toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

米型新自由主義に感染しネオ・ファシズムの空気が漂う菅民主党政権の危うさについての考察

toxandoria2010-07-01



【参考画像】映画『インサイダー』…市場原理、正義(人権、内部告発、訴訟社会)、ジャーナリズムの相克


"THE INSIDER" 1999 監督:マイケル・マン 出演:アル・パチーノラッセル・クロウクリストファー・プラマー



(あらすじ)・・・ウイキペディア&http://home.earthlink.net/~akashiya/11_7_99.htmlより部分転載


ある日、CBSの人気ドキュ メンタリー番組『60 Minutes』のプロデューサー、ローウェル・バーグマン(アル・パチーノが好演)の元に匿名で書類が届けられる。


それはタバコ産業の不正を告発する極秘ファイルだった。彼はアメリカの大手タバコメーカーB&W(Brown & Williamson Tobacco Inc/現在のBritish American Tobacco Plcの前身)の元研究開発部門副社長ジェフリー・ワイガンドに接触し、インタビューに応じるよう説得する。


マスコミとの接触を知った B&W社に圧力をかけられたワイガンドは苦悩するが、『60 Minutes』のインタビューに応じ、法廷で証言することを決意。『60 Minutes』の看板キャスター、マイク・ウォレスによるインタビューの収録を受ける。


しかし、CBSの上層部はタバコ産業との訴訟を恐れ、ワイガンドのインタビューをカットして放送することを決定、バーグマンも『60 Minutes』を降ろされてしまう。


最終的に「60ミニッツ」はインタビュービデオの完全版を放送し、同時に発表されたウォール・ストリート・ジャーナル誌による告発記事が引き金になって、全米タバコ業界が全米の50州に2460億ドルもの賠償金を払うまでになった。


映画はバーグマンとウィガンドのスリリングな駆け引きを中心に、市場原理主義社会・米国での内部告発(外部へ真実を公けにすること)がいかに危険かをじっくりとドキュメンタリー・タッチで見せてくれる。


(所見)


この物語は現実にあった話で、登場人物・会社名などは徹底して実名が出てくる。当時(映画公開は1999年)は未だニコチンの毒性や、その『アンモニア・テクノロジー』の秘密は秘匿されていた。


実は、アンモニアをタバコの葉に添加するとニコチンを遊離状態に換え、ニコチン総量を変えずにニコチン表示量を少なくする(これが実際のニコチン量を隠すアンモニア・テクノロジーことができる。


また、それは煙のPHをアルカリにして吸収される効率を調節し喫煙者へ即効的な効果を与えるため、タバコの依存性を結果的に高め売上を増やせる(米型新自由主義市場原理主義の真骨頂)ということになっていた。


この映画の主人公ワイガンドラッセル・クロウが好演)は大企業B&W社の副社長の身でありながら、「内部告発」に踏み切った場合に想定される失職後の医療保険の失効に怯える場面(娘の一人が重篤な喘息)などは、市場原理主義に委ねられたアメリカの医療事情の不条理が垣間見えて興味深い。


また、『アンモニア・テクノロジー』に類する企業の秘密は恐らく無尽蔵であることが想像され空恐ろしくなる。いずれも市場原理主義の国アメリカらしいテーマであるが、この種の背徳的・非人道的な企業秘密は現在の日本でもあり得ると思うべきだろう。


ただ、一つ日本と違う点があるとすれば、もはや少数派といいながらも、もう一人の主人公バーグマン(CBS『60 Minutes』のプロデューサー)のように健全で批判的なメディア活動が許されていることだ。


そこには、全メディア談合的な「小沢の政治とカネ」の連続キャンペーン・ヤラセ報道、あるいは「メディア自身の機密費汚染問題」などで検察権力あるいは実効権力側と交尾(つる)みっぱなしで汚れ切った日本のメディアとは異質なジャーナリズム精神が未だ生きているようだ。


約10年前と、少し古い作品ではあるが、このように多様で新鮮な観点が発見できるので興が尽きない必見の優れた社会派映画だ。未だDVD鑑賞が可である。


(極少の超富裕層に配分が一極集中する米国発“世界共通の病理”)


カナダのトロントで開かれていた20カ国・地域(G20)首脳会合が6月27日の午後に閉幕した。周知のとおり、この会合は2008年秋に金融危機が深刻化したのを受け、同年11月にワシントンで初会合を開催したが、主要国(G8)首脳会議に代わる経済問題の中心的協議の場として今回から定例化されたものだ。


この会議の期間中、トロント中心部で26日午後にグローバル化に反対する市民団体などの1万人近くが参加したデモがあり、一部参加者が警察車両に放火するなど暴徒化し警官隊と衝突した。地元メディアによれば警察当局は27日に480人の身柄を拘束したことを明らかにし、デモ参加者3人が負傷したとされるhttp://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2010062701000110.html


ところで、“グローバル化に反対する”というだけで、この激しいデモへの参加者たちが何にこれほどまで怒っているのかは、具体的に一切報じられていない。それは、内外の報道を概観してみても同じなので、この点についてのマスコミによる一定の情報操作の傾向は日本だけのことではないように思われる。


強いて各報道の内容をチェックして漸く理解できたのは、グローバル化に伴う新自由主義経済の発展がもたらす経済危機がリーマンショックに端を発した2008年・秋の金融危機で終息した訳ではないので、その怒りは、新自由主義の失敗についての世界リーダーたちの反省が不十分であることに対する、心あるトロント市民らの困惑に起因するものということだ


別に言えば、それはワシントン・コンセンサス以来の新自由主義の旗印で続行されるグローバリズム経済を安定的に保守・持続させようとするG20大義名分の下で、益々拡大するばかりの「不平等と不公正でいびつな超富裕層への一極集中型の利益配分」という冷酷で非人間的な現実が、これからも引き続くことに対する怒りなのだ。


(極少の一部富裕層に配分が一極集中する超異常な米国の現状)


トマス・ボッケ『なぜ遠くの貧しい人へ義務があるのか/世界的貧困と人権』(立岩真也・監訳、生活書院、2010.3刊)によると、グローバリズムを保守するワシントン・コンセンサスの大義名分の下で、米国等ごく少数の国々、ごく少数の大企業、ごく少数の超富裕層に属する人々が、彼らが有利なように世界と国家のルールを形成・充実させるという動機を持ち続けており、一方では投資銀行ヘッジファンドら金銭集団の強欲な意志、巨大企業や軍需関連産業等の巨大な資本力と生産力が集中的に維持・強化されていることが分かる。


<注記>トマス・ポッゲ(Thomas Winfried Menko Pogge、1953 - )は米イエール大学の政治哲学者。ロールズの正義論が国内社会に限定された議論である点を批判、グローバルな不平等・貧困問題の解決のための正義論を提唱。


同書は『米国のトップ超富裕層0.01%(約3万人)が底辺貧困層1.5億人の約1/2(7500万人分相当)の所得を得ており、同じ人々は人類全体の下半分の貧困所得層(07年、33億人)の2/3(22億人分相当)の所得を得ている。これは<米国という国の国家的統制力が殆ど崩壊していること>を示す深刻な危機的状況だ。』という真に空恐ろしい事実を抉り出している


この<米国の恐るべき国家的統制力崩壊の危機>をもたらした根底に潜むのが、言うまでもなく住宅ローン・消費者向けローンの証券化を前提に金融工学技術を駆使して構築された複雑な金融システム構造であり、その暴走が一気に弾け飛んだのが2008年・秋のリーマンショックであった。が、この大パニック(ハイリスク)と表裏関係にある投機的ハイリターン構造は今も根本的には何も変わっていない。


加えるに、一握りの超富裕のトップ層に経済成果の配分が必然的に集中するという資本主義構造の変質・変容の加速化は止まるところを知らぬようだ。そして、米議会の両院協議会が6月25日に漸く合意した「金融規制改革法案(ボルカー・ルール)の一本化」でも例外と抜け穴が非常に多く目立っているhttp://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnTK867727620100628


例えば、べンチャーキャピタルやヘッジファンド投資は当規制の対象外であるため究極的には「企業の信用リスク」を取引するクレジット・デフォルト・スワップCDS)らの残高が再び急速に増加へ転ずる可能性がある。これでは各国政府の金融規制強化動向にも拘わらず金融市場原理主義の深化は進むばかりだ。


因みに、トマス・ポッケは、このようにごく一握りのトップ超富裕層に経済の成果配分が集中する傾向は連邦最高裁言論の自由という憲法上の権利保護の立場から政治に対する大規模企業献金を許していることが後押ししているという意味で極めて米国的な事情だと説明している。が、ごく一握りの超富裕層が制度設計の権力を握る政府に対し大きな力を及ぼす傾向が世界中で一層強まるのは、もはや時間の問題だといえよう。


また、トマス・ポッケは、今のように非人間的なグローバル経済構造がもたらすトレンドがこのまま続けば、やがて米国自身の「財政と成長の均衡政策」は、米国・全人口の5割以上に相当する貧困層(ca1.5億人)と世界人口の8割以上(ca35億人)に相当する貧困層にとって益々不利な状況(一握りの超富裕層に対する更に激しい富の一極集中傾向)を加速するだろうと警告する。


従って、米国政府、IMF、日本の財務省&メディアらによる「ワシントン・コンセンサス下での事実上の公認」の形で誕生した(その意味で、菅政権は生まれた瞬間から“米国発新自由主義の熱病”に感染してしまった/国内的に表現すればメディア・検察・財務省・財界等の実効権力に取り込まれて誕生した)「菅政権の強い財政、強い成長、強い福祉の均衡化」は子供騙しの戯言以外の何物でもなく見えてくるはずだ。


だから、本来であれば、日本の真の国力回復のためには、今や日本の総就業者数(ca.6400万人)の過半に迫ろうとする貧困層(ca.3000万人超/詳細、後述)に堕ちた人々を勇気づけ奮い立たせ、彼らの全てを含めた日本国民を未来の日本経済力発展の為の新たな人的インフラとして再生することに視点を定めた上で、先ず菅首相自身の強力で自信に満ちた「福祉国家宣言」を最優先すべきであったのだ。


(米型新自由主義に感染し、一部の富裕層に配分が一極集中する日本の現状)


周知の通り、特に「小泉劇場」以降の日本でも<米国型の所得階層の二極化=一部の富裕層に所得配分が一極集中する傾向>が急速に進みつつある。例えば、少し古いデータ(2006)だが、1千万円以上4.9%、1千万円未満~6百万円超16.2%、6百万円未満~3百万円超41.5%、3百万円未満37.4%(ca3100万人)というデータがあり、最下(貧困)層は4割〜5割に迫る勢いとなっている
http://plaza.rakuten.co.jp/wellness21jp/diary/200602120001/


そこへ管政権は<法人税減税等(ゴ―ン9億、ストリンガ8億ら日産等大企業の超高額役員報酬、一部上場平均2.5〜3.0千万円が相場となる中で・・・)、高額所得者に利する累進税率放置、大企業に有利な対下請値引強要と一体化した輸出戻し消費税放置>と<低所得層へ過酷な消費税増額>をぶつけてきた。


(関連ツイッター情報)


hanachancause 2010.06.29 22:35
RT @tukinohachi: 主要企業で2010年3月期に1億円以上の報酬を受け取った役員数が株主総会有価証券報告書での開示から、29日までの共同通信集計で233人に達した。


更に、概数比だが最下層ca.4割(年収3百万以下)の内訳では正規・非正規合算の「年収200万円未満」が2174万人で実に労働力総数6384万人(2007)の34.1%を占める。つまり総就業者数の約1/3が「2百万円未満」という数字であり、消費税増のダメージは彼らを含めたca.4割の日本の最下層の人々を激しく直撃する筈だ。菅政権が「強い財政、強い成長、強い福祉」の為にやろうとするのはかくの如く非情で誤ったことであり、それで大きな経済成長が達成できる筈はあり得ないのだ(Cf. http://mgssi.com/terashima/nouriki0704.php


それに止まらずグローバル競争に名を借りて今や大企業の正社員もリストラ対象となっており、いったん失職すると巨額ローンや要介護の老親を抱えながら彼らの中から最下層へ転落する人々が後を絶たない。しかも、今の雇用危機はクズネッツ曲線など従来型の景気循環で説明がつかず、それはグローバリズム時代の資本主義(市場原理)そのものの変質、つまり極少数のトップに配分が必然的に集中するという資本主義構造そのものの変容に起因するものなのだ。


特に我が国で深刻なのは、日本社会の活力の中核となるべき20〜40代の若年〜中年前期層の可成りの部分が安定収入を得られず、家庭も持てず、子供も持てないという不安定な社会へ突入する恐れが現実化しつつあることだ。そして、日本政府が北欧型の最低年金保証制度やフレキシキュリティなどの積極的福祉・雇用対策を放置すれば、一層の消費減、税収減とともに生活保護申請等の福祉コストが更に急増するという悪循環に嵌る恐れがある。


(関連ツイッター情報)


hanachancause 2010.06.30 10:23
年金改革7原則 消えた「税方式」 民主 案封じ野党誘う、
http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2010/06/30/20100630ddm003010002000c.html ← なんだコレは!ますます自民党化する菅民主党政権、いっそ小泉進次郎に民主・自民の共同代表になってもらったらどうか?


しかし、だから消費税の値上げということでは、この恐るべきマイナス・トレンドの火に油を注ぎ、そのマイナス・トレンドを加速させることになる。それは、もはや約4割にも及ぶ最下層(貧困層)の人々ほど消費税値上げのダメージが大きいのは明らかであるからだ。この点は、不況下にも拘わらず消費税を上げて税収が減ってしまった橋本政権の失敗から学ぶべきなのだ。


更に、菅政権が行うべきは北欧等に事例がある雇用流動化を視野に入れつつ国が雇用に重い責任を負うことの意義、および職業教育や失業手当等のセーフティネットに止まらず既婚者らへの住宅・子育て支援制度充実なども視野に入れた生活保障制度あるいは最低保証年金制導入等を明快に宣言することだ。これは内橋克人氏の指摘だが、日本は「会社一元支配社会」で“忠誠心を質入れする会社福祉体系”に深く馴染み過ぎたため、政府も会社も国民も近代的福祉の意義を理解せず今まで遣り過ごしてきてしまったのだ。


しかし、少なくとも政府自身が「税制と社会保障」による“勤労世帯の貧困化防止の意義”を理解できないのは先進国の一員として恥じであり、菅政権が未だにかくの如き低レベルな意識の儘であることに驚かされる。ならば、昨夏の政権交代は一体何だったのか?6月28日のNHK世論調査でも国民の多くは政府に対し<福祉国家宣言を第一に求めている>ではないか?


だからこそ、民主党内の一部勢力が目論むネオリベ新自由主義)のトリクルダウン信仰で成長の舵取りを規制緩和と強欲市場原理主義へ回帰させて、<世界的な資本主義構造の変容>がもたらす恐るべき弊害(ごく一握りの超富裕層に経済成長の配分が必然的に集中し、エンドレスに格差拡大が助長する傾向)の拡がりを抑制しつつ美味い果実だけを刈り取ることなどは最早できないのだ。


それ故、民主党・枝野幹事長が<ネオリベ信仰の“みんなの党”との連携に意欲>などと報じられたことのマイナス影響は甚大だ。流石に一般大衆も、現民主党執行部が「政府としての仕事の優先順位」が考慮できず、国民向けのリップサービスのつもりかどうかは知らぬが、ひたすら意味不明の世迷言を吐き続けるだけというオゾマシイ姿には驚いた様子で、同じく6月28日のNHK世論調査では大きく<不支持の数字>を稼いでしまっている。


(関連ツイッター情報)


hanachancause 2010.06.27 21:15
民主・枝野幹事長、みんなの党との連携に 意欲、
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2010/news2/20100627-OYT1T00551.htm ← 愈々、大衆迎合ネオリベラリズムの本性発揮!


hanachancause 2010.07.01 16:03
【QT】「ネオリベみんなの党」だけを特別扱いで優遇する(7/1朝刊)朝日新聞の編集方針は極めて異常である、http://bit.ly/bAJHjK ←船橋主筆竹中平蔵の旧交の交尾み?


(同じく一部の富裕層に配分が一極集中する中国の現状、および中国の意欲的な福祉改革宣言)


些か余談となるかも知れぬが、1990〜2004年の14年間における中国の家計所得の分析結果を紹介しておく(出典:トマス・ポッゲ『なぜ遠くの貧しい人への義務があるのか』)。それによると、10分割層中で最高位(超富裕)層に第6位(中位)層〜最低位(最貧困)層までの利益がソックリ転移し、最高位層の利益が1.4倍になっており、グローバルリズムは、中国でも不平等な超格差社会を確実に実現しつつあることが分かる。


同じく、中国で富が一握りの超富裕層へ集まる傾向は資産格差の変遷でも表れており、例えば、最も資産がある最高位(超富裕)層は、1995年の時点で既に下位58%を占める貧困層の合計額と同額の資産を保有する状態となっていた。更に、2002年になると、この最高位層は下位80%を占める(中位〜貧困)層の合計額以上の資産を有する迄に格差が拡大しており、今や中国では最高位(超富裕)層への資産転移が劇的に進行しつつあるのだ。


問題は、この超富裕エリート層が政治資金ルートを介して中国の政治・経済ルールの形成へ大きな影響を与え始めたことだ。やがて、この一握りの超富裕層と大多数の貧困層の二極化が劇的に進行する中で、超富裕層は中国の外交政策をも形成するパワーを手に入れる筈だ。ただ、中国ではこのように富がごく一握りの超富裕層へ集まる過酷な市場原理主義の進行と併せて、一般国民の<生命棄損的貧困への基本対策>の一環として<医療体制の改革>が既に意欲的に行われてきたことは評価すべきだ(Cf. http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20091226


結論から言えば、胡錦涛政権は、2006年頃から“民生重視、調和社会の実現”をキャッチ・フレーズに掲げて最優先課題として「医療制度改革」に取り組み始めたが、そのモデルとされたのが日本の「国民皆保険」の理念であった。


■過剰市場原理型「医療保険」を修正し、公的「国民皆保険」を導入する中国の医療保険改革について(出典、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20091226


1980年代まで中国の全国民は基本的に(除、農村部)共産主義国家の社会福祉としての「公費医療制度」により、具体的には非営利の公立病院(中国に開業医の制度はなく医師の身分は公務員/この状況は今も基本的に同じ)で無料の医療サービスを受けていた。


しかし、やがて財政難に直面した中国政府は、その後は次第に社会保険(自立経営+国費補填)としての医療保険制度へ移行し始めたため、公立病院への財政支出は次第に縮小され、公立病院は「独立採算事業体」への改革(1978〜、開放政策開始)が強制されることになった。


が、急激で過度な市場原理化政策の導入であったため各病院は次第に「正当な医療コスト+収益増部分」を患者の医療費へ加算(付け回し)するようになる。 つまり公立病院とは名ばかりで、その実態は過剰利益を追求する利益団体と化したのだ。


そして医師など医療関連の人材は、より収益がよい大病院へ集中するようになり(医師が公務員であることも有名無実化)、地方や末端医療機関は破綻寸前まで追い込まれた。しかも、それら大きな病院は高い医療費と大混雑で庶民の手が届かぬ存在と化した。


やがて胡錦涛政権は2006年頃から民生重視、調和社会の実現をキャッチ・フレーズに掲げ、最優先課題として「医療制度改革」に取り組み始めた。しかし、元々共産主義市場経済という根本理念に大きな矛盾を抱えた国家体制であるため複雑な理念論争と利害関係が絡み合い方向性が定まらなかった。


が、2008年の秋の米発・大金融危機が中国にとって怪我の功名となる。つまり、それが中国政府に対し内需型経済成長モデルへの転換を促し、内需(国内消費)の足枷となる「高額過ぎる医療費問題の改革」へスタートを切らせたのだ。


■中国の新医療制度改革の要点(出典、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20091226


・・・中国の新医療制度の基本にあるのは、日本をモデルにしたとされる「国民皆保険」の理念(考え方)である。そして、そこでは以下の中・長期目標が掲げられている。


中期目標:2009〜2011年・・・ 以下の五本の柱●で国民の90%をカバーする医療保険制度の基本枠組を構築する。


●基本医療保障制度の確立
●国家基本薬物制度の確立
●末端医療衛生サービスシステムの再構築と健全化
●基本公衆衛生サービスの漸進的均等化の促進
●公立病院改革の推進、


・・・五番目の柱である「公立病院改革の推進」では“公正と効率を兼ねた公立病院改革”が掲げられており、医療施設の民営化、公益医療分野への民間資本の進出、医師の兼業と独立(個人開業)の奨励などが重点的な諸施策とされている。


長期目標:〜2020年・・・ すべての国民をカバーする完全な医療保険制度を確立する。


・・・この「中国の新医療制度改革」で注目すべきは、まず国家の責任によって公的「国民皆保険」を基本に据えた上で「市場主義と民営化」による活性化と効率化 を実現しようとしていることである。


・・・このような医療保険についての根本的な考え方は、今回の「アメリカ型医療保険改革」よりも、むしろEU型『国民皆保険』に近いものと言えるだろう。


・・・そして、それは緒についたばかりなので先行きは未知数というところだが、日本とEUに学びつつ良いとこ取りをしながら失敗を正すという中国の姿勢については、我が国もそれを反面教師として見据えるべきである。


(米型新自由主義に感染しネオ・ファシズムの空気が漂う菅民主党政権の危うさ、そして我々のあるべき心構え)


これまで見てきたとおり、日本・EU等の先進事例に学びつつ良い所取りをし失敗を正して進むという『国民皆保険』に関わる“中国の積極果敢な姿勢”は見事な現実主義である。独創的理想という意味でのオリジナルな正義論に由来せぬが故に、それは安易な借りものにすら見えるかも知れぬが、少なくとも人間の<生命棄損的貧困対策が最優先事項であること>は万人にとり論を待たぬ最重要な現実だ。それと共に<全ての国民こそ最大のインフラだという命題>は万国共通の現実的真理でもある。


従って、今まさに“現実主義”を掲げた筈の菅民主党政権の最大の欠陥・弱点が、この中国の事例に見られるような意味での<最優先すべき現実>についての冷静な現実感覚の欠落であることが分かる。つまり、現代中国は日本の水準を遥かに超えた過酷な市場原理主義の渦中にある訳なのだが、それにもかかわらず“中国政府は国家の責任による公的「国民皆保険」の具体化を最優先する”と明快に宣言していたのだ。 


そこには、今や優先順位を誤り、矛盾に満ちたコトバを振りまき過ぎたため優柔不断にさえ見える菅政権の周囲に漂うものとは異なる空気が存在し、それは閣僚たちの勝手な思いつき発言が国民の信頼感を次々に帳消しにするが如き“ひ弱さ”とは無縁のものだ。いくら政権誕生時から重篤な<市場原理主義の熱病>に感染していた(小泉劇場の重すぎる負の遺産を引き継いでいた)とはいえ、何故に菅政権は<生命棄損的貧困対策こそが最優先事案である>ことに気づかぬのであろうか?


それどころか、菅総理自身までもが、日本が巨額債権国でもあることを抜きにして日本の「政府債務残高対GDP比」が大きいこと(2010/197.2)を借金だけ多いギリシア債務問題と同一視する如き短絡的で恫喝的な対国民向け演説を繰り返してきた。が、それは必要以上にデマゴーグ的な響きとなり無辜の一般国民の危機意識を過剰に煽るだけで日本経済の真の成長回復の為に何の役にも立たぬばかりか、むしろ酷く有害なことであった。


それより、菅総理にとって最も肝要なのは、先ず北欧型に匹敵する<福祉国家・日本>を明快に宣言した上で、「プライマリーバランスの収支目標が一つの債務残高改善の目安となる」こと、および「バランスシート上の純債務額(資産−負債)が意味すること=債権・債務国としての日本の特殊な財務事情(財務上の強み)」について、分かり易く誠実な説明を対国民向けに行い、国内に一定の信用と安心感を醸成してから、果敢に内外の成長戦略と、より一層の財政改革等へ取り組むことだったのだ(Cf. http://bit.ly/czg4Gu 、 http://bit.ly/beR3rR


ところで、菅総理のブレーンの一人とされる小野善康教授の経済理論(流動性選好説から不況を捉えるケインジアン?)が如何ほど論理的に精緻であれ、財政再建名目(実は大企業の利益増大とセールスマン閣僚のインフラ輸出促進の為との疑念が大きい)の法人税引き下げと消費税値上げの最優先は不可解であり、これは各種世論調査が常に示す国民の希望とも大きく乖離している。


それは、我が国の“労働力&消費者”としての最大インフラが富裕層・貧困層の別なく全国民の生命と健康であることは自明の理なので、その最重要インフラたる全国民へ直接的に大きな影響を与え続ける<生命棄損的な貧困への重点対策>こそが最優先されるべきであるからだ。だから、菅総理はもう一人のブレーン神野直彦教授の社会・労働・福祉政策に関わる現実的な助言と方策を増税論議に先駆けて説明すべきであり、その意味で福祉国家づくりを全国民へ向けて先ず堂々と自信を持って宣言すべきだったのだ。


ともかくも、昨夏の政権交代の意義を希薄化させつつあると言う意味でまことに勿体ないことなのだが、この肝心要の政策アピールの優先順位がぶれているが故に、良識ある有権者の多くは、菅政権の些か自信なさそうな、それにも拘わらず妙に恫喝的な物言いを信用しかね戸惑っている訳だ。だから、日本の「政府債務残高対GDP比」が大きいことをギリシア債務問題と同一視するが如き短絡的、恫喝的な対国民向け演説(財務省ベース?)を繰り返すのは愚の骨頂だ。むしろ、誠意と自信に満ちた政治パワーで国民の信用が構築されるならば財生再建は視野に入ったと見なすべきなのだ。


このような観点からすれば菅政権は初動段階から誤りの連続であったと指摘せざるを得ない。そして、その失敗の故に、それは菅政権自身が予期していたかどうかは知る由もないことだが、菅政権の一連の開き直りと強弁の経緯から或るオゾマシイ亡霊が姿を現しつつあるように感じられるのだ。それは、菅政権の周囲に20世紀型ファシズムが形を変えた「ネオ・ファシズムの影」が漂うということだ。或いは、無自覚ながら菅総理の潜在意識の中にネオ・ファシズムのタネが宿った可能性がある。それは、まさに神ならぬ悪魔による“無原罪のお宿り”とでも言うべき代物かもしれぬが。


それ故、我々は<菅民主政権にネオ・ファシズム親和型の空気を直感する理由>について、でき得る限り具体的に見据えておく必要があると思われる。そこで、その理由なるものを列記すると次のようになる。


<注記>ファシズムの語源について
・・・ファシズム(fascism)の語源はファスケス(fasces)。これは共和制ローマの統一シンボルである「複数の鋭利な刃を束ねた杖」のこと。つまり、専制か民主制か体制の如何を問わず、必ず政治権力の深奥に根を張ることになる暴力性のこと。その一般制度化が軍事・検察・警察等の殺傷・拘束・拘留・逮捕等の実行・強制・執行権力である。ファシズムの性質を簡潔に述べれば、これら暴力性(個々の暴力的権力集団)を一手に掌握しつつ少数意見や多様な意見を弾圧・排除する強権的な政治のこと。ただ、偽装民主制においては暴力性が剥き出しになるとは限らず、例えば議員数を極端に少数に制限する、あるいは大政翼賛・野合政権などの手法で、表面的には民主的手法と合理性を装うことになる。


(1)公約破りに余りにも無頓着で些かも痛痒を感じず、メディア先導型デマゴギーの危険性にも鈍感過ぎる


(2)第一野党・自民党などとの野合or談合画策(“純粋理念軽視の野合型大連立=大政翼賛政治”志向)を当然視する・・・自民党案の消費税10%取り込み、みんなの党ネオリベ派)との野合画策など


(3)国会議員大幅削減プランを持つ・・・冷静に考えれば、議員数は必ずしも少なければ少ないほど良いということにはならない、むしろ少数意見の切り捨て、多様性の否定or広義の民主主義基盤崩壊が起こる可能性がある、国費無駄使いとは別次元の問題とみるべき


(4)マスメディア始め検察・財務省・財界等の既成実効権力と癒着またはそれに迎合しようとする傾向(≒官僚主義否定を掲げつつ裏で最強官僚組織と密かに癒着・密通またはそれに迎合しつつ実を得ようとするアンフェアな意志)の存在


(5)官僚主導型国家主義への親和性・・・多様で客観的なアカデミック・アドバイザーの助言よりも結局は財務省(潜在・実効権力)あるいは検察寄りの政策へ傾斜する、根底には官尊民卑・国民蔑視意識が潜在する


(6)弱者救済の大義名分下で実は強者・支援者に有利な政策を恫喝的に宣言する傾向・・・例えば、日本の政府債務残高対GDP比が大きいことをギリシア債務問題と同一視するが如き短絡的、恫喝的、欺瞞的な対国民向けの菅総理演説(財務省ベース)


(1)〜(5)は、様々な論者が指摘していることだが、実は、ここで最も懸念すべきは(6)と思われる。それは、一般国民にとって最も難解と思われる、アカデミズム・ブレーン小野善康教授の持論を最重視しているからだ。


その小野教授の持論の核心は『第三の道財政再建、経済成長、福祉強化の同時実現)をめざして景気が悪い時にこそ先ず増税して、それを雇用創出&内需拡大のため適切に使えばデフレ脱却&景気回復が必ずできる』という主張。つまり、<鶏⇔卵>論争で鶏が元祖であるとする強弁・詭弁型の精緻な論理だ。


一部の人々の中には、この小野教授の持論をトンデモ視する向きもあるが、そこまで勘ぐらずとも、そのための精緻な経済論理が単なる<対権力服従or猟官型の机上の空論>である可能性は非常に高く、何よりも一般国民の常識では現実的な問題として殆ど非常識に近いと言って良いほど常人には理解し難い代物だ。


既に我が国は総就業人口の4〜5割が年収300万円以下の殆ど超貧困層化しており、そのうえ2006年にはOECDが “日本の相対的貧困率は今やOECD諸国でアメリカに次いで最も高い部類に属する”(対日経済審査報告書)と指摘した厳しい現実がある(出典、http://www.toyokeizai.net/business/society/detail/AC/a7a46973b48f0cf47a3a4b47e7024ac5


別に言えば、この日本の悲惨な貧困の現実の裏には、我が国における所得再分配機能破綻(事実上の崩壊)の問題が隠れているのだ。実は、所得再分配前の貧困率が日本より高い国は数多くあるのだが、殆どの国は再分配後に貧困率が劇的に下がり結果的に日本よりも低い貧困水準に落ち着いている。


つまり、高齢者等の福祉費用を低所得者層に低累進性で負担させている形のため、逆に所得再分配によって貧困層が拡大するという異常事態が我が国で発生しているのだ。これに最低賃金問題などの劣悪な賃金不平等要因等を加えると低所得層から中高所得層へ所得の逆再分配現象が現実にはもたらされているという訳だ(出典、http://blog.goo.ne.jp/syarin_saihakken/e/76054fb81bf0848023b1e362e4a7aa20


このように今拡がりつつある深刻な貧困問題の現実を直視すれば『第三の道財政再建、経済成長、福祉強化の同時実現)をめざして景気が悪い時にこそ先ず増税(消費税?)し、それを雇用創出&内需拡大のため適切に使えばデフレ脱却&景気回復が必ずできる』といくら説明されても、単純に“ハイそうですか”とは行かないのが当然だ。


我々は、今こそ、これの相似形(政治力学のアーキテクチャ)を近代史の中で学んだことを思い出すべきだろう。それは、ヒトラー政権下で公共投資による完全雇用を目指し「財政の魔術師」とまで呼ばれた経済大臣ヒャルマル・シャハト(Horace Greeley Hjalmar Schacht/1877 -1970)のことだ。シャハトは、ヒトラー始め経済音痴であったナチス幹部らを顎で使い自分がドイツを統治するという野望を持っていたとされる。


シャハトの公共投資による完全雇用(典型的机上の空論)は破綻し、ナチスは見果てぬ夢に誘われるまま“果てしなき経済圏拡大”を求めて戦争へ突き進む。今の日本がナチス型戦争拡大へ突入することはあり得ぬとしても、政策行き詰まりのジレンマから、大政翼賛化した野合的な政治権力が劣悪労働環境拡大と小泉劇場を超える超格差拡大型の市場原理主義フロンティアへ突入する可能性はあり得ると思うべきだ。


このように見れば、やはり我々は<菅・民主政権にファシズム親和型の深層心理を直感する理由>を冷静に、かつ自省的に見ておく必要がある。否、それは菅・民主政権だけのことではなく、今後、仮に政界再編等の事態で日本政治が更なる大混迷期に入ったとき、我々は恐らく第二・第三の<ファシズム親和型の深層心理>が跋扈する姿を目撃することになるだろうからだ。


(Appendix/2010.7.2)


実は、そのネオ・ファシズムの胎児が現在の菅政権自身の中に宿っていたことが分かり驚かされる筈だ。翻れば、メディアの手を借りつつ小沢一派の一掃を演出したため支持率急回復に成功し意気揚々とスタートした菅・民主党政権であったが、その実像をよくよく凝視するとネオ・ファシズムの一滴が既に着床してしまったことが分かる。


例えば、官房長官・千石、財務大臣・野田、国交省大臣・前原、民主党幹事長・枝野らは民主党内の政策集団凌雲会」に所属するが、この「凌雲会」の信条が実は新自由主義(ネオリべラリズム)なのだ。つまり、彼らは所属する党が民主党というだけであって、その<根本信条>は小泉純一郎竹中平蔵らと全く同じ<カルト化した米国型新自由主義教団>への信仰であったという訳だ。


しかも、「民主党」と「自民党、みんな(ネオリベラリズム)の党ら野党」間の妖しげな蠢きを繋ぎつつ先導するのが自民党政権時代の機密費汚染にドップリ浸かりながら鉄面皮で口を拭い続ける主要メディアだという事実にも注目すべきだ。特に悪質と思われるのは、この汚れ切った主要メディアの一角で未だにオピニョン・リーダーを自負する朝日新聞船橋洋一主筆竹中平蔵の盟友)だ。


再録になるが、下記の<関連ツイッター情報>を眺めれば、それは了解できる筈だ。あくまでも<極少の一部富裕層に配分が一極集中する超異常な米国=市場原理暴走の統制に失敗した米国型資本主義/トマス・ポッゲの指摘>を理想と掲げる、言い換えれば<絶対新自由主義を掲げる日本版ネオ・ファシズム>は既に胎動し始めたと見なすべきだ。そして、欧米諸国と異なり、日本が非常に不幸なのは、このように非(反)民主主義的な異常政治状況を批判すべき主要メディアが既に死んでいることだ。


(再録/関連ツイッター情報)


hanachancause 2010.06.30 10:23
年金改革7原則 消えた「税方式」 民主 案封じ野党誘う、
http://mainichi.jp/select/seiji/archive/news/2010/06/30/20100630ddm003010002000c.html ← なんだコレは!ますます自民党化する菅民主党政権、いっそ小泉進次郎に民主・自民の共同代表になってもらったらどうか?


hanachancause 2010.06.27 21:15
民主・枝野幹事長、みんなの党との連携に 意欲、
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2010/news2/20100627-OYT1T00551.htm ← 愈々、大衆迎合ネオリベラリズムの本性発揮!


hanachancause 2010.07.01 16:03
【QT】「ネオリベみんなの党」だけを特別扱いで優遇する(7/1朝刊)朝日新聞の編集方針は極めて異常である、http://bit.ly/bAJHjK ←船橋主筆竹中平蔵の旧交の交尾み?


【エピローグ画像1】Lara Fabian - Why (Annie Lennox cover)


【エピローグ画像2】Lara Fabian - La Difference