政治・経済”を定着させるため国民騙しの“けものみち”を作った自民党政治の犯罪)


けものみち(獣道)”とは、“けもの(獣)”が自らの行動圏内で日常の移動に使う通路のことである。一定の行動圏をもつ“けもの”は、一定の土地で定住生活を送っているが必ずしも日常生活の中で行動圏内のあらゆる場所を利用しているわけではなく、彼らは一定の決まったポイントを重点的に使用しており、これが“けものみち(獣道)”であるが、それを一般の人間が認識することは容易ではない。


けものみち”は、ある“けもの”の行動圏内での重要な生活の場である諸ポイント(採食場、排泄場、生殖場、隠れ場、巣、貯蔵場、テリトリー標識(臭い付けが行われた場所)、集会場など)を繋ぐ役割を果たしている。一般的には、オープンで開けた場所(=人間の社会で言えば公共の目に留まる場所)よりも、藪の中などの障害になるものが多く外部からなかなか発見されにくい場所(=人間の社会で言えば自民党を中心としつつ国家機密費等の裏資金が介在する政・財・官・御用学者&マスゴミの談合組織のような負のトポス)に“けものみち”はつくられる。


また、“けものみち”は、単なる通路である以上に“けもの”どおしの個体間の情報交換の場として重要な機能を果たしている。例えば、多くの種は自身の“けものみち”を特別な臭いによって標識するため特殊な臭い腺を発達させている(ヤチネズミなどの体側腺、有蹄類の蹄間腺、モグラ類の腹部腺、犬の肛門腺など)。これらの腺から分泌される強烈な臭いを“けものみち”に標識することで重要な情報交換を行っていると考えられるが、実際に彼らがどのようにして情報を伝達しあっているのかは、自民党の生態(正体?)が隠されているのと同じように不明な点が多い。


そして、まことに驚くべきことだが、このような“けものみち”についての地道な観察こそが、「政権交代」前の60年にも及ぶ「自民党政治」の実像が“パンパン搾取型の背任政治・経済”であったことをリアルに抉り出すのだ。つまり、殆どの自民党議員らとその仲間たち(=政・財・官・御用学者&マスゴミ)は、自らのお仲間の繁栄と一層の私腹肥やしのため一般の日本国民を“パンパン文化”をモデルとする、おそるべきほどの「対米隷属」環境の中へ押し込むことに苦心惨憺してきたという訳だ。


因みに、将基面貴巳・著『政治診断学への招待/政治症候学としての暴政理論』(p186-195)から、「暴政≒自民党によるパンパン搾取型の“背任政治・経済”」なるものの特徴を抽出し、列記すると以下のとおりである。


(1)政治社会の内部において内部分裂を惹起する


・・・正当な理由なしで有力者を失脚させる、同じく賢人を追放する、そうすることで彼らが、「暴政」の実態を暴き、民衆を動員しようとする「暴政」打倒の動きを未然に封印する。現代で言えば、有望な政治家や有力者の唐突な変死事件、正体不明の勢力による謀略的なスキャンダル暴露や風聞の仕掛けなど。


・・・または、中立・公正な立場の学者・知識人や有能で真剣なジャーナリスト、あるいは教育現場への排斥・圧力・弾圧などの横行。そして、これら悪行の殆どは自民党の“けものみち”を介して実行されたことは言うまでもない。


(2) 市民生活を低下させ、市民とその財産を濫用(搾取、浪費)する


・・・「暴政」は、社会を格差拡大で分断し腐敗・混乱させることでその命脈を保つ。それは、社会を構成する集団の間に意図的に対立関係をつくり社会全体の市民共和制的な意味での連帯を困難にする。物質的にも、市民生活を可能な限り貧しい状態にする。そうすれば、過半の市民は日々の糧の入手で忙殺され、「暴政」を批判するゆとりがなくなる。


・・・さらに、過酷な経済競争(限られたパイの争奪競争、過剰な市場原理主義による弱肉強食状態)や戦争を引き起こせば一層「暴政」の効果が大きくなる。そして、これらを実行するための仕掛けも自民党の“けものみち”を介して行われたことは言うまでもない。


(3)ある政治体の“体液”の均衡が崩れると富の一極集中が起こり、その国の政治はモンスター(暴政)と化す


・・・ここでいう“体液”を“富の流れ”(現代風に言えば、経済活動で創造された付加価値分配の流れ)に読み替えれば、新自由主義思想と市場原理主義が我が世の春を謳歌し、強欲(ハイエナ)資本主義が跋扈する現代世界にそのまま当て嵌まる。


・・・そして、このような意味での“体液”の均衡を意図的に崩すことも、やはり自民党の“けものみち”を介して行われたことは言うまでもない。


<注記4>


・・・(1)と(2)は14世紀前半に活躍したローマ法学者バルトルス・サッソフェラート(Bartolus de Saxoferrato/1313‐57/近代国際私法理論の淵源たるローマ法大全への注釈で名高く、それは18世紀まで全ヨーロッパの共通遺産としての地位を保った/バルトルスのローマ法・注釈は、公・私法のさまざまな分野で北イタリアの市民生活に効果的解決をもたらし、1544年にはパドバ大学にバルトルスについての講座がおかれ、ヨーロッパ中の大学がこれに倣った。バルトルスは、北イタリアの市民共和制(コムーネ/comune)的な価値観がヨーロッパ中で共有されるルートを提供したと考えられている(参照 ⇒ http://www.yushodo.co.jp/ypc/y06064/no2.html)。


・・・(3)は、14世紀の哲学者・天文学者ニコール・オレーム(Nicole Oresme/ca.1323-1382/ アリストテレスの著書をフランス語に訳したことなどで知られる/参照 ⇒http://www.medieviste.org/scr1/archives/000380.htmlが著書『貨幣論』で分析した「暴政」の特徴。


将基面貴巳氏がこの本で指摘する「暴政」の特徴を概観して驚くのは、これら“暴政の徴候”が自民党政権時代の日本の社会状況、特に「小泉政権〜安倍政権〜福田政権〜麻生政権」下の惨憺たる社会状況(“パンパン型搾取”暴政の悪影響)にピタリと重なることである。なぜ、そうなったかについては、もはや多言は必要とするまいが、留意すべきは、いま漸く民主党への政権交代が実現したからといって、即、この“腐れ自民党=パンパン型搾取政治・経済“の「暴政」がもたらした悪徳の流れが止まった訳ではなく、止まる筈がないということだ。


それどころか、自民党政権時代に噴出した「暴政」の汚泥でドス黒く染まった地下水脈の奔流は、その激しくオドロオドロしい勢いを増すばかりであり、それへの厳しい批判を怠けてきたマスメディアは、政権交代後の自らの本来の役割と自社の経営不調に怖じけついたのかどうかは知らぬが、今や見当違いと心得違いの、というよりも「暴政」の継続を願う一派(日本の極右、あるいはその逆で日米に跨る裏利益組織など)の謀略への加担ではないかと見紛うほど低劣な報道や主張を垂れ流すばかりだ。そして、そのようなマスゴミの報道姿勢は渦中の民主党新政権による「普天間基地をめぐる日米交渉」の問題へも暗い影を落としている。


基地問題自民党による“パンパン搾取型政治・経済”の典型/今こそ普天間を巡る“けものみち”の観察が重要だ)


直近のNHKニュース(http://www3.nhk.or.jp/news/t10014279551000.html#)によると、鳩山首相は、沖縄の「米軍普天間基地の移設問題」について、“かなり詰まってきている”ので来週までに結論を取りまとめたうえで、来週18日にデンマークで開かれる『COP15』(国連会議)の首脳クラス会合の時にアメリカのオバマ大統領と会談し、その内容を伝えたいと思っていることを、12月8日の夜に行われた記者会見で話したようだ。


ただ、アメリカ側は、“鳩山首相が連立与党の意見調整の難しさなど日本政府側の事情を伝えるだけなら、両者が会うだけ時間のムダだ”として、オバマ・鳩山会談そのものに難色を示しているとの報道もあるので、まったく先が読めない状況であることに変わりがない。


(関連参考情報)


日米首脳会談、米側が事実上の拒否、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091210-00000448-yom-pol


また、この「米軍普天間基地の移設」を巡る関連情報は、主要メディアを始め非常に大量に発信されているのだが、当問題についてのそもそもの背景から進行中の「日米閣僚級作業グループ」による日米交渉のプロセスに至るまで、果たして正確な情報がどこまでメディアを通して公開されているのかという点についはて甚だ覚束ない部分がある。


そこで、ここでは一般の見方とは些か異なる切り口となるかも知れぬが「メディア・コントロール」という観点から、この問題を観察しておく。


国家権力とメディアの癒着が容易に出来上がるのは「男と女の仲」以上に容易であることは、ノーム・チョムスキーが著書『メディア・コントロール』(集英社新書)で指摘したとおりだが、我が国でも『小泉=竹中劇場』下での「郵政民営化」騒動が新聞・テレビ等のメディアと政権の癒着の賜物であったことは、その後、次第に明らかにされてきた。我われは、現代には「情報操作し易い国内環境を創る」ことが<政治権力とメディアに共通利益をもたらす>という恐るべき現実があることを思い出すべきだ。


そして、メディア・コントロールの主な手法には次のようなもの(●)があるが、これらの中で「米軍普天間基地の移設」に特に関係があると思われるのは(1)「ゲートキーパー効果」、(2)「第三者効果:政策決定者とジャーナリストの癒着」、(3)「マスコミ人の能力と見識の限界」、(4)「科学・環境・軍事分野等における“参謀本部・専門組織発表型”情報の問題点(情報隠蔽・歪曲など)」と看做すことができる(その他の手法の詳細については下記★を参照乞う)


★2009-09-22・toxandoriaの日記/メディア・イベント優先、重要動向カットの報道は民主主義の敵、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090922


ゲートキーパー効果:情報についての無意識的な操作
・・・ゲートキーパー(門番)効果は、新聞など一次情報に関する本質的で古典的な問題である。0次情報を伝えることが不可能である以上、絶対に避けられない。が、マスコミ人は、絶えず、報道に携わる者の心構えとしてこの原点に立ち戻り、できる限り自らの固定観念を排除するよう務めなければならない。


●第三者効果:政策決定者とジャーナリストの癒着
・・・例えば、政策決定者とマスコミ人が勉強会を開くことは必要なことであるが、一方で心理的な一体感、利害関係の介入、無用なエリート意識の台頭、保身のためのもたれ合いなどの弊害が発生することがある。取材制限などを恐れて権力側の言いなりになる可能性も大きい。


●マスコミ人の能力と見識の限界


●科学・環境・軍事分野等における「参謀本部・専門組織発表型」情報の問題点(情報隠蔽・歪曲など)


●培養効果:テレビ゙のワイドショーやお笑い番組などの垂れ流しによる弊害
●テレビ゙番組製作技術上の物理的な限界
●視聴者・読者の感受性と意識の劣化
●事実と論理による虚報の可能性
●政治権力者等の権力的なオーラ効果
●メディア・イベント(Media Event)
●シナリオの工夫しだいでは事実だけを並べても嘘を吐くことができる
営利企業としてのマスコミの限界
●ビジュアル・プレゼンテーションの限界(分かりやすいが堂々と嘘も描ける)
●取材時間・費用などの制約
サウンド・バイトの制約
●センセーショナリズムの弊害


例えば、日本政府(当時)の意図的な情報隠しによって、1996年のSACO(日米安保協議会の下に設置された『沖縄施設・区域特別行動委員会』)合意についての米国政府関係者の意図的発言だけが報じられたり、あるいは2006年5月の「再編実施のための日米ロードマップ合意」に基づく「グアム統合軍事開発計画」にかかわる事実が報道されなかったりしたという現実がある。このため「普天間基地の司令部だけがグアムへ行く」という一般の誤解が最近まで続いていた。


そして、実際のその内容は沖縄海兵隊の主要部隊が一体的にグアムへ移転する計画であり、その中には普天間飛行場海兵隊ヘリ部隊も含まれるということであった。これらの事実は、平成21年11月26日に衆議院第二議員会館で行われた与党国会議員に対する伊波洋一宜野湾市長の説明で漸く明らかとなったばかりである(この事実と経緯の詳細については、下記◆を参照乞う)


◆「普天間基地のグァム移転の可能性について」(2009年11月26日) (沖縄県宜野湾市のサイト)(村野瀬玲奈の秘書課広報室)、http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1538.html


このような日本政府(当時の自民党政権)による意図的な情報隠しの問題は、明らかに(1)〜(4)のメディア・コントロールの手法(要素)がもたらしたものと考えられるが、それらがどのように組み合わされ、特にどの要素が初動的な意味で大きな原因となったかについて厳しい検証が行われて然るべきはずのものである。が、今のところメディア・サイドにそのような動きは全く見られないようである。


このメディア・コントロールの問題は、「米軍普天間基地の移設」関連だけに留まるものではなく、あの「沖縄返還協定を巡る密約」の問題にも再び暗い影を落とし始めている。この「密約」は、当時の外務省アメリカ局長であった吉野文六氏が「沖縄返還密約に関する訴訟」で証言に立ち、日本政府がずっと否定し続けてきた「密約」の存在を認めたため公の事実となったものである。


その「密約」の内容は、沖縄返還時(協定署名/1971年)の米軍用地の現状回復補償費(400万ドル/当時のレートで約14億円)を日本が肩代わりするという内容であった。しかし、その「密約」を結んだ理由は不明のままであり、その後の政権交代による引き継ぎの状況も明らかにされていない。また、間接的には相変わらずの<外交文書の保存・公開のありかた(=アーカイブ制度)についての不備>が指摘できるはずだ。当然のことながら、「核密約」問題についても然りである。


いずれにせよ、厳しいジレンマを伴う非常に厄介な問題ではあるが、鳩山民主党政権の取り組み次第では、約50年も続いた自民党の日本国民に対する背任的な裏切り行為(虚偽・虚言・虚報の罪、そして何よりも憲法の授権規範性を犯した罪)、および長期の自民党政権支配と癒着してきた高級官僚組織のメディア・コントロールに飲み込まれ、あるいは意図的に抱き込まれてきたマスコミの不作為の犯罪を白日に晒すチャンスでもある(この事実と経緯の詳細については、下記▼を参照乞う)


▼1971年/沖縄返還協定「米との密約あった」・・・佐藤首相判断で400万ドル肩代わり/外務省元局長が認める、http://www5.hokkaido-np.co.jp/syakai/okinawa/


一方、ベトナム戦争で財政が窮迫した駐留米軍の負担を軽減する目的で始まった「思いやり予算」(1978年〜/金丸信防衛庁長官)の累計は3兆円を超えることが指摘されており、このほかにも、普天間移設とパッケージにした海兵隊のグアム移転費用(約7000億円)などを加算すると米軍基地関連の整備費用の累計額は約5兆円に達するという計算もある。


これは欧州各国などでは見られない恐るべきほどの気前の良さというほかはないが、驚きはこれだけに留まらない。それは、ここまで米軍基地関連の整備費用が膨らんだのは必ずしも米国側からの要求ということだけによるのではなく、日本側の利権構造(=政・財・官・御用学者&マスゴミが癒着して作った“けものみち”の存在)がそこに関わっているという指摘もあるのだ。これこそ、まさに戦後日本の由々しき伝統と化してきた、あの自民党による“パンパン搾取型政治・経済”の典型ではないのか?


従って、“パンパン搾取型政治・経済”を好んだ「小泉=竹中劇場」への明快なアンチテーゼたる民主党への「政権交代」があってこそ、このような戦後日本の“パンパン搾取型政治・経済”とおどろおどろしい“けものみち”という自民党の病巣がクッキリ見えてきたのである。だからこそ、“沖縄県民の米軍基地問題にかかわる苦しみは日本国民全体の苦しみである”という認識を一人でも多くの人々がまず共有すべきなのだ。そして、それが全国民の意志としてアメリカ側へ伝わるように(場合によっては、その民主党自身を厳しく批判すべき局面もあるが・・・)、今こそ、出来得る限り民主党政権を日本国民がシッカリ支えるべき時かも知れない。


(関連参考情報)


日本政府の財政支援がなくなれば、米軍基地を維持する上で打撃となり、日本政府は米軍が去ることを恐れ、ひたすら基地整備を続けています{株式}日記と経済展望)/、http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/ea0063cc9646d6976a558f2b23963e71


自民党から内閣機密費をもらってたマスコミのコシギンチャクどもが、自民党の指示通りにいっさい国民に報じないで来たこと・・・アメリカ側は、2年も前から「海兵隊はヘリ部隊も含めてすべてグアムへ移転する」って決めて動いてたのだ(きっこの日記)、http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20091205


追跡、在日米軍http://www.rimpeace.or.jp/


「日米同盟」再構築の道 両国首脳の政治理念、具現化を(日刊ベリタ) 池田龍夫、http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200912031004594


普天間基地のグァム移転の可能性について」(2009年11月26日) (沖縄県宜野湾市のサイト)(村野瀬玲奈の秘書課広報室)、http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1538.html


田中良紹/普天間問題から見える日本、http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2009/12/post_200.html#more


(エピローグ)


■フランス市民意識の「強烈な批判エネルギー源」(対国家権力)の事例=哲学者オンフレの『サルコジ大統領に宛てた手紙』

・・・仏サルコジ大統領が作家アルベール・カミュの遺骨をパンテオンに移したいと発表したことに対する哲学者オンフレの批判/「ル・モンド記事翻訳:カミュをめぐるサルコジ宛てミシェル・オンフレの手紙」(ね式、世界の読み方2009-11-28、http://neshiki.typepad.jp/nekoyanagi/)の部分転載・・・


『大統領閣下、カミュジアンにおなりなさい! ミシェル・オンフレ』 ←(訳注;カミュジアン=カミュ主義者)Monsieur le Président, devenez camusien !, par Michel Onfray ル・モンド2009年11月24日


大統領閣下、時間があれば読んでいただけるかもしれない手紙を書きます。あなたはカミュの遺灰をパンテオンに迎えたいという望みを述べた。誰もが知るように、この共和国の殿堂の入り口には以下の言葉が刻まれている:『偉大な人々に国家は敬意を示す』。確かにカミュはその生においても作品においても偉大な人間であったし、このかつての文部省給費生へ国家から送られる敬意は、モデル不在の時代のモデルとなるかもしれない。しかし、あなたの意向はどうして間違っているのだろうか?


なぜなら、カミュは短すぎたその一生の間、歴史を生きつつも一度も間違いを犯していない:まず、思想的にヴィシー政権に近寄るという間違いを犯さなかった。さらには:占領への抵抗軍参加への希望を2度にわたって表明しながら健康上の理由で拒否されたものの、他の哲学者たちとは違い、レジスタンス運動 に名を連ねた。同様に、東欧への全的評価のため西欧社会の自由を批判した人々にも加わらなかった:ソヴィエト政権とも毛沢東主義ともかかわらなかった。


カミュは、すべての恐怖政治、すべての死刑、すべての政治暗殺、すべての独裁政治への反対者であり、彼の思想を用いてギロチン・殺人・強制収容所を正当化しようとするすべての意図を例外なく退けた。そのためにこそ、他の人々がその小人ぶりを現さざるを得ないような時、彼は偉大だった。


けれど、大統領閣下、どうやってあなたのカミュへの熱情をを正当化するのでしょうか。スェーデンでのノーベル賞授賞式スピーチで、カミュは教師ルイ・ジェルマン/Louis Germain へオマージュを捧げた。教師は、貧困という出生環境からカミュが文化・書物・学校・知を通して脱出することを助けた。思い起こしていただきたいが、2007年12月20日にラトラン宮にてあなたはこう言った:『価値の伝達と善悪の区別を教えることに関して、教師が司祭の代わりをなすことは決してない。』けれど、カミュカミュとなったのは、クレーヴの奥方のおかげであって、聖書のおかげではない。


同様に、大統領閣下、国家を体現しているあなたが、アメリカかぶれの骨頂を、これ見よがしに見せつけることを、どう正当化するのでしょうか?あるときには、あなたのジョギング用Tシャツがあなたがニューヨーク警察を愛していると示していたし、別の折には、大統領になって初めての休暇をアメリカの億万長者たちが集まる保養地海岸で過ごし、多くのジャーナリストを前にあなたは上半身裸の姿で現われた。また別の機会には、ジョージ・ブッシュに向かって、いかにブッシュのアメリカを愛しているかと伝えている。


しばしば半身不随者たち(訳注;脳半分が麻痺してる連中の意と思うがここは直訳)によって単に反マルクス主義者と紹介されるカミュだが、実は手強いアンチ・アメリカンでもあったことをご存知か。これは彼のアンガージュマン全体に意味を与えている。彼がアメリカ人民を嫌っていたわけではなく、自由主義形態をとった資本主義、王たる金の凱旋、大量消費信仰、市場ルールの全体化、アメリカ政府の特徴である地球全体に課す自由帝国主義への嫌悪を、彼はしばしば語っている。これが、あなたの愛するカミュですか?それとも、アクチュエル /Actuellesでの、『一般大衆と労働者の真の民主主義』 『トラスト(巨大企業)の容赦ない破壊』 『われわれのうち最も貧しいものたちの幸福』 を語るカミュなのだろうか?(Œuvres complètes d'Albert Camus, Gallimard, "La Pléiade", tome II, p. 517)


・・・途中、略・・・


カミュパンテオンにふさわしいように、現実的な、ふさわしい模範を示していただきたい。カミュのように、価値教育に関しては司祭よりは教師を選び;カミュのように法を課す市場価値を信じず;カミュのように労働組合員たちを、労働運動を、ストライキを軽蔑することなく、反対に政治の真実を具体化する労働運動を信頼し;カミュのように正義と自由に配慮する政治を行い;カミュのように最たる底辺にいる名もなく、貧しく、何も持たなず、忘れられ、自分を守るすべもない、決してその声が誰にも届かない人々のための政治行為を目指し;そしてカミュのように、あなたの闘いを絶対個人・社会主義のロジックにかなったやり方で行っていただきたい。。。


それが不可能であれば、共和国大統領閣下、失礼ながらカミュパンテオンに移すというあなたの言葉は、あなたのイメージ担当コミュニケーション顧問の新しいプランだとしか信じようがない。それはカミュにふさわしくない。であるからには、あなたのカミュ読解が日和見主義的なものではなかったと示していただきたい;言い換えれば、この(カミュ)哲学はあなたの人生を変え、すなわち私たちの人生を変えたはずだ。あなたがそれほどまでにカミュを評価するなら、カミュジアンになるべきです。大統領閣下、私は、あなたがそのように行動し、結果、私たちが別種の革命を選ばないですむような、真なる革命の発起人となることを願っております。


共和国大統領閣下、・・・私の、とはいっても絶対自由的な、尊敬の念をお受け取りください。


                                       ミシェル・オンフレ


【エピローグ画像】Lara Fabian A Göttingen -Les annees bonheur