toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

プロパガンダ・ジレンマ(情報の非対称性拡大)で『自民型粉飾政治と自立民主主義』の狭間を揺れる菅・民主党政権の役割

toxandoria2010-06-14



【参考画像】パンドラ(Pandora)の箱
…この画像はウイキメディアより。


…パンドラ(すべての贈物を与えられた女の意味)は、ギリシア神話で人類最初の「女」とされる。プロメテウス(先見の明を持つ者、熟慮する者の意味)が天上の火を盗み人間に与えたため怒ったゼウスは「女」の仲間の人間どもに償いを担わせるためある策略を思いつく。


…ゼウスは、鍛冶の神ヘファイストスに命じて粘土で「人間で最初の女」を造らせ、他の神々から女性としての魅力や美しい衣装などを授けられた彼女をパンドラと名づけ地上に下してプロメテウスの弟のエピメテウス(後悔する者の意味)に与えた。


…このときパンドラは神々からの土産として1個の箱(パンドラの箱)を持参していたが、好奇心にかられた彼女がその蓋を開けた途端、その中から凡ゆる災いや魑魅魍魎らが飛び出して四方八方(人間世界)に飛び散った。


…が、このとき唯一つ「希望」だけは急いでパンドラが蓋を閉じたため箱の底に残ったとされる。


(菅民主党政権の支持率急回復と引き換えに先送りされたキャンプ・シュワブ沿岸部埋め立て(普天間問題)の行方)


『小鳩の政治とカネ 』問題を一夜にして(小鳩の抱き合い心中で)払拭した民主党は、発足直後の菅・民主党内閣の支持率が?字型に急回復したことを受け、参院選を早期に実施した方が有利と判断したhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100611-00000096-yom-pol


しかしながら、参院選後の8月以降には、鳩山前首相を退陣に追い込んだ米軍普天間飛行場移設問題のアポリアが再びその前に立ちはだかる筈だ。8月末に工法などを決める期限を迎えるが、菅首相沖縄県名護市辺野古周辺に移設する日米合意(自民党政権合意≒鳩山・民主政権合意)を引き継ぐ考えを示している。


一方、肝心のアメリカでは、米上院軍事委員会が5月末に可決した11年度(10.10〜11.9)「国防権限法案」で、在沖縄米海兵隊グアム移転費のうち米政府原案の約7割に当たる約3.2億万ドル(約293億円)を削減したことが6月1日に判明した。同委員会は理由として、米軍普天間飛行場沖縄県宜野湾市)の代替施設建設に関し地元住民の同意と県知事の埋立許可が得られていないことを挙げている(参照、下記◆ツイッター情報)


◆hanachancause 2010.06.06 08:40
【QT】沖縄米海兵隊移転費7割削減普天間で地元同意要求、沖縄県側の同意のめどが立たぬ限り海兵隊移転費を予算計上しない米議会の姿勢が鮮明に。予算は秋頃まで多くの修正機会があり議会側が日米両政府に沖縄側への働き掛けを促した意味合いが濃厚http://bea2003.iza.ne.jp/blog/entry/1635445/


これは、肝心のアメリカ側では沖縄県と地元住民の同意の目途が立たぬ限り海兵隊グアム移転費を予算計上しないという米議会の姿勢が鮮明になったことを意味する。当予算については、この秋・11月頃までの間に多くの修正機会があり、米議会側が日米両政府に対し沖縄・地元住民側への同意取り付けの具体的交渉を促したと見なすことができる。逆に言えば、もしも地元住民の同意がなければ、海兵隊グアム移転計画そのものがあり得なくなり、普天間米軍基地は従来の儘ということになる。


しかも、普天間移設に関しては沖縄県名護市辺野古キャンプ・シュワブ沿岸部の埋め立てを念頭に、知事の許可獲得が「際限なく遅れている」と議決内容に明記しており、「予算の復活については国防総省が証明する必要がある」ともしているため、予算復活の条件として沖縄県知事が許可するという条件を、事実上、強く求めたことになる。別に言えば、この秋・11月の沖縄県知事選挙までの間に、菅・民主党政権沖縄県民と名護市民に対しキャンプ・シュワブ沿岸部の埋め立てを容認するよう説得できるかどうかに全てがかかっていることになる。


そして、直近の日本国民全体を想定した朝日新聞世論調査では、菅内閣の支持率 66%の高率」とともに「鳩山政権(≒自民党時代)の日米合意」通りに「進めるべきだ」との回答が51%と半数を超えたことが報じられたhttp://news.livedoor.com/article/detail/4817945/。5月調査では辺野古移設への賛成は41%で反対の52%を下回っていたにもかかわらず…。


これは、菅内閣への国民からの期待感が、普天間問題や消費税問題への疑念を上回るという形で表れたものと見なすことができるだろう。しかしながら、一方でそれは日本国民の多くの“辺野古キャンプ・シュワブ沿岸部の埋め立てやむなし”の意志が、沖縄県民の“それへの反対の意志”と真っ向から対立する可能性を示唆する。その意味で、菅・民主党内閣の先行きは不透明であり、紛れもなく暗雲が垂れこめている。


なぜなら、この「沖縄地元住民(県民・名護市民)の意志」VS「日本国民全体の意志」の深刻なネジレ、つまり如何ともし難い不幸な対立の構図は、検察権力と一体化した主要メディアが“執拗な小鳩の政治とカネ問題の追及=世界の常識に反した推定有罪の押しつけ”と抱き併せで、執拗に煽りまくったプロパガンダの結果だからだ(この詳細については、下記記事▼を参照乞う)


▼「連続支持率調査・ハロー効 果」による民主党叩きのヒトラー的 『悪意の勝利』、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20100517


しかも、この普天間問題の根本には一般国民の目では殆ど感知し得ないほど密かに潜行した「政財官が深くかかわる利権問題」が“漆黒(利権グループと一般国民層との間における情報の非対称性の拡大傾向)の影”を落としている。ともかくも、この日本国民どおしの深刻な意志の分裂・対立という真に不幸極まりない社会現象は、無責任にも、「情報の対称性を高める」という本来あるべき使命感を見失ったメディア・プロパガンダがもたらした「情報の非対称性拡大」の結果であることは明らかなのだ(参照、下記★ツイッター情報)


★hanachancause  2010.06.01 08:09
【QT】地元紙、琉球新報の昨年11月 15日付けの記事によると1998年3月に神奈川県のホ テルで開かれた日米非公式協議の席で当時国防次官補代理だったキャンベル現国務次官補が「県外は可能だ」と言明 している。http://sumichi7878.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-9a1b.html
hanachancause 2010.06.01 08:10


続【QT】記事は政府内文書に基づき書かれたもの、県内移設理由を国民に説明するため米側の意見を聞きたいという日本側要請で同協議が開かれ日本側からは守屋防衛庁審議官と外務省北米局審議官、米側はキャンベルのほか在日米大使館公使らが参加。http://sumichi7878.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-9a1b.html


hanachancause 2010.06.01 08:10
続【QT】協議の中キャンベルは 日本側が打出した「沖縄の戦略的位置により県外移設は不可能」と いう説を明確に打消し、日本側の「沖縄県内」とする理屈は移設先を準備できない日本側の事情によるものだと明確に指摘した。http://sumichi7878.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-9a1b.html


hanachancause  2010.06.01 08:20
続【QT補】此の情報(証拠)はhttp://sumichi7878.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-9a1b.html今回「鳩 山に県外移設を不可能にさせた」のは日本側(外務・防衛官僚ら)が利権絡み等で国内調整に失敗したか或いは実効権力の総意が作為でそうさせなかった可能性とソレに呼応したメディアによる国民騙しの虚報を傍証している。


arudebaran60y  2010.06.01 09:28:08
キャンベルは沖縄の戦略的な位置否定(つまり、抑止論を否定)、県外移設不可を能否定(受ける余地あり)、しかしながら鳩は不可解にも抑止力を主張?!RT @hanachancause 米側は、日本側の「沖縄県内」とする理屈は県外移設先を準備できない日本側の事情によるものだと明確に指摘http://sumichi7878.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-9a1b.html


hanachancause  2010.06.01 10:00
@arudebaran60y この記事を読むと、米側の事情(鳩山が言う抑止力)で「今回の県内が決まった」というよりも何か得体が知れぬ日本側での利権絡みの政治的裏事情(自民だけでなく民主ほかの一部にも跨る?)が臭ってきますね。


(菅政権が所信表明『財政再建、経済と社会保障の強化』に先立たせるべきであった最重要な三つの観点)


ところで、「日本における本物の民主主義」の歴史とは過去における民主党の歴史でも自民党の歴史でもない。それは“これから、愈々、日本国民自身が真剣になって本気で創リ出すべきもの”なのだ。


そこにおける最重要な観点とは「民族的解放(対米隷属状態からの日本国民解放による主権確立)」、「本格的地方分権(例えば小沢流の全国300市・政府直結論)」、「社会的解放(人間重視と弱者救済≒鳩山の友愛≒コンクリートから人へ)」の三点で、それこそ小沢前民主党幹事長が、「小泉純一郎政権に代表されるが如き買弁植民地・総督型政権の強化」ならぬ「歴史的政権交代⇒本格的な独立・主権国家としての自立民主主義確立」のための最重要理念の方向と認識していたことだ。


だから、昨秋の政権交代後のゴタゴタ(メディアが先導した“小鳩の政治とカネ”名目の実効権力による民主党叩きプロパガンダの余波)と“小鳩の政治とカネの抱き合い心中劇”を経て、恰も相転移の如き奇跡のプロセスで、しかも急激な支持率回復を伴って誕生したばかりの菅政権の重要な役割は、先ずもって、この小沢の基本理念を引き継ぐ形での明快な国家ヴィジョン(理想の国家イメージ)を掲げることであった筈だ。


しかし、残念ながら、菅総理所信表明演説からその最重要な理念が明快に語られたという印象はない。あるのは今や沈みかけた難破船をとにかく直ぐ沈まぬように全天候型で応急処置を施すので目先のゴタゴタは待ってくれと声高に宣言しつつ仲間内の争い事の仲裁を上手くやってのけ、旧自民党政権に繋がる実効権力の代弁者たるメディアのプロパガンダに呼応する形に急ぎ取り繕ったという程度の印象が残るだけであった。


加えて、巷では小沢一派の排除が支持率回復へ貢献した由の分析もある。が、この点についての評価は際限がないので、ここでは敢えて控えることとする(関連参照、下記▲)。それはさておき、例えば、地方財政審議会長を務める東大名誉教授・神野直彦氏は“菅首相は余り慎重になり過ぎたようだ、スウェーデン又はデンマーク型のような高福祉・高負担を目指す”と思い切って明言した方がよかったのではないか(国情が異なるので全く両国と同じにすることはできないとしても…)と語っている(情報源:朝日新聞6/12)


田中良紹の国会探検:政治を知らない「政治のプロ」たち(本当の意味での政権交代はまだ終わっていない)、
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2010/06/post_222.html


それどころか、多くの国民も気づいている筈だが、現代のグローバル世界市場経済の流れの中に、もはや避け難くビルトインされた現代国家の経済・財政基盤(経常収支⇒およそ個人所得収支相当、国際(金融)収支⇒およそ個人投資&債務相当)は、財・サービス・資金取引だけでなく、必然的に、労働力フローと労働環境に過酷な市場競争原理を強制する形(国内労働環境を際限なく劣化させようとする執拗な強化トレンド)となっている。


従って、かくの如く“市場原理主義”ならぬも“市場原理”の活用以外に国家・国民経済の進むべき道筋があり得ないのが現実である以上は、先ず、国家が全責任を負って「社会的正義、格差是正、所得水平分配のための累進税率の改善・工夫、最低年金保証制創設、国民皆保険制維持など、日本国民が人間として生き抜くことができる最低限の医療福祉・労働に関わる条件整備」の最優先を明言することこそを、消費税増額・法人税減税等の税制改革を宣言する前提として明確に位置付けるべきであった。


しかし、我々はここで多くの事柄を一気かつ短兵急に求めるべきではないのかもしれない。我々が学ぶべきは、幹事長職から引いたばかりの小沢一郎が、6月12日に和歌山県世界遺産熊野古道を訪れて、約20分間の短い時間ながらも、険しい山道を散策したという実に意味深く象徴的な行動に注目すべきだ。


そこは「よみがえりの道」とされる熊野古道であり、小沢一郎はその歴史に触れて「私個人も民主党も、もっと辛抱強く我慢して努力を重ねると、また国民の皆さんの信頼を勝ち取る(実効権力側の姦計を蹴散らして民主党が目指す真の日本改革の理念を多くの国民に理解してもらう)ことができる。身も心も洗われ、再生する」と現在の心境を述べたようだ。


今、大切なのは、それがたとえメディア・プロパガンダの結果であったにせよ、再び民主党へ支持を与えた日本国民の多くが、ホンのちょっとだけ冷静になり、小沢が熊野古道で語ったコトバの意味を自らの心境に重ねて深く味わうことである。


なぜならば、実効権力(政財官癒着連合勢力)の代表を自負するメディアも、無辜の日本国民の多くも、今の日本が緊急に取り組むべき大問題が、実は「民族解放=アメリカ植民地体制からの解放」と「社会的解放=小泉・竹中型の市場原理主義が齎した貧富格差拡大傾向への歯止め」の二つであることを殆ど自覚していないからだ。それどころか、敢えてそれを無視している節すらある。そして、民主党・小沢前幹事長の“天才政治家としての凄みと余人に代え難いほどの異形の価値”は、小沢一郎こそが、その点についての強烈な自覚を持つ政治家だという点にあるのだ。


(自民型粉飾政治への回帰を回避するために・・・過酷なポーランド史に見る主権国家と自立民主主義確立のモデル)


誤解を招かぬよう慎重に語る必要があるのだが、過去の自民党政治の全てが失敗で、全てが悪だと言う訳ではない。ただ、60年以上の長きに及んだ自民党政権国民主権へ殆ど目を向けず、その眼差しの行く先は絶えず宗主国たる米国政府(下記★、関連情報を参照)と高級官僚組織のトップ構造(その代表が検事総長1名、次長検事1名、検事長8名で計10名の認証官を擁する検察庁)へ向けられてきたということだ。


★hanachancause 2010.06.11 16:08
実体は植民地!RT@leonardo1498: 米国からの『年次改革要望書』に新規項目−米国債購入義務、記載された。年間絶対額か国家予算に対する割合のどちらにする。その選択は、日本政府の決定に 委ねる。ただし、絶対額が前年度より常に上回ること。米国の内政干渉。属国の証拠。@hana


年次改革要望書の正体、http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/167.html


つまり、それ故にこそ自民党政治の主要スケルトンは“対米”&“対高級官僚組織”隷従の二本柱の下で官庁組織横断型のグリッド構造を形成してきた訳だ。だから、その下にぶら下がる数多の諸政策の殆どは国民主権を意識してこなかったことは明らかだ。特に、この傾向が露骨となったのが民営化万能路線が一世を風靡した「小泉劇場市場原理主義・トリクルダウン信仰」なる殆どカルト化した暴政の時代であり、その「小泉・竹中型」暴政を象徴する極めつけの事例が『郵政民営化』と『日本振興銀行』の問題だ(下記◆、関連ツイッター情報を参照)


◆hanachancause 2010.06.11 17:27
【QT】日本振興銀行を捜索 検査忌避容 疑で警視庁…ほかにも貸金業者との債券売買取引で、出資法の上限金利を上回 る実質金利を手数料の形で取得するなど「重大な法令違反」が金融庁の検査で発覚している。http://www.47news.jp/CN/201006/CN2010061101000371.html← 竹中平蔵木村剛らの責任は重い。


◆hanachancause 2010.06.13 11:44
御意!RT@bronks4215: 正に「官製貸します詐欺 」徹底追及!RT@fumih_d竹中平蔵木村剛が作った日本振興銀行、中小企 業支援どころかサラ金SFCGなどを支援し実質金利 45.7%を取るサラ金支援銀行だった。和製ハゲタカ、日銀出身、小泉政権下の経済犯罪、徹底追及!


◆hanachancause 2010.06.12 07:16
RT@kark530: 検察による証拠隠滅が心配だ。考えすぎかなRT@ma510141小泉・竹中時代の失態「日本振興銀行」に漸 くメスが入った。竹中平蔵が自己の利益に結びつける悪知恵がふんだんに盛り込まれた設立だったのか?小泉はどのように関与していたのか?この際徹底的に解 明を期待


◆hanachancause 2010.06.12 20:39
【QT】竹中氏の閣僚資産公開の資料を基 に登記簿謄本を追うと竹中氏は数年の間に4つの不動産を取得、しかも銀行借り入れと一括返済を繰り返す奇妙な取引を行なっていた。竹中氏の不動産投資は 97年に千葉県勝浦市に別荘を購入したことから始まっている。http://xsightx.exblog.jp/921977/


ところで、些か飛躍し過ぎに聞こえるかもしれぬが、このような我が国の厳しい状況(=菅・民主政権が自民型粉飾政治への回帰と自立民主主義確立の狭間で揺れ動く状況)への対処に役立つヒントは<『ポーランドの歴史』は『ポーラン民族の歴史』ではない>という些か難解な表現にある(出典:渡辺克義『ポーランド学を学ぶ人のために、第一章・他民族の共和国』-世界思想社-)。


慧眼にも19世紀ポーランド・ロマン派の詩人ユリウシュ・スウォヴァツキ(Juliusz Słowacki/参照→http://hektor.umcs.lublin.pl/~mikosmul/slowacki/が「ヨーロッパの心臓」と名付けた(出典:沼野充義・監修『読んで旅する世界の歴史と文化、中欧』‐新潮社‐)ワルシャワを首都とするポーランドは、ヨーロッパの中で最も複雑で熾烈な歴史を持っている国だ。


現代のポーランド共和国(人口、約3800万人)の約97%(3700万人)はポーランド人(西スラブ人)であるが、歴史を紐解けば、それは幾度かの国境線の変更、周辺列強諸国との攻防など(列強諸国・多民族・多宗教間の鬩ぎ合い)の中での凡ゆる過酷で限界的な政治・戦争・殺戮などの繰り返しという真に苛烈な歩みであった。また、この様に複雑極まりない歴史のプロセスで漸くカトリック教徒国としての体制が確立したのは第二次世界大戦終結してからである。


このように余りにも過酷な千年以上に及ぶ“歴史的意味での多民族国家ポーランド”が、そのプロセスで二回も国家消滅の経験を経ていることは周知のとおりだ。一回目は10世紀に勃興したポーランド(勃興期〜1384ポーランド王国、1385〜1569ポーランドリトアニア連合王国、1569〜1795ポーランド・リトアニア共和国)が1795年の第三次ポーランド分割で消滅し、二回目は独立を果たしたポーランド第二共和国(1918〜1939)がナチス・ドイツの侵攻で崩壊(残った東部地域もソビエト軍の侵攻で1941年までに消滅)した。


ところで、第三次ポーランド分割の前に、フランスのJ.J.ルソー(1712-78/仏の啓蒙思想家)は、著書『ポーランド政府論(1771)』の中で、“混沌・アナルシ(an-archie /列強諸国の介在・介入・浸食による中枢権力の不在)”として非難されていた当時のポーランドの政治・社会制度(選挙王制、連盟主義、国会、その国会における自由拒否権など)をむしろ以下のように積極的に評価していたことが分かる(出典:阪東宏・編『ポーランド入門』-三省堂書店-)


ポーランドにとって善い制度であり得るのはポーランド人自身が創造したものである…できるなら制度の改善に努めるのもよろしい。けれども貴方たちを今あるものにしたポーランド人自身が創った制度を軽蔑などしませんように』・・・その上でルソーが描くポーランドの未来像には三つの特徴がある。


(その一)被支配民族としての立場の解放(国民主権の獲得)


国民教育の重要性…教師の出自は職業的身分等に固定されてはならず(被支配民族としての立場の解放)、生徒についても初等・中等教育を受ける者と高等教育を受ける者を差別してはならず、中等教育は出来得る限り学費免除にすることが望ましい。


(その二)本格的地方分権の実現


国制については、ポーランドのようなかつての大国が専制国家に堕することなく、むしろアナルシ(既述のan-archie)に傾いている現状は驚嘆に値する積極的な例外現象だ。これからのポーランドの目標は先ず領土の均衡的縮小(16〜17世紀の黄金期(ポーランドリトアニア連合共和国)の如き近隣支配的な大国を目指すべきでない)、次に縮小された国家の内部を独自の権限を持つ県の連合体(本格的地方分権)に改造することだ。


(その三)社会的解放(弱者救済)


士族(シュラフタ/Szlachta…日本の武士階級に近似、大士族≒貴族)・町人・農民の三身分を改革し、特に士族の偏見と利己心を克服すること、永く隷従の民であった人々を自由人へ解放する事業は、ただ倫理的であるというだけでなく大胆さと思慮を必要とする難事業だ。が、それ(社会的解放)を実現しなければポーランドの再生はない。


(『自民型粉飾政治と自立民主主義』の狭間を揺れる菅・民主党政権の役割)


奇しくも、ここでJ.J.ルソーが指摘した「ポーランド人自身がこれから創造する独立主権国家ポーランドにとっての善い制度を支える三つの基本条件」、つまり「被支配民族としての立場の解放国民主権の獲得)」、「本格的地方分権の実現」、「社会的解放(弱者救済)」は、小沢一郎が掲げた本格的政権交代を支える三つの基本的な方向性、つまり「民族的解放(対米隷属状態からの日本国民解放による国民&国家主権の確立)」、「本格的地方分権(例えば、小沢流の全国300市・政府直結論)」、「社会的解放(人間重視と弱者救済≒鳩山の友愛≒コンクリートから人へ、弱者救済、富の水平的分配)」の三つにほぼ重なることが分かる。


従って、いわば、それが仮にメディア・プロパガンダの結果であるとしても、まがりなりにも主権者たる一般国民層の大きな支持を得てスタートした菅・民主党政権が決して外すべきでないポイントは、先ず自らの目をゆめゆめも実効権力サイド(米国、高級官僚組織、財界利権などの癒着連合=自民党政権時代の利権構造に繋がる闇の構造)へ向けてはならぬということであり、それどころか、絶えずその目は日本国の主権者たる一般国民へ注ぎ、これら無辜の人々の主権確保の努力をこそ続けるべきだということになる。


いわば「人間で最初の女」ならぬ小沢一郎がこじ開けたパンドラの箱から飛び出したのは実効権力に繋がる魑魅魍魎どもであった。が、そのカオスの政治状況をソックリ引き継いだ菅・民主党政権の役割は、そこから飛び出た餓鬼道亡者や市場原理主義者らの魑魅魍魎どもを、悉く権力外の空間へ木っ端みじんに吹き飛ばすことだ。無論、政治の世界は綺麗ごとでは済まぬ部分もあるので、見込みがある小悪魔や小鬼らは十分に調教し、叱咤激励して活かせばよい。


そして、これはパンドラの箱の伝説と些か異なる物語となるが、菅総理自身が漸く垣間見たものの、再び箱の底に残されてしまった「希望の灯火」の善きイメージを無辜の国民層の一人ひとりの目にシッカリ焼き付ける仕事に愈々これから邁進すべきなのだ。そして、より具体的に言うならば、その「希望の灯火」を個々の自立民主主義型政策として実現するための長い旅路の“一里塚”こそが、この7月の参議院選挙ということになるのだ(この“一里塚”についての詳細は、既出下記資料▲を参照乞う)


しかしながら、もし菅総理が「希望の灯火」の善きイメージを無辜の国民層の一人ひとりの目にシッカリ焼き付ける仕事に失敗するならば、菅総理を始めとする菅・民主党内閣の面々はパンドラの箱から飛び出てきた魑魅魍魎の仲間と化す運命にあるのだ。


田中良紹の国会探検:政治を知らない「政治のプロ」たち(本当の意味での政権交代はまだ終わっていない)、
http://www.the-journal.jp/contents/kokkai/2010/06/post_222.html


【エピローグ画像】Les Ballons Rouges - Lara Fabian Serge Lama