toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

続、“一般国民と政治の悲惨が美しく見える”日本の「合理・論理・正義」の危機

toxandoria2010-01-24



<注記>


当記事は、“万象は因果・論理、日常・ツイッターは時の流れ、司法の根幹は科学検証型リアリズム同定、それは視点で変容、要は国民主権、∴ 文化(国家起源)、比較法制、公文書管理&財政・経済などの多角検証がベスト”という発想に基づく試作ブログである。


また、当内容は【2010-01-23】(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20100123)の続編で、以下【hanachancauseのリアルタイム結果(2010.01.24 03:23現在)】までの部分は【2010-01-23】と重複する。この前半部分(主に画像解説とリアリズム解釈についての説明)が不要の向きは読み飛ばしを乞う。


この記事の主要部分は、hanachancauseことtoxandoriaがツイッターへ投稿した内容を殆どそのまま転載にした、いわば“試作品”である。本来であれば、これら断片的なツイート(その都度の覚書的内容)を膨らませつつ補完・整理したうえで、誰にでもわかるように文章化すべきであるが、エスキス(試作、下絵/esquisse)ということで容赦願いたい。


【画像】レオナルド・ダ・ヴィンチ『受胎告知』

Leonaldo da Vinci(1452-1519)「The Annunciation」 ca1472-1475 98 x 217 cm Oil and tempera on wood Uffizi Gallery、 Florence


・・・このイタリアの至宝、というよりも世界の至宝は、ウフィッツィ美術館発行の図録によると、モンテ・オリヴェートのサン・バルトロメーオ教会に由来し、師ヴェロッキオ(Andrea del Verrocchio/1435-1488)の指導を受けていた頃のダヴィンチによる若い時代(20〜23歳)の作品で、1867年からウフィッツィに帰属している。


・・・かつて、東京国立博物館で『レオナルド・ダ・ヴィンチ/天才の実像』展(2007年3月20日〜6月17日)が開催されたとき、この絵を日本へ搬入し展示するため、保護ガラスの存在を殆んど感じさせない「無反射ガラス」(ドイツ・ショット社製)を使った特別の保護ケースをドイツのグラスバウ・ハーン社へ発注している。


・・・本来であれば、このようなルネサンス期に完成した線遠近法的で壮麗な構図の合理的・論理的な印象を与える美しい絵画は、我われ一般市民の目に対し人間を取り巻く森羅万象についての真理を伝え得るはずである。


・・・然るに、これは直近の記事(下記◆)で書いたことであるが、我が国の歪んだ国家ガバナンス構造は、この美しいダヴィンチ的視覚を一部特権化した国家ヒエラルキー上の立場のための道具として、その既得権益を保守するための巧妙な仕掛けとして悪用している節がある。その仕掛けとは、こういうことだ(以下の・・・部分は週刊朝日1/29号から部分転載)


◆2010-01-22 検察&メディアの癒着が創作する“関係者”についての“魚眼レンズ的 ”初体験、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20100122


・・・まず当局からおおよその捜査の時刻と場所の情報が記者クラブを通じて事前に局に上がる。現場にカメラを派遣し、撮影の準備をさせる。捜査官もちょっと離れた場所に二列隊列で待機する。ここで重要なのはガサ入れ先の建物に対して曲がり角にカメラを設置することだ。カーブを曲がってキャメル・コートで歩く捜査官の姿が絵になるからだ。・・・


・・・かくして、テレビ画面を心待ちする視聴者(一般大衆)用の“ダヴィンチ風ルネサンス絵画”(=司法記者と検察トップのリークを介す最強タッグを描いた壮麗美が満ち溢れたテレビ画像)が完成するという訳だ。というよりも、この時の視聴者(一般大衆)の脳裏を霞むように流れる映像は昔どこかで観た「水戸黄門様の印籠」か「大岡越前の御白洲」の映像であろう。ともかくも、そのテレビ画面が視聴者へ与える印象は「法の下の平等」からは程遠く、せいぜいのところで勧善懲悪か形式的な意味での法治主義ということである。


hanachancauseのリアルタイム結果(2010.01.24 03:23現在)


・・・・http://twitter.com/search?q=hanachancauseより部分転載(内容の時系列は降順)


1. hanachancause 小沢氏の一問一答、http://bit.ly/8axPZK cf . ⇒ 小沢事情聴取後会見内容、http://bit.ly/7X5exh 鼠一匹出ぬ小沢聴取:検察変容の因は裏金を小泉の不問処理以来との噂がネット上あり (コメント)、http://bit.ly/80Y9NZ 


2. passatori RT @hanachancause: 同感!  敬意の欠如+侮辱+メディアスクラム=“関係者”詐欺  RT @iwakamiyasumi: ・・・検察・マスコミが国民選出の政治家を葬るためには相応の理由と手続き必要。礼儀なく横着に始末するのは政治家本人のみならず、それを ...


3. hanachancause 同感!  敬意の欠如+侮辱+メディアスクラム=“関係者”詐欺  RT @iwakamiyasumi: ・・・検察・マスコミが国民選出の政治家を葬るためには相応の理由と手続き必要。礼儀なく横着に始末するのは政治家本人のみならず、それを選んだ国民に対する敬意の欠如あるいは侮辱。


4. hanachancause 私のような一国民が、大手新聞やテレビメディアの政治関係の記事は疑ってみる体質になっている、マスメディアの記事やニュースを素直に受け取らなくなってしまった、NYタイムズから権力の番犬と批判される情けない日本のマスメディア、http://bit.ly/8sDsBo


5. hanachancause 主要マスコミは自民党の妾? 金持だが無能・老醜の旦那に捨てられそうな妾が、若い知的な男の悪口を言い「"自公"ちゃんの方が好き」と金を引き出す手 口? 彼らは日本の改革よりお金が目当て ⇒ http://bit.ly/6pg4gRより


6. hanachancause RT @gaitifujiyama: 小泉ら新自由主義者が辞した後・・・アリの如く金に擦り寄り苦しむ政府・国民は無視、それは検察幹部と相似形 ⇒ http://bit.ly/4VCd6Ehttp://bit.ly/6FYvilhttp://bit.ly/56UwvA


7. hanachancause RT @rinkoro: nextなう「週刊朝日」デスね RT @uesugitakashi: 朝日新聞なう。先週の「検察の狂気」に続いて第2弾。タイトルは「検察の卑劣」。いつものようにタイトルは編集部が決めます。へへへ。


8. minshminsh @hanachancause 出たな船橋。貴方のせいで朝日の良心は消え去った。せいぜい自民と検察のために捏造記事を書き続けなさい。


9. hanachancause @hanachancause 2009.12.29付・朝日新聞の署名入り記事『権力監視、変わらぬ使命』で、船橋洋一主筆が“・・・時の政権を監視するのが朝日新聞の使命と私たちは心得ている ← なんと白々しい言葉よ!、http://bit.ly/5wzt6a


10. hanachancause RT @fujifuji_filter: 検察は日本政治権力が腐敗せぬよう見ている? = 郷原「無数にある常在の諸政界マターでは巨悪を検挙すべき!」、特捜部長「罪の大小は無視してよい、捜査効率とその時のetwas(内外環境的で諸々の)条件を考慮!」 つまり佐久間特捜部長は民主主義(国民主権)を否定! これはhttp://bit.ly/5wzt6aの世界!


11. hanachancause 「3人よれば文殊の知恵」にならないこと、統計的判断は外れることもある。なぜ正確なときと、そうでないときがあるか、どのような場合に正確で、どのような場合に正確でないのか、まだあまり認識されていない。、http://bit.ly/7pGJVR


12. hanachancause RT @dpj_how: 同感! “一般国民と政治の悲惨が美しく見える”日本の「合理・論理・正義の危機」、http://bit.ly/6yaG4R ⇒「検察の正義」 郷原信郎 ちくま新書 著者は他のヤメ検とは 随分ちがう